悪夢症候群

緋色刹那

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クローズドアパート 第一話『押しかけ婚約者』

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 その時、誰かが階段で下りてきた。優一は一瞬夢花かと思い、青ざめる。
 しかし実際に下りてきたのは、ゴミ袋を持った歩夢だった。優一が住んでいる403号室の隣室である404号室の住人で、夢花と親しかった。
「あ、おはようございます」
 歩夢は優一を見ると足を止め、軽く会釈した。
 そして、優一の腕を握っている朝田と、朝田の持っている婚約届を見て、全てを察した。
「……差し出がましければ、すみません。夢花ちゃんのお義父さん、今困ってらっしゃいます? よろしければ助けて差し上げましょうか?」
「えっ」
 優一は逡巡した後、頷いた。
 歩夢のことは夢花から「病院で知り合った友達」としか聞いていない。優一も彼のことは病院で見ていたはずだが、話したことはなく、さほど印象に残っていなかった。
 そのため、このよく知らない青年を信じ、助けを求めていいものか、わずかばかり躊躇われた。しかし今はそんな悠長なことを考えている場合ではない、と自分に言い聞かせ、頷いた。
「では、少し目を閉じていて下さい」
 言われるままに、優一は目を閉じる。
 その間に歩夢は朝田を殺意のこもった目で睨んだ。直後、朝田が持っていた婚約届が炎を上げ、燃え上がった。
「あちちっ!」
 朝田は反射的に婚姻届を手放した。
 しかし炎は朝田の手にも燃え移り、腕から胸、胸から腹と首、腹と首から足と頭、と瞬く間に全身を覆った。
「いやぁぁ! だ、誰か助けてぇ!」
 朝田は全身をくねらせ、もがき苦しむ。やがて炎が全身を炭へと変え、朝田は倒れた。
 実際には炎は点いておらず、朝田は勝手に苦しんで勝手に倒れたに過ぎなかった。
 歩夢は「もういいですよ」と優一に声をかけ、彼から朝田を引き剥がした。そして床に落ちていた婚約届を拾うと、クシャクシャに丸めてゴミ袋の中へ入れた。
「あ、朝田さん! 大丈夫ですか?!」
 優一は目を開き、倒れている朝田を見つけると駆け寄ろうとする。
 が、寸前で歩夢に手で制され、それ以上は近づけなかった。
「会社、遅れますよ。後は僕がやっておきますので」
「あ、あぁ、ありがとう。よろしく頼むよ」
 優一は朝田が心配でありながらも、「また言い寄られては堪らない」と階段を駆け降りていった。
 歩夢は優一が夢見荘から出て行ったのを窓から確認すると、「さて」と冷たく朝田を睨んだ。
「結果的にあの男を助けることになってしまったのは癪ですが、貴方を生かしていては夢花ちゃんが悲しみますからね。どうぞ、死んで下さい」

 朝田は救急車で緊急搬送され、間もなく死亡が確認された。焼死だった。
 優一は歩夢が朝田に何をしたのか興味はあったが、聞けなかった。
 ……聞いたら最後、朝田のように燃やされるような気がした。

クローズドマンション第一話『押しかけ婚約者』終わり
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