「ざまぁ」が攻撃スキルの異世界

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
2 / 42
第1章「異世界転生して、ざまぁ」

第二話

しおりを挟む
 ヨシタケが目を覚ますと、そこは雲の上だった。足元には真っ白な雲海が、頭上にはトラックにはねられた直後に見た朝焼けと青空が交わったような美しい空が、果てしなく広がっている。
 不思議なことに、先程まで呼吸するたびに鼻腔へ侵入してきていた生ゴミの臭いが一切しない。念のため頭に触れたが、こびりついていた腐ったバナナが綺麗さっぱり消え失せていた。

「どこだ、ここ? もしかして、死後の世界ってやつか? その割には、服はスーツのままだが……」
「よく分かりましたね、狭間ヨシタケさん。そう……貴方は死んだのです」
「っ?! だ、誰だ?!」

 動揺するヨシタケの目の前に、雲海をかき分けるようにして、長い金髪の女性が歩み寄ってきた。
 見るからに神々しい女性で、布を巻いて作ったような白い装束をまとっている。背中には天使と同じ、大きな白い翼を生やしていた。

「ご覧の通り、私は女神です。この死後の世界で、貴方のような転生者の方々を異世界へ導く業務……失礼、使を担っています。気軽に"女神ちゃん"や"女神たそ"って呼んでもいいのですよ?」
「はぁ……」

 ヨシタケは自称女神の女性を怪しみつつ、気になっていたことを尋ねた。

「女神様が出てきたってことは、俺はこれからどこかの異世界に転生させられるんですか?」
「おっ、分かってますねー! 最近の人は話が早くて、助かりますー」

 女神は面倒な説明をしなくて済むと分かり、嬉しそうに顔をほころばせた。

「本当は転生先とか職業とか自由に選ばせてあげたいところなんですけど、ヨシタケさんは勇者適正があったので、強制的に勇者として転生して頂きます。ただ……ヨシタケさんがこれから転生する異世界の仕組みが、すこーし変わってるんですよね」
「具体的に、どう変わってるんです?」
「えーっとですね……」

 女神は雲海の中から分厚いファイルを取り出すと、ページをめくりつつ答えた。

「攻撃方法が一つしかありません」
「一つ? ひたすら剣で殴り合うとか、炎系の魔法しか存在しないとかですか?」
「いえ、剣も魔法もどちらも存在します。ただ……攻撃するのに必要なものが共通しているのです」
「それは?」
「それは……」

 女神はゴクっと唾を飲み込むと、深刻そうな口ぶりで答えた。

です。この世界において、相手をざまぁすることこそが、唯一の攻撃手段になりうるのです!」
「…………はぁ」

 ヨシタケは理解できたような、できていないような声で返した。おそらく理解してはいないだろう。
 何故ならヨシタケが知っている「ざまぁ」は、物語のジャンルやストーリーの展開、相手を馬鹿にする時などに使う言葉であって、決して攻撃手段として使うことはないからだ。
 まぁ、精神的にはダメージを負うかもしれないが、肉体的には無傷だ。それに、言葉が通じぬモンスターまで「ざまぁ」で倒せるとは到底思えない。
 ヨシタケの頭の中は疑問だらけだった。

 しかし、女神はヨシタケの返答の意味を「話を理解した」という意味だと思い込み、それ以上の説明はしてくれなかった。

「では、"ざまぁ"と言う練習をしてみましょう! なかなか日常会話で使うことがない単語ですから、転生する前に言い慣れておかないと! 正確には〈ザマァ〉という呪文なのですが、発音はほぼ同じなので、問題はないと思います」
「分かりました。ところで、足元がすげー寒いんですけど、どうにかなりませんかね?」

 ヨシタケとしては暗に、「地上に下ろしてくれ」と言ったつもりだったのだが、女神は予想の斜め上の返答をした。

「あー、ごめんなさい。この雲海、ドライアイスを気化させて作ってるんです。さすがにプロジェクターだけだと、立体感が出なくて……"ざまぁ"と言う練習を終えたら、すぐに転生させますから、それまで辛坊していて下さいね」
「ドライアイス? プロジェクター? じゃあ、ここって本当はあの世じゃないんじゃ……」
「ちゃんとあの世ですよ? 雲海はありませんけど」
「……」

 衝撃の事実にヨシタケが絶句する中、女神は強引に練習を始めた。

「では練習、始めますよー。私が言った"ざまぁ"よりもテンションを上げて、"ざまぁ"と言って下さいね?」
「……はい」
「では、行きますねー」

 女神はすぅっと息を吸い込むと、ヨシタケを指差し、元気良く言った。

「"ざまぁ"!」
「ざ、ざまぁ……」

 言われるままに、ヨシタケも後に続く。
 正直、ヨシタケは「ざまぁ」の練習よりも、本当は自分がどんな場所にいるのか気になって仕方なかった。
 プロジェクターの景色に目を凝らすと、ドアノブ的な突起が見えたが、そんな疑問を払拭させるように女神はヨシタケを叱咤した。

「声が小さい! もう一回! "ざまぁ"!」
「ざ、ざまぁ……!」
「もっと、相手を小馬鹿にする感じで! "ざまぁ"!」
「ざ、ざまぁ!」

 ざまぁと繰り返すたびに、頭の中でエリとランスの顔が浮かび、ヨシタケは怒りを募らせる。
 そのわずかな表情の変化を、女神は見逃さなかった。

「いいですよー、いい顔してますよー! 今度はちょっと、伸ばしてみましょうか! はい、"ざまぁぁ"!」
「ざ、ざまぁぁ!」
「どんどん伸ばしていきますよー! "ざまぁぁぁぁ"!」
「ざ、ざまぁぁぁぁ!」
「もっと全体的に声高に! 鼻につく感じで! "ざまぁぁぁぁぁぁ"!」
「ざまぁぁぁぁぁぁ!」
「いいですよ、いいですよー! その声のトーンのまま、発音も意識してみましょう! はい、"ザマァァァァァァ"!」
「ザマァァァァァァ!」
「では最後の仕上げに、腹の底から大声を張り上げて! せーの、"ザマァァァァァァッ"!」
「ザマァァァァァァッ!」

 二人が在らん限りの大声で「ザマァ」を叫んだその時、ドアノブ的な突起がひとりでに回転し、外からスーツ姿の男がひょっこり顔を出した。ヨシタケと同じ、どこにでもいそうな、平凡な顔の男だった。
 男はヨシタケと女神を睨むと、叱った。

「うるさい。後がつかえてるんだから、早く済ませてくれ」
「あー、ごめんなさい。もう終わったんで、大丈夫ですよ」

 女神は男に謝ると、背中に背負っていた白く大きな翼を下ろし、長い金髪のカツラと白装束を脱ぎ捨てた。
 女神の実際の髪は肩につかない長さのボブヘアで、白装束の下には現代的な白いスーツを着ていた。

「それではヨシタケさん、良い異世界生活を。勇者としての活躍、期待しております! "ザマァッ"!」
「〈ザマァ〉ッ!」

 目の前で何が起こっているのか理解しきれぬまま、ヨシタケは反射的にザマァで返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

旅の道連れ、さようなら【短編】

キョウキョウ
ファンタジー
突然、パーティーからの除名処分を言い渡された。しかし俺には、その言葉がよく理解できなかった。 いつの間に、俺はパーティーの一員に加えられていたのか。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...