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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』
第十二話「懐虫電燈未練街店」⑶
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ナナコは路面電車に乗り、未練街に戻った。
由良がいる魔女の家に向かうため、路線図を眺めていたところ、渡来屋に声をかけられた。彼は商店街に先回りし、由良が戻ってくるのを待っていた。
「おい。なぜまだいる?」
「あ、貴方は……ライムライトでナンパしてきた人! まだあきらめていなかったんですか?!」
「違う。お前を助けようとしただけだ」
渡来屋は由良を現実に帰すため、彼女とナナコの後をずっと尾けていた。二人の会話から、ナナコが主人に会うために現実へ戻ったことも知っていた。
ナナコは事情を話し、自分も由良を現実に帰すために協力させてほしいと頼んだ。
「待て。あいつ、〈探し人〉なのか?」
「そうですよ。ご存知なかったんですか?」
「……全く気づかなかった」
渡来屋は魔女の家行きの電車ではなく、商店街の間を通っている水路に向かった。
地中の暗渠へ通じる入口のベルを鳴らすと、奥から黒いローブを被った船頭が現れた。船に黒猫は乗っていなかった。
「桜世。由良を、俺によく似た女を見なかったか?」
「えぇ。添野由良様でしたら、永遠野様のお屋敷へお運びしましたが」
「チッ、ひと足遅かったか。どこから乗せた?」
「守秘義務がありますので……お答えできません」
「永遠野の手先め。もういい、戻れ」
「ついでにお知らせを。じきに春になりますので、しばらく出払っております」
「花見の屋形船だろう? 毎年毎年、よくやるな」
「好評ですので」
船頭は微笑み、水路へ戻った。
「いいんですか? 私達もお屋敷に送ってもらわなくて」
「あぁ。永遠野は俺を嫌っている。行ったところで追い返されるだけだ」
「でしたら、私だけでも」
「あんたは人が良すぎる。上手く言いくるめられて、屋敷から出られなくなるぞ」
由良が魔女の家にいるのは分かったが、手の打ちようがない。こうしている間にも、由良は永遠野に洗脳されているかもしれない。
万策尽きたかと思ったそのとき、
「ニャア」
と、翡翠色の瞳をした黒猫に声をかけられた。各所にいる黒猫、ベラドンナにそっくりだった。
「まぁ。可愛い猫ちゃん」
「気をつけろ。そいつは永遠野の目だ。うかつに近づくな」
警戒する渡来屋をよそに、ナナコはしゃがみ、黒猫を愛でる。
黒猫はナナコの足へ擦り寄り、ごろんごろんと転がる。かと思えば、急に起き上がり、何もない一点を見つめる。まったく予想のつかない動き……まるで、本物の猫だ。
渡来屋は何かに気づき、ベラドンナの様子をうかがった。
「……ベラドンナ。お前、本物か?」
「……」
黒猫は渡来屋を見上げ、「ついて来い」とでも言いたげに歩き出す。
渡来屋が追い、ナナコも後に続いた。建物と建物の間を抜け、階段を上り、屋上から屋上へ移動し、階段を下り、再び建物と建物の間を抜ける。
案内されたのは懐虫電燈だった。無人である点を除けば、営業していた当時のままだ。
「こんなところにあったのか……」
「このお店のこと、ご存知なんですか?」
「昔、俺の主人が経営していた喫茶店だ。この〈心の落とし物〉の主人は、俺の主人ではないが」
「?」
黒猫は渡来屋とナナコを店に入れると、一旦ドアを閉め、再び開けた。
すると、どこかの物置きにつながった。暗がりの中、たくさんのドアが転がっている。
「ここは?」
「永遠野の屋敷の物置きだ。由良もどこかにいるはずだ」
「助けに行かないと!」
ナナコが一歩、足を踏み入れる。途端に、
「ニャーッ!」「フシャーッ!」「ミャッ!」
「きゃっ! 猫ちゃんがいっぱい?!」
ベラドンナによく似た黒猫が闇の中から飛び出し、ナナコを威嚇した。
慌ててドアを閉める。わずかに隙間を開けると、黒猫たちがこちらを凝視していた。
「……どうします?」
「中には入れないな。声をかけても、届くかどうか」
渡来屋は帽子と外套と手袋を脱ぐと、白いシャツの上に懐虫電燈のエプロンを着た。
「においで誘導するしかない。手伝え」
「は、はい」
コーヒーと調理器具をあるだけ出し、沸かす。コーヒーの香ばしくも懐かしいにおいはドアの隙間から物置きの外へ、屋敷中へ広がり、由良がいた屋上まで漂った。
「……それでこんなにコーヒーを? なんて回りくどい」
「だが、助かっただろう?」
「まぁ……」
由良は「ありがとうございました」と渡来屋とナナコに頭を下げた。
「では、帰りましょう。添野さんの主人がお待ちですよ」
「その前に、」
由良はカウンターの渡来屋を見上げる。
今までの経験上、〈探し人〉が果たさなくてはならない使命が何かは分かっている。主人が求める〈心の落とし物〉を見つけ、持ち帰ればいい。
"由良"の〈心の落とし物〉は祖母だ。未練街で祖母を見つけ、現実へ連れ帰る……それが当初の目的だった。
だが、永遠野は洋燈町へ帰るのを拒むばかりか、由良をも未練街に留まらせようとしている。説得の余地はない。
(ならせめて、おばあちゃんの話をたくさん持ち帰りたい)
「手を貸さない」と断言しながらも、なんだかんだ由良を守ろうとしていた渡来屋。由良を魔女の家から遠ざけようとしたのも、永遠野の素性を知っていたからだろう。祖母とはしばらく会っていないと言っていたが、それも由良を未練街に行かせないための嘘だったのかもしれない。
由良は渡来屋に訊ねた。
「教えて。渡来屋さんが知っている、おばあちゃんの……永遠野さんのこと。たぶん私、今のままじゃ帰れない。おばあちゃんを連れて帰れないなら、せめて知らないと」
「いいだろう」
渡来屋は由良のコーヒーのおかわりを注ぐ。ナナコも「カフェオレなら」と欲しがったので、彼女の分も用意した。
「始めに伝えておくことがある。永遠野はお前の祖母……美緑じゃない」
「……え?」
由良がいる魔女の家に向かうため、路線図を眺めていたところ、渡来屋に声をかけられた。彼は商店街に先回りし、由良が戻ってくるのを待っていた。
「おい。なぜまだいる?」
「あ、貴方は……ライムライトでナンパしてきた人! まだあきらめていなかったんですか?!」
「違う。お前を助けようとしただけだ」
渡来屋は由良を現実に帰すため、彼女とナナコの後をずっと尾けていた。二人の会話から、ナナコが主人に会うために現実へ戻ったことも知っていた。
ナナコは事情を話し、自分も由良を現実に帰すために協力させてほしいと頼んだ。
「待て。あいつ、〈探し人〉なのか?」
「そうですよ。ご存知なかったんですか?」
「……全く気づかなかった」
渡来屋は魔女の家行きの電車ではなく、商店街の間を通っている水路に向かった。
地中の暗渠へ通じる入口のベルを鳴らすと、奥から黒いローブを被った船頭が現れた。船に黒猫は乗っていなかった。
「桜世。由良を、俺によく似た女を見なかったか?」
「えぇ。添野由良様でしたら、永遠野様のお屋敷へお運びしましたが」
「チッ、ひと足遅かったか。どこから乗せた?」
「守秘義務がありますので……お答えできません」
「永遠野の手先め。もういい、戻れ」
「ついでにお知らせを。じきに春になりますので、しばらく出払っております」
「花見の屋形船だろう? 毎年毎年、よくやるな」
「好評ですので」
船頭は微笑み、水路へ戻った。
「いいんですか? 私達もお屋敷に送ってもらわなくて」
「あぁ。永遠野は俺を嫌っている。行ったところで追い返されるだけだ」
「でしたら、私だけでも」
「あんたは人が良すぎる。上手く言いくるめられて、屋敷から出られなくなるぞ」
由良が魔女の家にいるのは分かったが、手の打ちようがない。こうしている間にも、由良は永遠野に洗脳されているかもしれない。
万策尽きたかと思ったそのとき、
「ニャア」
と、翡翠色の瞳をした黒猫に声をかけられた。各所にいる黒猫、ベラドンナにそっくりだった。
「まぁ。可愛い猫ちゃん」
「気をつけろ。そいつは永遠野の目だ。うかつに近づくな」
警戒する渡来屋をよそに、ナナコはしゃがみ、黒猫を愛でる。
黒猫はナナコの足へ擦り寄り、ごろんごろんと転がる。かと思えば、急に起き上がり、何もない一点を見つめる。まったく予想のつかない動き……まるで、本物の猫だ。
渡来屋は何かに気づき、ベラドンナの様子をうかがった。
「……ベラドンナ。お前、本物か?」
「……」
黒猫は渡来屋を見上げ、「ついて来い」とでも言いたげに歩き出す。
渡来屋が追い、ナナコも後に続いた。建物と建物の間を抜け、階段を上り、屋上から屋上へ移動し、階段を下り、再び建物と建物の間を抜ける。
案内されたのは懐虫電燈だった。無人である点を除けば、営業していた当時のままだ。
「こんなところにあったのか……」
「このお店のこと、ご存知なんですか?」
「昔、俺の主人が経営していた喫茶店だ。この〈心の落とし物〉の主人は、俺の主人ではないが」
「?」
黒猫は渡来屋とナナコを店に入れると、一旦ドアを閉め、再び開けた。
すると、どこかの物置きにつながった。暗がりの中、たくさんのドアが転がっている。
「ここは?」
「永遠野の屋敷の物置きだ。由良もどこかにいるはずだ」
「助けに行かないと!」
ナナコが一歩、足を踏み入れる。途端に、
「ニャーッ!」「フシャーッ!」「ミャッ!」
「きゃっ! 猫ちゃんがいっぱい?!」
ベラドンナによく似た黒猫が闇の中から飛び出し、ナナコを威嚇した。
慌ててドアを閉める。わずかに隙間を開けると、黒猫たちがこちらを凝視していた。
「……どうします?」
「中には入れないな。声をかけても、届くかどうか」
渡来屋は帽子と外套と手袋を脱ぐと、白いシャツの上に懐虫電燈のエプロンを着た。
「においで誘導するしかない。手伝え」
「は、はい」
コーヒーと調理器具をあるだけ出し、沸かす。コーヒーの香ばしくも懐かしいにおいはドアの隙間から物置きの外へ、屋敷中へ広がり、由良がいた屋上まで漂った。
「……それでこんなにコーヒーを? なんて回りくどい」
「だが、助かっただろう?」
「まぁ……」
由良は「ありがとうございました」と渡来屋とナナコに頭を下げた。
「では、帰りましょう。添野さんの主人がお待ちですよ」
「その前に、」
由良はカウンターの渡来屋を見上げる。
今までの経験上、〈探し人〉が果たさなくてはならない使命が何かは分かっている。主人が求める〈心の落とし物〉を見つけ、持ち帰ればいい。
"由良"の〈心の落とし物〉は祖母だ。未練街で祖母を見つけ、現実へ連れ帰る……それが当初の目的だった。
だが、永遠野は洋燈町へ帰るのを拒むばかりか、由良をも未練街に留まらせようとしている。説得の余地はない。
(ならせめて、おばあちゃんの話をたくさん持ち帰りたい)
「手を貸さない」と断言しながらも、なんだかんだ由良を守ろうとしていた渡来屋。由良を魔女の家から遠ざけようとしたのも、永遠野の素性を知っていたからだろう。祖母とはしばらく会っていないと言っていたが、それも由良を未練街に行かせないための嘘だったのかもしれない。
由良は渡来屋に訊ねた。
「教えて。渡来屋さんが知っている、おばあちゃんの……永遠野さんのこと。たぶん私、今のままじゃ帰れない。おばあちゃんを連れて帰れないなら、せめて知らないと」
「いいだろう」
渡来屋は由良のコーヒーのおかわりを注ぐ。ナナコも「カフェオレなら」と欲しがったので、彼女の分も用意した。
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