心の落とし物

緋色刹那

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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』

第十二話「懐虫電燈未練街店」⑵

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 由良は渡来屋が淹れた大量のコーヒーを飲みながら、ナナコが未練街に戻ってくるまでの経緯を聞いた。祖父が淹れたコーヒーと全く同じ味なのが懐かしく、腹立たしかった。
 ナナコは未練街を脱した後、本物の夏彦と再会した。未練街は夏だったが、現実は冬のはじめだった。夏彦は誰も見舞いに来ない病室で一人、死を待つばかりでいた。
 ナナコが病室に現れた瞬間、夏彦の目に光が戻った。
「おぉ、貴方はいつぞやの」
 夏彦には〈心の落とし物〉であるナナコが見えていた。記憶が混濁しているのか、ナナコを本物の「彼女」だと思い込んでいた。思い出は色あせずとも、本物の彼女は年老いているというのに。
 ナナコは夏彦のため、「彼女」のフリをした。
「お久しぶりです。今日は貴方のためだけにお見舞いに参りました。もう長くないとお聞きしたものですから」
「お優しい方だ。最期にお会いできて良かった。これを貴方に渡したかったんです。どうか私のように、孤独に死にゆく人達を看取ってあげてください」
 夏彦はシワだらけの手で、「彼女」に渡せなかった蝶の髪飾りをナナコに渡した。ナナコが髪につけて見せると、安心した様子で息を引き取った。
 夏彦の葬儀にも参列した。最期の最期を見送り、「私もじきに消えるのね」とその時を待った。しかし、一日、一週間、一ヶ月経っても消えなかった。
 後に渡来屋に教わったが、ナナコは〈分け御霊〉になっていた。〈心の落とし物〉や〈探し人〉は主人から思い出の分身ともいえる「物」をもらうと、それを核に〈分け御霊〉へと生まれ変わる。主人が最期に残した願いを果たすため、主人が死してなお生き続けるのだ。ナナコの場合、「物」は髪飾り、「願い」は「孤独に死にゆく人達を看取ってあげてほしい」という夏彦の遺言だった。
「きっと、夏彦さんが時間をくださったのね」
 ナナコは都合の良いように考え、残りの時間を有意義に使うと決めた。
 そこで立ち寄ったのが、由良の主人が経営している喫茶店LAMPだった。由良の主人がどんな人か、どんなお店を経営しているのか、純粋に興味があった。
 それに、ナナコが現実に戻って一ヶ月以上経っているのだから、〈探し人〉の由良はとっくに主人のもとへ戻っているはず。あの後、無事に祖母に会えたのか知りたかった。
「いらっしゃいませ」
 由良の主人は、〈分け御霊〉であるナナコにも客として接した。他の店員や客にはナナコが見えていないようで、ナナコと会話する由良の主人を不思議そうに見ていた。
「はじめまして。添野さんの主人さんですか?」
「主人?」
 由良の主人はナナコのことを知らなかった。
(添野さん、まだ戻っていないんだわ)
 ナナコは未練街で〈探し人〉の由良と会った話をした。ライムライトでの出会い、夏彦の〈探し人〉と再会するまでの長い道のり、病院群の前で別れたこと……。
 由良の主人は〈心の落とし物〉や〈探し人〉に詳しかった。突拍子のないナナコの話にも、真剣に耳を傾けてくれた。
「どうりで。春の終わり頃から、何か大切なことを忘れている気がしていたんです。だけど、それが何か思い出せなかった。私の〈探し人〉がそこまで必死に探しているってことは、よほど大事な〈心の落とし物〉なんでしょうね」
「おばあ様のこと、覚えていないんですか?」
「覚えていないも何も、私が生まれる前に亡くなったのでよく知らないんです。むしろ、私が訊きたいですよ。どうして、私の〈探し人〉は祖母のことを知っているんでしょう?」
 由良の主人は考えこんだ末、ナナコに頼んだ。
「お願いします、私の〈探し人〉を連れてきてくれませんか? 本当は知り合いに頼めればいいんですけど、留守みたいなので。代わりに、本日のお代はチャラにしますから」
 ナナコはほうれん草のマカロニグラタン、キッシュ、抹茶ぜんざい、緑茶の飲み比べセット、その他五品ほど平らげていた。



「……食べすぎじゃないですか?」
「未練街には温かい食べ物がなかったので、珍しくてつい」
 ナナコは恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「人でないと分かって、ショックか?」
 由良は「いいえ」と柔らかく微笑んだ。
「むしろ安心した。私が本物だったら、添野由良という人間も、LAMPも消えていたわけだし」
「まぁな。そこまでバカではなかったらしい」
「むっ」
「賢いぞ、由良! それでこそ、俺の主人の孫! とおっしゃっています」
「勝手に訳すな」
 ところで、と由良は厨房に並べられた大量のサイフォンを指差した。
「どうしてこんな大量にコーヒーを沸かしたの? 私を助けるためって言っていたけど。そもそも、なぜ未練街に懐虫電燈が? ここも誰かの〈心の落とし物〉なわけ?」
「あぁ。あいつが連れてきた」
 ニャア、と黒い毛玉がカウンターの上に飛び乗る。翡翠色の瞳の黒猫……永遠野の手先の黒猫にそっくりだ。
 黒猫はフンスフンスと由良の手のにおいをかぎ、すり寄る。温かい。今まで会った黒猫とは、根本的に何かが違う気がした。
「この子……もしかして本物の猫?」
「ベラドンナだ。美緑が飼っていた猫で、美緑が未練街に行く直前に行方不明になっていた。俺も驚いたよ。まさか、未練街にいたとはな」
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