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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』
第九話「〈心の落とし物〉回収場」⑸
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由良は後輩がその後どうしたのか、観客達にありのまま話した。
後輩はかつての先輩を会社に連れ戻すため、彼女が始めた喫茶店を訪れた。先輩は会社にいた頃とは別人のように、生き生きとしていた。
その姿を見た瞬間、後輩は自分の考えが間違っていたと知った。
『会社へ連れ戻すなんてとんでもない。先輩の居場所は、ここなんだ』
後輩は先輩を連れ戻すのを諦め、彼女を説得しないまま、喫茶店を後にした。同時に、先輩のような目標を持ちたいと望むようになった。
「その話、本当ですか?」
半信半疑のシャーリーに、由良は頷いた。
「えぇ。本人の口から聞いたので間違いありません。もっとも、彼が私を前の会社に連れ戻すために来たと知ったのは、ついさっきですが」
当時は素直に、開店を祝いに来てくれたのだと思っていた。今思えば、彼は店にいる間中ずっと、何か言いたげな顔をしていたかもしれない。
思いがけず、映画の結末を知り、子供達と観客は大いに盛り上がった。
「すごい! まさか、当事者から結末を聞けるなんて思わなかったよ!」
「素敵なラストね」
「事実かどうかはともかく、あの映画が面白く思えてきたな」
「私、欲しいかも」
誰ともなく、拍手が起こる。
おかげで、後輩の〈心の落とし物〉はフィルムとして価値があると認められ、競売にかけられると決まった。由良が話した後日談も、オマケで付くらしい。
由良は後輩の〈心の落とし物〉を守りきり、安堵した。
次に上映されたのは、自分が他人を愛せない体質だと気づいてしまった女性の〈心の落とし物〉の記憶だった。
ある女性が恋に落ちた。初恋だった。
しかし時が経つにつれ、女性はそれが恋ではなく、憧れだったと気づいた。
女性は記憶をさかのぼり、本当の初恋相手が誰だったのか思い出そうとした。ところが、いずれの相手も憧れていただけで、恋をしていた相手はひとりもいなかった。
『……どうしよう。私は他人を愛せない体質なのかもしれない』
女性はひどく落ち込んだ。
そして、もう二度と虚しい思いをしないよう、他人とは深く関わらないと誓った。
「悲しい話ね」
「そう? 彼女が薄情なだけじゃない?」
女性の悲痛な運命に、一部の観客が同情する一方で、ラストの後味の悪さに、場の盛り上がりはイマイチ欠けていた。
特に、初恋を知らない子供達にはピンと来なかったようで、年長者のシャーリーとオズ以外はポカーンとしていた。
「グスッ、かわいそう。一生他人と関われない人生なんて、私だったら耐えられないです。由良さん、あの女性が幸せになれる未来はないんでしょうか?」
「さ、さぁ?」
「そんなことないですよね? ありますよね?」
「えーっと……」
シャーリーは期待のこもった眼差しで、由良を見つめる。
後輩のときのように、彼女の後日談を聴きたいのだろう。しかし残念ながら、今回は由良とは無関係の〈心の落とし物〉の記憶である。
由良はやむなく、「想像で」彼女のその後を語った。
「例えば、彼女が最初に憧れた相手と再会するなんてどうでしょうか? そして今度こそ、恋をするのです」
「恋を?」
自然と、周囲の興味が由良に集まる。
「時を経て印象が変わったか、その相手は特別だったのか。どちらにしても、彼女は自分が他人を愛せない体質ではなかったと気づく……なんて未来も、あるかもしれませんね」
「素敵な未来! それなら彼女も、また他人を愛せるようになりますね!」
「私の完全な妄想ですよ?」
「あのまま終わってしまうより、ずっといいです」
他の観客も同意する。その映画も、価値ある記憶として残されることに決まった。
これをキッカケに、映画のその後を想像するのが定番になった。由良以外の観客もそれぞれ勝手に想像し、話を膨らませていった。
最終的に、価値があると認められたフィルムは、これまでで過去最大の数になった。
試写会が終わった後、オズが由良に礼を言いに来た。
「映画の続きを話してくれてありがとう。今日はいつもよりたくさんの〈心の落とし物〉を救えた。この調子なら、次回も肥料にする〈心の落とし物〉を減らせる」
「いいんですか? 心果の肥料が減って」
「俺の……前任者の元々の目的は、むやみに捨てられてしまう〈心の落とし物〉を救うことだ。昔ここは回収場ではなく、ゴミ処理場だったんだよ」
オズは現実でも未練街でも行き場がなく、杵間じいさんという〈探し人〉に拾われた。
杵間じいさんは魔女から、捨てられた〈心の落とし物〉の管理を任されていた。当時はオズ以外の子供はおらず、杵間じいさんがひとりで回収場を運営していた。
魔女は必要な〈心の落とし物〉以外は全て、心果の肥料にするよう命じた。しかし杵間じいさんは捨てられた〈心の落とし物〉を憐れみ、こっそりフィルムに加工し、映画として販売・上映していた。
最初は杵間じいさんとオズしか観客はいなかったが、どこから嗅ぎつけたのか「タダで映画が観られる」と、娯楽に飢えた〈探し人〉が集まるようになった。
「あの頃は貴方のように、足りないシーンはみんなで想像して楽しんでいた。だけど、永遠野さんに〈心の落とし物〉をフィルムに変えていたことがバレて、杵間じいさんは追い出された。記憶としても価値のない〈心の落とし物〉は肥料に回すって条件で、俺が責任者になってからも試写会は続けてもいいことになったけど、俺は杵間じいさんや貴方のように、明るい未来は想像できなかった。今のようなつまらない試写会になったのは、俺のせいだ」
「おじいさんの行方は?」
オズは「分からない」と首を振った。
「自分の〈心の落とし物〉を見つけるって、旅に出たきり。持っていった心果が切れて、もう何年も経っているし、たぶん消滅したと思う。今は諦めて、じいさんの記憶が宿った〈心の落とし物〉を探しているよ。みんなが杵間じいさんを忘れないよう、フィルムに加工して保存したいんだ」
「きっと見つかりますよ。あんなにたくさんあるんですから」
由良が指差した先で、大人の〈探し人〉が回収場の〈心の落とし物〉を抱えて走っている。自転車に乗った子供の〈探し人〉に追いつかれ、畳で簀巻きにされた。
「ボスー! 捕まえましたー!」
「今行く!」
最後に、オズは言った。
「少し待っていて。人がいなくなったら、隠し通路へ案内してやるから」
(第十話へつづく)
後輩はかつての先輩を会社に連れ戻すため、彼女が始めた喫茶店を訪れた。先輩は会社にいた頃とは別人のように、生き生きとしていた。
その姿を見た瞬間、後輩は自分の考えが間違っていたと知った。
『会社へ連れ戻すなんてとんでもない。先輩の居場所は、ここなんだ』
後輩は先輩を連れ戻すのを諦め、彼女を説得しないまま、喫茶店を後にした。同時に、先輩のような目標を持ちたいと望むようになった。
「その話、本当ですか?」
半信半疑のシャーリーに、由良は頷いた。
「えぇ。本人の口から聞いたので間違いありません。もっとも、彼が私を前の会社に連れ戻すために来たと知ったのは、ついさっきですが」
当時は素直に、開店を祝いに来てくれたのだと思っていた。今思えば、彼は店にいる間中ずっと、何か言いたげな顔をしていたかもしれない。
思いがけず、映画の結末を知り、子供達と観客は大いに盛り上がった。
「すごい! まさか、当事者から結末を聞けるなんて思わなかったよ!」
「素敵なラストね」
「事実かどうかはともかく、あの映画が面白く思えてきたな」
「私、欲しいかも」
誰ともなく、拍手が起こる。
おかげで、後輩の〈心の落とし物〉はフィルムとして価値があると認められ、競売にかけられると決まった。由良が話した後日談も、オマケで付くらしい。
由良は後輩の〈心の落とし物〉を守りきり、安堵した。
次に上映されたのは、自分が他人を愛せない体質だと気づいてしまった女性の〈心の落とし物〉の記憶だった。
ある女性が恋に落ちた。初恋だった。
しかし時が経つにつれ、女性はそれが恋ではなく、憧れだったと気づいた。
女性は記憶をさかのぼり、本当の初恋相手が誰だったのか思い出そうとした。ところが、いずれの相手も憧れていただけで、恋をしていた相手はひとりもいなかった。
『……どうしよう。私は他人を愛せない体質なのかもしれない』
女性はひどく落ち込んだ。
そして、もう二度と虚しい思いをしないよう、他人とは深く関わらないと誓った。
「悲しい話ね」
「そう? 彼女が薄情なだけじゃない?」
女性の悲痛な運命に、一部の観客が同情する一方で、ラストの後味の悪さに、場の盛り上がりはイマイチ欠けていた。
特に、初恋を知らない子供達にはピンと来なかったようで、年長者のシャーリーとオズ以外はポカーンとしていた。
「グスッ、かわいそう。一生他人と関われない人生なんて、私だったら耐えられないです。由良さん、あの女性が幸せになれる未来はないんでしょうか?」
「さ、さぁ?」
「そんなことないですよね? ありますよね?」
「えーっと……」
シャーリーは期待のこもった眼差しで、由良を見つめる。
後輩のときのように、彼女の後日談を聴きたいのだろう。しかし残念ながら、今回は由良とは無関係の〈心の落とし物〉の記憶である。
由良はやむなく、「想像で」彼女のその後を語った。
「例えば、彼女が最初に憧れた相手と再会するなんてどうでしょうか? そして今度こそ、恋をするのです」
「恋を?」
自然と、周囲の興味が由良に集まる。
「時を経て印象が変わったか、その相手は特別だったのか。どちらにしても、彼女は自分が他人を愛せない体質ではなかったと気づく……なんて未来も、あるかもしれませんね」
「素敵な未来! それなら彼女も、また他人を愛せるようになりますね!」
「私の完全な妄想ですよ?」
「あのまま終わってしまうより、ずっといいです」
他の観客も同意する。その映画も、価値ある記憶として残されることに決まった。
これをキッカケに、映画のその後を想像するのが定番になった。由良以外の観客もそれぞれ勝手に想像し、話を膨らませていった。
最終的に、価値があると認められたフィルムは、これまでで過去最大の数になった。
試写会が終わった後、オズが由良に礼を言いに来た。
「映画の続きを話してくれてありがとう。今日はいつもよりたくさんの〈心の落とし物〉を救えた。この調子なら、次回も肥料にする〈心の落とし物〉を減らせる」
「いいんですか? 心果の肥料が減って」
「俺の……前任者の元々の目的は、むやみに捨てられてしまう〈心の落とし物〉を救うことだ。昔ここは回収場ではなく、ゴミ処理場だったんだよ」
オズは現実でも未練街でも行き場がなく、杵間じいさんという〈探し人〉に拾われた。
杵間じいさんは魔女から、捨てられた〈心の落とし物〉の管理を任されていた。当時はオズ以外の子供はおらず、杵間じいさんがひとりで回収場を運営していた。
魔女は必要な〈心の落とし物〉以外は全て、心果の肥料にするよう命じた。しかし杵間じいさんは捨てられた〈心の落とし物〉を憐れみ、こっそりフィルムに加工し、映画として販売・上映していた。
最初は杵間じいさんとオズしか観客はいなかったが、どこから嗅ぎつけたのか「タダで映画が観られる」と、娯楽に飢えた〈探し人〉が集まるようになった。
「あの頃は貴方のように、足りないシーンはみんなで想像して楽しんでいた。だけど、永遠野さんに〈心の落とし物〉をフィルムに変えていたことがバレて、杵間じいさんは追い出された。記憶としても価値のない〈心の落とし物〉は肥料に回すって条件で、俺が責任者になってからも試写会は続けてもいいことになったけど、俺は杵間じいさんや貴方のように、明るい未来は想像できなかった。今のようなつまらない試写会になったのは、俺のせいだ」
「おじいさんの行方は?」
オズは「分からない」と首を振った。
「自分の〈心の落とし物〉を見つけるって、旅に出たきり。持っていった心果が切れて、もう何年も経っているし、たぶん消滅したと思う。今は諦めて、じいさんの記憶が宿った〈心の落とし物〉を探しているよ。みんなが杵間じいさんを忘れないよう、フィルムに加工して保存したいんだ」
「きっと見つかりますよ。あんなにたくさんあるんですから」
由良が指差した先で、大人の〈探し人〉が回収場の〈心の落とし物〉を抱えて走っている。自転車に乗った子供の〈探し人〉に追いつかれ、畳で簀巻きにされた。
「ボスー! 捕まえましたー!」
「今行く!」
最後に、オズは言った。
「少し待っていて。人がいなくなったら、隠し通路へ案内してやるから」
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