心の落とし物

緋色刹那

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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』

第九話「〈心の落とし物〉回収場」⑶

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「渡来屋さん、ずいぶん嫌われ者なんですね」
「あいつは〈心の落とし物〉を盗む常習犯なんだ。永遠野様直々に、指名手配されている。でも、貴方を警戒したのは、渡来屋の仲間かもしれないってだけじゃない」
「というと?」
「貴方がだから」
 少年は淡々と語った。
「回収場に集められた〈心の落とし物〉は、商品として市場に流されるか、として再利用される。どちらも大切な街の資源だ。それを大人達は自分勝手な理由で奪おうとする。新しいものを追いかける子供より、過去に立ち止まったままの大人のほうが、〈心の落とし物〉に対する執着心が強い。街のルールなんかより、欲しいものを手に入れるほうを優先するんだ。中には、売るために持っていこうとするやつもいる。渡来屋はその筆頭だ」
「……」
「だから、大人は回収場への立ち入りが禁止されている。前は大人の職員もいたけど、ほとんどが〈心の落とし物〉に手を出した。最後まで続けられた人は、貴方のように〈心の落とし物〉が物じゃなかった〈探し人〉だけだ」
 回収場に子供しかいない理由が、やっと分かった。それから、少年が急に由良を信じる気になったわけも。
 続けて、少年は由良に提案した。
「永遠野さんの家に行きたいと言っていたよね? 俺達の仕事を手伝ってくれるなら、近道を教えてやってもいいよ」
「ボス?!」
「大人なんかに教えたら、悪いことに使われるだけだって!」
 子供達がざわつく。工場の少女が話していた「隠し通路」のことかもしれない。
 由良は少年の気が変わる前にと、仕事の内容も知らないまま承諾した。
「分かりました。やります」



「おっっっも」
 数分後、由良はとてつもなく重い箱を運ばされていた。中身は知らないが、「落としたら追い出す」と念を押されている。
 手足をぷるぷる震わせ、工場から入口近くの格納庫へ運ぶ。その横を、数人でひとつの箱を抱えた子供達が颯爽と抜き去っていった。
「なんだよ。大人のくせに軟弱だなぁ」
「大人でも限度はあるのよ。そもそもこれ、何が入っているの?」
「フィルムだよ。試写会で流すの」
 子供の言った通り、格納庫では試写会の準備が進められていた。機材をセットしたり、格納庫の壁にスクリーン代わりの白い大きなシーツを張ったりしている。
 その中には、工場で由良に忠告した少女も混じっていた。少女は由良を見つけると、安堵した様子で駆け寄り、箱の運搬に手を貸した。
「良かった。無事だったんですね」
「えぇ。魔女の家への近道も教えてもらえることになりました。対価として、労働させられていますけど」
「優しい方です。いつもだったら、問答無用で追い出されていますよ。よほど、オズ君に気に入られたんですね」
「オズ君?」
 少女は「彼ですよ」と、周りの子供に「ボス」と呼ばれている年長者の少年を指差した。
 慌ただしく動き回り、他の子供達に指示を出している。少女が手を振ると、気だるそうに手を振り返してきた。
「それって、本名?」
「あだ名です。名字の小塚こづかをもじって、オズと名付けられたと。未練街では主人と区別するために、あだ名で呼び合うことが多いんです」
「貴方も?」
「はい、シャーリーと申します。主人が紗織さおりなので、シャーリー。お姉さんは?」
「添野由良です」
「それって主人の名前ですよね? あだ名はないんですか?」
「うーん……今まで付けてもらったことないんですよね。名字も名前も短くて、呼びやすかったみたいで」
「だったら、私が付けてあげますよ! うんとハイカラなのを!」
 少女はやる気に満ちている。由良の名前を何度も唱え、あーでもないこーでもないと悩んでいた。
「それより、試写会ってどんなことをするんですか? それも仕事のひとつなんですよね?」
「どんなって、ただ映画を見るだけですよ。強いて言えば、面白いとか面白くなかったとか、感想を口にするくらいですかね? 私、ここの仕事で一番、試写会が好きなんです」
「いったい、何の映画を観るんですか?」
「さぁ? それは誰にも分かりません。見てのお楽しみです」



 準備が整うと、子供達はスクリーンの前に集まった。
 回収場の外には、大人や家族連れの客も集まっている。アイスキャンディーやポップコーンの屋台まで出ていた。由良もシャーリーに連れ出され、キウイのアイスキャンディーを購入した。
「大人は敵じゃなかったの?」
「それは〈心の落とし物〉を盗もうとする大人だけです。この人達は映画が観たくて、わざわざ集まっているんです。より多くの反応が得られるので、私達も助かっています。まぁ、中にはどさくさに紛れて盗もうとする人もいるので、警備班がスタンバイしているんですが」
 子供達の中には自転車にまたがり、水鉄砲を携帯している者もいた。スクリーンを気にしながらも、周囲の警戒を怠らない。おそらく、彼らが「警備班」なのだろう。
 由良とシャーリーは年少者に席を譲り、後ろの方で観ることにした。オズも映写機の操作のため、二人の後ろに立っていた。
 照明がゆっくりと落ち、スクリーンに映像が映し出される。



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