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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』
第九話「〈心の落とし物〉回収場」⑵
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由良は再び、ゴミ収集場……もとい、〈心の落とし物〉回収場をさまよう。
しばらく歩いていると、遠目に小さな工場がいくつか見えてきた。ゴウンゴウンと騒々しい。煙突からは天の川のごとく、黄緑色の煙が輝きながら立ち昇っていた。
「さすがに、ここなら誰かいるでしょ」
由良は窓から工場の中を覗く。
仕切りのないだだっ広い空間に、無数のレーンがいくつも伸び、〈心の落とし物〉と思われるガラクタを運んでいる。人形は人形、ぬいぐるみはぬいぐるみと、レーンごとに細かく種類が分けられていた。
レーンの前には、おそろいの黄緑色のキャスケットをかぶった少年少女が等間隔に並び、運ばれてくる〈心の落とし物〉をチェックしている。規格に合わないものは丁寧な手つきで省き、正しいレーンに移す。見たところ子供ばかりで、大人はひとりもいなかった。
ふと、一番窓に近い場所で働いていた少女と目が合った。十代半ばくらいで、子供たちの中で最も年長に見える。
少女は周囲を気にしつつ、そっと持ち場を離れ、窓へ近づいた。隙間を開け、小声で由良に話しかける。
「何のご用ですか? ここは職員以外、立ち入り禁止ですよ」
「すみません。道をお尋ねしたくて、つい。魔女……永遠野花湖さんのお宅はどうやって行ったらいいですか?」
「それなら、路面電車で大通りまで行って、乗り換えですね。回収場の前に停留所がありますから」
「路面電車は訳あって使えないんです。歩きで行く方法を教えてください。遠いのは重々承知ですから」
「……ひょっとして、隠し通路のことをおっしゃっているんですか?」
「隠し通路?」
「しっ!」
少女は周囲を警戒し、さらに声をひそめた。
「ごめんなさい、私の口からはちょっと。お姉さんは大人だし、オズ君も許可してくれないと思います。あきらめて、路面電車に乗ってください」
「でも……」
「そんなことより、早く回収場から出ないと捕まっちゃいますよ。この前も〈心の落とし物〉をごっそり盗まれて、みんな気が立っていますから」
その時、少女は由良の背後を見て、ハッと窓の下へ身を隠した。振り向くと、いつのまにか水鉄砲を構えた大勢の子供たちに囲まれていた。
「そこで何をやっている?!」
「お前、大人だな! 〈心の落とし物〉を盗みに来たんだろ!」
「いや、私は道を訊きたいだけで……」
「嘘をつくな! 早く盗んだものを出せ!」
「渡来屋みたいに上手くいくと思うなよ!」
一瞬、耳を疑った。
たしかに、回収場には多種多様な〈心の落とし物〉が集まっている。渡来屋にとっては宝の山だろう。
それに、ここがどんな場所か知っていたからこそ、由良を回収場行きの電車へ乗せたのかもしれない。
「……渡来屋さん、ここに来たことあるんですか?」
「しょっちゅうだよ! この前もごっそりがっつり持って行かれた!」
「ここへ集められた〈心の落とし物〉は、街の大事な資源になるんだ! 大人たちが好き勝手盗んでいいものじゃない!」
子供たちは渡来屋への怒りを露わにする。
さらに、由良が渡来屋を知っているとばれ、雲行きが怪しくなってきた。
「というかお前、渡来屋のことさん付けで呼んだな」
「怪しい! すっごく怪しい!」
「本当は渡来屋の仲間なんじゃないか?」
「顔もそっくりだし!」
「俺、ボスを呼んでくる!」
子供のひとりが、どこかへ走る。
その間に、由良は両手にオモチャの手錠をはめられた。力づくで抵抗もできたが、誰にも怪我をさせたくはない。
「ボス」を呼びに行った子供が、数人の子供を引き連れて戻ってきた。
その中で最も年長者で、工場の少女と同い年くらいの少年が、怪訝そうに由良を見据えた。周りから距離を置かれているところといい、彼がボスなのは一目瞭然だった。
「見慣れない大人だね。新参者?」
「今日来たばかりです。ここが立ち入り禁止だなんてことも知りませんでした」
「知らないのに来たの?」
「来たくて来たんじゃありません。無理矢理電車に乗せられたんです。本当は永遠野さんの家へ行く予定でした」
「無理矢理って、誰に?」
「渡来屋さんです。確かに、あの人とは前から知り合いですけど、泥棒仲間じゃありません。私も被害者です」
「証拠は?」
由良は魔女の家行きの切符を見せた。ちゃんと今日の日付が入っている。使用後は車掌に破棄されるので、不正のしようがない。
少年は切符を確認し、「確かに」と頷いた。
「突然だけど、正直に答えて欲しい。貴方の〈心の落とし物〉は何?」
「え?」
「〈心の落とし物〉だよ。未練街に来たってことは、何かを探しに来たか、あきらめに来たんじゃないの?」
少年は由良を自分達と同じ、〈探し人〉だと思い込んでいるらしい。由良は人間であることは伏せ、未練街へ来た理由を〈心の落とし物〉として話した。
「祖母を探しに来たんです。未練街にいるのは確かなんですが、居場所が分からないので永遠野さんにお尋ねしようと思いまして」
「物じゃないんだね?」
「はい」
途端に、少年は警戒を緩めた。
「分かった、貴方を信じるよ。手荒な扱いして悪かった」
少年は周りの子供に指示し、由良の手錠を外させた。構えていた水鉄砲も下ろすよう命じる。
子供達は渋々、少年の指示に従った。
しばらく歩いていると、遠目に小さな工場がいくつか見えてきた。ゴウンゴウンと騒々しい。煙突からは天の川のごとく、黄緑色の煙が輝きながら立ち昇っていた。
「さすがに、ここなら誰かいるでしょ」
由良は窓から工場の中を覗く。
仕切りのないだだっ広い空間に、無数のレーンがいくつも伸び、〈心の落とし物〉と思われるガラクタを運んでいる。人形は人形、ぬいぐるみはぬいぐるみと、レーンごとに細かく種類が分けられていた。
レーンの前には、おそろいの黄緑色のキャスケットをかぶった少年少女が等間隔に並び、運ばれてくる〈心の落とし物〉をチェックしている。規格に合わないものは丁寧な手つきで省き、正しいレーンに移す。見たところ子供ばかりで、大人はひとりもいなかった。
ふと、一番窓に近い場所で働いていた少女と目が合った。十代半ばくらいで、子供たちの中で最も年長に見える。
少女は周囲を気にしつつ、そっと持ち場を離れ、窓へ近づいた。隙間を開け、小声で由良に話しかける。
「何のご用ですか? ここは職員以外、立ち入り禁止ですよ」
「すみません。道をお尋ねしたくて、つい。魔女……永遠野花湖さんのお宅はどうやって行ったらいいですか?」
「それなら、路面電車で大通りまで行って、乗り換えですね。回収場の前に停留所がありますから」
「路面電車は訳あって使えないんです。歩きで行く方法を教えてください。遠いのは重々承知ですから」
「……ひょっとして、隠し通路のことをおっしゃっているんですか?」
「隠し通路?」
「しっ!」
少女は周囲を警戒し、さらに声をひそめた。
「ごめんなさい、私の口からはちょっと。お姉さんは大人だし、オズ君も許可してくれないと思います。あきらめて、路面電車に乗ってください」
「でも……」
「そんなことより、早く回収場から出ないと捕まっちゃいますよ。この前も〈心の落とし物〉をごっそり盗まれて、みんな気が立っていますから」
その時、少女は由良の背後を見て、ハッと窓の下へ身を隠した。振り向くと、いつのまにか水鉄砲を構えた大勢の子供たちに囲まれていた。
「そこで何をやっている?!」
「お前、大人だな! 〈心の落とし物〉を盗みに来たんだろ!」
「いや、私は道を訊きたいだけで……」
「嘘をつくな! 早く盗んだものを出せ!」
「渡来屋みたいに上手くいくと思うなよ!」
一瞬、耳を疑った。
たしかに、回収場には多種多様な〈心の落とし物〉が集まっている。渡来屋にとっては宝の山だろう。
それに、ここがどんな場所か知っていたからこそ、由良を回収場行きの電車へ乗せたのかもしれない。
「……渡来屋さん、ここに来たことあるんですか?」
「しょっちゅうだよ! この前もごっそりがっつり持って行かれた!」
「ここへ集められた〈心の落とし物〉は、街の大事な資源になるんだ! 大人たちが好き勝手盗んでいいものじゃない!」
子供たちは渡来屋への怒りを露わにする。
さらに、由良が渡来屋を知っているとばれ、雲行きが怪しくなってきた。
「というかお前、渡来屋のことさん付けで呼んだな」
「怪しい! すっごく怪しい!」
「本当は渡来屋の仲間なんじゃないか?」
「顔もそっくりだし!」
「俺、ボスを呼んでくる!」
子供のひとりが、どこかへ走る。
その間に、由良は両手にオモチャの手錠をはめられた。力づくで抵抗もできたが、誰にも怪我をさせたくはない。
「ボス」を呼びに行った子供が、数人の子供を引き連れて戻ってきた。
その中で最も年長者で、工場の少女と同い年くらいの少年が、怪訝そうに由良を見据えた。周りから距離を置かれているところといい、彼がボスなのは一目瞭然だった。
「見慣れない大人だね。新参者?」
「今日来たばかりです。ここが立ち入り禁止だなんてことも知りませんでした」
「知らないのに来たの?」
「来たくて来たんじゃありません。無理矢理電車に乗せられたんです。本当は永遠野さんの家へ行く予定でした」
「無理矢理って、誰に?」
「渡来屋さんです。確かに、あの人とは前から知り合いですけど、泥棒仲間じゃありません。私も被害者です」
「証拠は?」
由良は魔女の家行きの切符を見せた。ちゃんと今日の日付が入っている。使用後は車掌に破棄されるので、不正のしようがない。
少年は切符を確認し、「確かに」と頷いた。
「突然だけど、正直に答えて欲しい。貴方の〈心の落とし物〉は何?」
「え?」
「〈心の落とし物〉だよ。未練街に来たってことは、何かを探しに来たか、あきらめに来たんじゃないの?」
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「物じゃないんだね?」
「はい」
途端に、少年は警戒を緩めた。
「分かった、貴方を信じるよ。手荒な扱いして悪かった」
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