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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』
第九話「〈心の落とし物〉回収場」⑴
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澄みきった青空の彼方へ、赤い風船が飛んでいく。
高く、高く、浮き上がり、最後には見えなくなった。同時に、映像も止まる。
「……これで終わり?」
少年は不満げにたずねた。スクリーン代わりの真っ白なシーツの前に座り、メロンソーダをすする。
老いた男性はフィルムを変えながら、頷いた。
「そう。終わり」
「続きはないの?」
「ないよ」
「つまんない〈心の落とし物〉だね」
「さて、それはどうかな?」
老いた男性は含みのある笑みを浮かべる。
「あの風船がどこへ消えたのか、誰の持ち物だったのか……想像してみないか?」
魔女の家行きの路面電車が来た。
由良は読んでいた祖父の日記を閉じ、停留所のベンチから立ち上がる。ナナコはひと足先に商店街行きの電車に乗り、現実へと帰っていった。
路面電車は由良の前で止まる。車掌が扉を開ける。車内にも、停留所にも、他に客はいなかった。
(やっと魔女の家へ行ける)
と、安堵したのもつかの間。
突然、何者かに羽交い締めにされた。
「うわっ」
「お前はこっち」
「その声……渡来屋さん?!」
渡来屋は由良を羽交い締めにしたまま、魔女の家行きと同時に到着した、別の路面電車の中へ放り込む。
外から強引に扉を閉められ、路面電車は動き出した。
「お、降ります! 降ろしてください!」
由良は車掌に詰め寄る。
車掌の格好をしたマネキンは首を左右に回した。
「できません。次の停留所まで止まりません」
「ったく、融通が効かないんだから!」
鍵がかかっているのか、扉も窓も開かない。
渡来屋は停留所に立ち、由良を見送る。
表情がなく、何を考えているのか分からない。少なくとも、由良を魔女の家へ行かせる気はないようだった。
由良は何もできないまま、病院群から遠ざかっていく。路面電車は徐々にスピードを上げ、見当違いな方向へ進む。停留所はあっという間に見えなくなり、あたりは完全に闇に包まれた。
「……」
遠ざかっていく路面電車を、渡来屋は無言で見送る。
そこへ黒猫がトテトテと近づき、彼のズボンで爪研ぎを始めた。
「いてッ。やめろ、五号! いや、病院からついて来たのなら、七号か?」
「シャーッ!」
「由良をあの女のもとへは行かせないぞ。どうせ、ろくなことにならないからな。お前もさっさと持ち場に帰れ」
渡来屋は慣れた手つきで黒猫を持ち上げる。黒猫は不服そうな顔で、うにょーんと体が伸びていた。
一時間後。由良は広大なゴミ収集場の前にある停留所で降ろされた。ここが終点だそうだ。
あたりは暗く、人っこひとりいない。
「さっきの停留所に戻りたいので、このまま乗っていたいんですけど」
「ダメです。降りてください」
「えー」
停留所に貼られた時刻表によると、次の電車が来るのは二時間後らしい。
しかも、ここから直接魔女の家へ行けるルートはなく、一旦大通りまで戻らなくてはならない。渡来屋はおそらく、大通りで由良を待ち伏せし、今度は地上へ戻る電車へ強引に乗せるつもりなのだろう。
「別のルートを探すしかないか」
由良は人を探しに、ゴミ収集場へ足を踏み入れた。
黄緑色の電灯が、あたりを昼間のように照らしている。
空き缶、オモチャ、乗り物、道具……実にさまざまなゴミが一帯を埋め尽くしていた。節木と臭いはなく、虫もたかっていない。
あちこちでショベルカーやクレーンが稼働し、まとめてゴミを集めている。声をかけようと近づいたが、運転席は無人だった。
その時、電灯がバチバチと音を立て、点滅した。電灯の色が黄緑から紫へ変わる。
やがてどこからともなく、工事車両にハリボテの飾りをつけたパレードが現れた。以前、現実の洋燈商店街で遭遇した、〈心の落とし物〉を回収するパレードだ。
工事車両は運んできた〈心の落とし物〉を、適当な場所へぶち撒けていく。どうやら、ゴミだと思っていたガラクタは全て、〈心の落とし物〉だったらしい。
「回収した後どこへ運ぶのかと思っていたけど、こんな場所に運んでいたのね」
由良はパレードの先頭を走る、紫色の象へたずねた。
「貴方達、どこの街から来たの?」
紫色の象と取り巻きの仮装集団が、一斉に由良を振り返る。
紫色の象は機械じみた女性の声で答えた。
「◯◯◯からです。貴方もパレードに加わりたいのですか?」
知らない名前の街だった。耳なじみのない発音で、日本かどうかも怪しい。
知っている街なら乗せていってもらおうかと思っていたが、断った。
「遠慮しておくわ」
「さようでございますか」
紫色の象と仮装集団は正面へ向き直り、立ち去る。電灯が元の黄緑色に戻った。
高く、高く、浮き上がり、最後には見えなくなった。同時に、映像も止まる。
「……これで終わり?」
少年は不満げにたずねた。スクリーン代わりの真っ白なシーツの前に座り、メロンソーダをすする。
老いた男性はフィルムを変えながら、頷いた。
「そう。終わり」
「続きはないの?」
「ないよ」
「つまんない〈心の落とし物〉だね」
「さて、それはどうかな?」
老いた男性は含みのある笑みを浮かべる。
「あの風船がどこへ消えたのか、誰の持ち物だったのか……想像してみないか?」
魔女の家行きの路面電車が来た。
由良は読んでいた祖父の日記を閉じ、停留所のベンチから立ち上がる。ナナコはひと足先に商店街行きの電車に乗り、現実へと帰っていった。
路面電車は由良の前で止まる。車掌が扉を開ける。車内にも、停留所にも、他に客はいなかった。
(やっと魔女の家へ行ける)
と、安堵したのもつかの間。
突然、何者かに羽交い締めにされた。
「うわっ」
「お前はこっち」
「その声……渡来屋さん?!」
渡来屋は由良を羽交い締めにしたまま、魔女の家行きと同時に到着した、別の路面電車の中へ放り込む。
外から強引に扉を閉められ、路面電車は動き出した。
「お、降ります! 降ろしてください!」
由良は車掌に詰め寄る。
車掌の格好をしたマネキンは首を左右に回した。
「できません。次の停留所まで止まりません」
「ったく、融通が効かないんだから!」
鍵がかかっているのか、扉も窓も開かない。
渡来屋は停留所に立ち、由良を見送る。
表情がなく、何を考えているのか分からない。少なくとも、由良を魔女の家へ行かせる気はないようだった。
由良は何もできないまま、病院群から遠ざかっていく。路面電車は徐々にスピードを上げ、見当違いな方向へ進む。停留所はあっという間に見えなくなり、あたりは完全に闇に包まれた。
「……」
遠ざかっていく路面電車を、渡来屋は無言で見送る。
そこへ黒猫がトテトテと近づき、彼のズボンで爪研ぎを始めた。
「いてッ。やめろ、五号! いや、病院からついて来たのなら、七号か?」
「シャーッ!」
「由良をあの女のもとへは行かせないぞ。どうせ、ろくなことにならないからな。お前もさっさと持ち場に帰れ」
渡来屋は慣れた手つきで黒猫を持ち上げる。黒猫は不服そうな顔で、うにょーんと体が伸びていた。
一時間後。由良は広大なゴミ収集場の前にある停留所で降ろされた。ここが終点だそうだ。
あたりは暗く、人っこひとりいない。
「さっきの停留所に戻りたいので、このまま乗っていたいんですけど」
「ダメです。降りてください」
「えー」
停留所に貼られた時刻表によると、次の電車が来るのは二時間後らしい。
しかも、ここから直接魔女の家へ行けるルートはなく、一旦大通りまで戻らなくてはならない。渡来屋はおそらく、大通りで由良を待ち伏せし、今度は地上へ戻る電車へ強引に乗せるつもりなのだろう。
「別のルートを探すしかないか」
由良は人を探しに、ゴミ収集場へ足を踏み入れた。
黄緑色の電灯が、あたりを昼間のように照らしている。
空き缶、オモチャ、乗り物、道具……実にさまざまなゴミが一帯を埋め尽くしていた。節木と臭いはなく、虫もたかっていない。
あちこちでショベルカーやクレーンが稼働し、まとめてゴミを集めている。声をかけようと近づいたが、運転席は無人だった。
その時、電灯がバチバチと音を立て、点滅した。電灯の色が黄緑から紫へ変わる。
やがてどこからともなく、工事車両にハリボテの飾りをつけたパレードが現れた。以前、現実の洋燈商店街で遭遇した、〈心の落とし物〉を回収するパレードだ。
工事車両は運んできた〈心の落とし物〉を、適当な場所へぶち撒けていく。どうやら、ゴミだと思っていたガラクタは全て、〈心の落とし物〉だったらしい。
「回収した後どこへ運ぶのかと思っていたけど、こんな場所に運んでいたのね」
由良はパレードの先頭を走る、紫色の象へたずねた。
「貴方達、どこの街から来たの?」
紫色の象と取り巻きの仮装集団が、一斉に由良を振り返る。
紫色の象は機械じみた女性の声で答えた。
「◯◯◯からです。貴方もパレードに加わりたいのですか?」
知らない名前の街だった。耳なじみのない発音で、日本かどうかも怪しい。
知っている街なら乗せていってもらおうかと思っていたが、断った。
「遠慮しておくわ」
「さようでございますか」
紫色の象と仮装集団は正面へ向き直り、立ち去る。電灯が元の黄緑色に戻った。
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