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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』
第六話「未練病院群」⑸
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病室のドアが開く。
渡来屋かと焦ったが、現れたのはパジャマを着た青年だった。左手に点滴スタンド、右手に手塚の〈探し人〉が読んでいる漫画の次の巻を持っている。彼が、由良が落ちたベッドの元持ち主だという、この病室唯一の患者なのだろう。
「手塚ー、この巻で良かった?」
「うん。それそれ」
青年の患者は手塚の〈探し人〉に漫画を見せる。どうやら二人は知り合いらしい。
彼は由良に気がつき、「お」と声を上げた。
「さっき落ちてきた人、目ぇ覚めたんだ。良かった良かった……って、」
直後、由良が食べているメロンを指差した。
「それ、俺のメロンじゃん! なに勝手に食ってんの!」
「いや、私はこちらの方にいただいたんですが」
由良が手塚のことを教えると、患者の青年の怒りの矛先は彼に移った。
「てーづーかー!」
「仕方ないだろ、オサム。この人、腹が減って死にかけてたんだから」
「いや、死にかけるほどでは……」
「ちなみに、俺も食った」
「だから食うなって!」
「いいのか? 俺に何を取られても文句は言わないって約束だっただろ?」
余裕そうな手塚の態度に、患者の青年は「ぐぬぬ」と悔しそうに唇を噛む。
手塚の〈探し人〉はそれを見て笑いながら、冷蔵庫を指差した。
「冗談だよ。まだ半玉弱残ってる。食べたければ、自分で出してくれ」
「なんだよ。早く言えよな」
患者の青年はいそいそと冷蔵庫から残っていたメロンを取り出し、隣のベッドの机へ運んだ。
「貴方、オサムさんなんですか?」
「そうだよ」
「手塚さんの漫画を借りたまま行方不明になった、あのオサムさん?」
「そうだよ。お前、そんなことまで話したのか?」
オサムは責めるように、手塚を睨む。
「成り行きでな」と手塚はこともなげに言った。
「こっちで再会していたんですね」
「えぇ。たまたま路面電車で乗り合わせたんです。再び姿をくらました理由も、オサムの〈探し人〉である彼から聞きました。探していた〈心の落とし物〉も返してもらいましたよ」
手塚は、探していたエメラルド戦記の特別号を由良に見せた。
汚れも破れもなく、見ただけで「大切にされていたんだな」と分かった。
オサムは手塚から借りた漫画を失くしてなどいなかった。ただ、返したくなくて「失くした」と嘘をついていた。
オサムの親は急な転勤が多く、一年も経たずに引っ越してしまう。学校でできた友達は
「引っ越しても友達だよ」
「絶対に手紙書くからね」
と約束してくれたが、どんなに仲が良くても、オサムの存在は時間が経つにつれ忘れられた。
そんなオサムにとって、漫画は孤独を癒してくれる宝物だった。漫画の主人公は呪いでも受けない限り、他のキャラクターや読者に忘れられることはない。「自分がこの漫画の主人公になれたら」と何度も願った。
だから、同じ漫画が好きだと言った手塚には忘れられたくなかった。悪いとは思いつつも、借りた漫画を引っ越し先へ持っていった。
狙い通り、手塚はオサムの存在を覚えていた。それどころかオサムを探し出し、再会まで果たした。
オサムは今度こそ漫画を返そうと思った。だが、こうも考えてしまった。
「手塚は漫画を取り戻したくて、俺を探していたんだ。俺が漫画を返したら、もう会いに来てくれないかもしれない」
オサムは「失くした」と嘘をついた。「部屋のどこかにはあるはずだから、次に会う時までに探しておくから」と。
すると、それまで手塚を騙していたバチが当たったのか、オサムは重い病に罹った。入院し、何日も寝たきりの生活を送った。
その間、オサムは後悔し続けた。約束の日にも行けなかった。
「漫画、返しに行かないと」
「手塚のやつ、何日も返信してないから怒ってるだろうなぁ」
「絶対恨まれてる。いや、恨まれるならまだいい。諦めて、忘れられていたら最悪だ」
「せっかく、また会えたのに」
オサムもまた、「こんな状態で手塚に漫画を返せるはずがない」と諦めていた。彼の〈探し人〉は手塚の意思を聞けないまま、未練街へと送られた。
〈探し人〉が病や傷を負うことはない。
ただし、「病気を治したい」「傷を克服したい」など、病や傷が〈心の落とし物〉そのものだった場合、〈探し人〉も同じ症状を抱えることがある。
オサムの〈探し人〉も、オサムと同じ病を抱えていた。気がつくと、未練病院群に入院していた。絶対安静で、たまの外出以外は病室で過ごした。
未練街で手塚の〈探し人〉と出会ったのは、本当に偶然だった。お互い、幽霊でも見たような顔で、相手の顔を見つめていた。
オサムの〈探し人〉は借りていた漫画を返却。さらに延滞料として、未練街にいる間は手塚の〈探し人〉の言いなりになると約束した。現在は贖罪とリハビリを兼ね、手塚のために病院の図書室から漫画を持ってくる仕事を任されている。
「では、お二人はいずれ未練街を出るんですか?」
「そのつもりです。いつになるかは分かりませんが」
手塚の〈探し人〉は微笑む。
オサムの〈探し人〉は「俺は今すぐ帰りたいよ」と不満を漏らしながらも、心果入りのメロンにかぶりついた。
(第七話へつづく)
渡来屋かと焦ったが、現れたのはパジャマを着た青年だった。左手に点滴スタンド、右手に手塚の〈探し人〉が読んでいる漫画の次の巻を持っている。彼が、由良が落ちたベッドの元持ち主だという、この病室唯一の患者なのだろう。
「手塚ー、この巻で良かった?」
「うん。それそれ」
青年の患者は手塚の〈探し人〉に漫画を見せる。どうやら二人は知り合いらしい。
彼は由良に気がつき、「お」と声を上げた。
「さっき落ちてきた人、目ぇ覚めたんだ。良かった良かった……って、」
直後、由良が食べているメロンを指差した。
「それ、俺のメロンじゃん! なに勝手に食ってんの!」
「いや、私はこちらの方にいただいたんですが」
由良が手塚のことを教えると、患者の青年の怒りの矛先は彼に移った。
「てーづーかー!」
「仕方ないだろ、オサム。この人、腹が減って死にかけてたんだから」
「いや、死にかけるほどでは……」
「ちなみに、俺も食った」
「だから食うなって!」
「いいのか? 俺に何を取られても文句は言わないって約束だっただろ?」
余裕そうな手塚の態度に、患者の青年は「ぐぬぬ」と悔しそうに唇を噛む。
手塚の〈探し人〉はそれを見て笑いながら、冷蔵庫を指差した。
「冗談だよ。まだ半玉弱残ってる。食べたければ、自分で出してくれ」
「なんだよ。早く言えよな」
患者の青年はいそいそと冷蔵庫から残っていたメロンを取り出し、隣のベッドの机へ運んだ。
「貴方、オサムさんなんですか?」
「そうだよ」
「手塚さんの漫画を借りたまま行方不明になった、あのオサムさん?」
「そうだよ。お前、そんなことまで話したのか?」
オサムは責めるように、手塚を睨む。
「成り行きでな」と手塚はこともなげに言った。
「こっちで再会していたんですね」
「えぇ。たまたま路面電車で乗り合わせたんです。再び姿をくらました理由も、オサムの〈探し人〉である彼から聞きました。探していた〈心の落とし物〉も返してもらいましたよ」
手塚は、探していたエメラルド戦記の特別号を由良に見せた。
汚れも破れもなく、見ただけで「大切にされていたんだな」と分かった。
オサムは手塚から借りた漫画を失くしてなどいなかった。ただ、返したくなくて「失くした」と嘘をついていた。
オサムの親は急な転勤が多く、一年も経たずに引っ越してしまう。学校でできた友達は
「引っ越しても友達だよ」
「絶対に手紙書くからね」
と約束してくれたが、どんなに仲が良くても、オサムの存在は時間が経つにつれ忘れられた。
そんなオサムにとって、漫画は孤独を癒してくれる宝物だった。漫画の主人公は呪いでも受けない限り、他のキャラクターや読者に忘れられることはない。「自分がこの漫画の主人公になれたら」と何度も願った。
だから、同じ漫画が好きだと言った手塚には忘れられたくなかった。悪いとは思いつつも、借りた漫画を引っ越し先へ持っていった。
狙い通り、手塚はオサムの存在を覚えていた。それどころかオサムを探し出し、再会まで果たした。
オサムは今度こそ漫画を返そうと思った。だが、こうも考えてしまった。
「手塚は漫画を取り戻したくて、俺を探していたんだ。俺が漫画を返したら、もう会いに来てくれないかもしれない」
オサムは「失くした」と嘘をついた。「部屋のどこかにはあるはずだから、次に会う時までに探しておくから」と。
すると、それまで手塚を騙していたバチが当たったのか、オサムは重い病に罹った。入院し、何日も寝たきりの生活を送った。
その間、オサムは後悔し続けた。約束の日にも行けなかった。
「漫画、返しに行かないと」
「手塚のやつ、何日も返信してないから怒ってるだろうなぁ」
「絶対恨まれてる。いや、恨まれるならまだいい。諦めて、忘れられていたら最悪だ」
「せっかく、また会えたのに」
オサムもまた、「こんな状態で手塚に漫画を返せるはずがない」と諦めていた。彼の〈探し人〉は手塚の意思を聞けないまま、未練街へと送られた。
〈探し人〉が病や傷を負うことはない。
ただし、「病気を治したい」「傷を克服したい」など、病や傷が〈心の落とし物〉そのものだった場合、〈探し人〉も同じ症状を抱えることがある。
オサムの〈探し人〉も、オサムと同じ病を抱えていた。気がつくと、未練病院群に入院していた。絶対安静で、たまの外出以外は病室で過ごした。
未練街で手塚の〈探し人〉と出会ったのは、本当に偶然だった。お互い、幽霊でも見たような顔で、相手の顔を見つめていた。
オサムの〈探し人〉は借りていた漫画を返却。さらに延滞料として、未練街にいる間は手塚の〈探し人〉の言いなりになると約束した。現在は贖罪とリハビリを兼ね、手塚のために病院の図書室から漫画を持ってくる仕事を任されている。
「では、お二人はいずれ未練街を出るんですか?」
「そのつもりです。いつになるかは分かりませんが」
手塚の〈探し人〉は微笑む。
オサムの〈探し人〉は「俺は今すぐ帰りたいよ」と不満を漏らしながらも、心果入りのメロンにかぶりついた。
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