心の落とし物

緋色刹那

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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』

第六話「未練病院群」⑶

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 目が覚めると、由良は見知らぬ病室のベッドで寝かされていた。
 ベッドの横にはこれまた見知らぬ二十代くらいの青年が椅子に座り、漫画を読んでいる。病室も青年の服装も現代のものだった。
 由良は一瞬、現実に戻ってきたのかと錯覚した。しかし外の景色を見て、まだ未練街から戻れていないのだと気づいた。窓の向こうには依然として、病院群の夜景が広がっていた。
「気付かれました?」
 青年は由良の意識が戻っていると気づいた。漫画を閉じ、心配そうに由良の顔を覗き込む。
「どちらさま?」
「この病室へ見舞いに来た者です。貴方は、あそこの天井を突き破って落ちてきたんですよ」
 青年は別のベッドの天井を指差す。
 天井には大きな穴が空いていた。その下にあるベッドは盛大に凹み、使い物にならなくなっていた。
「あのベッドに患者さんは?」
「たまたま検査で留守にしていました。他のベッドは全て空いているので、寝床を失う心配はありません。今はこの漫画の続きを取りに、図書室へ行っていますよ」
 青年は読んでいた漫画の表紙を見せる。
 十年くらい前にそこそこ流行った少年漫画だった。由良もクラスの男子達が話しているのを聞いていたので、タイトルと簡単なあらすじくらいは知っている。
「私、どれくらい気を失っていたんですか?」
「二、三十分くらいだったと思いますよ。大した怪我もありません。医者によれば、気を失った原因は落下のショックだろう、と。どこから落下したんです?」
「病院群の中腹にある病院です。突然床が崩れて……」
 青年は「そうですか」と納得した。
「やはり、貴方は先ほど放送にあった崩落に巻き込まれたんですね」
「放送?」
 青年は壁に取り付けられたスピーカーを指差した。
「貴方が気を失っていた間に、建物が一棟崩落したと放送があったんです。あの医院は院長さんがおひとりで残られていたんですが、どうやら主人が急死されたようで、崩壊が早まったそうなんです。いくら補修しても、誰からも忘れられてしまった建物は形を保てませんからね。ここでは崩落が起きると、それに巻き込まれないよう院内に放送がかかる仕組みになっているんです。心配はいりません、少々地図が変わるだけですよ」
「はぁ」
 崩壊した瞬間と同時に、置いてきたナナコのことも思い出した。意識を取り戻したばかりでぼーっとしていたが、一気に目が覚めた。
「私の他に落ちてきた人はいませんでしたか? もしくは、現場の近くに喪服の女性がいたとか」
「いえ、落ちてきたのは貴方だけでしたよ。放送も、崩落が起きたとだけで」
「探しに行かなくちゃ」
 由良は布団をはねのけ、靴を履く。
 立ちあがろうとした瞬間、頭がふらついた。体に力が入らない。
「だ、大丈夫ですか?」
「お……」
「お?」
「お腹空いた……」
 由良の腹が、ぐぅと情けなく鳴った。



 青年は冷蔵庫で冷やしていたカットメロンを、由良に出した。心果が多分に含まれており、みずみずしい果肉は宝石のごとく輝いている。
 由良は食欲に任せ、次々に平らげた。青年も一切れ食べる。
「これ、病院で切ったんですか?」
「いえ、買った時に店で切ってもらいました。病室への包丁の持ち込みは禁止ですからね」
 由良は内心、落胆した。青年が包丁を持っていれば、キーライムを切るのの貸してもらおうと思っていたのだが、当てが外れた。
 キーライムのアメ玉はナナコに持たせてある。由良が戻るまで保てばいいが、アメ玉が尽きたら、ナナコはまたいなくなってしまうかもしれない。この迷宮のような病院群から、人一人を探し出すのは不可能に近い。
 青年は自分の分のメロンを食べ終えると、漫画の続きを読み始めた。由良は一人でメロンを爆食いするのに耐え切れず、話しかけた。
「漫画、お好きなんですか?」
「えぇ。子供の頃は親が教育に厳しかったので、テストの点や成績が良かった時しか買ってもらえませんでしたが。特に、この漫画の特別号は宝物でしたよ。雑誌の付録で、非売品だったんです」
「もしかして、その特別号を探すために〈探し人〉になったんですか?」
 青年は頷いた。
「一度は見つけました。転校した友人が、引っ越し先に持って行っていたんです。だけど、行方が分からなくなってしまった。漫画も、その友人も」


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