心の落とし物

緋色刹那

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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』

第五話「花屋・Alraune(アルラウネ)」⑴

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 「魔女の家」行きの路面電車は満員だった。
 ほとんどは途中の病院に用があるらしく、怪我人や病人、見舞い人と思われる〈探し人〉ばかりだ。由良とナナコは通路に立ち、席を譲った。
「それ、何を読んでいるんですか?」
 ナナコが由良の読んでいた祖父の手帳を覗き込む。
「日記ですよ、私の祖父の。祖母の足取りを知る手がかりがないか探しているんです。もう何度も読んでいるんですけど、見落としがないか心配になって、つい」
「祖父と祖母……ですか。私の主人にもいらっしゃったんでしょうか?」
「ご存命かはともかく、存在はしているはずですよ。でないと、貴方も貴方の主人も生まれていませんから」
「はぁ。そういうものですか」
 ナナコは未練街へ来た理由と〈心の落とし物〉がある場所以外、何も思い出せないままでいる。主人に祖父母がいたのかすら知らなかった。
 ふと、ナナコは花束を抱えている乗客に目を留めた。ひまわりを主役に生けられた花束で、うっすら黄緑色に輝いている。おそらく、見舞い客だろう。
 ナナコはハッと、慌てて車内を見回す。他の見舞い客も花束や買い物袋を提げていた。
「添野さん、どうしましょう。私、お見舞いの品を何も用意していません」
「お見舞いに行くんじゃないんですから、構わないでしょう」
「でも、何も持っていなかったら怪しまれるかもしれないじゃないですか。何より贈り物もなしに、あの人に会いに行きたくはありません」
「そう言われても……」
 由良は外を見る。
 街を出てから、風景は急速に寂しくなっている。商業的な施設は街に集中しているのかもしれない。現実なら数メートル間隔で建っているはずのコンビニも、未練街へ来てから一軒も見ていない。
「切符を拝借します」
「あ、お願いします」
 車掌の男性が隣の車両から移ってきた。マネキンではなく、人間の車掌だ。
 由良は言われるまま、切符を見せる。ナナコも慣れない手つきで、車掌に切符を差し出した。
「はい、確かに。ご協力ありがとうございました」
 車掌は軽く帽子を上げ、微笑む。由良は切符を確認してもらったついでに、訊ねた。
「この電車が止まる病院の近くにお花屋さんはありませんか? 八百屋さんでもいいんですけど」
「八百屋はございませんが、花屋でしたら病院の向かいにありますよ。Alrauneアルラウネというお店で、停留所の右手にあります」
「そうですか。教えてくださって、ありがとうございます」
 車掌は他の乗客の切符を見て回る。
 「ですってよ」と由良はナナコに目配せした。ナナコは見舞いの品が用意できると分かり、安堵していた。
「病院へ行く前に寄ってみますか?」
「ぜひ、お願いします」
 車掌は全ての乗客の切符を確認し終えると、こちらへ戻ってきた。車掌室へ帰るつもりなのだろう。改めて見ても、人間にしか見えない。
 由良はどうしても気になり、再度車掌を呼び止めた。
「あの、」
「はい?」
 車掌は不意を突かれた顔で振り返る。
「何度もすみません。車掌さんは人間、ですよね? マネキンじゃなく」
「えぇ。皆さんと同じ〈探し人〉です。魔女様に頼んで、特別に車掌として働かせてもらっているんですよ」
 車掌は慣れた様子で、流暢に答えた。他の乗客にも、同じ質問をされているのかもしれない。
「私の主人は車掌でした。仕事熱心で、『生涯現役でやっていく』と心に決めていました。しかし老いには勝てず、次第に体が衰え、引退を余儀なくされました」
 車掌の〈探し人〉は老いとは無縁の、若々しい姿をしている。彼の主人にとって、一番健康だった頃の姿なのだろう。
「主人は仕事を続けるという目標を諦め、私を未練街へ送られました。ここでは〈探し人〉が労働する必要はありませんが、希望すればどんな仕事でもさせてもらえます。私は迷わず、車掌を希望しました。車掌という職業は、の生きがいでもありますからね」
 車掌は颯爽と隣りの車両へ去っていく。
 イムラやシトロンも魔女に頼んで、今の仕事を得たのかもしれない。
(望むだけでその仕事ができるなんて、羨ましいわ)
 由良はLAMP開業前の苦労を思い出し、ため息をついた。


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