心の落とし物

緋色刹那

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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』

第四話「大通り蚤の市」⑷

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 回る、周る、廻る。
 観覧車が、回転ブランコが、メリーゴーランドが、コーヒーカップが、そしてナナコが。髪をなびかせ、スカートをひるがえし、優雅に回転する。
 ゴンドラからゴンドラへ、ブランコからブランコへ、馬車から白馬へ。飛んだり、跳ねたり、軽やかに舞う。
 高所に対する恐怖は微塵も無い。むしろ、「ここが私の居場所だ」とでも言いたげに、生き生きとしていた。移動遊園地に来ていた〈探し人〉もナナコに魅入られ、足を止めた。
 由良はナナコを追い、ひた走る。喪服は夜闇に紛れやすく、ふいに見失ってしまう。再度ナナコを発見するたび呼びかけるが、止まってはくれなかった。
 とはいえ、終わりのない追いかけっこでもないのかもしれない。
 ナナコは一度乗った遊具に、二度は乗らなかった。全ての遊具を周ったら、気が済んで止まってくれるかもしれない。
(……ループして、最初に乗ったジェットコースターに戻ったら最悪ね)
 ふと、由良は駄菓子の露店を見つけ、足を止めた。蛍光色のロリポップキャンディや風船ガムやポップコーンなど、子供心をくすぐられるお菓子がズラリと並んでいる。
 その中に、キーライム味の大きなアメ玉があった。生のキーライム同様、包み紙の中で黄緑色に発光している。
「いらっしゃい! どれにする?」
 動物の着ぐるみを着た店員がくぐもった声で訊ねる。由良は迷わず、キーライムのアメ玉を指差した。
「これ、あるだけください」
 ライムライトを発つ直前、由良はイムラからキーライムの果実を数個受け取っていた。
「もし、ナナコさんがご自分を見失われてしまったら、こちらのキーライムを与えてあげてください。無ければ、普通のライムでも構いません。そうすれば、未練街でのご自分を思い出されるはずですから」
「この果物、そんな効果もあるんですか?」
「ナナコさんに限り、ですが。当店ではライムのメニューを多く使っております。キーライムの酸味が当店を、ひいては未練街で過ごした時間を思い出させてくれるのでしょう」
 もらったキーライムは皮付きで、手では剥けない。ナイフを探すより、ここでアメ玉を買った方が早かった。



 ナナコはお化け屋敷を最後に、移動遊園地にある全ての遊具を完走した。遊園地のゲートを出たところで、プツリと糸が切れたように動きを止め、項垂れる。
 由良は再びナナコが動き出す前に駆け寄り、キーライムのアメ玉を食べさせた。
 間もなく、ナナコは意識を取り戻した。その顔は由良の知るナナコと同じ、物憂げで儚げな表情だった。
「ナナコさん」
「添野さん? そんな疲れた顔をして、どうなさったんですか?」
 ナナコは暴走していた間の記憶が無かった。蚤の市を見た瞬間、意識が途切れたという。
「私、未練街へ来る前の記憶がないからか、他の〈探し人〉の方やその方々の〈心の落とし物〉に影響されやすいみたいなんです。自分をその〈探し人〉さんだと思い込んだり、他の方が探されている〈心の落とし物〉を自分も探していると勘違いしたり。ライムライトでも何度か同じことがあって、店長やシトロンさんに助けていただきました」
「ったく、もう。そういう大事なことは前もって言ってくださいよ」
「すみません。ここまでひどくなったのは初めてなんです。早く移動した方が良さそうですね」
 ナナコはモゴモゴと口の中でキーライムのアメ玉を転がしながら、名残惜しそうに露店を見つめる。
 傘の露店で、店主の姿が見えないほど、大量の傘で埋め尽くされている。ナナコはそこで売っている黒いレースの傘を気にしていた。凝ったデザインで、レースがバラの柄だ。
「……欲しいんですか?」
「はい」
 ナナコは力強く頷いた。
「代わりに買ってきましょうか?」
「お構いなく。アメさえ食べていれば、平気ですので」
 ナナコはウキウキで傘を買いに行く。
 しばらくして、お目当ての傘を手に戻ってきた。傘を開き、差して見せる。
「どうでしょう?」
「お似合いです」
 由良とナナコは停留所を目指し、傘の露店を後にした。



「……チッ、由良め。行くなっつったのに」
 傘の露店の店主は二人を見送り、舌打ちする。
「しかも、あのナナシのナナコを連れているとはな。俺の誘いは乗らなかったくせに、どういう風の吹き回しだ?」
 店主は黒い外套をはためかせ、露店を一瞬にして片付ける。気取られないよう、黒いボーラーハットを目深に被り、後をつけた。



(第五話へつづく)
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