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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』
第四話「大通り蚤の市」⑶
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ナナコは大切な喪服につゆが飛び散るのも構わず、茶そばを思い切り啜る。黒くて見えづらいが、既に無数のシミが付いていた。
「ナナコさん、私のこと忘れちゃったんですか? 病院まで付き添うって約束したじゃないですか」
「忘れるも何も、貴方が誰かなんて最初から知りません。そもそも、そのナナコって誰なんですか?」
「貴方の名前ですよ。ライムライトのお客さんに付けてもらったって、店長のイムラさんがおっしゃっていましたよ」
「私の? 私はナナコなんて名前じゃありません」
「本当の名前を思い出したんですか?」
「カホルです。早生カホル。茶そばを流しそうめんみたいに食べたかったけど食べられなかった、〈探し人〉です」
すると、ナナコの隣に並んでいた子供が驚いた顔で、彼女を見上げた。
「えっ、お姉さんも? 私もね、早生カホルって言うんだよ。茶そばを流しそうめんみたいに食べたくて、この街に来たの」
「まぁ。奇遇ですね」
ナナコは子供と呑気に微笑む。
由良は「そんな偶然あります?」と疑った。
「名前はともかく、そんな変わった〈心の落とし物〉まで一致するなんておかしいですよ」
「でも実際、こうして出会っているじゃないですか」
「ナナコさんが混乱しているだけです。正気に戻ってください」
イムラは言っていた。「ナナコさんは非常に記憶が不安定な方なので、一人で行かせるのは心配です」と。
まさに今、その状況に陥っている。言われた時は、どう不安定になるのか想像もつかなかった。
このままナナコの記憶が戻らなければ、この場で足止めされてしまう。こんな状態のナナコを置いては行けない。由良は必死に、ナナコを説得しようとした。
その時、
「遊園地、楽しみだね!」
「うん! 僕、ジェットコースターに初めて乗るんだ!」
「私はお化け屋敷! いつかひとりで入ってみたかったんだー」
子供の一団が二人の背後を走り抜けた。どうやら、この先の移動遊園地へ遊びに行くつもりらしい。
直後、ナナコが突然意識を失った。虚ろな目で、糸が切れた操り人形のようにカクンと首をもたげる。
「ナナコさん?」
「……」
幸い、ナナコの意識はすぐに戻った。
パッと顔を上げ、遠ざかっていく子供達を目で追う。記憶を失う前のナナコとも、カホルと名乗っていたナナコとも違う、あどけない表情だった。強いて例えるなら、先ほど通り過ぎて行った子供達の表情と似ていた。
「……思い出した。私も遊園地に行かなきゃ。ジェットコースターに乗って、お化け屋敷にも行くんだ」
「ナナコさん?!」
ナナコは竹箸と椀を由良に押しつけると、子供の一団を追いかけていった。
「ナナコさん、待って!」
さらに、サーカスの曲芸師達がナナコとすれ違う。途端に、ナナコは思い出したようにその場でくるりと回り、こちらに体を向けた。
「そうそう! 私、サーカスの曲芸師にもなりたかったんです! つな渡り、空中ブランコ、マジシャン……他にもたくさん! あぁ、ワクワクする!」
「無理ですよ、ナナコさん! 貴方、あんなに高いところを怖がっていたじゃないですか!」
「平気です。私、ナナコじゃありませんから」
「じゃあ、誰なんですか?」
「亘理ナツコ、中原ソラネ、妻夫木テルミ……の、どれかです!」
ナナコは軽やかな足取りで、移動遊園地の方へ走り去っていく。由良もナナコを追いかけようと、慌てて竹箸と椀の置き場所を探した。
そこへ、茶そばが竹のレーンを通り、目の前に流れてきた。ナナコに押し付けられた竹箸で、反射的につかむ。
「……」
茶そばとつゆは、心果でうっすら黄緑色に輝いている。茶そばの緑とつゆの茶のコントラストが美しく、大いに食欲をそそられた。
由良はつかんだ茶そばを食べるか残すか、一瞬だけ迷い、
「えぇい! 迷ってる時間が惜しい!」
つかんだ茶そばをつゆにたっぷり浸し、ズゾゾとひと息で啜った。緑茶の爽やかな風味が、鼻腔にふんわりと香った。
「ごちそうさま! これ、お店の人に返しておいてもらえる?」
「うん! お姉さん、バイバイ!」
由良は竹箸と椀を子供のカホルに渡し、ナナコを追いかけた。
「ナナコさん、私のこと忘れちゃったんですか? 病院まで付き添うって約束したじゃないですか」
「忘れるも何も、貴方が誰かなんて最初から知りません。そもそも、そのナナコって誰なんですか?」
「貴方の名前ですよ。ライムライトのお客さんに付けてもらったって、店長のイムラさんがおっしゃっていましたよ」
「私の? 私はナナコなんて名前じゃありません」
「本当の名前を思い出したんですか?」
「カホルです。早生カホル。茶そばを流しそうめんみたいに食べたかったけど食べられなかった、〈探し人〉です」
すると、ナナコの隣に並んでいた子供が驚いた顔で、彼女を見上げた。
「えっ、お姉さんも? 私もね、早生カホルって言うんだよ。茶そばを流しそうめんみたいに食べたくて、この街に来たの」
「まぁ。奇遇ですね」
ナナコは子供と呑気に微笑む。
由良は「そんな偶然あります?」と疑った。
「名前はともかく、そんな変わった〈心の落とし物〉まで一致するなんておかしいですよ」
「でも実際、こうして出会っているじゃないですか」
「ナナコさんが混乱しているだけです。正気に戻ってください」
イムラは言っていた。「ナナコさんは非常に記憶が不安定な方なので、一人で行かせるのは心配です」と。
まさに今、その状況に陥っている。言われた時は、どう不安定になるのか想像もつかなかった。
このままナナコの記憶が戻らなければ、この場で足止めされてしまう。こんな状態のナナコを置いては行けない。由良は必死に、ナナコを説得しようとした。
その時、
「遊園地、楽しみだね!」
「うん! 僕、ジェットコースターに初めて乗るんだ!」
「私はお化け屋敷! いつかひとりで入ってみたかったんだー」
子供の一団が二人の背後を走り抜けた。どうやら、この先の移動遊園地へ遊びに行くつもりらしい。
直後、ナナコが突然意識を失った。虚ろな目で、糸が切れた操り人形のようにカクンと首をもたげる。
「ナナコさん?」
「……」
幸い、ナナコの意識はすぐに戻った。
パッと顔を上げ、遠ざかっていく子供達を目で追う。記憶を失う前のナナコとも、カホルと名乗っていたナナコとも違う、あどけない表情だった。強いて例えるなら、先ほど通り過ぎて行った子供達の表情と似ていた。
「……思い出した。私も遊園地に行かなきゃ。ジェットコースターに乗って、お化け屋敷にも行くんだ」
「ナナコさん?!」
ナナコは竹箸と椀を由良に押しつけると、子供の一団を追いかけていった。
「ナナコさん、待って!」
さらに、サーカスの曲芸師達がナナコとすれ違う。途端に、ナナコは思い出したようにその場でくるりと回り、こちらに体を向けた。
「そうそう! 私、サーカスの曲芸師にもなりたかったんです! つな渡り、空中ブランコ、マジシャン……他にもたくさん! あぁ、ワクワクする!」
「無理ですよ、ナナコさん! 貴方、あんなに高いところを怖がっていたじゃないですか!」
「平気です。私、ナナコじゃありませんから」
「じゃあ、誰なんですか?」
「亘理ナツコ、中原ソラネ、妻夫木テルミ……の、どれかです!」
ナナコは軽やかな足取りで、移動遊園地の方へ走り去っていく。由良もナナコを追いかけようと、慌てて竹箸と椀の置き場所を探した。
そこへ、茶そばが竹のレーンを通り、目の前に流れてきた。ナナコに押し付けられた竹箸で、反射的につかむ。
「……」
茶そばとつゆは、心果でうっすら黄緑色に輝いている。茶そばの緑とつゆの茶のコントラストが美しく、大いに食欲をそそられた。
由良はつかんだ茶そばを食べるか残すか、一瞬だけ迷い、
「えぇい! 迷ってる時間が惜しい!」
つかんだ茶そばをつゆにたっぷり浸し、ズゾゾとひと息で啜った。緑茶の爽やかな風味が、鼻腔にふんわりと香った。
「ごちそうさま! これ、お店の人に返しておいてもらえる?」
「うん! お姉さん、バイバイ!」
由良は竹箸と椀を子供のカホルに渡し、ナナコを追いかけた。
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