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最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』
第一話「洋燈商店街発、〈未練溜まり〉行き」⑵
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〈探し人〉の主人・アヤは高校生の頃、当時付き合っていた彼氏とケンカした。原因は思い出せないくらい些細なことで、二人の間ではよくあることだった。その日は一日口を利かず、別々に帰った。
アヤは電車に揺られながら、怒りに任せ、それまで彼氏と交わしたメールを全て削除した。これもよくあることで、ためらいはなかった。他愛のないやり取りばかりだったし、削除したことを後悔はしなかった。
翌朝、ケータイを開くと、彼氏から新たにメールが届いていた。アヤはそのメールも読まずに削除した。一晩経ち、怒りはだいぶ収まっていたが、
「どうせ学校で会うんだし、少し困らせてやろう」
という、ちょっとしたイタズラのつもりだった。
ところが登校し、教室に入ると、クラスメイトと集まっていた友人が青ざめた顔で駆け寄ってきた。
「アヤ! 無事だったの?!」
「無事って、何が?」
思いがけない剣幕に、たじろぐ。
「アンタの彼氏、車にはねられて病院に運ばれたって! 私、てっきりアンタも一緒だと思ってたから、心配で心配で……!」
「……え?」
一気に血の気が引く。期待は不安に変わった。彼氏は当たりどころが悪かったらしく、その日のうちに息を引き取った。
アヤは悲しみ、彼氏とのメールを全て削除してしまったことを後悔した。せめて、最後に送られてきたメールだけでも読んでいれば、ここまで後悔しなかったかもしれない。
暇さえあれば、メールボックスを確認した。「消し忘れているメールがあるかも」と期待したが、いくら探しても一通も見つからなかった。
事故から数年後、アヤは携帯電話からスマートフォンに買い変えた。携帯電話と一緒に彼氏への未練も捨てようとしたのだろう、同時に〈探し人〉の彼女が現れた。
〈探し人〉はアヤの代わりに、メールを取り戻す方法を探した。かつて彼女がしていたようにメールボックスを毎日チェックしたり、削除したメールを復元させる方法を調べたりした。
時が経つにつれ、周りの景色は目まぐるしく変わっていく。街でガラケーを見かけることは少なくなり、ケータイに関する情報も失われていった。
「渡来屋さんは最後の希望でした。どんな〈心の落とし物〉でも売ってもらえると、〈探し人〉の間では評判でしたから。でも、あまり知られていなかっただけで、渡来屋さんにも見つけられない〈心の落とし物〉はあったんです。データや人の感情、記憶……実体を持たない〈心の落とし物〉は手に入れられないのだと」
「……なるほど」
由良は今さらながら納得した。
渡来屋はいつもなんらかの「物」を売っていた。なにも、人の未練は「物」ばかりではないというのに。むしろ、形がないもののほうが失くしやすく、需要も高いはずだ。
「渡来屋さんにもケータイを確認してもらいましたが、やはりメールは残っていませんでした。『このまま永遠に探し続けるくらいなら、潔く諦めて〈未練溜まり〉へ行ったほうがいい。なんだったら、お前のケータイを引き取ろうか?』と勧められました」
「渡さなかったんですね、ケータイ」
女子高生の〈探し人〉はガラケーを握りしめ、頷いた。
「ここには何も残ってないって分かっているんですけどね、どうしても手放せませんでした。乗ってからも落ち着かなくて。これで最期だと思うと、ついメールを探してしまいます」
「仕方ないですよ。〈未練溜まり〉に着いたら、貴方もアヤさんの未練も消えてしまうんですから」
「……不甲斐ないです」
女子高生の〈探し人〉は悲しげに目を伏せる。
黒猫は二人を見下ろし、大きくあくびをした。「人間は大変だニャン」と呆れているのかもしれない。
アヤは電車に揺られながら、怒りに任せ、それまで彼氏と交わしたメールを全て削除した。これもよくあることで、ためらいはなかった。他愛のないやり取りばかりだったし、削除したことを後悔はしなかった。
翌朝、ケータイを開くと、彼氏から新たにメールが届いていた。アヤはそのメールも読まずに削除した。一晩経ち、怒りはだいぶ収まっていたが、
「どうせ学校で会うんだし、少し困らせてやろう」
という、ちょっとしたイタズラのつもりだった。
ところが登校し、教室に入ると、クラスメイトと集まっていた友人が青ざめた顔で駆け寄ってきた。
「アヤ! 無事だったの?!」
「無事って、何が?」
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「……え?」
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暇さえあれば、メールボックスを確認した。「消し忘れているメールがあるかも」と期待したが、いくら探しても一通も見つからなかった。
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「……なるほど」
由良は今さらながら納得した。
渡来屋はいつもなんらかの「物」を売っていた。なにも、人の未練は「物」ばかりではないというのに。むしろ、形がないもののほうが失くしやすく、需要も高いはずだ。
「渡来屋さんにもケータイを確認してもらいましたが、やはりメールは残っていませんでした。『このまま永遠に探し続けるくらいなら、潔く諦めて〈未練溜まり〉へ行ったほうがいい。なんだったら、お前のケータイを引き取ろうか?』と勧められました」
「渡さなかったんですね、ケータイ」
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「ここには何も残ってないって分かっているんですけどね、どうしても手放せませんでした。乗ってからも落ち着かなくて。これで最期だと思うと、ついメールを探してしまいます」
「仕方ないですよ。〈未練溜まり〉に着いたら、貴方もアヤさんの未練も消えてしまうんですから」
「……不甲斐ないです」
女子高生の〈探し人〉は悲しげに目を伏せる。
黒猫は二人を見下ろし、大きくあくびをした。「人間は大変だニャン」と呆れているのかもしれない。
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