253 / 314
最終編『蛍火明滅、〈探し人〉のゆく先』
第一話「洋燈商店街発、〈未練溜まり〉行き」⑵
しおりを挟む
〈探し人〉の主人・アヤは高校生の頃、当時付き合っていた彼氏とケンカした。原因は思い出せないくらい些細なことで、二人の間ではよくあることだった。その日は一日口を利かず、別々に帰った。
アヤは電車に揺られながら、怒りに任せ、それまで彼氏と交わしたメールを全て削除した。これもよくあることで、ためらいはなかった。他愛のないやり取りばかりだったし、削除したことを後悔はしなかった。
翌朝、ケータイを開くと、彼氏から新たにメールが届いていた。アヤはそのメールも読まずに削除した。一晩経ち、怒りはだいぶ収まっていたが、
「どうせ学校で会うんだし、少し困らせてやろう」
という、ちょっとしたイタズラのつもりだった。
ところが登校し、教室に入ると、クラスメイトと集まっていた友人が青ざめた顔で駆け寄ってきた。
「アヤ! 無事だったの?!」
「無事って、何が?」
思いがけない剣幕に、たじろぐ。
「アンタの彼氏、車にはねられて病院に運ばれたって! 私、てっきりアンタも一緒だと思ってたから、心配で心配で……!」
「……え?」
一気に血の気が引く。期待は不安に変わった。彼氏は当たりどころが悪かったらしく、その日のうちに息を引き取った。
アヤは悲しみ、彼氏とのメールを全て削除してしまったことを後悔した。せめて、最後に送られてきたメールだけでも読んでいれば、ここまで後悔しなかったかもしれない。
暇さえあれば、メールボックスを確認した。「消し忘れているメールがあるかも」と期待したが、いくら探しても一通も見つからなかった。
事故から数年後、アヤは携帯電話からスマートフォンに買い変えた。携帯電話と一緒に彼氏への未練も捨てようとしたのだろう、同時に〈探し人〉の彼女が現れた。
〈探し人〉はアヤの代わりに、メールを取り戻す方法を探した。かつて彼女がしていたようにメールボックスを毎日チェックしたり、削除したメールを復元させる方法を調べたりした。
時が経つにつれ、周りの景色は目まぐるしく変わっていく。街でガラケーを見かけることは少なくなり、ケータイに関する情報も失われていった。
「渡来屋さんは最後の希望でした。どんな〈心の落とし物〉でも売ってもらえると、〈探し人〉の間では評判でしたから。でも、あまり知られていなかっただけで、渡来屋さんにも見つけられない〈心の落とし物〉はあったんです。データや人の感情、記憶……実体を持たない〈心の落とし物〉は手に入れられないのだと」
「……なるほど」
由良は今さらながら納得した。
渡来屋はいつもなんらかの「物」を売っていた。なにも、人の未練は「物」ばかりではないというのに。むしろ、形がないもののほうが失くしやすく、需要も高いはずだ。
「渡来屋さんにもケータイを確認してもらいましたが、やはりメールは残っていませんでした。『このまま永遠に探し続けるくらいなら、潔く諦めて〈未練溜まり〉へ行ったほうがいい。なんだったら、お前のケータイを引き取ろうか?』と勧められました」
「渡さなかったんですね、ケータイ」
女子高生の〈探し人〉はガラケーを握りしめ、頷いた。
「ここには何も残ってないって分かっているんですけどね、どうしても手放せませんでした。乗ってからも落ち着かなくて。これで最期だと思うと、ついメールを探してしまいます」
「仕方ないですよ。〈未練溜まり〉に着いたら、貴方もアヤさんの未練も消えてしまうんですから」
「……不甲斐ないです」
女子高生の〈探し人〉は悲しげに目を伏せる。
黒猫は二人を見下ろし、大きくあくびをした。「人間は大変だニャン」と呆れているのかもしれない。
アヤは電車に揺られながら、怒りに任せ、それまで彼氏と交わしたメールを全て削除した。これもよくあることで、ためらいはなかった。他愛のないやり取りばかりだったし、削除したことを後悔はしなかった。
翌朝、ケータイを開くと、彼氏から新たにメールが届いていた。アヤはそのメールも読まずに削除した。一晩経ち、怒りはだいぶ収まっていたが、
「どうせ学校で会うんだし、少し困らせてやろう」
という、ちょっとしたイタズラのつもりだった。
ところが登校し、教室に入ると、クラスメイトと集まっていた友人が青ざめた顔で駆け寄ってきた。
「アヤ! 無事だったの?!」
「無事って、何が?」
思いがけない剣幕に、たじろぐ。
「アンタの彼氏、車にはねられて病院に運ばれたって! 私、てっきりアンタも一緒だと思ってたから、心配で心配で……!」
「……え?」
一気に血の気が引く。期待は不安に変わった。彼氏は当たりどころが悪かったらしく、その日のうちに息を引き取った。
アヤは悲しみ、彼氏とのメールを全て削除してしまったことを後悔した。せめて、最後に送られてきたメールだけでも読んでいれば、ここまで後悔しなかったかもしれない。
暇さえあれば、メールボックスを確認した。「消し忘れているメールがあるかも」と期待したが、いくら探しても一通も見つからなかった。
事故から数年後、アヤは携帯電話からスマートフォンに買い変えた。携帯電話と一緒に彼氏への未練も捨てようとしたのだろう、同時に〈探し人〉の彼女が現れた。
〈探し人〉はアヤの代わりに、メールを取り戻す方法を探した。かつて彼女がしていたようにメールボックスを毎日チェックしたり、削除したメールを復元させる方法を調べたりした。
時が経つにつれ、周りの景色は目まぐるしく変わっていく。街でガラケーを見かけることは少なくなり、ケータイに関する情報も失われていった。
「渡来屋さんは最後の希望でした。どんな〈心の落とし物〉でも売ってもらえると、〈探し人〉の間では評判でしたから。でも、あまり知られていなかっただけで、渡来屋さんにも見つけられない〈心の落とし物〉はあったんです。データや人の感情、記憶……実体を持たない〈心の落とし物〉は手に入れられないのだと」
「……なるほど」
由良は今さらながら納得した。
渡来屋はいつもなんらかの「物」を売っていた。なにも、人の未練は「物」ばかりではないというのに。むしろ、形がないもののほうが失くしやすく、需要も高いはずだ。
「渡来屋さんにもケータイを確認してもらいましたが、やはりメールは残っていませんでした。『このまま永遠に探し続けるくらいなら、潔く諦めて〈未練溜まり〉へ行ったほうがいい。なんだったら、お前のケータイを引き取ろうか?』と勧められました」
「渡さなかったんですね、ケータイ」
女子高生の〈探し人〉はガラケーを握りしめ、頷いた。
「ここには何も残ってないって分かっているんですけどね、どうしても手放せませんでした。乗ってからも落ち着かなくて。これで最期だと思うと、ついメールを探してしまいます」
「仕方ないですよ。〈未練溜まり〉に着いたら、貴方もアヤさんの未練も消えてしまうんですから」
「……不甲斐ないです」
女子高生の〈探し人〉は悲しげに目を伏せる。
黒猫は二人を見下ろし、大きくあくびをした。「人間は大変だニャン」と呆れているのかもしれない。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
鬼の閻火とおんぼろ喫茶
碧野葉菜
キャラ文芸
ほっこりじんわり大賞にて奨励賞を受賞しました!ありがとうございます♪
高校を卒業してすぐ、急逝した祖母の喫茶店を継いだ萌香(もか)。
気合いだけは十分だったが現実はそう甘くない。
奮闘すれど客足は遠のくばかりで毎日が空回り。
そんなある日突然現れた閻魔大王の閻火(えんび)に結婚を迫られる。
嘘をつけない鬼のさだめを利用し、萌香はある提案を持ちかける。
「おいしいと言わせることができたらこの話はなかったことに」
激辛採点の閻火に揉まれ、幼なじみの藍之介(あいのすけ)に癒され、周囲を巻き込みつつおばあちゃんが言い残した「大切なこと」を探す。
果たして萌香は約束の期限までに閻火に「おいしい」と言わせ喫茶店を守ることができるのだろうか?
ヒューマンドラマ要素強めのほっこりファンタジー風味なラブコメグルメ奮闘記。
出雲の駄菓子屋日誌
にぎた
ホラー
舞台は観光地としてと有名な熱海。
主人公の菅野真太郎がいる「出雲の駄菓子屋」は、お菓子の他にも、古く珍しい骨董品も取り扱っていた。
中には、いわくつきの物まで。
年に一度、夏に行われる供養式。「今年の供養式は穏便にいかない気がする」という言葉の通り、数奇な運命の糸を辿った乱入者たちによって、会場は大混乱へ陥り、そして謎の白い光に飲み込まれてしまう。
目を開けると、そこは熱海の街にそっくりな異界――まさに「死の世界」であった。
借金背負ったので死ぬ気でダンジョン行ったら人生変わった件 やけくそで潜った最凶の迷宮で瀕死の国民的美少女を救ってみた
羽黒 楓
ファンタジー
旧題:借金背負ったので兄妹で死のうと生還不可能の最難関ダンジョンに二人で潜ったら瀕死の人気美少女配信者を助けちゃったので連れて帰るしかない件
借金一億二千万円! もう駄目だ! 二人で心中しようと配信しながらSSS級ダンジョンに潜った俺たち兄妹。そしたらその下層階で国民的人気配信者の女の子が遭難していた! 助けてあげたらどんどんとスパチャが入ってくるじゃん! ってかもはや社会現象じゃん! 俺のスキルは【マネーインジェクション】! 預金残高を消費してパワーにし、それを自分や他人に注射してパワーアップさせる能力。ほらお前ら、この子を助けたければどんどんスパチャしまくれ! その金でパワーを女の子たちに注入注入! これだけ金あれば借金返せそう、もうこうなりゃ絶対に生還するぞ! 最難関ダンジョンだけど、絶対に生きて脱出するぞ! どんな手を使ってでも!
ようこそ燐光喫茶室へ
豊川バンリ
ライト文芸
招かれた者の前にだけ現れる、こぢんまりとした洋館ティーサロン「フォスフォレッセンス」。
温かみのあるアンティークなしつらえの店内は、まるで貴族の秘密のサロン室のよう。
青い瞳の老執事と、黒い長髪を艷やかに翻す若執事が、少し疲れてしまったあなたを優しくおもてなしします。
極上のスイーツと香り豊かなお茶を、当店自慢の百合の小庭をご覧になりながらお楽しみください。
※一話完結、不定期連載です。
喫茶店オルクスには鬼が潜む
奏多
キャラ文芸
美月が通うようになった喫茶店は、本一冊読み切るまで長居しても怒られない場所。
そこに通うようになったのは、片思いの末にどうしても避けたい人がいるからで……。
そんな折、不可思議なことが起こり始めた美月は、店員の青年に助けられたことで、その秘密を知って行って……。
なろうでも連載、カクヨムでも先行連載。
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
箱庭物語
晴羽照尊
ファンタジー
※本作は他の小説投稿サイト様でも公開しております。
※エンディングまでだいたいのストーリーは出来上がっておりますので、問題なく更新していけるはずです。予定では400話弱、150万文字程度で完結となります。(参考までに)
※この物語には実在の地名や人名、建造物などが登場しますが、一部現実にそぐわない場合がございます。それらは作者の創作であり、実在のそれらとは関わりありません。
※2020年3月21日、カクヨム様にて連載開始。
あらすじ
2020年。世界には776冊の『異本』と呼ばれる特別な本があった。それは、読む者に作用し、在る場所に異変をもたらし、世界を揺るがすほどのものさえ存在した。
その『異本』を全て集めることを目的とする男がいた。男はその蒐集の途中、一人の少女と出会う。少女が『異本』の一冊を持っていたからだ。
だが、突然の襲撃で少女の持つ『異本』は焼失してしまう。
男は集めるべき『異本』の消失に落胆するが、失われた『異本』は少女の中に遺っていると知る。
こうして男と少女は出会い、ともに旅をすることになった。
これは、世界中を旅して、『異本』を集め、誰かへ捧げる物語だ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる