250 / 314
春編③『桜梅桃李、ツツジ色不思議王国』
幕間「祖父の手帳」前編
しおりを挟む
「……」
夜の冷たい風が商店街へ吹き込む。
街は正常に戻った。花の影も形もない。見渡す限り、薄ぼんやりとした闇が広がっている。
時刻は深夜零時。由良が屋形船から降り、扇の〈探し人〉と別れた直後である。
(ちょっと遅れちゃったな。まだいるかな?)
由良は大通りを渡り、商店街のアーケードをくぐる。車も人もなく、不自然なまでに静まり返っていた。
しばらく商店街を歩いていると、街灯がバチバチと音を立て、点滅した。淡いオレンジ色の光が、一斉に不気味な黄緑色のものへと変わる。
やがて、奥から古びた路面電車が近づいてきた。必要以上にベルと警笛を鳴らし、騒々しい。車掌の格好をしたマネキンがメガホンを手に、窓から顔を出した。
「こちらは〈探し人〉専用車です。後悔、未練、想い、宝物、夢などを見つけられず、お困りではございませんか? 我々が責任をもって、〈未練溜まり〉まで安全にお送りします。ご乗車の際は挙手にて、お知らせください」
「……」
由良は道の端へ寄り、路面電車が来るのを待った。
今度は偶然居合わせたのではない。あの電車に乗るために、ここへ来たのだ。
(……確かめなくちゃ。自分の目で)
LAMPで使う飾りを借りに玉蟲匣へ行った際、〈探し人〉が探していた本物の着せ替え人形とドールハウスとは別に、古びた手帳を見つけた。かなりぞんざいな扱いで、棚の置物と置物の間に無造作に挟まっていた。
帳簿かと思い、めくると「添野蛍太郎」の名前があった。
「何で、おじいちゃんの手帳がここに……?」
由良は飾りを探すのも忘れ、夢中になった。
手帳は由良が生まれる数年前に書かれた、祖父の日記帳だった。その日起きた出来事や思いついたレシピ、懐虫電燈に来たお客さんのことなどが、事細かに記されている。由良が生まれる前に亡くなった祖母もたびたび登場した。
「へぇー、おばあちゃんって懐虫電燈で働いていたのね。おっちょこちょいでミーハーって、中林さんみたい。ロマンチストで洋燈町が大好きなところは、真冬さんに似ているわ」
何ページか読んだところで、由良の手が止まった。祖父が知るはずのない言葉が出てきたのだ。
そこにはこう書かれていた。
『五月××日、男性の〈探し人〉が店に来た。ホワイトデーにお返しがしたかったという〈心の落とし物〉を抱えているらしい。何を贈ったらいいか分からないと言うので、試作品の菓子を持たせたら消えた。行事ごとが増えると、〈探し人〉も増えるので困る』
「……どうしておじいちゃんが〈心の落とし物〉のことを知っているの? 〈探し人〉が来てたって、いつ?」
先のページも確認する。
その後も、祖父は〈心の落とし物〉や〈探し人〉に遭遇し続けた。桜花妖の屋形船にも乗っている。
つまり由良が知らなかっただけで、祖父も彼らに気づきやすい人間だったのだ。由良と同じように彼らを〈心の落とし物〉や〈探し人〉と呼んでいたのは単なる偶然か、由良が覚えていないだけで、祖父から彼らの話を聞いていたのかもしれない。
終盤、再び由良の手が止まった。日記には『器楽堂社長が亡くなった』とあった。現社長、器楽堂秀麗の母親のことだ。
問題は、その後の祖母の行動だった。
『×月××日、器楽堂社長が亡くなった。過労らしい。前々から働き過ぎだとは思っていたが、早すぎる。私もつらいが、彼女と特に親しかった美緑はショックのあまり、おかしくなってしまった。〈未練溜まり〉へ行く、と言って出て行ったきり、戻ってこない。時間が経つにつれ、周りは美緑のことを忘れつつある。美緑は無事だろうか? 私もいずれ、彼女を忘れてしまうのだろうか?』
夜の冷たい風が商店街へ吹き込む。
街は正常に戻った。花の影も形もない。見渡す限り、薄ぼんやりとした闇が広がっている。
時刻は深夜零時。由良が屋形船から降り、扇の〈探し人〉と別れた直後である。
(ちょっと遅れちゃったな。まだいるかな?)
由良は大通りを渡り、商店街のアーケードをくぐる。車も人もなく、不自然なまでに静まり返っていた。
しばらく商店街を歩いていると、街灯がバチバチと音を立て、点滅した。淡いオレンジ色の光が、一斉に不気味な黄緑色のものへと変わる。
やがて、奥から古びた路面電車が近づいてきた。必要以上にベルと警笛を鳴らし、騒々しい。車掌の格好をしたマネキンがメガホンを手に、窓から顔を出した。
「こちらは〈探し人〉専用車です。後悔、未練、想い、宝物、夢などを見つけられず、お困りではございませんか? 我々が責任をもって、〈未練溜まり〉まで安全にお送りします。ご乗車の際は挙手にて、お知らせください」
「……」
由良は道の端へ寄り、路面電車が来るのを待った。
今度は偶然居合わせたのではない。あの電車に乗るために、ここへ来たのだ。
(……確かめなくちゃ。自分の目で)
LAMPで使う飾りを借りに玉蟲匣へ行った際、〈探し人〉が探していた本物の着せ替え人形とドールハウスとは別に、古びた手帳を見つけた。かなりぞんざいな扱いで、棚の置物と置物の間に無造作に挟まっていた。
帳簿かと思い、めくると「添野蛍太郎」の名前があった。
「何で、おじいちゃんの手帳がここに……?」
由良は飾りを探すのも忘れ、夢中になった。
手帳は由良が生まれる数年前に書かれた、祖父の日記帳だった。その日起きた出来事や思いついたレシピ、懐虫電燈に来たお客さんのことなどが、事細かに記されている。由良が生まれる前に亡くなった祖母もたびたび登場した。
「へぇー、おばあちゃんって懐虫電燈で働いていたのね。おっちょこちょいでミーハーって、中林さんみたい。ロマンチストで洋燈町が大好きなところは、真冬さんに似ているわ」
何ページか読んだところで、由良の手が止まった。祖父が知るはずのない言葉が出てきたのだ。
そこにはこう書かれていた。
『五月××日、男性の〈探し人〉が店に来た。ホワイトデーにお返しがしたかったという〈心の落とし物〉を抱えているらしい。何を贈ったらいいか分からないと言うので、試作品の菓子を持たせたら消えた。行事ごとが増えると、〈探し人〉も増えるので困る』
「……どうしておじいちゃんが〈心の落とし物〉のことを知っているの? 〈探し人〉が来てたって、いつ?」
先のページも確認する。
その後も、祖父は〈心の落とし物〉や〈探し人〉に遭遇し続けた。桜花妖の屋形船にも乗っている。
つまり由良が知らなかっただけで、祖父も彼らに気づきやすい人間だったのだ。由良と同じように彼らを〈心の落とし物〉や〈探し人〉と呼んでいたのは単なる偶然か、由良が覚えていないだけで、祖父から彼らの話を聞いていたのかもしれない。
終盤、再び由良の手が止まった。日記には『器楽堂社長が亡くなった』とあった。現社長、器楽堂秀麗の母親のことだ。
問題は、その後の祖母の行動だった。
『×月××日、器楽堂社長が亡くなった。過労らしい。前々から働き過ぎだとは思っていたが、早すぎる。私もつらいが、彼女と特に親しかった美緑はショックのあまり、おかしくなってしまった。〈未練溜まり〉へ行く、と言って出て行ったきり、戻ってこない。時間が経つにつれ、周りは美緑のことを忘れつつある。美緑は無事だろうか? 私もいずれ、彼女を忘れてしまうのだろうか?』
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる