心の落とし物

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
249 / 314
春編③『桜梅桃李、ツツジ色不思議王国』

第五話「遊覧飛行」⑷

しおりを挟む
 屋形船は洋燈町を一周し、帰路につく。
 洋燈公園は桜や梅や桃が混在し、競うように鮮やかな花を咲かせている。池には早咲きの睡蓮が浮かび、桃色の蝶が舞う。まるで桃源郷のようだった。
「扇さん、知ってました? ああいう全身ピンクの蝶って存在しないんですよ。部分的にピンクとか、ピンクの蛾はいるんですけど」
「えー? ピンクでも蛾は嫌よー。寒気がするぅ」
 扇は桜世の膝に頭を預けたまま、顔をしかめる。
 すっかり酔いが回ってしまったらしい。いつもよりホワホワしている。由良は抑えていたので、今回は無事だった。
「毛布、いります?」
「そうねぇ、お願いするわ。いくら春でも、夜はまだまだ冷えるもの」
 ふと、扇は桜世の耳に触れた。両耳とも、飾りの類いはついていない。
「イヤリングかピアス、つけないの?」
「持っておりませんので」
「もったいない。こんな素敵なワンピースなのに。そうだ、私のイヤリングを片耳あげるわ」
 言うなり、扇はつけていたイヤリングを片耳外し、桜世の片耳につけ変えた。桜を模った飾りと、小さな桜色のモルガナイトが輝く。
「いけません。このような高価なもの、いただいては」
「いいの、いいの。映画のモデルになってくれたお礼。貴方がいてくれたおかげで、私は桜花妖を演じられたんだから」
 扇は目を閉じ、眠る。
 桜世は困ったように笑った。
「では、お預かりしておきます。次に来られた際にお返ししますから」
「耳、痛くないですか?」
「全然。痛くなっても外しません。人でなくても、着飾っていたいですから」



 由良がLAMPに帰ってきたのは、日付が変わった頃だった。
 扇を起こし、屋形船を降りる。扇も眠そうにあくびをしながら地面へ下りた。
「では、私は次のお客様のもとへ参りますので。ご搭乗、ありがとうございました」
 屋形船は上昇し、夜空へ消えた。
「扇さん、迎えは? タクシー呼びましょうか?」
「大丈夫。ひとりで帰れるから」
「でも、終電終わってますよ? ホントにおひとりで平気ですか?」
 扇は目を細め、微笑んだ。やけに意味ありげな表情だった。
「ここって素敵なところね。古いものと新しいものと不思議なものが混ざり合ってる。美味しいコーヒーを出してくれる喫茶店もあるし。この街が恋しくなったら、日本に戻ってきてあげてもいいわ。中林さんや他の皆さんにも、そうよろしく言っておいてね」
「は、はぁ。お待ちしております」
 その言葉を最後に、扇は桜の花びらと共にパッと消えた。
(まだ酔っているのかな?)
 と思っていた由良は、彼女が〈探し人〉だったことに驚いた。
 冷静になって考えてみると、今日の扇はどこか怪しかった。
 扇は最近仕事が忙しく、LAMPどころか洋燈町にすら来られていない。おそらく、日本を離れる前に片付けておかなければならない仕事が山ほどあるのだろう。
 扇が〈探し人〉なら、桜世が写真に写った理由にも納得がいく。あのカメラは扇の〈探し人〉の一部だったのだ。むしろ、写らないほうが難しい。
「体感したのは〈探し人〉だけど、扇さんも癒されているといいなぁ」




 後日、取材に行った日向子を経由し、扇から桜花堂の桜羊羹とLAMPのコーヒーを送るよう催促された。
「私は伝書鳩じゃないっつーの!」
 日向子はLAMPでむくれていたが、由良が買ってきた桜花堂の桜羊羹と緑茶を振る舞うと、嬉しそうに黙々と食べていた。



(幕間「祖父の手帳」へ続く)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

処理中です...