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春編③『桜梅桃李、ツツジ色不思議王国』
第五話「遊覧飛行」⑷
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屋形船は洋燈町を一周し、帰路につく。
洋燈公園は桜や梅や桃が混在し、競うように鮮やかな花を咲かせている。池には早咲きの睡蓮が浮かび、桃色の蝶が舞う。まるで桃源郷のようだった。
「扇さん、知ってました? ああいう全身ピンクの蝶って存在しないんですよ。部分的にピンクとか、ピンクの蛾はいるんですけど」
「えー? ピンクでも蛾は嫌よー。寒気がするぅ」
扇は桜世の膝に頭を預けたまま、顔をしかめる。
すっかり酔いが回ってしまったらしい。いつもよりホワホワしている。由良は抑えていたので、今回は無事だった。
「毛布、いります?」
「そうねぇ、お願いするわ。いくら春でも、夜はまだまだ冷えるもの」
ふと、扇は桜世の耳に触れた。両耳とも、飾りの類いはついていない。
「イヤリングかピアス、つけないの?」
「持っておりませんので」
「もったいない。こんな素敵なワンピースなのに。そうだ、私のイヤリングを片耳あげるわ」
言うなり、扇はつけていたイヤリングを片耳外し、桜世の片耳につけ変えた。桜を模った飾りと、小さな桜色のモルガナイトが輝く。
「いけません。このような高価なもの、いただいては」
「いいの、いいの。映画のモデルになってくれたお礼。貴方がいてくれたおかげで、私は桜花妖を演じられたんだから」
扇は目を閉じ、眠る。
桜世は困ったように笑った。
「では、お預かりしておきます。次に来られた際にお返ししますから」
「耳、痛くないですか?」
「全然。痛くなっても外しません。人でなくても、着飾っていたいですから」
由良がLAMPに帰ってきたのは、日付が変わった頃だった。
扇を起こし、屋形船を降りる。扇も眠そうにあくびをしながら地面へ下りた。
「では、私は次のお客様のもとへ参りますので。ご搭乗、ありがとうございました」
屋形船は上昇し、夜空へ消えた。
「扇さん、迎えは? タクシー呼びましょうか?」
「大丈夫。ひとりで帰れるから」
「でも、終電終わってますよ? ホントにおひとりで平気ですか?」
扇は目を細め、微笑んだ。やけに意味ありげな表情だった。
「ここって素敵なところね。古いものと新しいものと不思議なものが混ざり合ってる。美味しいコーヒーを出してくれる喫茶店もあるし。この街が恋しくなったら、日本に戻ってきてあげてもいいわ。中林さんや他の皆さんにも、そうよろしく言っておいてね」
「は、はぁ。お待ちしております」
その言葉を最後に、扇は桜の花びらと共にパッと消えた。
(まだ酔っているのかな?)
と思っていた由良は、彼女が〈探し人〉だったことに驚いた。
冷静になって考えてみると、今日の扇はどこか怪しかった。
扇は最近仕事が忙しく、LAMPどころか洋燈町にすら来られていない。おそらく、日本を離れる前に片付けておかなければならない仕事が山ほどあるのだろう。
扇が〈探し人〉なら、桜世が写真に写った理由にも納得がいく。あのカメラは扇の〈探し人〉の一部だったのだ。むしろ、写らないほうが難しい。
「体感したのは〈探し人〉だけど、扇さんも癒されているといいなぁ」
後日、取材に行った日向子を経由し、扇から桜花堂の桜羊羹とLAMPのコーヒーを送るよう催促された。
「私は伝書鳩じゃないっつーの!」
日向子はLAMPでむくれていたが、由良が買ってきた桜花堂の桜羊羹と緑茶を振る舞うと、嬉しそうに黙々と食べていた。
(幕間「祖父の手帳」へ続く)
洋燈公園は桜や梅や桃が混在し、競うように鮮やかな花を咲かせている。池には早咲きの睡蓮が浮かび、桃色の蝶が舞う。まるで桃源郷のようだった。
「扇さん、知ってました? ああいう全身ピンクの蝶って存在しないんですよ。部分的にピンクとか、ピンクの蛾はいるんですけど」
「えー? ピンクでも蛾は嫌よー。寒気がするぅ」
扇は桜世の膝に頭を預けたまま、顔をしかめる。
すっかり酔いが回ってしまったらしい。いつもよりホワホワしている。由良は抑えていたので、今回は無事だった。
「毛布、いります?」
「そうねぇ、お願いするわ。いくら春でも、夜はまだまだ冷えるもの」
ふと、扇は桜世の耳に触れた。両耳とも、飾りの類いはついていない。
「イヤリングかピアス、つけないの?」
「持っておりませんので」
「もったいない。こんな素敵なワンピースなのに。そうだ、私のイヤリングを片耳あげるわ」
言うなり、扇はつけていたイヤリングを片耳外し、桜世の片耳につけ変えた。桜を模った飾りと、小さな桜色のモルガナイトが輝く。
「いけません。このような高価なもの、いただいては」
「いいの、いいの。映画のモデルになってくれたお礼。貴方がいてくれたおかげで、私は桜花妖を演じられたんだから」
扇は目を閉じ、眠る。
桜世は困ったように笑った。
「では、お預かりしておきます。次に来られた際にお返ししますから」
「耳、痛くないですか?」
「全然。痛くなっても外しません。人でなくても、着飾っていたいですから」
由良がLAMPに帰ってきたのは、日付が変わった頃だった。
扇を起こし、屋形船を降りる。扇も眠そうにあくびをしながら地面へ下りた。
「では、私は次のお客様のもとへ参りますので。ご搭乗、ありがとうございました」
屋形船は上昇し、夜空へ消えた。
「扇さん、迎えは? タクシー呼びましょうか?」
「大丈夫。ひとりで帰れるから」
「でも、終電終わってますよ? ホントにおひとりで平気ですか?」
扇は目を細め、微笑んだ。やけに意味ありげな表情だった。
「ここって素敵なところね。古いものと新しいものと不思議なものが混ざり合ってる。美味しいコーヒーを出してくれる喫茶店もあるし。この街が恋しくなったら、日本に戻ってきてあげてもいいわ。中林さんや他の皆さんにも、そうよろしく言っておいてね」
「は、はぁ。お待ちしております」
その言葉を最後に、扇は桜の花びらと共にパッと消えた。
(まだ酔っているのかな?)
と思っていた由良は、彼女が〈探し人〉だったことに驚いた。
冷静になって考えてみると、今日の扇はどこか怪しかった。
扇は最近仕事が忙しく、LAMPどころか洋燈町にすら来られていない。おそらく、日本を離れる前に片付けておかなければならない仕事が山ほどあるのだろう。
扇が〈探し人〉なら、桜世が写真に写った理由にも納得がいく。あのカメラは扇の〈探し人〉の一部だったのだ。むしろ、写らないほうが難しい。
「体感したのは〈探し人〉だけど、扇さんも癒されているといいなぁ」
後日、取材に行った日向子を経由し、扇から桜花堂の桜羊羹とLAMPのコーヒーを送るよう催促された。
「私は伝書鳩じゃないっつーの!」
日向子はLAMPでむくれていたが、由良が買ってきた桜花堂の桜羊羹と緑茶を振る舞うと、嬉しそうに黙々と食べていた。
(幕間「祖父の手帳」へ続く)
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