245 / 314
春編③『桜梅桃李、ツツジ色不思議王国』
第四話「イースター・あの日割れた卵」⑷
しおりを挟む
少年が割ってしまったのは本物の卵ではない。パート・ド・ヴェールという技法で作られたガラス細工だ。かつて洋燈商店街にあったガラス工房で購入した。
神秘的な美しさに、一目で心奪われた。最初は本物の卵だと思い、いつまでも腐らないのが不思議で仕方なかった。子供が手の届く値段ではなかったが、何年もお金を貯めてやっと買った。
苦労して手に入れた分、割ってしまった時のショックは凄まじかった。工房の人には
「直せないこともないけど、完全には元に戻らないよ」
と言われ、落胆した。
捨てる気にはなれず、一欠片も余すことなく万華鏡に詰めた。筒をゆっくりと回転させながら覗くと、淡い虹色と濃いピンクのガラス片が目まぐるしく形を変えながら輝いた。
少年は毎日万華鏡を覗き、大切な宝物を割ってしまったショックを癒そうとした。
しかし日が経つにつれ、卵がどんな姿形をしていたのか、記憶はおぼろげになっていった。
「渡来屋さん、直せるの?」
「まぁ、見てろ」
渡来屋はもう一方の手を丸め、ガラス片の集まりに被せる。合わせた両手は卵の形になっていた。
そのままゆっくり傾け、上下をひっくり返す。「ゴトッ」と、重々しい音が手の中から聞こえた。明らかにガラスの音ではない。由良と少年は驚き、顔を見合わせた。
渡来屋が被せていた手をおもむろに開く。
大量のガラス片は、ひとつの卵形の塊になっていた。淡い虹色の殻に、濃いピンク色の蝶やうさぎ、フラミンゴ、花畑が模様となって浮き出ている。なんとも幻想的な風景だった。
「ほい、完成」
「あ、あぁ……!」
少年は両手で卵を受け取る。感動で、わなわなと震えていた。
「そうだ……そうだった! この形、この重み、この模様! あの卵はこういう姿だった!」
少年は由良と渡来屋に頭を下げた。
「ありがとうございました。おかげで、大事な宝物を取り戻せました。お姉さんも、一緒に卵を探してくれてありがとう」
「そうか。もう忘れるなよ?」
「はい!」
少年は礼を言うと、卵と一緒に消えた。
「さっきのどうやって直したの? 魔法でも使った?」
「そんなところだ。大抵の〈心の落とし物〉なら直せるぞ。本物は壊れたままだが」
「それじゃあ、何のために卵を直したのよ? 元の形を思い出したら、余計に辛くなるだけじゃない」
「あいつの主は思い出せなくなる方が辛かったのさ。本物の卵は直せなくとも、記憶の中の卵まで失うのは耐えられなかったんだろうよ」
LAMPに戻ると、コレさんがカウンター席で項垂れていた。カラスに突かれたのか、全身ボロボロだった。
「卵、集まりました?」
コレさんはフルフルと首を横に振った。
「それどころじゃなかったですよ。あのカラス、しつこいのなんのって。こんなに時間を食われるなら、卵のひとつくらいくれてやれば良かった」
「なら、この卵いります?」
由良は余った〈心の落とし物〉の卵をコレさんに見せた。卵を目にした瞬間、コレさんの目に生気が戻った。
「こ、これは! いったいどこで見つけたんです?!」
「私の部屋です。本当はウサ耳君のだったんですけど、余ったからいらないって。まだ十二個集めていない人にあげて欲しいって頼まれました」
卵に手を伸ばそうとしたコレさんの動きが止まる。
「ウサ耳少年が? それなら、他の参加者に渡された方がいいのでは?」
「どうして?」
「だってカレ、ワタクシのこと嫌っていたじゃありませんか」
由良は部屋で卵を探していた最中の少年を思い出し、「大丈夫ですよ」と微笑んだ。
「たぶん、あの子もコレさんに渡すつもりだったんだと思います。『助けられたような気分』って言ってましたし。それに、本当にコレさんに渡して欲しくないなら、『まだ卵を十二個集めてない子供に渡して欲しい』って頼むはずですよ」
「はぁ。子供って気分屋ですね」
コレさんはもらった卵を革のスーツケースに仕舞った。
「何はともあれ助かりました。この分なら、期間中に集めきれそうです」
「せっかくいらっしゃったんですから、何か飲んでいかれませんか?」
「では、ミルクセーキとスフレチーズケーキをお願いします」
「かしこまりました」
由良は冷蔵庫を開き、卵を手に取った。
(春編③第五話へ続く)
神秘的な美しさに、一目で心奪われた。最初は本物の卵だと思い、いつまでも腐らないのが不思議で仕方なかった。子供が手の届く値段ではなかったが、何年もお金を貯めてやっと買った。
苦労して手に入れた分、割ってしまった時のショックは凄まじかった。工房の人には
「直せないこともないけど、完全には元に戻らないよ」
と言われ、落胆した。
捨てる気にはなれず、一欠片も余すことなく万華鏡に詰めた。筒をゆっくりと回転させながら覗くと、淡い虹色と濃いピンクのガラス片が目まぐるしく形を変えながら輝いた。
少年は毎日万華鏡を覗き、大切な宝物を割ってしまったショックを癒そうとした。
しかし日が経つにつれ、卵がどんな姿形をしていたのか、記憶はおぼろげになっていった。
「渡来屋さん、直せるの?」
「まぁ、見てろ」
渡来屋はもう一方の手を丸め、ガラス片の集まりに被せる。合わせた両手は卵の形になっていた。
そのままゆっくり傾け、上下をひっくり返す。「ゴトッ」と、重々しい音が手の中から聞こえた。明らかにガラスの音ではない。由良と少年は驚き、顔を見合わせた。
渡来屋が被せていた手をおもむろに開く。
大量のガラス片は、ひとつの卵形の塊になっていた。淡い虹色の殻に、濃いピンク色の蝶やうさぎ、フラミンゴ、花畑が模様となって浮き出ている。なんとも幻想的な風景だった。
「ほい、完成」
「あ、あぁ……!」
少年は両手で卵を受け取る。感動で、わなわなと震えていた。
「そうだ……そうだった! この形、この重み、この模様! あの卵はこういう姿だった!」
少年は由良と渡来屋に頭を下げた。
「ありがとうございました。おかげで、大事な宝物を取り戻せました。お姉さんも、一緒に卵を探してくれてありがとう」
「そうか。もう忘れるなよ?」
「はい!」
少年は礼を言うと、卵と一緒に消えた。
「さっきのどうやって直したの? 魔法でも使った?」
「そんなところだ。大抵の〈心の落とし物〉なら直せるぞ。本物は壊れたままだが」
「それじゃあ、何のために卵を直したのよ? 元の形を思い出したら、余計に辛くなるだけじゃない」
「あいつの主は思い出せなくなる方が辛かったのさ。本物の卵は直せなくとも、記憶の中の卵まで失うのは耐えられなかったんだろうよ」
LAMPに戻ると、コレさんがカウンター席で項垂れていた。カラスに突かれたのか、全身ボロボロだった。
「卵、集まりました?」
コレさんはフルフルと首を横に振った。
「それどころじゃなかったですよ。あのカラス、しつこいのなんのって。こんなに時間を食われるなら、卵のひとつくらいくれてやれば良かった」
「なら、この卵いります?」
由良は余った〈心の落とし物〉の卵をコレさんに見せた。卵を目にした瞬間、コレさんの目に生気が戻った。
「こ、これは! いったいどこで見つけたんです?!」
「私の部屋です。本当はウサ耳君のだったんですけど、余ったからいらないって。まだ十二個集めていない人にあげて欲しいって頼まれました」
卵に手を伸ばそうとしたコレさんの動きが止まる。
「ウサ耳少年が? それなら、他の参加者に渡された方がいいのでは?」
「どうして?」
「だってカレ、ワタクシのこと嫌っていたじゃありませんか」
由良は部屋で卵を探していた最中の少年を思い出し、「大丈夫ですよ」と微笑んだ。
「たぶん、あの子もコレさんに渡すつもりだったんだと思います。『助けられたような気分』って言ってましたし。それに、本当にコレさんに渡して欲しくないなら、『まだ卵を十二個集めてない子供に渡して欲しい』って頼むはずですよ」
「はぁ。子供って気分屋ですね」
コレさんはもらった卵を革のスーツケースに仕舞った。
「何はともあれ助かりました。この分なら、期間中に集めきれそうです」
「せっかくいらっしゃったんですから、何か飲んでいかれませんか?」
「では、ミルクセーキとスフレチーズケーキをお願いします」
「かしこまりました」
由良は冷蔵庫を開き、卵を手に取った。
(春編③第五話へ続く)
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
鬼の閻火とおんぼろ喫茶
碧野葉菜
キャラ文芸
ほっこりじんわり大賞にて奨励賞を受賞しました!ありがとうございます♪
高校を卒業してすぐ、急逝した祖母の喫茶店を継いだ萌香(もか)。
気合いだけは十分だったが現実はそう甘くない。
奮闘すれど客足は遠のくばかりで毎日が空回り。
そんなある日突然現れた閻魔大王の閻火(えんび)に結婚を迫られる。
嘘をつけない鬼のさだめを利用し、萌香はある提案を持ちかける。
「おいしいと言わせることができたらこの話はなかったことに」
激辛採点の閻火に揉まれ、幼なじみの藍之介(あいのすけ)に癒され、周囲を巻き込みつつおばあちゃんが言い残した「大切なこと」を探す。
果たして萌香は約束の期限までに閻火に「おいしい」と言わせ喫茶店を守ることができるのだろうか?
ヒューマンドラマ要素強めのほっこりファンタジー風味なラブコメグルメ奮闘記。
地上の楽園 ~この道のつづく先に~
奥野森路
ライト文芸
実はすごく充実した人生だったんだ…最期の最期にそう思えるよ、きっと。
主人公ワクは、十七歳のある日、大好きな父親と別れ、生まれ育った家から、期待に胸をふくらませて旅立ちます。その目的地は、遥かかなたにかすかに頭を覗かせている「山」の、その向こうにあると言われている楽園です。
山を目指して旅をするという生涯を通して、様々な人との出会いや交流、別れを経験する主人公。彼は果たして、山の向こうの楽園に無事たどり着くことができるのでしょうか。
旅は出会いと別れの繰り返し。それは人生そのものです。
ノスタルジックな世界観、童話風のほのぼのとしたストーリー展開の中に、人の温かさ、寂しさ、切なさを散りばめ、生きる意味とは何かを考えてみました。
ようこそ燐光喫茶室へ
豊川バンリ
ライト文芸
招かれた者の前にだけ現れる、こぢんまりとした洋館ティーサロン「フォスフォレッセンス」。
温かみのあるアンティークなしつらえの店内は、まるで貴族の秘密のサロン室のよう。
青い瞳の老執事と、黒い長髪を艷やかに翻す若執事が、少し疲れてしまったあなたを優しくおもてなしします。
極上のスイーツと香り豊かなお茶を、当店自慢の百合の小庭をご覧になりながらお楽しみください。
※一話完結、不定期連載です。
借金背負ったので死ぬ気でダンジョン行ったら人生変わった件 やけくそで潜った最凶の迷宮で瀕死の国民的美少女を救ってみた
羽黒 楓
ファンタジー
旧題:借金背負ったので兄妹で死のうと生還不可能の最難関ダンジョンに二人で潜ったら瀕死の人気美少女配信者を助けちゃったので連れて帰るしかない件
借金一億二千万円! もう駄目だ! 二人で心中しようと配信しながらSSS級ダンジョンに潜った俺たち兄妹。そしたらその下層階で国民的人気配信者の女の子が遭難していた! 助けてあげたらどんどんとスパチャが入ってくるじゃん! ってかもはや社会現象じゃん! 俺のスキルは【マネーインジェクション】! 預金残高を消費してパワーにし、それを自分や他人に注射してパワーアップさせる能力。ほらお前ら、この子を助けたければどんどんスパチャしまくれ! その金でパワーを女の子たちに注入注入! これだけ金あれば借金返せそう、もうこうなりゃ絶対に生還するぞ! 最難関ダンジョンだけど、絶対に生きて脱出するぞ! どんな手を使ってでも!
【完結】雨上がり、後悔を抱く
私雨
ライト文芸
夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。
雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。
雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。
『信じる』彼と『信じない』彼女――
果たして、誰が正しいのだろうか……?
これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。
出雲の駄菓子屋日誌
にぎた
ホラー
舞台は観光地としてと有名な熱海。
主人公の菅野真太郎がいる「出雲の駄菓子屋」は、お菓子の他にも、古く珍しい骨董品も取り扱っていた。
中には、いわくつきの物まで。
年に一度、夏に行われる供養式。「今年の供養式は穏便にいかない気がする」という言葉の通り、数奇な運命の糸を辿った乱入者たちによって、会場は大混乱へ陥り、そして謎の白い光に飲み込まれてしまう。
目を開けると、そこは熱海の街にそっくりな異界――まさに「死の世界」であった。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる