心の落とし物

緋色刹那

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春編③『桜梅桃李、ツツジ色不思議王国』

第四話「イースター・あの日割れた卵」⑷

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 少年が割ってしまったのは本物の卵ではない。パート・ド・ヴェールという技法で作られたガラス細工だ。かつて洋燈商店街にあったガラス工房で購入した。
 神秘的な美しさに、一目で心奪われた。最初は本物の卵だと思い、いつまでも腐らないのが不思議で仕方なかった。子供が手の届く値段ではなかったが、何年もお金を貯めてやっと買った。
 苦労して手に入れた分、割ってしまった時のショックは凄まじかった。工房の人には
「直せないこともないけど、完全には元に戻らないよ」
 と言われ、落胆した。
 捨てる気にはなれず、一欠片も余すことなく万華鏡に詰めた。筒をゆっくりと回転させながら覗くと、淡い虹色と濃いピンクのガラス片が目まぐるしく形を変えながら輝いた。
 少年は毎日万華鏡を覗き、大切な宝物を割ってしまったショックを癒そうとした。
 しかし日が経つにつれ、卵がどんな姿形をしていたのか、記憶はおぼろげになっていった。



「渡来屋さん、直せるの?」
「まぁ、見てろ」
 渡来屋はもう一方の手を丸め、ガラス片の集まりに被せる。合わせた両手は卵の形になっていた。
 そのままゆっくり傾け、上下をひっくり返す。「ゴトッ」と、重々しい音が手の中から聞こえた。明らかにガラスの音ではない。由良と少年は驚き、顔を見合わせた。
 渡来屋が被せていた手をおもむろに開く。
 大量のガラス片は、ひとつの卵形の塊になっていた。淡い虹色の殻に、濃いピンク色の蝶やうさぎ、フラミンゴ、花畑が模様となって浮き出ている。なんとも幻想的な風景だった。
「ほい、完成」
「あ、あぁ……!」
 少年は両手で卵を受け取る。感動で、わなわなと震えていた。
「そうだ……そうだった! この形、この重み、この模様! あの卵はこういう姿だった!」
 少年は由良と渡来屋に頭を下げた。
「ありがとうございました。おかげで、大事な宝物を取り戻せました。お姉さんも、一緒に卵を探してくれてありがとう」
「そうか。もう?」
「はい!」
 少年は礼を言うと、卵と一緒に消えた。
「さっきのどうやって直したの? 魔法でも使った?」
「そんなところだ。大抵の〈心の落とし物〉なら直せるぞ。本物は壊れたままだが」
「それじゃあ、何のために卵を直したのよ? 元の形を思い出したら、余計に辛くなるだけじゃない」
「あいつの主は思い出せなくなる方が辛かったのさ。本物の卵は直せなくとも、記憶の中の卵まで失うのは耐えられなかったんだろうよ」



 LAMPに戻ると、コレさんがカウンター席で項垂れていた。カラスに突かれたのか、全身ボロボロだった。
「卵、集まりました?」
 コレさんはフルフルと首を横に振った。
「それどころじゃなかったですよ。あのカラス、しつこいのなんのって。こんなに時間を食われるなら、卵のひとつくらいくれてやれば良かった」
「なら、この卵いります?」
 由良は余った〈心の落とし物〉の卵をコレさんに見せた。卵を目にした瞬間、コレさんの目に生気が戻った。
「こ、これは! いったいどこで見つけたんです?!」
「私の部屋です。本当はウサ耳君のだったんですけど、余ったからいらないって。まだ十二個集めていない人にあげて欲しいって頼まれました」
 卵に手を伸ばそうとしたコレさんの動きが止まる。
「ウサ耳少年が? それなら、他の参加者に渡された方がいいのでは?」
「どうして?」
「だってカレ、ワタクシのこと嫌っていたじゃありませんか」
 由良は部屋で卵を探していた最中の少年を思い出し、「大丈夫ですよ」と微笑んだ。
「たぶん、あの子もコレさんに渡すつもりだったんだと思います。『助けられたような気分』って言ってましたし。それに、本当にコレさんに渡して欲しくないなら、『まだ卵を十二個集めてないに渡して欲しい』って頼むはずですよ」
「はぁ。子供って気分屋ですね」
 コレさんはもらった卵を革のスーツケースに仕舞った。
「何はともあれ助かりました。この分なら、期間中に集めきれそうです」
「せっかくいらっしゃったんですから、何か飲んでいかれませんか?」
「では、ミルクセーキとスフレチーズケーキをお願いします」
「かしこまりました」
 由良は冷蔵庫を開き、卵を手に取った。



(春編③第五話へ続く)
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