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春編③『桜梅桃李、ツツジ色不思議王国』
第四話「イースター・あの日割れた卵」⑵
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「他の参加者はみんな子供なんだ。対価を支払えないから、仕方なく卵を探している。大人で参加しているのは、あの人だけさ」
少年も厨房で〈心の落とし物〉の卵を探し始めた。
「客席を探されたほうがいいんじゃないですか? コレさんに取られちゃいますよ」
「もう探した。事務所も、トイレも、地下室も、裏の空き地も。LAMPの二階より上は家主に許可を取らないとダメって、渡来屋さんに言われたから、まだ探してないけど」
「家主は私です。屋上は、どうぞご自由に。さすがに部屋の中を勝手に探されるのは困るので、私も一緒に探させてください。じきに、客足も落ち着くはずですから」
「本当? やった」
少年は小さくガッツポーズする。コレさんは「向こうも探していい?!」とバックルームへ入っていった。
由良は本物の卵をキッチンの天板に打ちつけ、割る。パキッと音が鳴った瞬間、少年は「ひっ」と青ざめ、耳を押さえた。
「? どうしたの?」
「来るな!」
由良が割れた殻を手に近づこうとすると、少年は卵から顔を背け、後ずさった。
「卵……苦手なんだ。前に、大切にしていた卵を割ってしまって……卵を割るのも、卵が割れる瞬間を見たり聞いたりするのも、苦手になった」
「申し訳ありません。次から、割る時はひと声かけます」
「いい、僕が出て行く。先に屋上を探させてもらうよ」
少年は卵を見ないよう、厨房から出ていった。
「……もしかして、貴方が〈心の落とし物〉の卵を集めているのは、その割れてしまった卵を取り戻すためですか?」
「そうだよ」
少年は青ざめた顔のまま、通りを挟んで向かいにある洋燈商店街を指差した。
「そこの商店街で買った、もう二度と手に入らない特別な卵だったんだ。棚の上に飾っていたら、何かの拍子に落ちて割れてしまった。卵が割れた瞬間の音、粉々に砕けた殻、見えるはずのなかった中身……思い出したくもない」
少年は裏口から外へ出て行く。
入れ違いに、コレさんが慌ててバックルームから戻ってきた。
「あっ! 添野さん、彼に二階以上の調査を許可しましたね?!」
「えぇ。探したいと言っていたので」
「なんということ! ワタクシのほうが、添野さんと付き合い長いのに! どうか、ワタクシにもお部屋を捜索する許可を!」
「いいですけど、まだ数回しかお会いしてませんよね?」
「数回も、です! 〈探し人〉は一期一会ですから、再会するなんて稀なのですよ」
屋上にも数個、〈心の落とし物〉のイースターエッグが落ちていた。
少年は卵を落とさないよう、慎重にリュックへ入れる。最後のひとつを拾おうとしたその時、
「カァーッ!」
「うわっ!」
どこからともなくカラスが現れ、卵を咥えて飛び去っていった。
向かいにあるビルの屋上へ移動し、卵を下ろす。そしてあろうことか、コツコツとクチバシで卵をつつき始めた。
「や、やめろ! その卵は食い物じゃない!」
少年は反射的に顔を背け、叫ぶ。少年の訴えが届いたのか、カラスはクチバシでつつくのをやめた。
ほっとしたのもつかの間、カラスは再び卵を咥え、ちょんちょんと小さくジャンプしながら、屋上のへりへ近づいていった。屋上から卵を落として割るつもりらしい。
少年もカラスの考えに気づき、固まる。間に合わないと分かってはいたが、無我夢中で階段を駆け下りた。
少年も厨房で〈心の落とし物〉の卵を探し始めた。
「客席を探されたほうがいいんじゃないですか? コレさんに取られちゃいますよ」
「もう探した。事務所も、トイレも、地下室も、裏の空き地も。LAMPの二階より上は家主に許可を取らないとダメって、渡来屋さんに言われたから、まだ探してないけど」
「家主は私です。屋上は、どうぞご自由に。さすがに部屋の中を勝手に探されるのは困るので、私も一緒に探させてください。じきに、客足も落ち着くはずですから」
「本当? やった」
少年は小さくガッツポーズする。コレさんは「向こうも探していい?!」とバックルームへ入っていった。
由良は本物の卵をキッチンの天板に打ちつけ、割る。パキッと音が鳴った瞬間、少年は「ひっ」と青ざめ、耳を押さえた。
「? どうしたの?」
「来るな!」
由良が割れた殻を手に近づこうとすると、少年は卵から顔を背け、後ずさった。
「卵……苦手なんだ。前に、大切にしていた卵を割ってしまって……卵を割るのも、卵が割れる瞬間を見たり聞いたりするのも、苦手になった」
「申し訳ありません。次から、割る時はひと声かけます」
「いい、僕が出て行く。先に屋上を探させてもらうよ」
少年は卵を見ないよう、厨房から出ていった。
「……もしかして、貴方が〈心の落とし物〉の卵を集めているのは、その割れてしまった卵を取り戻すためですか?」
「そうだよ」
少年は青ざめた顔のまま、通りを挟んで向かいにある洋燈商店街を指差した。
「そこの商店街で買った、もう二度と手に入らない特別な卵だったんだ。棚の上に飾っていたら、何かの拍子に落ちて割れてしまった。卵が割れた瞬間の音、粉々に砕けた殻、見えるはずのなかった中身……思い出したくもない」
少年は裏口から外へ出て行く。
入れ違いに、コレさんが慌ててバックルームから戻ってきた。
「あっ! 添野さん、彼に二階以上の調査を許可しましたね?!」
「えぇ。探したいと言っていたので」
「なんということ! ワタクシのほうが、添野さんと付き合い長いのに! どうか、ワタクシにもお部屋を捜索する許可を!」
「いいですけど、まだ数回しかお会いしてませんよね?」
「数回も、です! 〈探し人〉は一期一会ですから、再会するなんて稀なのですよ」
屋上にも数個、〈心の落とし物〉のイースターエッグが落ちていた。
少年は卵を落とさないよう、慎重にリュックへ入れる。最後のひとつを拾おうとしたその時、
「カァーッ!」
「うわっ!」
どこからともなくカラスが現れ、卵を咥えて飛び去っていった。
向かいにあるビルの屋上へ移動し、卵を下ろす。そしてあろうことか、コツコツとクチバシで卵をつつき始めた。
「や、やめろ! その卵は食い物じゃない!」
少年は反射的に顔を背け、叫ぶ。少年の訴えが届いたのか、カラスはクチバシでつつくのをやめた。
ほっとしたのもつかの間、カラスは再び卵を咥え、ちょんちょんと小さくジャンプしながら、屋上のへりへ近づいていった。屋上から卵を落として割るつもりらしい。
少年もカラスの考えに気づき、固まる。間に合わないと分かってはいたが、無我夢中で階段を駆け下りた。
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