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春編③『桜梅桃李、ツツジ色不思議王国』
第三話「置き忘れたかったカーネーション」⑴
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由良にとってカーネーションという花は、母の日の贈り物というより、お墓に供える花のイメージが強かった。
毎年、母の日に祖父か両親と墓を訪れては、カーネーションの花束を供えた。
定番の赤と、ピンクと、少し珍しい黄緑色のカーネーション。ずいぶん大きくなってから知ったが、亡くなった祖母への贈り物だったらしい。黄緑は祖母の好きな色だった。
「おばあちゃんってどんな人だったの?」
「ロマンチストだったよ。それに、優しかった」
「お義父さんに負けず劣らず、洋燈町を愛していらっしゃったわね」
両親は墓の前で、祖母を懐かしむ。
祖父は祖母について、何も教えてくれなかった。訊いても、寂しげな笑顔ではぐらかされた。
「……おっと。おばあちゃんのことを思い出している場合じゃなかったわ」
由良はカーネーションの花束を手に、表へ出た。濃いピンク色のカーネーションで、凝ったラッピングまでしてある。
先ほど、LAMPを出て行ったお客さんの忘れ物だ。人目を避けるように、テーブルの下の荷物カゴの中に入れっぱなしになっていた。帰る時は何も持たずに出て行ったので、由良はすぐに気がついた。
「お客様ー! お忘れ物ですよー!」
駅のほうへ向かう花束の持ち主を見つけ、声をかける。
持ち主は由良の声に振り返り、足を止めた。花束を目にした瞬間、バツが悪そうに唇をきつく結んだ。
「すみません、お手間を取らせてしまって」
「いえいえ。こちらこそ、すぐに気がつかず申し訳ありませんでした」
由良は花束を差し出す。
しかし、持ち主は花束を受け取ろうとはしなかった。それどころか、こんな提案を持ちかけてきた。
「あの……それ良かったら、もらってくれませんか? 間違って買ってしまったものなんです」
「はい?」
花束の持ち主は母の日の贈り物として、カーネーションの花束を買った。
母の喜ぶ顔を想像しながら、LAMPで休憩していたのだが、隣の席の会話から致命的なミスに気づいてしまった。
「母は重度の花粉症だったんです。毎日薬を飲まないと生活できないくらいひどくて、薬を飲んでいても、花や木に近づくとクシャミが止まらなくなるんです。花束なんて贈ったら、喜ぶどころか迷惑になってしまいます」
「それで、私に花束を?」
花束の持ち主は頷いた。
「非常に言いにくいのですが……本当はわざと花束を置いていったんです。捨てるのは心苦しいし、お店なら綺麗に飾ってもらえるのでは、と」
「なるほど」
LAMPの店内にはたくさんの花を飾っている。花を欲しがるお客さんはいるが、持ってくるお客さんまで現れるとは思ってもみなかった。
「お願いします! 人助けだと思って!」
「えぇ……? せっかくお金を出して買われたんですから、花粉を気にせず楽しめる贈り物に作り替えたらどうですか? 押し花とか、ドライフラワーとか」
由良が言い終わる前に、持ち主は消えていた。とても、安心した顔だった。
毎年、母の日に祖父か両親と墓を訪れては、カーネーションの花束を供えた。
定番の赤と、ピンクと、少し珍しい黄緑色のカーネーション。ずいぶん大きくなってから知ったが、亡くなった祖母への贈り物だったらしい。黄緑は祖母の好きな色だった。
「おばあちゃんってどんな人だったの?」
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「お義父さんに負けず劣らず、洋燈町を愛していらっしゃったわね」
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「すみません、お手間を取らせてしまって」
「いえいえ。こちらこそ、すぐに気がつかず申し訳ありませんでした」
由良は花束を差し出す。
しかし、持ち主は花束を受け取ろうとはしなかった。それどころか、こんな提案を持ちかけてきた。
「あの……それ良かったら、もらってくれませんか? 間違って買ってしまったものなんです」
「はい?」
花束の持ち主は母の日の贈り物として、カーネーションの花束を買った。
母の喜ぶ顔を想像しながら、LAMPで休憩していたのだが、隣の席の会話から致命的なミスに気づいてしまった。
「母は重度の花粉症だったんです。毎日薬を飲まないと生活できないくらいひどくて、薬を飲んでいても、花や木に近づくとクシャミが止まらなくなるんです。花束なんて贈ったら、喜ぶどころか迷惑になってしまいます」
「それで、私に花束を?」
花束の持ち主は頷いた。
「非常に言いにくいのですが……本当はわざと花束を置いていったんです。捨てるのは心苦しいし、お店なら綺麗に飾ってもらえるのでは、と」
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「お願いします! 人助けだと思って!」
「えぇ……? せっかくお金を出して買われたんですから、花粉を気にせず楽しめる贈り物に作り替えたらどうですか? 押し花とか、ドライフラワーとか」
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