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春編③『桜梅桃李、ツツジ色不思議王国』
第一話「もらえなかった第二ボタン、もらってしまった第二ボタン」⑴
しおりを挟む失くしたと思っていたボタンを握り、友人は立っていた。
「ひどい! 私のこと、応援してくれるって言ったのに!」
怒りのまま、ボタンをテーブルに叩きつける。中学の校章が入った、第二ボタンだ。裏には前の持ち主の名前が書いてある。
友人は泣きながら、喫茶店を出て行った。
……私だって、受け取りたくて受け取ったんじゃない。こんなことになるなら、早く捨ててしまえば良かった。
いくら後悔しても、友人は帰ってこなかった。
麗らかな春の昼下がり、卒業式を終えた学生や親子連れがLAMPに集まっていた。中には真冬と同じ制服の学生もいる。
中林は寂しそうにため息をついた。真冬も今日が卒業式なのだ。
「はぁ。真冬ちゃん、卒業しちゃいましたね」
「そうね。いつ洋燈町を発つんだっけ?」
「来週です。いろいろ準備があるから、来られるのは今日で最後かもって」
真冬は無事、志望していた大学に合格した。大学は県外にあり、洋燈町からかようのは難しいため、大学の寮に住むそうだ。
中林は「湿っぽいのはやめましょう」と自分で自分を元気づけた。
「きっと今頃、学校は〈心の落とし物〉や〈探し人〉だらけなんでしょうね! 学生時代にやり残した未練とか、好きな人に告白したいけどできなかった後悔とか! 店長、仕事が終わったら見に行きましょうよ!」
しかし、由良は乗り気ではなかった。
「残念だけど、現役の学生の〈心の落とし物〉や〈探し人〉はいないと思うわ」
「そうなんですか?」
「いても、大人ほど数はいないと思う。学生は、学生でいられる期間が短いって知らないから。『学生の頃に戻りたい』なんて後悔するのは、大人くらいでしょう?」
「確かに……私の〈探し人〉のウワサが流行ったのも、卒業した後だったし。店長も学生に戻りたいって思ったことがあるんですか?」
「戻りたいというか、もっと勉強していれば良かったなとは思うわね。外国語とか料理とか。いっそ、在学中に海外留学でもしておけば良かったわ。大人になってから行くより、安く行けたのよ。まぁ後悔しても仕方ないから、今勉強しているんだけど」
「由良さん、まだスキルアップする気なんですか……?」
由良の言うとおり、店にいる卒業生達は皆、卒業した喜びと感動に満ちあふれている。高校時代の思い出や、大学でやりたいことなど、楽しそうに語らっていた。
そこへ新たに、二人の女子高生が来店した。彼女達も卒業生らしく、ブレザーに胸章をつけている。一人は泣いていて、もう一人に慰めてもらっていた。
由良は中林との会話を切り上げ、二人を出迎えた。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
「ほら、お店着いたよ。何飲む?」
「う、うぅ……」
二人はカウンター席のすみっこに座る。
慰めている女子高生が泣いている女子高生にメニューを見せ、代わりに注文した。
「春色アフタヌーンティーセットください。紅茶は二人分で」
「かしこまりました」
由良は注文の品を準備しつつ、他の客の様子をうかがう。客の何人かは心配そうに二人を見ていたが、隣で接客している中林は無反応だった。
「お待たせいたしました。春色アフタヌーンティーセットでございます」
二人分の紅茶とケーキスタンドを女子高生達の前に運ぶ。一段目にハムレタスサンドと海老アボカドサンド、二段目に苺のスコーンとクロテッドクリーム、三段目に桜と抹茶のケーキや苺のタルトが乗っている。どれも食べやすいミニサイズだ。カップと皿も春色で、カップの表面や皿のふちには濃いピンク色のチューリップが描かれていた。
泣いていた女子高生は紅茶に多めの砂糖を入れ、飲む。泣き疲れてお腹が減ったのか、黙々とサンドイッチを頬張った。
「美味しい?」
「ん」
女子高生は泣き腫らした目で頷いた。
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