心の落とし物

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
231 / 314
冬編③『銀世界、幾星霜』

第五話「流しのギターガール」⑶

しおりを挟む
 由良は嵐のように去っていった中林の代わりに、織音に謝った。
「急なお願いをしてしまい、申し訳ありませんでした」
「気にしないで下さい。私もこんな素敵な喫茶店で演奏できて楽しかったです」
 織音はサラダとスープが付いてくるミートパイセットと、ハチミツ入りのカモミールティーを注文した。
 静かな店内に、調理の音が響く。料理が出来上がるまでの間、織音は兵隊のくるみ割り人形でクルミを割って遊んでいた。
「織音さんはいつからギターを?」
「小学生の高学年くらいからです。父親が趣味でギターをやっていて、私も自分で弾いてみたくなって買ってもらったんです。親の都合で引っ越しが多く、ギターだけが友達でした。中学・高校時代はバンドを組んでいた時期もありましたが、引っ越しで疎遠になり、いつのまにか脱退したことにされていました」
「それで、お一人で活動されているんですか?」
「……そうかもしれません」
 織音は寂しげに微笑んだ。
「今までいろんな場所を巡ってきました。中には"ずっとここで暮らしたい"と思える町や、"ずっとここにいて欲しい"と言ってくれる人もいました。だけど……どんなに気に入っていても落ち着かないんです。昔から引っ越しが多かったせいか、"自分はよそ者だ"という意識が強いのかもしれません。それどころか、街の人にも"よそ者だ"と疎まれているような気がする。それで最後には誰にも別れを告げず、逃げるように去るのです」
「……」
 由良は図らずも織音の半生を知り、気づいた。
 昨日、彼女が洋燈町で生まれ育った由良を「羨ましい」と言ったのは、褒め言葉ではなく本心だったのだと。
(貴方も他人から羨まれるような故郷を見つければいいじゃないですか……と、口にするのは簡単だけど、それができないから困ってらっしゃるんだろうな)



「ごちそうさま。ミートパイ、美味しかったです」
「お口に合って良かったです。道中、お気をつけて」
「はい」
 由良は夕食を終えた織音を見送りに、表へ出る。
 すると、先ほどの演奏に間に合わなかった〈探し人〉達が集まっていた。彼らは織音が出てくるなり、彼女に懇願した。
「織音さん! やっと見つけた!」
「突然出て行ってしまわれたから探していたんですよ!」
「無事で良かった……」
「織音ねーちゃん、またあの曲歌いに来てよ! 母ちゃんも待ってるんだぜ!」
「私が死ぬまでに一度でいいから、戻ってきてもらえませんか?」
 〈探し人〉達は年齢も性別も違えば、話す言葉のイントネーションも違う。おそらく、各地で織音が出会った人々だろう。
 織音は彼らに気づかない。夜の歩道をゆっくり歩いていく。そんな織音を〈探し人〉達は必死に追いかけ、説得し続けていた。
「……信じてもらえるかは分からないけど、言うだけ言っておくか」
 由良は「織音さん」と彼女を呼び止めた。
 織音は振り返り、不思議そうに首を傾げた。
「忘れ物でもしていましたか?」
「いえ、最後にこれだけは言っておきたくて……」
 由良は〈探し人〉達を一瞥し、伝えた。
「私、織音さんのこと"よそ者"だなんて思ってませんよ。この街にいる間は貴方も住人の一人なんですから。織音さんが立ち寄った他の街の方達も、きっと同じように考えていたはずです。中には貴方のことを心配して、探していらっしゃる方もいるかもしれない」
 〈探し人〉達はうんうんと頷く。
 彼らが見えない織音は、怪訝そうに由良を見た。
「まるで見てきたようにおっしゃるんですね。それとも、私が今まで会ってきた誰かとお知り合いなんですか?」
「いいえ? ただ、あれほどの演奏と歌声はそう何度も聴けるものではありませんから、貴方との再会を切望されている方もいらっしゃるのでは? と想像しただけです」
「本当に、想像?」
「えぇ。私も織音さんの演奏と歌声、また聴きたいです」
「……」
 〈探し人〉達はまたも、うんうんと頷く。
 織音は戸惑い、気恥ずかしそうにうつむいた。
「……それが事実なら、戻って謝らないと。私は自分勝手に姿をくらましただけだって」



 織音は駅へ急ぐ。
 彼女を追う〈探し人〉は半分に減っていた。織音が「戻る」と宣言したので、安心したのだろう。
 残った〈探し人〉達は、律儀に織音の後をついて行く。
 織音が本当に帰ってくるのか疑っているわけではない。「道中、鼻歌でもいいから、彼女の歌を聴けないだろうか」と期待して残っただけだ。
 街の一角に咲いた濃いピンク色の梅が、ひと足早く春を報せていた。



(冬編③『銀世界、幾星霜』終わり)
(春編③に続く)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

処理中です...