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冬編③『銀世界、幾星霜』
第五話「流しのギターガール」⑵
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由良が路上ミュージシャンの女性と会った、翌日。
中林は仕事の帰り際、笑顔で由良に報告していた。
「ところで、先週受けた製菓の専門学校……合格しました!」
「あら、おめでとう。お祝いしなくちゃね」
「いやぁ、勉強らしい勉強は何もしてないので、やるなら真冬ちゃんが受かった時にしてあげてください」
真冬はLAMPに来ていない。
一次試験を突破し、来週行われる二時試験に向けて、毎日家にこもって勉強しているのだ。「ガチで追い込みかけるから」と差し入れすら受け付けなかった。
「こんばんは。お店、まだやってますか?」
そこへ昨日の路上ミュージシャンが入口のドアを開き、顔を覗かせた。背中にはギターケースを背負っている。
閉店まで残り一時間を切り、客は一人もいなかった。中林も今しがた、帰ろうとしていたところだ。
由良は「お待ちしてました」と、女性に微笑みかけた。
「お好きな席へどうぞ。注文が決まりましたら、お声がけください」
「あぁ、良かった。営業時間を確認していなかったから不安だったの」
女性は安堵し、カウンター近くのテーブル席へ腰を下ろした。隣の席に、ギターケースを置く。
中林はギターケースを見て、ハッとした。
「もしかして、昨日商店街で路上ライブされてた方ですか?」
「えぇ」
「やっぱり! 由良さん……店長から聞きました! すっごく綺麗な歌声なんですよね?!」
「中林、」
由良はそれとなく視線を送ったが、中林に無視された。
「私、今から帰るところだったんですけど、良かったら一曲弾いてくれませんか?」
「いいですよ」
「ちょっ、」
「やった! 歌ってるとこ、録画しても大丈夫ですか? 受験で頑張ってる友達に送ってあげたいんです!」
「私の演奏で良ければ、どうぞ」
「やっふー! ありがとうございます!」
話はとんとん拍子に進み、急きょ女性に一曲披露してもらうことになった。
女性はケースからギターを取り出し、ストラップを肩にかける。こうなっては止める方が野暮だ。由良は諦めて、肩をすくめた。
「何の曲にしましょう?」
「そうですねぇ……」
中林は迷いに迷った末、定番の応援歌を選んだ。真冬が大好きな「雪だるま行進曲」も捨てがたく、結局二曲演奏してもらうことになった。
「そういえば、お名前伺ってませんでしたね。何てお名前なんですか?」
「オリネです。オリネフブキ。音を織る、と書いて織音フブキと申します」
織音がギターを鳴らすと、どこからともなく〈探し人〉が現れた。一人、また一人と席につき、織音の演奏に耳を傾ける。織音が歌い出す頃には満席で、店の中にも外にも立ち見客がいた。
応援歌に相応しく、澄んでいながらも力強い歌声が響く。続く「雪だるま行進曲」はコミカルかつシニカルな歌詞が特徴的な童謡で、織音のアレンジが効いていた。スマホで録画しながら聴いていた中林はもちろん、演奏に反対していた由良まで聴き入っていた。
演奏が終わると、店の内外から割れんばかりの拍手が起こった。由良もつられて手を叩く。中林は録画を止めるのに手間取り、遅れて拍手した。
「ありがとうございました! 素晴らしい演奏でした!」
「どういたしまして。お友達、合格するといいですね」
「くッ! もっと演奏を聴いていたいのに、帰らなきゃいけないなんて……! 次はいつ洋燈町に来られるんですか?!」
「さぁ……その時の気分で行き先を決めているので、私もいつ帰って来られるか分からないです」
「そうですか……」
中林は名残惜しそうに帰っていった。
LAMPに集まっていた〈探し人〉達も、満足した様子で消えていった。
中林は仕事の帰り際、笑顔で由良に報告していた。
「ところで、先週受けた製菓の専門学校……合格しました!」
「あら、おめでとう。お祝いしなくちゃね」
「いやぁ、勉強らしい勉強は何もしてないので、やるなら真冬ちゃんが受かった時にしてあげてください」
真冬はLAMPに来ていない。
一次試験を突破し、来週行われる二時試験に向けて、毎日家にこもって勉強しているのだ。「ガチで追い込みかけるから」と差し入れすら受け付けなかった。
「こんばんは。お店、まだやってますか?」
そこへ昨日の路上ミュージシャンが入口のドアを開き、顔を覗かせた。背中にはギターケースを背負っている。
閉店まで残り一時間を切り、客は一人もいなかった。中林も今しがた、帰ろうとしていたところだ。
由良は「お待ちしてました」と、女性に微笑みかけた。
「お好きな席へどうぞ。注文が決まりましたら、お声がけください」
「あぁ、良かった。営業時間を確認していなかったから不安だったの」
女性は安堵し、カウンター近くのテーブル席へ腰を下ろした。隣の席に、ギターケースを置く。
中林はギターケースを見て、ハッとした。
「もしかして、昨日商店街で路上ライブされてた方ですか?」
「えぇ」
「やっぱり! 由良さん……店長から聞きました! すっごく綺麗な歌声なんですよね?!」
「中林、」
由良はそれとなく視線を送ったが、中林に無視された。
「私、今から帰るところだったんですけど、良かったら一曲弾いてくれませんか?」
「いいですよ」
「ちょっ、」
「やった! 歌ってるとこ、録画しても大丈夫ですか? 受験で頑張ってる友達に送ってあげたいんです!」
「私の演奏で良ければ、どうぞ」
「やっふー! ありがとうございます!」
話はとんとん拍子に進み、急きょ女性に一曲披露してもらうことになった。
女性はケースからギターを取り出し、ストラップを肩にかける。こうなっては止める方が野暮だ。由良は諦めて、肩をすくめた。
「何の曲にしましょう?」
「そうですねぇ……」
中林は迷いに迷った末、定番の応援歌を選んだ。真冬が大好きな「雪だるま行進曲」も捨てがたく、結局二曲演奏してもらうことになった。
「そういえば、お名前伺ってませんでしたね。何てお名前なんですか?」
「オリネです。オリネフブキ。音を織る、と書いて織音フブキと申します」
織音がギターを鳴らすと、どこからともなく〈探し人〉が現れた。一人、また一人と席につき、織音の演奏に耳を傾ける。織音が歌い出す頃には満席で、店の中にも外にも立ち見客がいた。
応援歌に相応しく、澄んでいながらも力強い歌声が響く。続く「雪だるま行進曲」はコミカルかつシニカルな歌詞が特徴的な童謡で、織音のアレンジが効いていた。スマホで録画しながら聴いていた中林はもちろん、演奏に反対していた由良まで聴き入っていた。
演奏が終わると、店の内外から割れんばかりの拍手が起こった。由良もつられて手を叩く。中林は録画を止めるのに手間取り、遅れて拍手した。
「ありがとうございました! 素晴らしい演奏でした!」
「どういたしまして。お友達、合格するといいですね」
「くッ! もっと演奏を聴いていたいのに、帰らなきゃいけないなんて……! 次はいつ洋燈町に来られるんですか?!」
「さぁ……その時の気分で行き先を決めているので、私もいつ帰って来られるか分からないです」
「そうですか……」
中林は名残惜しそうに帰っていった。
LAMPに集まっていた〈探し人〉達も、満足した様子で消えていった。
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