227 / 314
冬編③『銀世界、幾星霜』
第四話「ユキちゃんと雪だるまっ娘」⑷
しおりを挟む
二人は公園の東屋のベンチに座り、チョコを食べた。由良も試しに摘んでみようとしたが、指はチョコをすり抜けた。
「美味しーい! 自分でチョコを作れるってすごいね!」
「溶かして固めるだけだから、簡単だよ」
「そうなの? 私にも作れるかなぁ」
子供真冬は苦味の少ないホワイトチョコとストロベリーチョコがお気に入りらしく、交互に食べている。幸せそうに頬を緩ませる彼女に、中林も笑顔を見せた。
(……そりゃあ、嬉しいわよね。渡せなかったチョコを、こんなに喜んで食べてもらえたら)
由良も見ているだけで、ほっこりした気分になった。
話題は変わり、子供真冬が将来の夢について話し始めた。
「私ね、いつでも好きな時に雪を降らせて、雪だるまを作れるようにしたいの! 特に、夏!」
「溶けちゃうんじゃない?」
「大丈夫! すぐに溶けない雪に"かいぞー"するから! そのために、毎日お勉強頑張ってるんだー」
「偉いね。私がお嬢ちゃんくらいの時は、毎日遊んでばかりだったよ。今も勉強苦手だし」
「ユキちゃんの将来の夢はなぁに?」
子供真冬は純粋な眼差しで尋ねてくる。
中林は言葉に詰まり、目を背けた。
「……無いよ。強いて言えば、高校に受かることかな」
「ふーん?」
子供真冬は不思議そうに首を傾げる。
子供の頃は、誰しも「将来の夢」を持っていた。成長するにつれて現実を知り、夢を見なくなると、子供の真冬はまだ知らなかった。
「じゃあ、私が一緒にユキちゃんの夢を考えてあげる!」
「えっ?」
子供真冬の提案に、中林は驚いた。
子供真冬は「夢がない」と言った中林を憐れむわけでも批難するわけでもなく、あれやこれやと思いついた夢を口にした。
「何がいいかなー? チョコ美味しかったし、チョコレート職人とか? あ、雪だるまのしもべなら、まず雪だるまが動けるようにする?」
「雪だるまって、動けるようになるの……?」
その後も二人は中林の将来の夢について議論を重ねた。
雪の勢いは増すばかりで、気温もドンドン下がっていく。由良は寒さに耐えきれず、途中で温かい飲み物を買いに、自動販売機へ走った。
戻ってくると、二人は消えていた。雪だるまもチョコもない。由良だけが一人、取り残されていた。
「未練は解消された……ってことでいいのかしら? 何もしてないけど」
あるいは、と由良は別の可能性を考えた。
(さっきの記憶を私に覚えておいて欲しかった、とか? 私の口から、誰かに伝えてもらうために……)
一歩ずつ、一歩ずつ。
中林は雪道を進む。
足取りは重い。物理的にも、精神的にも。
昨日、中林は仕事でミスを繰り返したせいで、午後は仕事をさせてもらえなかった。帰り道の記憶は無く、気づいたら自分の部屋のベッドで横たわっていた。顔と枕は涙でベチャベチャだった。
(やっぱり、今日も休めば良かったかなぁ。でも、真冬ちゃんに訊きたいことあるし……)
昨夜、LAMPの営業時間が終わった頃、由良から連絡があった。解雇通知かと思い、恐る恐るメッセージを開くと、妙な質問が届いていた。
『中林さん、お店で真冬さんと知り合う前に、真冬さんと会ってませんか?』
「え?」
目を疑った。
覚えているも何も、そんな記憶はない。それに、もし会っていたとしたら忘れるはずがない。
『もー、何言ってるんですか! 真冬ちゃんと初めて会ったのは、LAMPですよ!』
そう正直に伝えると、由良は午後に洋燈公園で見たという〈心の落とし物〉の話をし始めた。
文字を追ううちに、中林は今朝自分が何を願ったのか思い出した。
(あーあ。もっと早く、真冬ちゃんと会えてたら良かったのになぁ)
「ッ……!」
瞬間、中林は顔から火が出るほど赤くなった。心の奥底に秘めていた願望を明かされた気がして恥ずかしくなったのだ。
中林は由良のメッセージを全て読み終わらないうちに、返信を打った。
『由良さん、それは幻です! 確かに中三の冬、母親に無理矢理バレンタインチョコを作らされましたけど、全部自分で食べましたもん!』
『実際も渡せなかったんだ?』
『渡せるわけないでしょう?! 誰も私の顔も名前も知らないんですから! そもそもうちの学校、チョコ持ち込み禁止でしたし! なので、今日公園で見たことは忘れてください! 真冬ちゃんにも話しちゃダメですよ! 絶対!』
会話を打ち切り、アプリを閉じようとした時、まだ読んでいなかったメッセージの一部が目に入った。
『〈心の落とし物〉の真冬さんは、夢がない〈心の落とし物〉の中林さんの代わりに将来の夢を考えてくれていたわ。チョコレート職人とか、雪だるまを動かせるようになるとか、巨大雪だるまを家にするとか。本物の貴方も、将来について真冬さんに相談したいと思ってるんじゃない?』
「……」
「美味しーい! 自分でチョコを作れるってすごいね!」
「溶かして固めるだけだから、簡単だよ」
「そうなの? 私にも作れるかなぁ」
子供真冬は苦味の少ないホワイトチョコとストロベリーチョコがお気に入りらしく、交互に食べている。幸せそうに頬を緩ませる彼女に、中林も笑顔を見せた。
(……そりゃあ、嬉しいわよね。渡せなかったチョコを、こんなに喜んで食べてもらえたら)
由良も見ているだけで、ほっこりした気分になった。
話題は変わり、子供真冬が将来の夢について話し始めた。
「私ね、いつでも好きな時に雪を降らせて、雪だるまを作れるようにしたいの! 特に、夏!」
「溶けちゃうんじゃない?」
「大丈夫! すぐに溶けない雪に"かいぞー"するから! そのために、毎日お勉強頑張ってるんだー」
「偉いね。私がお嬢ちゃんくらいの時は、毎日遊んでばかりだったよ。今も勉強苦手だし」
「ユキちゃんの将来の夢はなぁに?」
子供真冬は純粋な眼差しで尋ねてくる。
中林は言葉に詰まり、目を背けた。
「……無いよ。強いて言えば、高校に受かることかな」
「ふーん?」
子供真冬は不思議そうに首を傾げる。
子供の頃は、誰しも「将来の夢」を持っていた。成長するにつれて現実を知り、夢を見なくなると、子供の真冬はまだ知らなかった。
「じゃあ、私が一緒にユキちゃんの夢を考えてあげる!」
「えっ?」
子供真冬の提案に、中林は驚いた。
子供真冬は「夢がない」と言った中林を憐れむわけでも批難するわけでもなく、あれやこれやと思いついた夢を口にした。
「何がいいかなー? チョコ美味しかったし、チョコレート職人とか? あ、雪だるまのしもべなら、まず雪だるまが動けるようにする?」
「雪だるまって、動けるようになるの……?」
その後も二人は中林の将来の夢について議論を重ねた。
雪の勢いは増すばかりで、気温もドンドン下がっていく。由良は寒さに耐えきれず、途中で温かい飲み物を買いに、自動販売機へ走った。
戻ってくると、二人は消えていた。雪だるまもチョコもない。由良だけが一人、取り残されていた。
「未練は解消された……ってことでいいのかしら? 何もしてないけど」
あるいは、と由良は別の可能性を考えた。
(さっきの記憶を私に覚えておいて欲しかった、とか? 私の口から、誰かに伝えてもらうために……)
一歩ずつ、一歩ずつ。
中林は雪道を進む。
足取りは重い。物理的にも、精神的にも。
昨日、中林は仕事でミスを繰り返したせいで、午後は仕事をさせてもらえなかった。帰り道の記憶は無く、気づいたら自分の部屋のベッドで横たわっていた。顔と枕は涙でベチャベチャだった。
(やっぱり、今日も休めば良かったかなぁ。でも、真冬ちゃんに訊きたいことあるし……)
昨夜、LAMPの営業時間が終わった頃、由良から連絡があった。解雇通知かと思い、恐る恐るメッセージを開くと、妙な質問が届いていた。
『中林さん、お店で真冬さんと知り合う前に、真冬さんと会ってませんか?』
「え?」
目を疑った。
覚えているも何も、そんな記憶はない。それに、もし会っていたとしたら忘れるはずがない。
『もー、何言ってるんですか! 真冬ちゃんと初めて会ったのは、LAMPですよ!』
そう正直に伝えると、由良は午後に洋燈公園で見たという〈心の落とし物〉の話をし始めた。
文字を追ううちに、中林は今朝自分が何を願ったのか思い出した。
(あーあ。もっと早く、真冬ちゃんと会えてたら良かったのになぁ)
「ッ……!」
瞬間、中林は顔から火が出るほど赤くなった。心の奥底に秘めていた願望を明かされた気がして恥ずかしくなったのだ。
中林は由良のメッセージを全て読み終わらないうちに、返信を打った。
『由良さん、それは幻です! 確かに中三の冬、母親に無理矢理バレンタインチョコを作らされましたけど、全部自分で食べましたもん!』
『実際も渡せなかったんだ?』
『渡せるわけないでしょう?! 誰も私の顔も名前も知らないんですから! そもそもうちの学校、チョコ持ち込み禁止でしたし! なので、今日公園で見たことは忘れてください! 真冬ちゃんにも話しちゃダメですよ! 絶対!』
会話を打ち切り、アプリを閉じようとした時、まだ読んでいなかったメッセージの一部が目に入った。
『〈心の落とし物〉の真冬さんは、夢がない〈心の落とし物〉の中林さんの代わりに将来の夢を考えてくれていたわ。チョコレート職人とか、雪だるまを動かせるようになるとか、巨大雪だるまを家にするとか。本物の貴方も、将来について真冬さんに相談したいと思ってるんじゃない?』
「……」
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
黒蜜先生のヤバい秘密
月狂 紫乃/月狂 四郎
ライト文芸
高校生の須藤語(すとう かたる)がいるクラスで、新任の教師が担当に就いた。新しい担任の名前は黒蜜凛(くろみつ りん)。アイドル並みの美貌を持つ彼女は、あっという間にクラスの人気者となる。
須藤はそんな黒蜜先生に小説を書いていることがバレてしまう。リアルの世界でファン第1号となった黒蜜先生。須藤は先生でありファンでもある彼女と、小説を介して良い関係を築きつつあった。
だが、その裏側で黒蜜先生の人気をよく思わない女子たちが、陰湿な嫌がらせをやりはじめる。解決策を模索する過程で、須藤は黒蜜先生のヤバい過去を知ることになる……。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
透明の「扉」を開けて
美黎
ライト文芸
先祖が作った家の人形神が改築によりうっかり放置されたままで、気付いた時には家は没落寸前。
ピンチを救うべく普通の中学2年生、依る(ヨル)が不思議な扉の中へ人形神の相方、姫様を探しに旅立つ。
自分の家を救う為に旅立った筈なのに、古の予言に巻き込まれ翻弄されていく依る。旅の相方、家猫の朝(アサ)と不思議な喋る石の付いた腕輪と共に扉を巡り旅をするうちに沢山の人と出会っていく。
知ったからには許せない、しかし価値観が違う世界で、正解などあるのだろうか。
特別な能力なんて、持ってない。持っているのは「強い想い」と「想像力」のみ。
悩みながらも「本当のこと」を探し前に進む、ヨルの恋と冒険、目醒めの成長物語。
この物語を見つけ、読んでくれる全ての人に、愛と感謝を。
ありがとう
今日も矛盾の中で生きる
全ての人々に。
光を。
石達と、自然界に 最大限の感謝を。
下の階にはツキノワグマが住んでいる
鞠目
現代文学
住んでいた賃貸マンションで火事があり引っ越すことにした私。不動産屋さんに紹介してもらった物件は築35年「動物入居可能」の物件だった。
下の階に住むツキノワグマと私の穏やかな日常。
光のもとで1
葉野りるは
青春
一年間の療養期間を経て、新たに高校へ通いだした翠葉。
小さいころから学校を休みがちだった翠葉は人と話すことが苦手。
自分の身体にコンプレックスを抱え、人に迷惑をかけることを恐れ、人の中に踏み込んでいくことができない。
そんな翠葉が、一歩一歩ゆっくりと歩きだす。
初めて心から信頼できる友達に出逢い、初めての恋をする――
(全15章の長編小説(挿絵あり)。恋愛風味は第三章から出てきます)
10万文字を1冊として、文庫本40冊ほどの長さです。
アラサー独身の俺が義妹を預かることになった件~俺と義妹が本当の家族になるまで~
おとら@ 書籍発売中
ライト文芸
ある日、小さいながらも飲食店を経営する俺に連絡が入る。
従兄弟であり、俺の育ての親でもある兄貴から、転勤するから二人の娘を預かってくれと。
これは一度家族になることから逃げ出した男が、義妹と過ごしていくうちに、再び家族になるまでの軌跡である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる