心の落とし物

緋色刹那

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冬編③『銀世界、幾星霜』

第四話「ユキちゃんと雪だるまっ娘」⑷

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 二人は公園の東屋のベンチに座り、チョコを食べた。由良も試しに摘んでみようとしたが、指はチョコをすり抜けた。
「美味しーい! 自分でチョコを作れるってすごいね!」
「溶かして固めるだけだから、簡単だよ」
「そうなの? 私にも作れるかなぁ」
 子供真冬は苦味の少ないホワイトチョコとストロベリーチョコがお気に入りらしく、交互に食べている。幸せそうに頬を緩ませる彼女に、中林も笑顔を見せた。
(……そりゃあ、嬉しいわよね。渡せなかったチョコを、こんなに喜んで食べてもらえたら)
 由良も見ているだけで、ほっこりした気分になった。
 話題は変わり、子供真冬が将来の夢について話し始めた。
「私ね、いつでも好きな時に雪を降らせて、雪だるまを作れるようにしたいの! 特に、夏!」
「溶けちゃうんじゃない?」
「大丈夫! すぐに溶けない雪に"かいぞー"するから! そのために、毎日お勉強頑張ってるんだー」
「偉いね。私がお嬢ちゃんくらいの時は、毎日遊んでばかりだったよ。今も勉強苦手だし」
「ユキちゃんの将来の夢はなぁに?」
 子供真冬は純粋な眼差しで尋ねてくる。
 中林は言葉に詰まり、目を背けた。
「……無いよ。強いて言えば、高校に受かることかな」
「ふーん?」
 子供真冬は不思議そうに首を傾げる。
 子供の頃は、誰しも「将来の夢」を持っていた。成長するにつれて現実を知り、夢を見なくなると、子供の真冬はまだ知らなかった。
「じゃあ、私が一緒にユキちゃんの夢を考えてあげる!」
「えっ?」
 子供真冬の提案に、中林は驚いた。
 子供真冬は「夢がない」と言った中林を憐れむわけでも批難するわけでもなく、あれやこれやと思いついた夢を口にした。
「何がいいかなー? チョコ美味しかったし、チョコレート職人とか? あ、雪だるまのしもべなら、まず雪だるまが動けるようにする?」
「雪だるまって、動けるようになるの……?」
 その後も二人は中林の将来の夢について議論を重ねた。
 雪の勢いは増すばかりで、気温もドンドン下がっていく。由良は寒さに耐えきれず、途中で温かい飲み物を買いに、自動販売機へ走った。
 戻ってくると、二人は消えていた。雪だるまもチョコもない。由良だけが一人、取り残されていた。
「未練は解消された……ってことでいいのかしら? 何もしてないけど」
 あるいは、と由良は別の可能性を考えた。
(さっきの記憶を私に覚えておいて欲しかった、とか? 私の口から、誰かに伝えてもらうために……)



 一歩ずつ、一歩ずつ。
 中林は雪道を進む。
 足取りは重い。物理的にも、精神的にも。
 昨日、中林は仕事でミスを繰り返したせいで、午後は仕事をさせてもらえなかった。帰り道の記憶は無く、気づいたら自分の部屋のベッドで横たわっていた。顔と枕は涙でベチャベチャだった。
(やっぱり、今日も休めば良かったかなぁ。でも、真冬ちゃんに訊きたいことあるし……)
 昨夜、LAMPの営業時間が終わった頃、由良から連絡があった。解雇通知かと思い、恐る恐るメッセージを開くと、妙な質問が届いていた。
『中林さん、お店で真冬さんと知り合う前に、真冬さんと会ってませんか?』
「え?」
 目を疑った。
 覚えているも何も、そんな記憶はない。それに、もし会っていたとしたら忘れるはずがない。
『もー、何言ってるんですか! 真冬ちゃんと初めて会ったのは、LAMPですよ!』
 そう正直に伝えると、由良は午後に洋燈公園で見たという〈心の落とし物〉の話をし始めた。
 文字を追ううちに、中林は今朝自分が何を願ったのか思い出した。
(あーあ。もっと、真冬ちゃんと会えてたら良かったのになぁ)
「ッ……!」
 瞬間、中林は顔から火が出るほど赤くなった。心の奥底に秘めていた願望を明かされた気がして恥ずかしくなったのだ。
 中林は由良のメッセージを全て読み終わらないうちに、返信を打った。
『由良さん、それは幻です! 確かに中三の冬、母親に無理矢理バレンタインチョコを作らされましたけど、全部自分で食べましたもん!』
『実際も渡せなかったんだ?』
『渡せるわけないでしょう?! 誰も私の顔も名前も知らないんですから! そもそもうちの学校、チョコ持ち込み禁止でしたし! なので、今日公園で見たことは忘れてください! 真冬ちゃんにも話しちゃダメですよ! 絶対!』
 会話を打ち切り、アプリを閉じようとした時、まだ読んでいなかったメッセージの一部が目に入った。
『〈心の落とし物〉の真冬さんは、夢がない〈心の落とし物〉の中林さんの代わりに将来の夢を考えてくれていたわ。チョコレート職人とか、雪だるまを動かせるようになるとか、巨大雪だるまを家にするとか。本物の貴方も、将来について真冬さんに相談したいと思ってるんじゃない?』
「……」
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