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冬編③『銀世界、幾星霜』
第三話「中林の一日」⑷
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「ありがとうございましたー」
客を見送りに出ていた中林が戻ってきた。
〈探し人〉だと思っていた客が、普通の人間だったので落胆しているらしい。まだ〈探し人〉に会うのを諦めていないのか、すぐに元気を取り戻した。
「中林、窓際のお客さんのパンケーキ出来たわよ」
「はいはーい! 今、いっきまーす!」
中林はいそいそと注文の品をお盆に乗せ、常連の女性のもとへ運ぶ。
中林が注文の品を届けた後も、二人はしばし雑談していた。他の客の声にかき消されて、会話の内容は聞こえてこない。
〈探し人〉の女性は二人が何を話しているのか気になるようで、チラチラと視線を向けていた。由良も
(中林、その人は〈探し人〉じゃないわ。戻ってきなさい)
と目で訴えていた。
その時、常連の女性が突然泣き出した。中林は慌ててハンカチを差し出す。周りの目が一斉に彼女達へ向いた。
〈探し人〉の女性もハッと立ち上がる。怒りを隠しきれず、二人のもとへ駆け寄った。
「ちょっと! 私の友人を泣かさないでくれる?!」
「お客様!」
由良も後を追おうとして、やめた。
この中で〈探し人〉に気づいているのは、由良だけ。彼女が何を言おうと二人には聞こえないし、姿も見えない。
それに、中林と常連の女性の会話は続いていた。
常連の女性はハンカチで包んでいた銀の破片(〈探し人〉の主人が彼女に贈った、雪の結晶のネックレスの成れの果てだろう)を、中林に見せた。途端に、中林は眉をひそめた。
「お客様。これ、銀じゃないです。銀粘土ですよ」
「銀……粘土?」
中林は由良に語ったのと同じように、常連の女性にも銀粘土の性質について説明した。
常連の女性は銀粘土の存在自体を知らなかったらしく、ひどく驚いていた。その間、〈探し人〉の女性は申し訳なさそうに黙りこくっていた。
「そんな……なぜ、友人はそのような粗悪品を私に?」
「お友達の手作りなんじゃないですか? 本物のシルバーアクセサリーはお高いですから。どうしてもお客様に喜んでもらいたくて作られたのかもしれませんね」
「……」
常連の女性は一瞬、言葉を失う。
〈探し人〉の女性は再び涙を浮かべ、友人に謝った。
「本当にごめんなさい。私も探したけど、どうしても見つけられなかったの。私がもっとよく調べていれば……!」
すると、常連の女性は呆れたように表情をゆるめた。
「そういえば地元に帰省した時、"雪の結晶のアクセサリーが欲しいのに見つからない"って、あの子にボヤいたっけ。あの子は格安でアクセサリーを買ったって言い張ってたけど、あれは手作りだってバレたくなくて、嘘をついていたんですね」
「っ!」
〈探し人〉の女性はハッと息を呑む。
中林も彼女の主人を称賛した。
「お客様のために手作りまでしちゃうなんて、すごいご友人ですね」
「ったく、もう……知ってたら、大事に仕舞っておいたのに」
「うぅ……!」
〈探し人〉は泣き崩れた。今度は、喜びの涙だった。
〈探し人〉の女性は常連の女性が食べ終わるのを待ち、共にLAMPを後にした。二人とも、晴れやかな顔をしていた。
「銀粘土のこと、彼女に教えてくださってありがとうございました。本当は私から打ち明けなくちゃいけなかったんですけど、どうしても勇気が出なくて……今度は簡単に壊れないアクセサリーを作って、友人にプレゼントしようと思います」
「はい! またのご来店、お待ちしております!」
(……見えてないのに、会話が成り立ってる。すご)
二人がLAMPを出て行った後も、中林はしばらく彼女達を監視していた。〈探し人〉が消える瞬間を目撃したいのだろう。
由良も中林の背後から顔を出す。
〈探し人〉の女性は友人の隣を並んで歩いていたが、信号待ちで足を止めた瞬間にパッと姿を消した。念のため中林の反応を確認したが、特に変化はなかった。
「くぅ、残念」
「何が?」
由良が声をかけると、中林は「うわっぷ?!」と奇声を上げ、こちらを振り返った。
「ゆ、店長もお見送りですか?」
「まぁね」
その時、一人で歩いていた常連の女性が突然足を止めた。スマホを手に、歩道の端へ寄る。誰かから電話がかかってきたらしい。
最初は固い表情だったが、やがて緊張が解け、安堵の表情に変わった。
「大丈夫ですよ! お悩みは万事解決しました!」
「……そうみたいね」
由良はフッと微笑み、仕事に戻った。
(冬編③『銀世界、幾星霜』第四話へ続く)
客を見送りに出ていた中林が戻ってきた。
〈探し人〉だと思っていた客が、普通の人間だったので落胆しているらしい。まだ〈探し人〉に会うのを諦めていないのか、すぐに元気を取り戻した。
「中林、窓際のお客さんのパンケーキ出来たわよ」
「はいはーい! 今、いっきまーす!」
中林はいそいそと注文の品をお盆に乗せ、常連の女性のもとへ運ぶ。
中林が注文の品を届けた後も、二人はしばし雑談していた。他の客の声にかき消されて、会話の内容は聞こえてこない。
〈探し人〉の女性は二人が何を話しているのか気になるようで、チラチラと視線を向けていた。由良も
(中林、その人は〈探し人〉じゃないわ。戻ってきなさい)
と目で訴えていた。
その時、常連の女性が突然泣き出した。中林は慌ててハンカチを差し出す。周りの目が一斉に彼女達へ向いた。
〈探し人〉の女性もハッと立ち上がる。怒りを隠しきれず、二人のもとへ駆け寄った。
「ちょっと! 私の友人を泣かさないでくれる?!」
「お客様!」
由良も後を追おうとして、やめた。
この中で〈探し人〉に気づいているのは、由良だけ。彼女が何を言おうと二人には聞こえないし、姿も見えない。
それに、中林と常連の女性の会話は続いていた。
常連の女性はハンカチで包んでいた銀の破片(〈探し人〉の主人が彼女に贈った、雪の結晶のネックレスの成れの果てだろう)を、中林に見せた。途端に、中林は眉をひそめた。
「お客様。これ、銀じゃないです。銀粘土ですよ」
「銀……粘土?」
中林は由良に語ったのと同じように、常連の女性にも銀粘土の性質について説明した。
常連の女性は銀粘土の存在自体を知らなかったらしく、ひどく驚いていた。その間、〈探し人〉の女性は申し訳なさそうに黙りこくっていた。
「そんな……なぜ、友人はそのような粗悪品を私に?」
「お友達の手作りなんじゃないですか? 本物のシルバーアクセサリーはお高いですから。どうしてもお客様に喜んでもらいたくて作られたのかもしれませんね」
「……」
常連の女性は一瞬、言葉を失う。
〈探し人〉の女性は再び涙を浮かべ、友人に謝った。
「本当にごめんなさい。私も探したけど、どうしても見つけられなかったの。私がもっとよく調べていれば……!」
すると、常連の女性は呆れたように表情をゆるめた。
「そういえば地元に帰省した時、"雪の結晶のアクセサリーが欲しいのに見つからない"って、あの子にボヤいたっけ。あの子は格安でアクセサリーを買ったって言い張ってたけど、あれは手作りだってバレたくなくて、嘘をついていたんですね」
「っ!」
〈探し人〉の女性はハッと息を呑む。
中林も彼女の主人を称賛した。
「お客様のために手作りまでしちゃうなんて、すごいご友人ですね」
「ったく、もう……知ってたら、大事に仕舞っておいたのに」
「うぅ……!」
〈探し人〉は泣き崩れた。今度は、喜びの涙だった。
〈探し人〉の女性は常連の女性が食べ終わるのを待ち、共にLAMPを後にした。二人とも、晴れやかな顔をしていた。
「銀粘土のこと、彼女に教えてくださってありがとうございました。本当は私から打ち明けなくちゃいけなかったんですけど、どうしても勇気が出なくて……今度は簡単に壊れないアクセサリーを作って、友人にプレゼントしようと思います」
「はい! またのご来店、お待ちしております!」
(……見えてないのに、会話が成り立ってる。すご)
二人がLAMPを出て行った後も、中林はしばらく彼女達を監視していた。〈探し人〉が消える瞬間を目撃したいのだろう。
由良も中林の背後から顔を出す。
〈探し人〉の女性は友人の隣を並んで歩いていたが、信号待ちで足を止めた瞬間にパッと姿を消した。念のため中林の反応を確認したが、特に変化はなかった。
「くぅ、残念」
「何が?」
由良が声をかけると、中林は「うわっぷ?!」と奇声を上げ、こちらを振り返った。
「ゆ、店長もお見送りですか?」
「まぁね」
その時、一人で歩いていた常連の女性が突然足を止めた。スマホを手に、歩道の端へ寄る。誰かから電話がかかってきたらしい。
最初は固い表情だったが、やがて緊張が解け、安堵の表情に変わった。
「大丈夫ですよ! お悩みは万事解決しました!」
「……そうみたいね」
由良はフッと微笑み、仕事に戻った。
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