心の落とし物

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
222 / 314
冬編③『銀世界、幾星霜』

第三話「中林の一日」⑷

しおりを挟む
「ありがとうございましたー」
 客を見送りに出ていた中林が戻ってきた。
 〈探し人〉だと思っていた客が、普通の人間だったので落胆しているらしい。まだ〈探し人〉に会うのを諦めていないのか、すぐに元気を取り戻した。
「中林、窓際のお客さんのパンケーキ出来たわよ」
「はいはーい! 今、いっきまーす!」
 中林はいそいそと注文の品をお盆に乗せ、常連の女性のもとへ運ぶ。
 中林が注文の品を届けた後も、二人はしばし雑談していた。他の客の声にかき消されて、会話の内容は聞こえてこない。
 〈探し人〉の女性は二人が何を話しているのか気になるようで、チラチラと視線を向けていた。由良も
(中林、その人は〈探し人〉じゃないわ。戻ってきなさい)
 と目で訴えていた。
 その時、常連の女性が突然泣き出した。中林は慌ててハンカチを差し出す。周りの目が一斉に彼女達へ向いた。
 〈探し人〉の女性もハッと立ち上がる。怒りを隠しきれず、二人のもとへ駆け寄った。
「ちょっと! 私の友人を泣かさないでくれる?!」
「お客様!」
 由良も後を追おうとして、やめた。
 この中で〈探し人〉に気づいているのは、由良だけ。彼女が何を言おうと二人には聞こえないし、姿も見えない。
 それに、中林と常連の女性の会話は続いていた。
 常連の女性はハンカチで包んでいた銀の破片(〈探し人〉の主人が彼女に贈った、雪の結晶のネックレスの成れの果てだろう)を、中林に見せた。途端に、中林は眉をひそめた。
「お客様。これ、銀じゃないです。銀粘土ですよ」
「銀……粘土?」
 中林は由良に語ったのと同じように、常連の女性にも銀粘土の性質について説明した。
 常連の女性は銀粘土の存在自体を知らなかったらしく、ひどく驚いていた。その間、〈探し人〉の女性は申し訳なさそうに黙りこくっていた。
「そんな……なぜ、友人はそのような粗悪品を私に?」
「お友達の手作りなんじゃないですか? 本物のシルバーアクセサリーはお高いですから。どうしてもお客様に喜んでもらいたくて作られたのかもしれませんね」
「……」
 常連の女性は一瞬、言葉を失う。
 〈探し人〉の女性は再び涙を浮かべ、友人に謝った。
「本当にごめんなさい。私も探したけど、どうしても見つけられなかったの。私がもっとよく調べていれば……!」
 すると、常連の女性は呆れたように表情をゆるめた。
「そういえば地元に帰省した時、"雪の結晶のアクセサリーが欲しいのに見つからない"って、あの子にボヤいたっけ。あの子は格安でアクセサリーを買ったって言い張ってたけど、あれは手作りだってバレたくなくて、嘘をついていたんですね」
「っ!」
 〈探し人〉の女性はハッと息を呑む。
 中林も彼女の主人を称賛した。
「お客様のために手作りまでしちゃうなんて、すごいご友人ですね」
「ったく、もう……知ってたら、大事に仕舞っておいたのに」
「うぅ……!」
 〈探し人〉は泣き崩れた。今度は、喜びの涙だった。



 〈探し人〉の女性は常連の女性が食べ終わるのを待ち、共にLAMPを後にした。二人とも、晴れやかな顔をしていた。
「銀粘土のこと、彼女に教えてくださってありがとうございました。本当は私から打ち明けなくちゃいけなかったんですけど、どうしても勇気が出なくて……今度は簡単に壊れないアクセサリーを作って、友人にプレゼントしようと思います」
「はい! またのご来店、お待ちしております!」
(……見えてないのに、会話が成り立ってる。すご)
 二人がLAMPを出て行った後も、中林はしばらく彼女達を監視していた。〈探し人〉が消える瞬間を目撃したいのだろう。
 由良も中林の背後から顔を出す。
 〈探し人〉の女性は友人の隣を並んで歩いていたが、信号待ちで足を止めた瞬間にパッと姿を消した。念のため中林の反応を確認したが、特に変化はなかった。
「くぅ、残念」
「何が?」
 由良が声をかけると、中林は「うわっぷ?!」と奇声を上げ、こちらを振り返った。
「ゆ、店長もお見送りですか?」
「まぁね」
 その時、一人で歩いていた常連の女性が突然足を止めた。スマホを手に、歩道の端へ寄る。誰かから電話がかかってきたらしい。
 最初は固い表情だったが、やがて緊張が解け、安堵の表情に変わった。
「大丈夫ですよ! お悩みは万事解決しました!」
「……そうみたいね」
 由良はフッと微笑み、仕事に戻った。



(冬編③『銀世界、幾星霜』第四話へ続く)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜
キャラ文芸
ほっこりじんわり大賞にて奨励賞を受賞しました!ありがとうございます♪ 高校を卒業してすぐ、急逝した祖母の喫茶店を継いだ萌香(もか)。 気合いだけは十分だったが現実はそう甘くない。 奮闘すれど客足は遠のくばかりで毎日が空回り。 そんなある日突然現れた閻魔大王の閻火(えんび)に結婚を迫られる。 嘘をつけない鬼のさだめを利用し、萌香はある提案を持ちかける。 「おいしいと言わせることができたらこの話はなかったことに」 激辛採点の閻火に揉まれ、幼なじみの藍之介(あいのすけ)に癒され、周囲を巻き込みつつおばあちゃんが言い残した「大切なこと」を探す。 果たして萌香は約束の期限までに閻火に「おいしい」と言わせ喫茶店を守ることができるのだろうか? ヒューマンドラマ要素強めのほっこりファンタジー風味なラブコメグルメ奮闘記。

地上の楽園 ~この道のつづく先に~

奥野森路
ライト文芸
実はすごく充実した人生だったんだ…最期の最期にそう思えるよ、きっと。 主人公ワクは、十七歳のある日、大好きな父親と別れ、生まれ育った家から、期待に胸をふくらませて旅立ちます。その目的地は、遥かかなたにかすかに頭を覗かせている「山」の、その向こうにあると言われている楽園です。 山を目指して旅をするという生涯を通して、様々な人との出会いや交流、別れを経験する主人公。彼は果たして、山の向こうの楽園に無事たどり着くことができるのでしょうか。 旅は出会いと別れの繰り返し。それは人生そのものです。 ノスタルジックな世界観、童話風のほのぼのとしたストーリー展開の中に、人の温かさ、寂しさ、切なさを散りばめ、生きる意味とは何かを考えてみました。

ようこそ燐光喫茶室へ

豊川バンリ
ライト文芸
招かれた者の前にだけ現れる、こぢんまりとした洋館ティーサロン「フォスフォレッセンス」。 温かみのあるアンティークなしつらえの店内は、まるで貴族の秘密のサロン室のよう。 青い瞳の老執事と、黒い長髪を艷やかに翻す若執事が、少し疲れてしまったあなたを優しくおもてなしします。 極上のスイーツと香り豊かなお茶を、当店自慢の百合の小庭をご覧になりながらお楽しみください。 ※一話完結、不定期連載です。

借金背負ったので死ぬ気でダンジョン行ったら人生変わった件 やけくそで潜った最凶の迷宮で瀕死の国民的美少女を救ってみた

羽黒 楓
ファンタジー
旧題:借金背負ったので兄妹で死のうと生還不可能の最難関ダンジョンに二人で潜ったら瀕死の人気美少女配信者を助けちゃったので連れて帰るしかない件 借金一億二千万円! もう駄目だ! 二人で心中しようと配信しながらSSS級ダンジョンに潜った俺たち兄妹。そしたらその下層階で国民的人気配信者の女の子が遭難していた! 助けてあげたらどんどんとスパチャが入ってくるじゃん! ってかもはや社会現象じゃん! 俺のスキルは【マネーインジェクション】! 預金残高を消費してパワーにし、それを自分や他人に注射してパワーアップさせる能力。ほらお前ら、この子を助けたければどんどんスパチャしまくれ! その金でパワーを女の子たちに注入注入! これだけ金あれば借金返せそう、もうこうなりゃ絶対に生還するぞ! 最難関ダンジョンだけど、絶対に生きて脱出するぞ! どんな手を使ってでも!

【完結】雨上がり、後悔を抱く

私雨
ライト文芸
 夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。  雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。  雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。  『信じる』彼と『信じない』彼女――  果たして、誰が正しいのだろうか……?  これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。

出雲の駄菓子屋日誌

にぎた
ホラー
舞台は観光地としてと有名な熱海。 主人公の菅野真太郎がいる「出雲の駄菓子屋」は、お菓子の他にも、古く珍しい骨董品も取り扱っていた。 中には、いわくつきの物まで。 年に一度、夏に行われる供養式。「今年の供養式は穏便にいかない気がする」という言葉の通り、数奇な運命の糸を辿った乱入者たちによって、会場は大混乱へ陥り、そして謎の白い光に飲み込まれてしまう。 目を開けると、そこは熱海の街にそっくりな異界――まさに「死の世界」であった。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

処理中です...