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冬編③『銀世界、幾星霜』
第三話「中林の一日」⑶
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時間は少し遡る。
「森のホワイトパンケーキと、ホットミルクティーを下さい」
「かしこまりました」
若い女性客が二人、LAMPを訪れた。
一人は常連の会社員で、もう一人は由良が初めて見る顔だった。
(同僚の方かしら? それとも、お友達?)
女性は決まって、営業回りの休憩にLAMPへ立ち寄る。そのため、いつも一人だった。
由良が珍しく思っていると、女性は定位置である窓際の席へ座った。窓越しに表の通りがよく見える、一人用の席だ。隣の席はすでに他の客が使っており、近くに空席も無かった。
連れの女性は困った様子で、しばらく常連客の周りをうろうろしていた。やがて諦めたのか、こちらへトボトボと歩いてくると、カウンターのすみのほうの席に座った。
「席、お作りしましょうか?」
「大丈夫です。友人には、私の姿が見えていないみたいなので。ううん、見えているのに見えていないフリをしているのかも」
連れの女性はひどく落ち込んだ様子で、ため息をつく。女性は気づいていなかったが、常連の女性以外の客も彼女の姿が見えてはいなかった。
(この人、自分が〈探し人〉だって気づいてないのね。お客様の問題に踏み込みたくはないけど、無視され続けるのも可哀想だし……)
気は進まなかったが、由良は〈探し人〉の女性に尋ねた。
「あちらのお客様と、何かあったのですか?」
「……実は、」
〈探し人〉の女性は涙ぐみながらも、事情を話した。
「先日、彼女にシルバーのネックレスを贈ったんです。好みのデザインが見つからないって悩んでいたので、思い切って手作りしました」
「シルバーのアクセサリーを手作り? すごいですね」
「銀粘土を使ったんです。初心者でも簡単に本格的なアクセサリーが作れるって、ネットに書いてあったので。実際、彼女も私の手作りだとは気づかず、とても喜んでくれました。ところが、」
〈探し人〉の女性は青ざめた。
「渡した後に知ったんです。銀粘土は純銀で脆いから、壊れにくいデザインにしないといけなかったって。私、純銀って丈夫で硬いものだと思ってたんです。ほら、純金がそうでしょう? だから安心して、限りなく薄く作ってしまったんですよ」
「それは……お気の毒に」
由良は偶然にも、中林から同じ話を聞いていた。〈探し人〉の主人が銀粘土でネックレスを作ったように、中林も銀粘土を使って指輪や小物を作るのにハマっているらしい。
〈探し人〉の主人と違い、中林は銀粘土の性質をよく調べてから使っていた。彼女の主人も知っていたら、もっと気を付けていただろう。
「幸い、チェーンは市販のものを使ったので、壊れる心配はありませんでした。私はいつ、友人にアクセサリーが手作りだと打ち明けようか悩みました。すると一週間も経たないうちに、友人が誤ってネックレスを落としてしまったのです。銀粘土の飾りは修復不可能なほど、粉々に砕けてしまいました」
〈探し人〉の女性はぽろぽろと涙を流した。
「友人はとても悲しんでいました。私は事情を打ち明け、必死に謝りました。しかし聞き入れてもらえないばかりか、声をかけても無視されるようになりました。ご覧のとおり、今も無視は続いています。きっと、私が粗悪品を押し付けたと思っているんだわ」
〈探し人〉の女性はハンカチで涙を拭うと、出来立てのホットミルクティーで喉を潤した。青ざめていた彼女の顔色が、ポッと赤みを取り戻した。
「美味しい」
「お好みでシナモンもどうぞ」
「いただきます」
由良が差し出したシナモンを受け取り、ミルクティーに振りかける。スプーンでかき混ぜると、ミルクティーの茶がいっそう濃くなった。
「シナモンを入れると、また味が変わりますね。ちょっぴりスパイシーで美味しいです」
「それに、さらにスパイスを入れるとチャイになるんですよ。厳密にはチャイ風ですが」
「へぇ、面白いですね」
「お友達にも教えて差し上げたらどうでしょう?」
〈探し人〉の女性はハッと口をつぐんだ。
彼女の後悔を晴らす、いいキッカケだったが、どうやら不発に終わったらしい。
「む、無理ですよ。どうせ、無視されるに決まっています」
「そうですか」
(……先は長そうね)
「森のホワイトパンケーキと、ホットミルクティーを下さい」
「かしこまりました」
若い女性客が二人、LAMPを訪れた。
一人は常連の会社員で、もう一人は由良が初めて見る顔だった。
(同僚の方かしら? それとも、お友達?)
女性は決まって、営業回りの休憩にLAMPへ立ち寄る。そのため、いつも一人だった。
由良が珍しく思っていると、女性は定位置である窓際の席へ座った。窓越しに表の通りがよく見える、一人用の席だ。隣の席はすでに他の客が使っており、近くに空席も無かった。
連れの女性は困った様子で、しばらく常連客の周りをうろうろしていた。やがて諦めたのか、こちらへトボトボと歩いてくると、カウンターのすみのほうの席に座った。
「席、お作りしましょうか?」
「大丈夫です。友人には、私の姿が見えていないみたいなので。ううん、見えているのに見えていないフリをしているのかも」
連れの女性はひどく落ち込んだ様子で、ため息をつく。女性は気づいていなかったが、常連の女性以外の客も彼女の姿が見えてはいなかった。
(この人、自分が〈探し人〉だって気づいてないのね。お客様の問題に踏み込みたくはないけど、無視され続けるのも可哀想だし……)
気は進まなかったが、由良は〈探し人〉の女性に尋ねた。
「あちらのお客様と、何かあったのですか?」
「……実は、」
〈探し人〉の女性は涙ぐみながらも、事情を話した。
「先日、彼女にシルバーのネックレスを贈ったんです。好みのデザインが見つからないって悩んでいたので、思い切って手作りしました」
「シルバーのアクセサリーを手作り? すごいですね」
「銀粘土を使ったんです。初心者でも簡単に本格的なアクセサリーが作れるって、ネットに書いてあったので。実際、彼女も私の手作りだとは気づかず、とても喜んでくれました。ところが、」
〈探し人〉の女性は青ざめた。
「渡した後に知ったんです。銀粘土は純銀で脆いから、壊れにくいデザインにしないといけなかったって。私、純銀って丈夫で硬いものだと思ってたんです。ほら、純金がそうでしょう? だから安心して、限りなく薄く作ってしまったんですよ」
「それは……お気の毒に」
由良は偶然にも、中林から同じ話を聞いていた。〈探し人〉の主人が銀粘土でネックレスを作ったように、中林も銀粘土を使って指輪や小物を作るのにハマっているらしい。
〈探し人〉の主人と違い、中林は銀粘土の性質をよく調べてから使っていた。彼女の主人も知っていたら、もっと気を付けていただろう。
「幸い、チェーンは市販のものを使ったので、壊れる心配はありませんでした。私はいつ、友人にアクセサリーが手作りだと打ち明けようか悩みました。すると一週間も経たないうちに、友人が誤ってネックレスを落としてしまったのです。銀粘土の飾りは修復不可能なほど、粉々に砕けてしまいました」
〈探し人〉の女性はぽろぽろと涙を流した。
「友人はとても悲しんでいました。私は事情を打ち明け、必死に謝りました。しかし聞き入れてもらえないばかりか、声をかけても無視されるようになりました。ご覧のとおり、今も無視は続いています。きっと、私が粗悪品を押し付けたと思っているんだわ」
〈探し人〉の女性はハンカチで涙を拭うと、出来立てのホットミルクティーで喉を潤した。青ざめていた彼女の顔色が、ポッと赤みを取り戻した。
「美味しい」
「お好みでシナモンもどうぞ」
「いただきます」
由良が差し出したシナモンを受け取り、ミルクティーに振りかける。スプーンでかき混ぜると、ミルクティーの茶がいっそう濃くなった。
「シナモンを入れると、また味が変わりますね。ちょっぴりスパイシーで美味しいです」
「それに、さらにスパイスを入れるとチャイになるんですよ。厳密にはチャイ風ですが」
「へぇ、面白いですね」
「お友達にも教えて差し上げたらどうでしょう?」
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彼女の後悔を晴らす、いいキッカケだったが、どうやら不発に終わったらしい。
「む、無理ですよ。どうせ、無視されるに決まっています」
「そうですか」
(……先は長そうね)
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