心の落とし物

緋色刹那

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冬編③『銀世界、幾星霜』

第二話「くるみ割り人形と銀色胡桃」⑴

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「ただいま」
 少年が学校から帰ってくると、居間の机にくるみ割り人形が置いてあった。今朝、家を出る時にはなかったものだ。
 くるみ割り人形といえば、まず兵隊の姿を思い浮かべるだろう。だが、そのくるみ割り人形は兵隊ではなく、会社の社長をやっている少年の母にそっくりだった。ご丁寧に、髪型や仕事着まで忠実に再現されている。
 人形に割らせようと用意したのか、机にはいくつか胡桃くるみが転がっていた。奇妙なことに、それらの胡桃は全て銀色だった。
「……なんだこれ? 母さんのか?」
 少年が人形と胡桃を訝しんでいると、母が台所から出てきた。
「おかえり、秀麗! 学校はどうだった?」
「いつも通りだよ、母さん。それより、この人形なに? オモチャ部門でも新設するの?」
「ノンノン! それは我が社の設立記念日に発売する、限定商品さ! サンプルでひとつもらったんだよ。私にそっくりだろう?」
 少年の母は両手の人差し指を頬に当て、ニッと笑ってみせる。
 たしかにそっくりだったが、少年はそれで喜ぶほど子供ではなかった。「フーン」とそっけなく返し、背負っていたランドセルを畳に下ろした。
「その銀色の塊もサンプル?」
「いいや、これは知人から譲ってもらったものさ。銀色胡桃ぎんいろくるみと呼ぶらしい」
 母は「割ってごらん」と、少年にひと粒差し出した。
 少年は言われるまま、銀色胡桃をくるみ割り人形の口の中に入れ、割った。アゴの力を弱めに作ってあるのか、カラにヒビが入った程度で、普通のくるみ割り人形のように粉々には砕けなかった。
 カラの中には、クリスマスツリーを模した小さなチョコレートが入っていた。汚れないよう、銀紙で包んである。
 予想外の中身に、少年は思わず目を見張った。めったに感情を出さない少年にとっては珍しいことだったが、彼の母は少年以上に興奮していた。
「すごい! 本当にお菓子が出てきた! こんな物を作れるなんて、添野はすごいなぁ!」
「ソエノ?」
「私の知人だよ。喫茶店を経営していてね、うちの商品もいくつか卸している。若い頃は世界中を旅していてね。銀色胡桃も、とある国で仕入れた苗を作ったそうなんだ」
「そだ……え?」
 少年は耳を疑った。いくら子供でも、にわかに信じがたい話だった。
 しかし、大の大人であるはずの少年の母は大真面目に語った。
「聞いたところによれば、銀色胡桃の木はヨーロッパのどこかにある森の奥地に生えているらしい。葉も枝も根も銀色の木で、夜でも月光色に輝いているそうだよ。実の中にはお菓子やオモチャの他に、銀色胡桃の種である銀塊が入っていることもあってね……それを求めて何人ものトレジャーハンターが森を訪れたそうなんだけど、誰も銀色胡桃の森にはたどり着けなかったんだってさ。心の汚い人間にはたどり着けないようになってるって、添野は言ってたなぁ」
「ってことは、銀色胡桃を見つけられたソエノさんは心が綺麗だってこと?」
「かもね。余った銀色胡桃をおすそ分けしてくれるくらいだし」



 LAMPのカウンターの一角に、くるみ割り人形を三体設置した。一番有名な兵隊に、白ウサギ、それからサンタのくるみ割り人形が並んでいる。LAMPに来たお客さんに楽しんでもらおうと、中林と茅田が準備したのだ。
 クルミを購入すれば誰でも使えるし、撮影もオッケーだ。くるみ割り人形を持っていないどころか、見かける機会すら少ないため、物珍しさから人が集まっていた。中には「一度でいいから、くるみ割り人形を使ってみたかった」と願う〈探し人〉も混じっており、由良は正確な人数を把握していなかった。
「くるみ割り人形、大人気ですね」
「そうね。クルミを割る手間も省けるし、一石二鳥だわ」
「でへへ。もっと褒めてもいいんですよ?」
「中林、壁際の席のお客様が呼んでるわよ」
「今行きまーす」
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