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冬編③『銀世界、幾星霜』
第一話「雪の妖精」⑵
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あせる由良の前に、ひとりの常連客が現れた。
「どーもっ! イキのいい受験生でっす!」
「……お元気ですね、真冬さん。外、寒かったでしょうに」
「問題なっしんぐ! 日頃から健康的な生活を心がけていますからね! 受験生の大敵は難問でもド忘れでもなく、体調不良ですので!」
真冬は誇らしげにピースした。
彼女は今年、大学受験を控えている。放課後は毎日欠かさずLAMPへかよい、受験勉強に励んでいた。
「そんな受験生さんに、問題です」
「おっ! クイズですか? こう見えて、私得意ですよー」
真冬は嬉々として、身構える。
真冬は雪だるまが大好きで、雪や冬に関係した知識なら誰にも負けない。〈探し人〉の少女が探している羽虫についても、何か知っているかもしれない、と由良は見込んでいた。
「……っていう羽虫なんですけど、心当たりあります?」
「ふむふむ。白い綿毛をまとった、羽虫ですか……」
由良はクイズを装い、羽虫の特徴を真冬に伝えた。当然、羽虫を探している〈探し人〉の少女のことは伏せておいた。
真冬はしばし思案したのち、あっさりと答えを出した。
「それは雪虫ですね」
「雪、」
「虫?」
由良と〈探し人〉の少女は揃って首を傾げた。
雪虫。雪に虫と書いて、雪虫。
言われてみれば、羽虫がまとっていた白い綿毛は雪のようにも見える。この上なく、あの羽虫にピッタリな名前だった。
呆気に取られている二人をよそに、真冬はスラスラと雪虫について解説した。
「北海道や東北のような寒い地域でよく見られる、アブラムシ上科の虫です。雪虫が現れてからしばらくすると初雪が降るので、冬の訪れを知らせてくれる風物詩でもあるんですよ。その羽虫は手の甲に留まった後、だんだん弱っていったんですよね? 雪虫は熱に大変弱く、人間の体温でも参ってしまうんです。そのままにしていたら、死んでしまっていたかもしれませんね」
「繊細な虫なんですね。触ったら参ってしまうなんて、雪みたい」
由良は真冬に聞かれないよう、〈探し人〉の少女にこっそり確認した。
「寒い地域にお住まいなんですか?」
〈探し人〉の少女は首を横に振った。
「いいえ。洋燈町の隣町に住んでいます」
「なら、そんなに気温差はありませんよね」
由良は自分が雪虫を見たと偽った上で、「雪虫は隣町で見たのだ」と補足した。
洋燈町も年に一度は雪が降る地域ではあるが、雪国と呼べるほど寒くはない。雪虫には温か過ぎる。
が、真冬は外れて残念がるどころか、むしろ目を輝かせた。
「それは珍しい! 雪虫は飛ぶ力が弱いので、風で生息域の外まで飛ばされてしまうことがあるんですよ!」
「風にも弱いんかい」
「そういえば、風に乗って飛んでいるというより、風に吹っ飛ばされていたような……」
〈探し人〉の少女も思い当たる節があるようで、納得していた。
「隣町かぁ。いいなぁ、私も見たかったなぁ。写真か動画撮ってないんですか?」
「撮ってたら見せてますよ」
「くぅ! 残念!」
「……真冬さん、雪虫もお好きなんですね」
「だって、白くてモフモフしてて可愛いじゃないですか。部活でよく雪国に行くので、何度か見たことあるんですよ」
「えぇと……何部でしたっけ?」
「気象研究部です。パウダースノーとかダイヤモンドダストとか、雪国特有の気象を調査しに行ってたんですよ。雪遊びもできるし、地元の美味しい物も食べられるし、遠足みたいで楽しかったですねぇ」
ふと、真冬は思い出したように付け加えた。
「そうそう、雪虫は"雪蛍"とも呼ばれているんですよ。雪の蛍なんて、ロマンチックな名前ですよね」
「雪蛍……」
由良の脳裏に、祖父と、祖父が営んでいた喫茶店の看板がよぎる。
祖父の名前にも、祖父が営んでいた喫茶店の看板にも、「蛍」は使われていた。名前に「蛍」がついているというだけで、由良も雪虫に親近感を覚えた。
「私は、そちらの名前の方が好きかもしれません」
「どーもっ! イキのいい受験生でっす!」
「……お元気ですね、真冬さん。外、寒かったでしょうに」
「問題なっしんぐ! 日頃から健康的な生活を心がけていますからね! 受験生の大敵は難問でもド忘れでもなく、体調不良ですので!」
真冬は誇らしげにピースした。
彼女は今年、大学受験を控えている。放課後は毎日欠かさずLAMPへかよい、受験勉強に励んでいた。
「そんな受験生さんに、問題です」
「おっ! クイズですか? こう見えて、私得意ですよー」
真冬は嬉々として、身構える。
真冬は雪だるまが大好きで、雪や冬に関係した知識なら誰にも負けない。〈探し人〉の少女が探している羽虫についても、何か知っているかもしれない、と由良は見込んでいた。
「……っていう羽虫なんですけど、心当たりあります?」
「ふむふむ。白い綿毛をまとった、羽虫ですか……」
由良はクイズを装い、羽虫の特徴を真冬に伝えた。当然、羽虫を探している〈探し人〉の少女のことは伏せておいた。
真冬はしばし思案したのち、あっさりと答えを出した。
「それは雪虫ですね」
「雪、」
「虫?」
由良と〈探し人〉の少女は揃って首を傾げた。
雪虫。雪に虫と書いて、雪虫。
言われてみれば、羽虫がまとっていた白い綿毛は雪のようにも見える。この上なく、あの羽虫にピッタリな名前だった。
呆気に取られている二人をよそに、真冬はスラスラと雪虫について解説した。
「北海道や東北のような寒い地域でよく見られる、アブラムシ上科の虫です。雪虫が現れてからしばらくすると初雪が降るので、冬の訪れを知らせてくれる風物詩でもあるんですよ。その羽虫は手の甲に留まった後、だんだん弱っていったんですよね? 雪虫は熱に大変弱く、人間の体温でも参ってしまうんです。そのままにしていたら、死んでしまっていたかもしれませんね」
「繊細な虫なんですね。触ったら参ってしまうなんて、雪みたい」
由良は真冬に聞かれないよう、〈探し人〉の少女にこっそり確認した。
「寒い地域にお住まいなんですか?」
〈探し人〉の少女は首を横に振った。
「いいえ。洋燈町の隣町に住んでいます」
「なら、そんなに気温差はありませんよね」
由良は自分が雪虫を見たと偽った上で、「雪虫は隣町で見たのだ」と補足した。
洋燈町も年に一度は雪が降る地域ではあるが、雪国と呼べるほど寒くはない。雪虫には温か過ぎる。
が、真冬は外れて残念がるどころか、むしろ目を輝かせた。
「それは珍しい! 雪虫は飛ぶ力が弱いので、風で生息域の外まで飛ばされてしまうことがあるんですよ!」
「風にも弱いんかい」
「そういえば、風に乗って飛んでいるというより、風に吹っ飛ばされていたような……」
〈探し人〉の少女も思い当たる節があるようで、納得していた。
「隣町かぁ。いいなぁ、私も見たかったなぁ。写真か動画撮ってないんですか?」
「撮ってたら見せてますよ」
「くぅ! 残念!」
「……真冬さん、雪虫もお好きなんですね」
「だって、白くてモフモフしてて可愛いじゃないですか。部活でよく雪国に行くので、何度か見たことあるんですよ」
「えぇと……何部でしたっけ?」
「気象研究部です。パウダースノーとかダイヤモンドダストとか、雪国特有の気象を調査しに行ってたんですよ。雪遊びもできるし、地元の美味しい物も食べられるし、遠足みたいで楽しかったですねぇ」
ふと、真冬は思い出したように付け加えた。
「そうそう、雪虫は"雪蛍"とも呼ばれているんですよ。雪の蛍なんて、ロマンチックな名前ですよね」
「雪蛍……」
由良の脳裏に、祖父と、祖父が営んでいた喫茶店の看板がよぎる。
祖父の名前にも、祖父が営んでいた喫茶店の看板にも、「蛍」は使われていた。名前に「蛍」がついているというだけで、由良も雪虫に親近感を覚えた。
「私は、そちらの名前の方が好きかもしれません」
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