心の落とし物

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
208 / 314
秋編③『誰ソ彼刻の紫面楚歌(マジックアワー)』

第五話「〈心の落とし物〉回収パレード」⑶

しおりを挟む
 パレードの演奏に混じり、紅葉谷の下駄の音が近づいてくる。紫色の象と仮装集団も彼に気づき、振り返った。
 紅葉谷は日頃の運動不足が祟ったらしく、由良のもとへたどり着く頃にはバテて、フラフラになっていた。
「紅葉谷さん、大丈夫ですか?」
「お、お構いなく。それより……」
 紅葉谷は紫色の象のハリボテにチラッと視線を向けた。
「もしかして、彼らに〈心の落とし物〉を渡そうとしてました?」
「えっ」
 由良は青ざめ、サッと紅葉谷から視線をそらす。紅葉谷までパレードが見えているのは予想外だった。
 由良の反応に、紅葉谷は「やっぱり」と寂しげに笑った。
「安心してください、添野さんを止める気はありませんから。ただ……もし手放そうとしている〈心の落とし物〉が僕に関するものなら、僕の提案を聞いてもらってからでもいいですか?」
「提案、ですか?」
 紅葉谷は頷いた。
「中林さんに言われました。添野さんのお気持ちを無視してまで、僕を添野さんに引き合わせる気はない、と。僕も同じ考えです。添野さんの気持ちを大事にしたい。なので……いつか、添野さんが僕と恋をしてもいいと思える日まで、お互いがお互いを好きだと知っている友人同士でいませんか?」
「……」
 由良はぽかん、と口を開いた。仮装集団も演舞と演舞をやめ、互いに顔を見合わせる。
 紅葉谷らしい、斜め上の提案だった。扇と水無月の関係に近いが、あの二人は一度結ばれているので、少し事情が違う。
「そういうのって有りなんですか?」
「僕は全然待ちますよ」
「いえ、そうではなく!」
「すみません。あまり恋愛経験がないもので、これ以上の案が思いつかなかったんです。僕の顔も見たくないとおっしゃるなら、さすがに諦めます。どうぞ、あの象さんに〈心の落とし物〉を渡してください」
「いや、そんなことは……むしろ、久々に紅葉谷さんの顔をまともに見られて嬉しいくらいだし……」
「本当に? 嬉しいなぁ。僕も近くで添野さんのお顔が見られて嬉しいです」
 紅葉谷は照れくさそうに、ニヘラと笑う。
 由良にとっても、願ってもない提案だった。紅葉谷への想いを捨てずに、告白する前のような関係を保てるのはありがたい。
 何より、由良は紅葉谷の笑顔に弱かった。
「……分かりました。その日が来るまで、この想いは大事に取っておきます。紅葉谷さんは?」
「もちろん、僕も絶対に捨てません。いつか貴方が、僕を受け入れてくれると信じていますから」



「ヒューヒュー! ヘニャヘニャ眼鏡のくせに、いいこと言うじゃないか」
「渡来屋さん?!」
 由良の意志が固まったところで、近くのリサイクルショップの屋根から渡来屋がはやし立てた。
 飛び降り、パレードに近づく。昼間、玉蟲匣に引きこもっていたとは思えないほど、軽い足取りだった。
 紅葉谷は渡来屋が見えていないのか、「他に誰かいるんですか?」とキョロキョロしている。
 渡来屋は下から紫色の象を睨めつけ、ニヤリと笑みを浮かべた。
「だってさ。ここにはお前達に預ける〈心の落とし物〉はねぇ。とっとと、失せな」
「……」
 パレードは渋々、発進する。心なしか、仮装集団の演舞と演奏にも覇気がなかった。
「アレは〈未練溜まり〉が生み出しただ。この世界が〈心の落とし物〉や〈探し人〉であふれ返らないよう、不要だったり、持ち主がいなかったりする〈心の落とし物〉を回収し、〈未練溜まり〉へ送り込んでいるのさ」
「悪いものではないってこと?」
 由良は紅葉谷に聞かれないよう、小声で尋ねた。
「そういうこと。だから、お前がアイツらに〈心の落とし物〉を渡そうとするのを止めなかったんだ。一番手っ取り早く、そいつへの想いを捨てられるからな」
「反対してたのに、一応私の望みを叶えようとしてくれてたんだ?」
「それも俺の使命のひとつだからな」
 パレードは商店街を抜け、大通りへ出る。そのまま駅の方へ去っていった。
 商店街の街灯は再びジリジリと点滅し、元の淡いオレンジ色の光に戻る。渡来屋は玉蟲匣に帰ったのか、点滅がやむと共に消えていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

神社のゆかこさん

秋野 木星
児童書・童話
どこからともなくやって来たゆかこさんは、ある町の神社に住むことにしました。 これはゆかこさんと町の人たちの四季を見つめたお話です。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ この作品は小説家になろうからの転記です。

最後の想い出を、君と。

青花美来
ライト文芸
その一ヶ月は、私にとっては宝物のようなものだった。

灰かぶり姫の落とした靴は

佐竹りふれ
ライト文芸
中谷茉里は、あまりにも優柔不断すぎて自分では物事を決められず、アプリに頼ってばかりいた。 親友の彩可から新しい恋を見つけるようにと焚きつけられても、過去の恋愛からその気にはなれずにいた。 職場の先輩社員である菊地玄也に惹かれつつも、その先には進めない。 そんな矢先、先輩に頼まれて仕方なく参加した合コンの店先で、末田皓人と運命的な出会いを果たす。 茉里の優柔不断さをすぐに受け入れてくれた彼と、茉里の関係はすぐに縮まっていく。すべてが順調に思えていたが、彼の本心を分かりきれず、茉里はモヤモヤを抱える。悩む茉里を菊地は気にかけてくれていて、だんだんと二人の距離も縮まっていき……。 茉里と末田、そして菊地の関係は、彼女が予想していなかった展開を迎える。 第1回ピッコマノベルズ大賞の落選作品に加筆修正を加えた作品となります。

けんかをやめて

陽紫葵
恋愛
あの曲の歌詞に沿った話ではありません。 でも、【2人の人を好きになる】ってのは、テーマでもあります。

光のもとで1

葉野りるは
青春
一年間の療養期間を経て、新たに高校へ通いだした翠葉。 小さいころから学校を休みがちだった翠葉は人と話すことが苦手。 自分の身体にコンプレックスを抱え、人に迷惑をかけることを恐れ、人の中に踏み込んでいくことができない。 そんな翠葉が、一歩一歩ゆっくりと歩きだす。 初めて心から信頼できる友達に出逢い、初めての恋をする―― (全15章の長編小説(挿絵あり)。恋愛風味は第三章から出てきます) 10万文字を1冊として、文庫本40冊ほどの長さです。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

ハリネズミたちの距離

最上来
ライト文芸
家なし仕事なしの美本知世、二十二歳。 やけ酒だ!とお酒を飲み、気づいたら見知らぬ男の家にいて、しかもその男は知世が大好きな小説家。 そんな小説家、稲嶺玄雅が知世を雑用係として雇うと言い出してから、知世の人生がぐるりと変わる。 登場人物 美本知世(みもとちせ) 主人公。お酒が好きな二十二歳。 那月昴(なつきすばる)というペンネームで小説を書いていた。 稲嶺玄雅(いなみねげんが) 歴史好きな小説家。ペンネームは四季さい。鬼才と言われるほどの実力者。 特に好きな歴史は琉球と李氏朝鮮。 東恭蔵(あずまきょうぞう) 玄雅の担当編集。チャラ男。 名前のダサさに日々悩まされてる。 三田村茜(みたむらあかね) 恭蔵の上司。編集長。 玄雅の元担当編集で元彼女。 寺川慶壱(てらかわけいいち) 知世の高校の同級生で元彼氏。 涼子と付き合ってる。 麦島涼子(むぎしまりょうこ) 高校三年生の十八歳。 慶壱と付き合ってる。 寺川みやこ(てらかわみやこ) 慶壱の妹で涼子のクラスメイト。 知世と仲がいい。 表紙・佳宵伊吹様より

エスポワールに行かないで

茉莉花 香乃
BL
あの人が好きだった。でも、俺は自分を守るためにあの人から離れた。でも、会いたい。 そんな俺に好意を寄せてくれる人が現れた。 「エスポワールで会いましょう」のスピンオフです。和希のお話になります。 ハッピーエンド 他サイトにも公開しています

処理中です...