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秋編③『誰ソ彼刻の紫面楚歌(マジックアワー)』
第五話「〈心の落とし物〉回収パレード」⑶
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パレードの演奏に混じり、紅葉谷の下駄の音が近づいてくる。紫色の象と仮装集団も彼に気づき、振り返った。
紅葉谷は日頃の運動不足が祟ったらしく、由良のもとへたどり着く頃にはバテて、フラフラになっていた。
「紅葉谷さん、大丈夫ですか?」
「お、お構いなく。それより……」
紅葉谷は紫色の象のハリボテにチラッと視線を向けた。
「もしかして、彼らに〈心の落とし物〉を渡そうとしてました?」
「えっ」
由良は青ざめ、サッと紅葉谷から視線をそらす。紅葉谷までパレードが見えているのは予想外だった。
由良の反応に、紅葉谷は「やっぱり」と寂しげに笑った。
「安心してください、添野さんを止める気はありませんから。ただ……もし手放そうとしている〈心の落とし物〉が僕に関するものなら、僕の提案を聞いてもらってからでもいいですか?」
「提案、ですか?」
紅葉谷は頷いた。
「中林さんに言われました。添野さんのお気持ちを無視してまで、僕を添野さんに引き合わせる気はない、と。僕も同じ考えです。添野さんの気持ちを大事にしたい。なので……いつか、添野さんが僕と恋をしてもいいと思える日まで、お互いがお互いを好きだと知っている友人同士でいませんか?」
「……」
由良はぽかん、と口を開いた。仮装集団も演舞と演舞をやめ、互いに顔を見合わせる。
紅葉谷らしい、斜め上の提案だった。扇と水無月の関係に近いが、あの二人は一度結ばれているので、少し事情が違う。
「そういうのって有りなんですか?」
「僕は全然待ちますよ」
「いえ、そうではなく!」
「すみません。あまり恋愛経験がないもので、これ以上の案が思いつかなかったんです。僕の顔も見たくないとおっしゃるなら、さすがに諦めます。どうぞ、あの象さんに〈心の落とし物〉を渡してください」
「いや、そんなことは……むしろ、久々に紅葉谷さんの顔をまともに見られて嬉しいくらいだし……」
「本当に? 嬉しいなぁ。僕も近くで添野さんのお顔が見られて嬉しいです」
紅葉谷は照れくさそうに、ニヘラと笑う。
由良にとっても、願ってもない提案だった。紅葉谷への想いを捨てずに、告白する前のような関係を保てるのはありがたい。
何より、由良は紅葉谷の笑顔に弱かった。
「……分かりました。その日が来るまで、この想いは大事に取っておきます。紅葉谷さんは?」
「もちろん、僕も絶対に捨てません。いつか貴方が、僕を受け入れてくれると信じていますから」
「ヒューヒュー! ヘニャヘニャ眼鏡のくせに、いいこと言うじゃないか」
「渡来屋さん?!」
由良の意志が固まったところで、近くのリサイクルショップの屋根から渡来屋が囃し立てた。
飛び降り、パレードに近づく。昼間、玉蟲匣に引きこもっていたとは思えないほど、軽い足取りだった。
紅葉谷は渡来屋が見えていないのか、「他に誰かいるんですか?」とキョロキョロしている。
渡来屋は下から紫色の象を睨めつけ、ニヤリと笑みを浮かべた。
「だってさ。ここにはお前達に預ける〈心の落とし物〉はねぇ。とっとと、失せな」
「……」
パレードは渋々、発進する。心なしか、仮装集団の演舞と演奏にも覇気がなかった。
「アレは〈未練溜まり〉が生み出したシステムだ。この世界が〈心の落とし物〉や〈探し人〉であふれ返らないよう、不要だったり、持ち主がいなかったりする〈心の落とし物〉を回収し、〈未練溜まり〉へ送り込んでいるのさ」
「悪いものではないってこと?」
由良は紅葉谷に聞かれないよう、小声で尋ねた。
「そういうこと。だから、お前がアイツらに〈心の落とし物〉を渡そうとするのを止めなかったんだ。一番手っ取り早く、そいつへの想いを捨てられるからな」
「反対してたのに、一応私の望みを叶えようとしてくれてたんだ?」
「それも俺の使命のひとつだからな」
パレードは商店街を抜け、大通りへ出る。そのまま駅の方へ去っていった。
商店街の街灯は再びジリジリと点滅し、元の淡いオレンジ色の光に戻る。渡来屋は玉蟲匣に帰ったのか、点滅がやむと共に消えていた。
紅葉谷は日頃の運動不足が祟ったらしく、由良のもとへたどり着く頃にはバテて、フラフラになっていた。
「紅葉谷さん、大丈夫ですか?」
「お、お構いなく。それより……」
紅葉谷は紫色の象のハリボテにチラッと視線を向けた。
「もしかして、彼らに〈心の落とし物〉を渡そうとしてました?」
「えっ」
由良は青ざめ、サッと紅葉谷から視線をそらす。紅葉谷までパレードが見えているのは予想外だった。
由良の反応に、紅葉谷は「やっぱり」と寂しげに笑った。
「安心してください、添野さんを止める気はありませんから。ただ……もし手放そうとしている〈心の落とし物〉が僕に関するものなら、僕の提案を聞いてもらってからでもいいですか?」
「提案、ですか?」
紅葉谷は頷いた。
「中林さんに言われました。添野さんのお気持ちを無視してまで、僕を添野さんに引き合わせる気はない、と。僕も同じ考えです。添野さんの気持ちを大事にしたい。なので……いつか、添野さんが僕と恋をしてもいいと思える日まで、お互いがお互いを好きだと知っている友人同士でいませんか?」
「……」
由良はぽかん、と口を開いた。仮装集団も演舞と演舞をやめ、互いに顔を見合わせる。
紅葉谷らしい、斜め上の提案だった。扇と水無月の関係に近いが、あの二人は一度結ばれているので、少し事情が違う。
「そういうのって有りなんですか?」
「僕は全然待ちますよ」
「いえ、そうではなく!」
「すみません。あまり恋愛経験がないもので、これ以上の案が思いつかなかったんです。僕の顔も見たくないとおっしゃるなら、さすがに諦めます。どうぞ、あの象さんに〈心の落とし物〉を渡してください」
「いや、そんなことは……むしろ、久々に紅葉谷さんの顔をまともに見られて嬉しいくらいだし……」
「本当に? 嬉しいなぁ。僕も近くで添野さんのお顔が見られて嬉しいです」
紅葉谷は照れくさそうに、ニヘラと笑う。
由良にとっても、願ってもない提案だった。紅葉谷への想いを捨てずに、告白する前のような関係を保てるのはありがたい。
何より、由良は紅葉谷の笑顔に弱かった。
「……分かりました。その日が来るまで、この想いは大事に取っておきます。紅葉谷さんは?」
「もちろん、僕も絶対に捨てません。いつか貴方が、僕を受け入れてくれると信じていますから」
「ヒューヒュー! ヘニャヘニャ眼鏡のくせに、いいこと言うじゃないか」
「渡来屋さん?!」
由良の意志が固まったところで、近くのリサイクルショップの屋根から渡来屋が囃し立てた。
飛び降り、パレードに近づく。昼間、玉蟲匣に引きこもっていたとは思えないほど、軽い足取りだった。
紅葉谷は渡来屋が見えていないのか、「他に誰かいるんですか?」とキョロキョロしている。
渡来屋は下から紫色の象を睨めつけ、ニヤリと笑みを浮かべた。
「だってさ。ここにはお前達に預ける〈心の落とし物〉はねぇ。とっとと、失せな」
「……」
パレードは渋々、発進する。心なしか、仮装集団の演舞と演奏にも覇気がなかった。
「アレは〈未練溜まり〉が生み出したシステムだ。この世界が〈心の落とし物〉や〈探し人〉であふれ返らないよう、不要だったり、持ち主がいなかったりする〈心の落とし物〉を回収し、〈未練溜まり〉へ送り込んでいるのさ」
「悪いものではないってこと?」
由良は紅葉谷に聞かれないよう、小声で尋ねた。
「そういうこと。だから、お前がアイツらに〈心の落とし物〉を渡そうとするのを止めなかったんだ。一番手っ取り早く、そいつへの想いを捨てられるからな」
「反対してたのに、一応私の望みを叶えようとしてくれてたんだ?」
「それも俺の使命のひとつだからな」
パレードは商店街を抜け、大通りへ出る。そのまま駅の方へ去っていった。
商店街の街灯は再びジリジリと点滅し、元の淡いオレンジ色の光に戻る。渡来屋は玉蟲匣に帰ったのか、点滅がやむと共に消えていた。
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