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秋編③『誰ソ彼刻の紫面楚歌(マジックアワー)』
第三話「秋の七草食器」⑵
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由良は「乙姫の心臓」と、いくつか気になった商品(「現代魔女のスパイス」とか「妖精のオーナメント」とか、怪しいのは名前だけで、比較的実用性が高そうなもの)を購入し、Lost and Foundを後にした。
「ありがとうございましたー。またのお越しをお待ちしておりまーす」
去り際、珠緒が先程とは別のレバーを引いた。
直後、壁際に寝かされていた棺が開き、中から等身大のドラキュラの人形が勢いよく飛び出した。由良はミイラ男の人形を警戒していたので、完全に虚をつかれた。
「うわッ!」
「やーい、引っかかったー」
珠緒は愉快そうにケラケラと笑う。
よく見ると、彼女の着ぐるみには悪魔のツノと尻尾が生えていた。
「この悪魔め……!」
「悪魔じゃないよー。イエティだよー」
テントから出たところで、「もし」と声をかけられた。
モダンな洋装の中性的な男性で、マントのように派手な着物を羽織っている。手には骨董屋に並んでいてもおかしくない、古めかしい革のスーツケースを提げていた。
レトロな格好といい、どことなく渡来屋と似た雰囲気の人だった。
「ソエノユラさんですか?」
「そうですが、貴方は?」
「ワタクシは〈探し人〉です。〈心の落とし物〉の蒐集家でもあります。主人の名を明かすとややこしいので、どうぞコレさんとお呼びください」
「は、はぁ……」
〈探し人〉本人から「自分は〈探し人〉だ」と名乗られたのは、初めてだった。その上、〈心の落とし物〉のコレクターとは。
コレさんはLost and Foundの裏にある玉蟲匣を見上げ、言った。
「アナタのことは渡来屋さんから紹介していただきました。〈心の落とし物〉を見つけるのが得意だそうですね? どうか、ワタクシのコレクションを探すのを手伝っていただけませんか?」
由良もつられて、玉蟲匣を見上げる。
すると渡来屋が二階の窓からこちらを見下ろし、チェシャ猫のようにニヤニヤと笑っていた。コレさんを指差し、「頼んだぞ」と口を動かす。おおかた、コレさんが求めていた〈心の落とし物〉を用意できず、由良に丸投げしたのだろう。
(なーにが、「頼んだぞ」だ! 私だって、遊びに来たんじゃないのに!)
不本意ではあるが、困っている〈探し人〉を無碍にも出来ない。
由良は渋々「いいですよ」と承諾した。
「買い付けに回るついでに、コレさんの〈心の落とし物〉も探してみます。でも、あまり期待しないで下さいね? 私は〈心の落とし物〉に気づきやすいだけで、見つけるのが得意なわけではありませんから」
「いえいえ! 協力していただけるだけで、ありがたいです! それに、買い付けに回られるというなら、なおさら都合がいい!」
コレさんはスーツケースを開き、由良に見せた。
ケースの中身は食器だった。それぞれ別の草花の絵が描かれた三つの白磁の和食器が、濃い紫色のビロード生地のクッションに埋まっている。まだ半分以上、スペースに余裕があった。
「ワタクシが探しているのは、美麗漆器から発売された、通称"秋の七草シリーズ"と呼ばれている和食器一式です。茶碗、汁椀、焼き物皿、煮物鉢、小鉢、小皿、箸の七種それぞれに秋の七草が一種類ずつ描かれており、全て集めると秋の七草が揃う仕組みになっているのです。今のところ、撫子の茶碗、葛の汁椀、桔梗の小皿の三つを集めました。ですので、残りの萩の焼き物皿、藤袴の煮物鉢、女郎花の小鉢、ススキの箸を探していただきたいのです。おそらく、この商店街のどこかにあるはずですから」
「……秋の七草シリーズ、ですか」
由良も、噂だけなら聞いたことがある。
発売当初は一式揃いで売られていたものの、骨董屋に現存するのはバラ売りばかりで、全て揃えるのは困難だとか。特に、割れやすい焼き物皿や片方だけ無くしがちな箸は、一点だけでも相当な価値があるらしい。
「そんな幻のお宝、オータムフェスで見つかりますかね? 表に出さず、金庫に仕舞ってるんじゃないですか?」
「主人は"オータムフェスで見た"とおっしゃっているのです。何がなんでも手に入れなくてはなりません。でなければ、ワタクシは主人のもとへ帰れないのですから」
コレさんの目には執念が宿っていた。
既に集め終えた三つも、見つけるまでにかなり苦労したのだろう。由良はコレさんを憐れに思った。
(コレさんの主人って、コレクターなのかしら? 一日で秋の七草シリーズを全て集めろだなんて、無謀にも程があるわ)
「ありがとうございましたー。またのお越しをお待ちしておりまーす」
去り際、珠緒が先程とは別のレバーを引いた。
直後、壁際に寝かされていた棺が開き、中から等身大のドラキュラの人形が勢いよく飛び出した。由良はミイラ男の人形を警戒していたので、完全に虚をつかれた。
「うわッ!」
「やーい、引っかかったー」
珠緒は愉快そうにケラケラと笑う。
よく見ると、彼女の着ぐるみには悪魔のツノと尻尾が生えていた。
「この悪魔め……!」
「悪魔じゃないよー。イエティだよー」
テントから出たところで、「もし」と声をかけられた。
モダンな洋装の中性的な男性で、マントのように派手な着物を羽織っている。手には骨董屋に並んでいてもおかしくない、古めかしい革のスーツケースを提げていた。
レトロな格好といい、どことなく渡来屋と似た雰囲気の人だった。
「ソエノユラさんですか?」
「そうですが、貴方は?」
「ワタクシは〈探し人〉です。〈心の落とし物〉の蒐集家でもあります。主人の名を明かすとややこしいので、どうぞコレさんとお呼びください」
「は、はぁ……」
〈探し人〉本人から「自分は〈探し人〉だ」と名乗られたのは、初めてだった。その上、〈心の落とし物〉のコレクターとは。
コレさんはLost and Foundの裏にある玉蟲匣を見上げ、言った。
「アナタのことは渡来屋さんから紹介していただきました。〈心の落とし物〉を見つけるのが得意だそうですね? どうか、ワタクシのコレクションを探すのを手伝っていただけませんか?」
由良もつられて、玉蟲匣を見上げる。
すると渡来屋が二階の窓からこちらを見下ろし、チェシャ猫のようにニヤニヤと笑っていた。コレさんを指差し、「頼んだぞ」と口を動かす。おおかた、コレさんが求めていた〈心の落とし物〉を用意できず、由良に丸投げしたのだろう。
(なーにが、「頼んだぞ」だ! 私だって、遊びに来たんじゃないのに!)
不本意ではあるが、困っている〈探し人〉を無碍にも出来ない。
由良は渋々「いいですよ」と承諾した。
「買い付けに回るついでに、コレさんの〈心の落とし物〉も探してみます。でも、あまり期待しないで下さいね? 私は〈心の落とし物〉に気づきやすいだけで、見つけるのが得意なわけではありませんから」
「いえいえ! 協力していただけるだけで、ありがたいです! それに、買い付けに回られるというなら、なおさら都合がいい!」
コレさんはスーツケースを開き、由良に見せた。
ケースの中身は食器だった。それぞれ別の草花の絵が描かれた三つの白磁の和食器が、濃い紫色のビロード生地のクッションに埋まっている。まだ半分以上、スペースに余裕があった。
「ワタクシが探しているのは、美麗漆器から発売された、通称"秋の七草シリーズ"と呼ばれている和食器一式です。茶碗、汁椀、焼き物皿、煮物鉢、小鉢、小皿、箸の七種それぞれに秋の七草が一種類ずつ描かれており、全て集めると秋の七草が揃う仕組みになっているのです。今のところ、撫子の茶碗、葛の汁椀、桔梗の小皿の三つを集めました。ですので、残りの萩の焼き物皿、藤袴の煮物鉢、女郎花の小鉢、ススキの箸を探していただきたいのです。おそらく、この商店街のどこかにあるはずですから」
「……秋の七草シリーズ、ですか」
由良も、噂だけなら聞いたことがある。
発売当初は一式揃いで売られていたものの、骨董屋に現存するのはバラ売りばかりで、全て揃えるのは困難だとか。特に、割れやすい焼き物皿や片方だけ無くしがちな箸は、一点だけでも相当な価値があるらしい。
「そんな幻のお宝、オータムフェスで見つかりますかね? 表に出さず、金庫に仕舞ってるんじゃないですか?」
「主人は"オータムフェスで見た"とおっしゃっているのです。何がなんでも手に入れなくてはなりません。でなければ、ワタクシは主人のもとへ帰れないのですから」
コレさんの目には執念が宿っていた。
既に集め終えた三つも、見つけるまでにかなり苦労したのだろう。由良はコレさんを憐れに思った。
(コレさんの主人って、コレクターなのかしら? 一日で秋の七草シリーズを全て集めろだなんて、無謀にも程があるわ)
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