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秋編③『誰ソ彼刻の紫面楚歌(マジックアワー)』
第三話「秋の七草食器」⑴
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珠緒の店、Lost and Foundには、新作のインク「乙姫の心臓」が並んでいた。
水色がかった鮮やかな青で、角度によっては紫にも見える。その不思議な色合いとファンタジックな名前から、品切れ寸前の人気商品になっていた。
「……結局、カツオノエボシ色にはしなかったんだ」
由良がインクの名前を見ながらぼやくと、近くで棚を物色していた中年くらいの女性がつぶやいた。
「だってカツオノエボシ色じゃ、ときめかないじゃないですか」
「へっ?」
「え?」
由良は女性を振り返る。
女性は「しまった」と言わんばかりに、目を泳がせた。
「やぁねぇ、年取ると独り言が増えてやんなっちゃうわ。オホホホホ……」
笑って誤魔化し、店の奥にある棚へ逃げる。
入れ替わりに、カウンターで作業をしていた珠緒が来た。
「由良、いらっしゃーい。なんか欲しいのあった?」
「いや……今年はまたえらくゴチャついてるなぁと思って。あんたの服装も含めて」
「そう? 可愛いと思うけど」
珠緒はその場でくるっと回ってみせる。
今年の彼女は、全身紫の毛むくじゃらのモンスターの着ぐるみを着ていた。一応、イエティのつもりらしい。
毎年決まった国の骨董を集め、店を出しているLost and Foundだが、今年は一風変わって、世界各国のモンスターやお化けに関する品を集めた民芸品店を営んでいた。店のテントの外観や内装は本格的な魔女の家っぽくアレンジし、ダントツの個性を放っている。店の前を通りかかった子供は本気で怖がり、近くへ寄ろうともしなかった。
「ここ、怖ーい!」
「入るのやめようよ、お父さん!」
外から聞こえてくる悲鳴と泣き声に、由良は本気で「客が来ないのでは?」と心配した。
「大丈夫? 採算取れてる?」
「へーき、へーき。コアなファンが爆買いしてくれてるから、ちゃんと黒字だよ。こういうのはまとめて売った方が売れるね。他の民芸品と一緒じゃ、浮いて売れ残っちゃうんだもん」
「……もしかしてここにある商品、全部売れ残り?」
「ソンナコトナイヨー? ゼンブ、シンピンダヨー?」
珠緒は片言で「HAHAHA」と笑う。
目が泳ぐどころか、ピンボールの球のように右往左往していた。
「そういえば、美麗漆器の社長が視察しに来てるらしいね」
「美麗漆器の社長って……先代の息子さん?」
「そう。器楽堂秀麗。先代の美麗社長が築き上げてきた宝の山を、安っぽいガラス玉の塊に変えた合理主義者。一体全体、何しに来たんだか」
珠緒はあからさまに顔をしかめる。
骨董好きの彼女も由良と同様に、先代までの美麗漆器のファンだった。その分、会社の経営方針を変えた現在の社長への反感も強く、彼がオータムフェスへ視察に来ていることを良く思っていないらしかった。
「視察ってことは、いずれオータムフェスに出店するつもりで来てるんじゃない?」
「オータムフェスのお客さんは、"特別"を探しに来るんだよ? 今の"特別"じゃない美麗漆器なんて、誰も買わないと思う。それでも自分の利益のためにオータムフェスを変えようとしているのなら、私が全力で阻止する」
「……あんたが言ったら、冗談に聞こえないわね」
「だって、冗談じゃないもん」
店の奥にある棚を物色していた女性も「分かるわー」と深く頷いた。
「あンの、冷酷息子! "諸君らは我が社の新体制に必要ない"なんて、私達デザイナーを一方的に辞めさせて……! おかげでこっちは、お先真っ暗よ! きっと美麗社長も、草葉の陰で憤ってらっしゃるわ!」
「……」
「……」
女性は珠緒以上に、社長への恨みを募らせる。完全に当事者の発言だった。
由良と珠緒は彼女がいる棚を覗き、様子をうかがう。女性は二人に見られていると気づくと、ハッと手で口を押さえた。
「あぁもう……またやっちゃった。ほーんと、年は取りたくないものねぇ。思ったことぜーんぶ、口から出ちゃうんだもの」
女性はカゴいっぱいに詰めた商品を全て購入すると、そそくさと帰ろうとした。
「ありがとうございましたー。またのお越しをお待ちしておりまーす」
珠緒は気の抜けた声で、女性を見送る。と同時に、天井から吊り下がっているレバーを引いた。
直後、入口付近に立てかけてあったミイラ男の像が動いた。女性は「ひぇぇッ!」と悲鳴を上げると、脱兎のごとく店から逃げ出した。
「珠緒、脅かさないの」
「ここはそういう店だからいいんだよーん」
珠緒はフフン、と満足そうに鼻を鳴らした。
水色がかった鮮やかな青で、角度によっては紫にも見える。その不思議な色合いとファンタジックな名前から、品切れ寸前の人気商品になっていた。
「……結局、カツオノエボシ色にはしなかったんだ」
由良がインクの名前を見ながらぼやくと、近くで棚を物色していた中年くらいの女性がつぶやいた。
「だってカツオノエボシ色じゃ、ときめかないじゃないですか」
「へっ?」
「え?」
由良は女性を振り返る。
女性は「しまった」と言わんばかりに、目を泳がせた。
「やぁねぇ、年取ると独り言が増えてやんなっちゃうわ。オホホホホ……」
笑って誤魔化し、店の奥にある棚へ逃げる。
入れ替わりに、カウンターで作業をしていた珠緒が来た。
「由良、いらっしゃーい。なんか欲しいのあった?」
「いや……今年はまたえらくゴチャついてるなぁと思って。あんたの服装も含めて」
「そう? 可愛いと思うけど」
珠緒はその場でくるっと回ってみせる。
今年の彼女は、全身紫の毛むくじゃらのモンスターの着ぐるみを着ていた。一応、イエティのつもりらしい。
毎年決まった国の骨董を集め、店を出しているLost and Foundだが、今年は一風変わって、世界各国のモンスターやお化けに関する品を集めた民芸品店を営んでいた。店のテントの外観や内装は本格的な魔女の家っぽくアレンジし、ダントツの個性を放っている。店の前を通りかかった子供は本気で怖がり、近くへ寄ろうともしなかった。
「ここ、怖ーい!」
「入るのやめようよ、お父さん!」
外から聞こえてくる悲鳴と泣き声に、由良は本気で「客が来ないのでは?」と心配した。
「大丈夫? 採算取れてる?」
「へーき、へーき。コアなファンが爆買いしてくれてるから、ちゃんと黒字だよ。こういうのはまとめて売った方が売れるね。他の民芸品と一緒じゃ、浮いて売れ残っちゃうんだもん」
「……もしかしてここにある商品、全部売れ残り?」
「ソンナコトナイヨー? ゼンブ、シンピンダヨー?」
珠緒は片言で「HAHAHA」と笑う。
目が泳ぐどころか、ピンボールの球のように右往左往していた。
「そういえば、美麗漆器の社長が視察しに来てるらしいね」
「美麗漆器の社長って……先代の息子さん?」
「そう。器楽堂秀麗。先代の美麗社長が築き上げてきた宝の山を、安っぽいガラス玉の塊に変えた合理主義者。一体全体、何しに来たんだか」
珠緒はあからさまに顔をしかめる。
骨董好きの彼女も由良と同様に、先代までの美麗漆器のファンだった。その分、会社の経営方針を変えた現在の社長への反感も強く、彼がオータムフェスへ視察に来ていることを良く思っていないらしかった。
「視察ってことは、いずれオータムフェスに出店するつもりで来てるんじゃない?」
「オータムフェスのお客さんは、"特別"を探しに来るんだよ? 今の"特別"じゃない美麗漆器なんて、誰も買わないと思う。それでも自分の利益のためにオータムフェスを変えようとしているのなら、私が全力で阻止する」
「……あんたが言ったら、冗談に聞こえないわね」
「だって、冗談じゃないもん」
店の奥にある棚を物色していた女性も「分かるわー」と深く頷いた。
「あンの、冷酷息子! "諸君らは我が社の新体制に必要ない"なんて、私達デザイナーを一方的に辞めさせて……! おかげでこっちは、お先真っ暗よ! きっと美麗社長も、草葉の陰で憤ってらっしゃるわ!」
「……」
「……」
女性は珠緒以上に、社長への恨みを募らせる。完全に当事者の発言だった。
由良と珠緒は彼女がいる棚を覗き、様子をうかがう。女性は二人に見られていると気づくと、ハッと手で口を押さえた。
「あぁもう……またやっちゃった。ほーんと、年は取りたくないものねぇ。思ったことぜーんぶ、口から出ちゃうんだもの」
女性はカゴいっぱいに詰めた商品を全て購入すると、そそくさと帰ろうとした。
「ありがとうございましたー。またのお越しをお待ちしておりまーす」
珠緒は気の抜けた声で、女性を見送る。と同時に、天井から吊り下がっているレバーを引いた。
直後、入口付近に立てかけてあったミイラ男の像が動いた。女性は「ひぇぇッ!」と悲鳴を上げると、脱兎のごとく店から逃げ出した。
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