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秋編③『誰ソ彼刻の紫面楚歌(マジックアワー)』
第二話「残りの千歳飴」⑷
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店主は飴細工の色づけを終え、下から棒を刺す。しかしまだ完成ではないらしく、ビニールを被せないまま立てかけた。
冷やし固めた飴のシートを冷蔵庫から取り出し、何やら描き始める。絵は小さく、一番近くにいる由良でさえ、店主の手で隠れて見えなかった。
「それからです、私が趣味で飴屋を始めたのは。あの女の子が見せてくれた笑顔を、もう一度見たくなった。今度は自分の手で作った、何かで。だから思い切って、大好きな飴を作るようになったんです。会社ではお客様の笑顔を直に見る機会なんて、そうそうありませんからね。自分がやっている仕事が本当に誰かのためになっているか、ずっと不安でした。結局、誰が僕のデスクに千歳飴を置いてくれたのかは分からないままですが、あの千歳飴のおかげで大切な記憶を思い出せて感謝していますよ」
完成した絵を、飴細工の裏へ貼りつける。
由良は出来上がった絵を見て、ハッと息を呑んだ。そこには写真に写っていなかったはずのLAMPの裏口や階段、ウォールアートが緻密に描かれていた。
思わず、店主を見る。店主はいたずらっぽく微笑み、ビニールを被せた飴細工を由良に渡した。
「はい、出来ました。喫茶店LAMPの飴細工です。湿気に弱いので、お持ち帰りの際はこちらの密閉容器をご利用ください」
細部にまでこだわった出来に、観衆は割れんばかりの拍手を送る。特に、実際のLAMPを知る客は「すごい! 本物そっくりだわ!」と大変驚いていた。
「建物の裏側はお見せしていなかったのに、よくここまで精巧に描けましたね。もしや、お店に来られたことがおありで?」
店主は「えぇ」とバツが悪そうに答えた。
「よそでは見かけないレトロな外観だったので、裏がどうなっているのか気になって、つい……日本ではなかなかお目にかかれない見事なウォールアートだったので、記憶に刻み込まれました」
「あの絵はLAMPの常連さんが描かれたものなのです。興味があれば、ぜひまたLAMPへお越しになってください。確か、あの方の画集が何冊か置いてあったはずですから」
「本当ですか? ぜひ、また寄らせてください!」
LAMPの飴細工を見て興味を持ったのか、新たに数人の客が由良の後に並んだ。これ以上話し込んでは申し訳ない。
由良は最後に、店主へ確認した。
「ちなみに、会社のデスクに置かれていたという千歳飴は食べたんですか?」
店主は「それが……」と不思議そうに首を傾げた。
「気がついたら消えていたんです。誰かが間違えて僕のデスクに置いて、後でそれに気づき回収したんだろうとは思っているんですけど、社内の誰も"千歳飴なんて持って来てない"って言い張るんですよ。おかしな話でしょう?」
飴細工は乾燥した状態を保っていれば、数年保つらしい。
「せっかくなら、LAMPのお客さんにも見てもらおう」
と、その場では食べずに、密閉容器へ入れて持ち帰った。
しばらく店に飾り、後日中林と分けて食べた。濃い茶色の部分はコーヒー味、明るい茶色はチョコ味で、ウォールアートは甘酸っぱくも複雑なベリー味だった。
「合わせて、カフェモカベリー味ですね!」
「そうだね」
「コーヒーとチョコがベリーにベリー合いますね! ベリーだけに!」
「そうだね」
「……中林って何年経っても変わらないなー、って呆れてます?」
「そうだね」
「やっぱり!」
由良は口の中で飴を転がすうちに、七五三の時に買ってもらった千歳飴をどうしたか思い出した。
当時、由良は七歳。もらった千歳飴は、七本。
そのうち一本は祖父にあげ、四本は由良が食べた。と言っても、美味しく食べられたのは最初の一本目だけで、二本目からは味に飽き、カフェオレの砂糖代わりに使った。オータムフェスでLAMPの飴細工を作った「飴屋いづつ」の店主も、途中で味に飽き、残りは親に食べてもらったらしい。
では、残りの二本はどうしたか? 今の由良からすればあり得ない行動だが、仕事で七五三参りに来られなかった両親にあげたのだ。
最初こそ「自分だけ両親が来ない」と拗ねていた由良だが、境内でイチョウの葉を拾ううちに、だんだん機嫌が良くなっていった。
「お父さんとお母さんにもあげるんだ」
と拾ったイチョウの葉を自宅へ持ち帰ると、両親の分の千歳飴と一緒に居間のテーブルへ置いた。「おとうさんとおかあさんへ」とメモを書き残すのも忘れない。
祖父も七五三参りで撮った、由良の写真を添えた。イチョウの葉を拾う由良は屈託のない笑顔だった。
(秋編③『誰ソ彼刻の紫面楚歌(マジックアワー)』第三話へ続く)
冷やし固めた飴のシートを冷蔵庫から取り出し、何やら描き始める。絵は小さく、一番近くにいる由良でさえ、店主の手で隠れて見えなかった。
「それからです、私が趣味で飴屋を始めたのは。あの女の子が見せてくれた笑顔を、もう一度見たくなった。今度は自分の手で作った、何かで。だから思い切って、大好きな飴を作るようになったんです。会社ではお客様の笑顔を直に見る機会なんて、そうそうありませんからね。自分がやっている仕事が本当に誰かのためになっているか、ずっと不安でした。結局、誰が僕のデスクに千歳飴を置いてくれたのかは分からないままですが、あの千歳飴のおかげで大切な記憶を思い出せて感謝していますよ」
完成した絵を、飴細工の裏へ貼りつける。
由良は出来上がった絵を見て、ハッと息を呑んだ。そこには写真に写っていなかったはずのLAMPの裏口や階段、ウォールアートが緻密に描かれていた。
思わず、店主を見る。店主はいたずらっぽく微笑み、ビニールを被せた飴細工を由良に渡した。
「はい、出来ました。喫茶店LAMPの飴細工です。湿気に弱いので、お持ち帰りの際はこちらの密閉容器をご利用ください」
細部にまでこだわった出来に、観衆は割れんばかりの拍手を送る。特に、実際のLAMPを知る客は「すごい! 本物そっくりだわ!」と大変驚いていた。
「建物の裏側はお見せしていなかったのに、よくここまで精巧に描けましたね。もしや、お店に来られたことがおありで?」
店主は「えぇ」とバツが悪そうに答えた。
「よそでは見かけないレトロな外観だったので、裏がどうなっているのか気になって、つい……日本ではなかなかお目にかかれない見事なウォールアートだったので、記憶に刻み込まれました」
「あの絵はLAMPの常連さんが描かれたものなのです。興味があれば、ぜひまたLAMPへお越しになってください。確か、あの方の画集が何冊か置いてあったはずですから」
「本当ですか? ぜひ、また寄らせてください!」
LAMPの飴細工を見て興味を持ったのか、新たに数人の客が由良の後に並んだ。これ以上話し込んでは申し訳ない。
由良は最後に、店主へ確認した。
「ちなみに、会社のデスクに置かれていたという千歳飴は食べたんですか?」
店主は「それが……」と不思議そうに首を傾げた。
「気がついたら消えていたんです。誰かが間違えて僕のデスクに置いて、後でそれに気づき回収したんだろうとは思っているんですけど、社内の誰も"千歳飴なんて持って来てない"って言い張るんですよ。おかしな話でしょう?」
飴細工は乾燥した状態を保っていれば、数年保つらしい。
「せっかくなら、LAMPのお客さんにも見てもらおう」
と、その場では食べずに、密閉容器へ入れて持ち帰った。
しばらく店に飾り、後日中林と分けて食べた。濃い茶色の部分はコーヒー味、明るい茶色はチョコ味で、ウォールアートは甘酸っぱくも複雑なベリー味だった。
「合わせて、カフェモカベリー味ですね!」
「そうだね」
「コーヒーとチョコがベリーにベリー合いますね! ベリーだけに!」
「そうだね」
「……中林って何年経っても変わらないなー、って呆れてます?」
「そうだね」
「やっぱり!」
由良は口の中で飴を転がすうちに、七五三の時に買ってもらった千歳飴をどうしたか思い出した。
当時、由良は七歳。もらった千歳飴は、七本。
そのうち一本は祖父にあげ、四本は由良が食べた。と言っても、美味しく食べられたのは最初の一本目だけで、二本目からは味に飽き、カフェオレの砂糖代わりに使った。オータムフェスでLAMPの飴細工を作った「飴屋いづつ」の店主も、途中で味に飽き、残りは親に食べてもらったらしい。
では、残りの二本はどうしたか? 今の由良からすればあり得ない行動だが、仕事で七五三参りに来られなかった両親にあげたのだ。
最初こそ「自分だけ両親が来ない」と拗ねていた由良だが、境内でイチョウの葉を拾ううちに、だんだん機嫌が良くなっていった。
「お父さんとお母さんにもあげるんだ」
と拾ったイチョウの葉を自宅へ持ち帰ると、両親の分の千歳飴と一緒に居間のテーブルへ置いた。「おとうさんとおかあさんへ」とメモを書き残すのも忘れない。
祖父も七五三参りで撮った、由良の写真を添えた。イチョウの葉を拾う由良は屈託のない笑顔だった。
(秋編③『誰ソ彼刻の紫面楚歌(マジックアワー)』第三話へ続く)
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