196 / 314
秋編③『誰ソ彼刻の紫面楚歌(マジックアワー)』
第二話「残りの千歳飴」⑷
しおりを挟む
店主は飴細工の色づけを終え、下から棒を刺す。しかしまだ完成ではないらしく、ビニールを被せないまま立てかけた。
冷やし固めた飴のシートを冷蔵庫から取り出し、何やら描き始める。絵は小さく、一番近くにいる由良でさえ、店主の手で隠れて見えなかった。
「それからです、私が趣味で飴屋を始めたのは。あの女の子が見せてくれた笑顔を、もう一度見たくなった。今度は自分の手で作った、何かで。だから思い切って、大好きな飴を作るようになったんです。会社ではお客様の笑顔を直に見る機会なんて、そうそうありませんからね。自分がやっている仕事が本当に誰かのためになっているか、ずっと不安でした。結局、誰が僕のデスクに千歳飴を置いてくれたのかは分からないままですが、あの千歳飴のおかげで大切な記憶を思い出せて感謝していますよ」
完成した絵を、飴細工の裏へ貼りつける。
由良は出来上がった絵を見て、ハッと息を呑んだ。そこには写真に写っていなかったはずのLAMPの裏口や階段、ウォールアートが緻密に描かれていた。
思わず、店主を見る。店主はいたずらっぽく微笑み、ビニールを被せた飴細工を由良に渡した。
「はい、出来ました。喫茶店LAMPの飴細工です。湿気に弱いので、お持ち帰りの際はこちらの密閉容器をご利用ください」
細部にまでこだわった出来に、観衆は割れんばかりの拍手を送る。特に、実際のLAMPを知る客は「すごい! 本物そっくりだわ!」と大変驚いていた。
「建物の裏側はお見せしていなかったのに、よくここまで精巧に描けましたね。もしや、お店に来られたことがおありで?」
店主は「えぇ」とバツが悪そうに答えた。
「よそでは見かけないレトロな外観だったので、裏がどうなっているのか気になって、つい……日本ではなかなかお目にかかれない見事なウォールアートだったので、記憶に刻み込まれました」
「あの絵はLAMPの常連さんが描かれたものなのです。興味があれば、ぜひまたLAMPへお越しになってください。確か、あの方の画集が何冊か置いてあったはずですから」
「本当ですか? ぜひ、また寄らせてください!」
LAMPの飴細工を見て興味を持ったのか、新たに数人の客が由良の後に並んだ。これ以上話し込んでは申し訳ない。
由良は最後に、店主へ確認した。
「ちなみに、会社のデスクに置かれていたという千歳飴は食べたんですか?」
店主は「それが……」と不思議そうに首を傾げた。
「気がついたら消えていたんです。誰かが間違えて僕のデスクに置いて、後でそれに気づき回収したんだろうとは思っているんですけど、社内の誰も"千歳飴なんて持って来てない"って言い張るんですよ。おかしな話でしょう?」
飴細工は乾燥した状態を保っていれば、数年保つらしい。
「せっかくなら、LAMPのお客さんにも見てもらおう」
と、その場では食べずに、密閉容器へ入れて持ち帰った。
しばらく店に飾り、後日中林と分けて食べた。濃い茶色の部分はコーヒー味、明るい茶色はチョコ味で、ウォールアートは甘酸っぱくも複雑なベリー味だった。
「合わせて、カフェモカベリー味ですね!」
「そうだね」
「コーヒーとチョコがベリーにベリー合いますね! ベリーだけに!」
「そうだね」
「……中林って何年経っても変わらないなー、って呆れてます?」
「そうだね」
「やっぱり!」
由良は口の中で飴を転がすうちに、七五三の時に買ってもらった千歳飴をどうしたか思い出した。
当時、由良は七歳。もらった千歳飴は、七本。
そのうち一本は祖父にあげ、四本は由良が食べた。と言っても、美味しく食べられたのは最初の一本目だけで、二本目からは味に飽き、カフェオレの砂糖代わりに使った。オータムフェスでLAMPの飴細工を作った「飴屋いづつ」の店主も、途中で味に飽き、残りは親に食べてもらったらしい。
では、残りの二本はどうしたか? 今の由良からすればあり得ない行動だが、仕事で七五三参りに来られなかった両親にあげたのだ。
最初こそ「自分だけ両親が来ない」と拗ねていた由良だが、境内でイチョウの葉を拾ううちに、だんだん機嫌が良くなっていった。
「お父さんとお母さんにもあげるんだ」
と拾ったイチョウの葉を自宅へ持ち帰ると、両親の分の千歳飴と一緒に居間のテーブルへ置いた。「おとうさんとおかあさんへ」とメモを書き残すのも忘れない。
祖父も七五三参りで撮った、由良の写真を添えた。イチョウの葉を拾う由良は屈託のない笑顔だった。
(秋編③『誰ソ彼刻の紫面楚歌(マジックアワー)』第三話へ続く)
冷やし固めた飴のシートを冷蔵庫から取り出し、何やら描き始める。絵は小さく、一番近くにいる由良でさえ、店主の手で隠れて見えなかった。
「それからです、私が趣味で飴屋を始めたのは。あの女の子が見せてくれた笑顔を、もう一度見たくなった。今度は自分の手で作った、何かで。だから思い切って、大好きな飴を作るようになったんです。会社ではお客様の笑顔を直に見る機会なんて、そうそうありませんからね。自分がやっている仕事が本当に誰かのためになっているか、ずっと不安でした。結局、誰が僕のデスクに千歳飴を置いてくれたのかは分からないままですが、あの千歳飴のおかげで大切な記憶を思い出せて感謝していますよ」
完成した絵を、飴細工の裏へ貼りつける。
由良は出来上がった絵を見て、ハッと息を呑んだ。そこには写真に写っていなかったはずのLAMPの裏口や階段、ウォールアートが緻密に描かれていた。
思わず、店主を見る。店主はいたずらっぽく微笑み、ビニールを被せた飴細工を由良に渡した。
「はい、出来ました。喫茶店LAMPの飴細工です。湿気に弱いので、お持ち帰りの際はこちらの密閉容器をご利用ください」
細部にまでこだわった出来に、観衆は割れんばかりの拍手を送る。特に、実際のLAMPを知る客は「すごい! 本物そっくりだわ!」と大変驚いていた。
「建物の裏側はお見せしていなかったのに、よくここまで精巧に描けましたね。もしや、お店に来られたことがおありで?」
店主は「えぇ」とバツが悪そうに答えた。
「よそでは見かけないレトロな外観だったので、裏がどうなっているのか気になって、つい……日本ではなかなかお目にかかれない見事なウォールアートだったので、記憶に刻み込まれました」
「あの絵はLAMPの常連さんが描かれたものなのです。興味があれば、ぜひまたLAMPへお越しになってください。確か、あの方の画集が何冊か置いてあったはずですから」
「本当ですか? ぜひ、また寄らせてください!」
LAMPの飴細工を見て興味を持ったのか、新たに数人の客が由良の後に並んだ。これ以上話し込んでは申し訳ない。
由良は最後に、店主へ確認した。
「ちなみに、会社のデスクに置かれていたという千歳飴は食べたんですか?」
店主は「それが……」と不思議そうに首を傾げた。
「気がついたら消えていたんです。誰かが間違えて僕のデスクに置いて、後でそれに気づき回収したんだろうとは思っているんですけど、社内の誰も"千歳飴なんて持って来てない"って言い張るんですよ。おかしな話でしょう?」
飴細工は乾燥した状態を保っていれば、数年保つらしい。
「せっかくなら、LAMPのお客さんにも見てもらおう」
と、その場では食べずに、密閉容器へ入れて持ち帰った。
しばらく店に飾り、後日中林と分けて食べた。濃い茶色の部分はコーヒー味、明るい茶色はチョコ味で、ウォールアートは甘酸っぱくも複雑なベリー味だった。
「合わせて、カフェモカベリー味ですね!」
「そうだね」
「コーヒーとチョコがベリーにベリー合いますね! ベリーだけに!」
「そうだね」
「……中林って何年経っても変わらないなー、って呆れてます?」
「そうだね」
「やっぱり!」
由良は口の中で飴を転がすうちに、七五三の時に買ってもらった千歳飴をどうしたか思い出した。
当時、由良は七歳。もらった千歳飴は、七本。
そのうち一本は祖父にあげ、四本は由良が食べた。と言っても、美味しく食べられたのは最初の一本目だけで、二本目からは味に飽き、カフェオレの砂糖代わりに使った。オータムフェスでLAMPの飴細工を作った「飴屋いづつ」の店主も、途中で味に飽き、残りは親に食べてもらったらしい。
では、残りの二本はどうしたか? 今の由良からすればあり得ない行動だが、仕事で七五三参りに来られなかった両親にあげたのだ。
最初こそ「自分だけ両親が来ない」と拗ねていた由良だが、境内でイチョウの葉を拾ううちに、だんだん機嫌が良くなっていった。
「お父さんとお母さんにもあげるんだ」
と拾ったイチョウの葉を自宅へ持ち帰ると、両親の分の千歳飴と一緒に居間のテーブルへ置いた。「おとうさんとおかあさんへ」とメモを書き残すのも忘れない。
祖父も七五三参りで撮った、由良の写真を添えた。イチョウの葉を拾う由良は屈託のない笑顔だった。
(秋編③『誰ソ彼刻の紫面楚歌(マジックアワー)』第三話へ続く)
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる