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秋編③『誰ソ彼刻の紫面楚歌(マジックアワー)』
第二話「残りの千歳飴」⑵
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今年のオータムフェスはあいにくの雨だった。
幸い、アーケードが雨から守ってくれるので、濡れる心配はない。例年と変わらず、大勢の客で賑わっていた。
「温かいほうじ茶はいかがですかー! 紫芋のスイートポテトもおすすめですよー!」
中林がLAMPのキッチンカーの前に立ち、お客さんを呼び込む。店先に吊るしたブドウのランプが淡く紫色に輝いていた。
「紅葉谷さんは?」
由良はキッチンカーの陰から顔を出し、中林に尋ねる。紅葉谷に見つからないよう、コートのフードを目深に被り、サングラスとマスクで変装していた。
中林は正面を向いたまま、小声で答えた。
「まだ来ていません。今日は雨ですし、来ないんじゃないですか?」
「……だといいけど」
LAMPは今年、満を持してオータムフェスに出店した。
待望の出店だったが、紅葉谷と鉢合わせになるのはマズい。やむなく、出張店の営業は中林や他の店員に任せることにした。
由良は本店の厨房に立ちつつ、頃合いを見て洋燈商店街へ移動。オータムフェスで店の備品や食材の買い付けに走った。
「今日は向かいのお店を見て回るつもり。どこかオススメのお店、ある?」
「うちと一緒で、今年初めて出店された飴細工屋さんがありますよ。いろんな飴を趣味で作ってらっしゃるらしくて、千歳飴や金太郎飴なんかも売ってました。私もブルーベリー味のオバケを飴細工で作ってもらいましたよ」
「飴細工か……面白そうね。ブルーベリー味のオバケ?」
「見た目ごとに、おまかせで味をつけてもらえるんです。真冬ちゃんは雪だるまの飴細工を作ってもらったそうなんですけど、杏仁豆腐味でした」
オータムフェス帰りのLAMPの客の中にも、飴細工を持っている者を何人か見かけた。動物や植物、キャラクターなど、ガラス細工のように精巧で美しかった。
飴細工は持ち帰るのが難しいからか、千歳飴や金太郎飴も人気だった。レモンやコーラなど、普通の千歳飴にはない味に、由良も興味を惹かれていた。
「紅葉谷さんがいたら、連絡して。出張店、頑張ってね」
「らじゃ」
由良は人混みに紛れつつ、中林に教えてもらった飴細工屋を目指した。紅葉谷らしき人影は見当たらない。
まもなく、「飴屋いづつ」の暖簾が見えてきた。熱された飴の甘い匂いが漂ってくる。人気の店なのか、屋台の前には列が出来ていた。
店主は由良と同い年か、二、三年下くらいの男性だった。薄紫色の作務衣をまとい、頭に千歳飴の袋柄の手拭いを巻いている。
熱々の飴の塊にハサミで細かく切り込みを入れ、形を作っていく。最後に色をつけると、オレンジと白のマダラが美しい金魚へと変貌を遂げた。
出来上がった金魚の腹に棒を刺し、上からビニールをかぶせる。飴細工が完成した瞬間、観衆から拍手が起こった。
「はい、ご注文のらんちゅうの飴細工です。落とさないよう気をつけてね」
店主は表へ出て、屋台の前で待っていた子供に飴細工を手渡した。
子供は出来上がった飴細工に目を輝かせつつ、「ありがとうございます」と丁寧に礼を言った。
(聞いたことのある声だなぁ)
と由良が思っていると、子供がこちらを振り返った。
子供は、金魚楼の店主の孫娘だった。隣には孫娘の舎弟、もとい金魚楼のバイトの波止場もいる。
二人は由良に気づかず、彼女の横を通り過ぎていった。孫娘はさっそくビニールを剥ぎ、飴をペロペロと舐めていた。
「オレンジのところはマンゴーで、白いところはミルクの味がする。合わせて舐めたら、マンゴーミルク味ね。波止場君も食べる?」
「いや、遠慮しとくっす。金魚の形はちょっと……」
「そう? 美味しいのに。次は黒いデメキンを頼もうかな。黒って何味なんだろ?」
顔見知りの彼らでも気づかないなら、安心だ。
由良は列に並び、何を作ってもらうか考えながら順番を待った。
幸い、アーケードが雨から守ってくれるので、濡れる心配はない。例年と変わらず、大勢の客で賑わっていた。
「温かいほうじ茶はいかがですかー! 紫芋のスイートポテトもおすすめですよー!」
中林がLAMPのキッチンカーの前に立ち、お客さんを呼び込む。店先に吊るしたブドウのランプが淡く紫色に輝いていた。
「紅葉谷さんは?」
由良はキッチンカーの陰から顔を出し、中林に尋ねる。紅葉谷に見つからないよう、コートのフードを目深に被り、サングラスとマスクで変装していた。
中林は正面を向いたまま、小声で答えた。
「まだ来ていません。今日は雨ですし、来ないんじゃないですか?」
「……だといいけど」
LAMPは今年、満を持してオータムフェスに出店した。
待望の出店だったが、紅葉谷と鉢合わせになるのはマズい。やむなく、出張店の営業は中林や他の店員に任せることにした。
由良は本店の厨房に立ちつつ、頃合いを見て洋燈商店街へ移動。オータムフェスで店の備品や食材の買い付けに走った。
「今日は向かいのお店を見て回るつもり。どこかオススメのお店、ある?」
「うちと一緒で、今年初めて出店された飴細工屋さんがありますよ。いろんな飴を趣味で作ってらっしゃるらしくて、千歳飴や金太郎飴なんかも売ってました。私もブルーベリー味のオバケを飴細工で作ってもらいましたよ」
「飴細工か……面白そうね。ブルーベリー味のオバケ?」
「見た目ごとに、おまかせで味をつけてもらえるんです。真冬ちゃんは雪だるまの飴細工を作ってもらったそうなんですけど、杏仁豆腐味でした」
オータムフェス帰りのLAMPの客の中にも、飴細工を持っている者を何人か見かけた。動物や植物、キャラクターなど、ガラス細工のように精巧で美しかった。
飴細工は持ち帰るのが難しいからか、千歳飴や金太郎飴も人気だった。レモンやコーラなど、普通の千歳飴にはない味に、由良も興味を惹かれていた。
「紅葉谷さんがいたら、連絡して。出張店、頑張ってね」
「らじゃ」
由良は人混みに紛れつつ、中林に教えてもらった飴細工屋を目指した。紅葉谷らしき人影は見当たらない。
まもなく、「飴屋いづつ」の暖簾が見えてきた。熱された飴の甘い匂いが漂ってくる。人気の店なのか、屋台の前には列が出来ていた。
店主は由良と同い年か、二、三年下くらいの男性だった。薄紫色の作務衣をまとい、頭に千歳飴の袋柄の手拭いを巻いている。
熱々の飴の塊にハサミで細かく切り込みを入れ、形を作っていく。最後に色をつけると、オレンジと白のマダラが美しい金魚へと変貌を遂げた。
出来上がった金魚の腹に棒を刺し、上からビニールをかぶせる。飴細工が完成した瞬間、観衆から拍手が起こった。
「はい、ご注文のらんちゅうの飴細工です。落とさないよう気をつけてね」
店主は表へ出て、屋台の前で待っていた子供に飴細工を手渡した。
子供は出来上がった飴細工に目を輝かせつつ、「ありがとうございます」と丁寧に礼を言った。
(聞いたことのある声だなぁ)
と由良が思っていると、子供がこちらを振り返った。
子供は、金魚楼の店主の孫娘だった。隣には孫娘の舎弟、もとい金魚楼のバイトの波止場もいる。
二人は由良に気づかず、彼女の横を通り過ぎていった。孫娘はさっそくビニールを剥ぎ、飴をペロペロと舐めていた。
「オレンジのところはマンゴーで、白いところはミルクの味がする。合わせて舐めたら、マンゴーミルク味ね。波止場君も食べる?」
「いや、遠慮しとくっす。金魚の形はちょっと……」
「そう? 美味しいのに。次は黒いデメキンを頼もうかな。黒って何味なんだろ?」
顔見知りの彼らでも気づかないなら、安心だ。
由良は列に並び、何を作ってもらうか考えながら順番を待った。
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