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秋編③『誰ソ彼刻の紫面楚歌(マジックアワー)』
第二話「残りの千歳飴」⑴
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由良が七歳の時、近所の黄福寺へ七五三参りに行った。天気は快晴で、絶好の写真撮影日和だった。
両親は仕事が忙しくて来られず、祖父と二人だった。周りは親子連ればかりで、お参りを終えると、仲良く並んで記念写真を撮影していた。子供達は慣れない晴れ着に緊張している様子だったが、家族と写真を撮れて嬉しそうだった。
由良も写真を撮るために、イチョウの木の前に立たされた。祖父はカメラマンをしなくてはならないので、一人だった。
「由良、笑って!」
「……」
疎外感から、不機嫌になる。千歳飴が入った袋を手に、ムスッとしかめっ面で立つ。
祖父は困った様子で苦笑した。大好きな祖父を困らせたくはなかったが、感情をコントロールできるほど大人ではなかった。
「その顔でいいのかい? 撮った写真は、家に飾るんだよ?」
「いいもん」
「やっぱり今日はやめておこうか? お父さんとお母さんが休みを取れたら、また撮りに来ればいい」
「嫌だ。おじいちゃんと二人がいい」
「うーん……」
その時、階段を降りていた三歳くらいの女の子が石段でつまづき、こけた。持っていた千歳飴の袋も地面に叩きつけられた。
由良はハッと、女の子に視線を向ける。祖父と周りの家族も、心配そうに女の子を振り返った。
「大丈夫? 痛かったねぇ」
「ほら、千歳飴食べな?」
女の子は大声で泣きじゃくる。膝のあたりが少し汚れただけで、大した怪我ではない。
女の子の両親は慌てて女の子を起こし、抱き上げた。機嫌を直してもらおうと、女の子が持っていた袋から千歳飴を取り出す。飴は女の子がこけた衝撃で、粉々に砕けていた。
女の子は砕けた飴が気に入らないのか、「や!」とふくれっ面で顔を背けた。
「……どうしよう?」
「写真撮影もまだなのに、困ったなぁ」
すると二人のもとへ、袴を履いた五歳くらいの男の子がちょこちょこと駆け寄った。
男の子は自分の飴袋から千歳飴を一本取り出すと、「はい」と泣きじゃくる女の子に差し出した。うっすらピンクがかった、欠けのない綺麗な棒状の千歳飴だった。
「僕の、一本あげる」
女の子はまん丸な瞳を見開き、食い入るように千歳飴を見つめる。無邪気に手を伸ばし、男の子が差し出した千歳飴をつかもうとした。
女の子の両親は「待って待って!」と女の子を制止し、男の子に確認した。
「本当にもらっていいの?」
「うん。僕、五本も食べられないから」
男の子の両親は、男の子の後ろから見守っている。女の子の両親と目が合うと、「どーぞ、どーぞ」と笑顔ですすめた。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「ありがとうね、ボク」
女の子の母親が千歳飴を受け取り、娘に差し出す。女の子は両手で千歳飴をつかみ、美味しそうにしゃぶった。つい先程まで泣きじゃくっていたとは思えないほど、すっかり機嫌が良くなっていた。
男の子は「バイバイ」と女の子に手を振り、両親のもとへ戻る。両親から、女の子に千歳飴を分けてあげたことを褒められていた。
「……」
由良は女の子の機嫌が良くなったことに安堵すると同時に、自分には二人の両親のような親はいないのだと悲しくなった。
由良の両親は由良がこけても心配しないし、他人に優しくしても褒めてくれない。この場にいないのだから、当然だ。
由良は泣きこそしなかったが、悲しげに目を伏せた。それを見た祖父は写真を撮るのを諦め、カメラを下ろした。
「お腹減っただろう? お茶屋さんで、何か食べようか?」
「……ん」
由良は頷き、祖父と手を握った。
寺にある茶屋でおはぎとお抹茶を頼み、縁台に座る。
イチョウの下では別の家族連れが写真を撮っていた。黄色い葉っぱが鮮やかで、和装と良く似合っていた。
「由良も三歳の時は、お父さんとお母さんと一緒に来たんだよ。家に写真があるから、帰ったら見せようか?」
「見たくない。千歳飴食べたい」
「今日はおはぎ食べたから、明日にしようね。一気に全部食べちゃいけないよ? 虫歯になるから、一日一本まで」
「えー。じゃあ、かき氷も頼むー」
「しょうがないなぁ。お腹を壊すといけないから、おじいちゃんと半分にしよう」
由良は七つなので、千歳飴も七本。祖父との約束通り、七五三へ行った翌日から毎日一本ずつ食べると、ちょうど一週間後に全部なくなる計算だ。
だが、由良は千歳飴を七本全部食べた覚えがなかった。
最初の一本目を食べた時のことは明確に覚えている。同じ飴なのに、いつも食べている飴玉とは全く違う味と舌触りで驚いた。残りの千歳飴を食べるのも楽しみにしていたのだが、なぜか記憶がハッキリしなかった。
残りの千歳飴はどこへ行ったのか? 腐らせて、捨ててしまったのか?
祖父亡き今、永遠の謎になってしまった。
両親は仕事が忙しくて来られず、祖父と二人だった。周りは親子連ればかりで、お参りを終えると、仲良く並んで記念写真を撮影していた。子供達は慣れない晴れ着に緊張している様子だったが、家族と写真を撮れて嬉しそうだった。
由良も写真を撮るために、イチョウの木の前に立たされた。祖父はカメラマンをしなくてはならないので、一人だった。
「由良、笑って!」
「……」
疎外感から、不機嫌になる。千歳飴が入った袋を手に、ムスッとしかめっ面で立つ。
祖父は困った様子で苦笑した。大好きな祖父を困らせたくはなかったが、感情をコントロールできるほど大人ではなかった。
「その顔でいいのかい? 撮った写真は、家に飾るんだよ?」
「いいもん」
「やっぱり今日はやめておこうか? お父さんとお母さんが休みを取れたら、また撮りに来ればいい」
「嫌だ。おじいちゃんと二人がいい」
「うーん……」
その時、階段を降りていた三歳くらいの女の子が石段でつまづき、こけた。持っていた千歳飴の袋も地面に叩きつけられた。
由良はハッと、女の子に視線を向ける。祖父と周りの家族も、心配そうに女の子を振り返った。
「大丈夫? 痛かったねぇ」
「ほら、千歳飴食べな?」
女の子は大声で泣きじゃくる。膝のあたりが少し汚れただけで、大した怪我ではない。
女の子の両親は慌てて女の子を起こし、抱き上げた。機嫌を直してもらおうと、女の子が持っていた袋から千歳飴を取り出す。飴は女の子がこけた衝撃で、粉々に砕けていた。
女の子は砕けた飴が気に入らないのか、「や!」とふくれっ面で顔を背けた。
「……どうしよう?」
「写真撮影もまだなのに、困ったなぁ」
すると二人のもとへ、袴を履いた五歳くらいの男の子がちょこちょこと駆け寄った。
男の子は自分の飴袋から千歳飴を一本取り出すと、「はい」と泣きじゃくる女の子に差し出した。うっすらピンクがかった、欠けのない綺麗な棒状の千歳飴だった。
「僕の、一本あげる」
女の子はまん丸な瞳を見開き、食い入るように千歳飴を見つめる。無邪気に手を伸ばし、男の子が差し出した千歳飴をつかもうとした。
女の子の両親は「待って待って!」と女の子を制止し、男の子に確認した。
「本当にもらっていいの?」
「うん。僕、五本も食べられないから」
男の子の両親は、男の子の後ろから見守っている。女の子の両親と目が合うと、「どーぞ、どーぞ」と笑顔ですすめた。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「ありがとうね、ボク」
女の子の母親が千歳飴を受け取り、娘に差し出す。女の子は両手で千歳飴をつかみ、美味しそうにしゃぶった。つい先程まで泣きじゃくっていたとは思えないほど、すっかり機嫌が良くなっていた。
男の子は「バイバイ」と女の子に手を振り、両親のもとへ戻る。両親から、女の子に千歳飴を分けてあげたことを褒められていた。
「……」
由良は女の子の機嫌が良くなったことに安堵すると同時に、自分には二人の両親のような親はいないのだと悲しくなった。
由良の両親は由良がこけても心配しないし、他人に優しくしても褒めてくれない。この場にいないのだから、当然だ。
由良は泣きこそしなかったが、悲しげに目を伏せた。それを見た祖父は写真を撮るのを諦め、カメラを下ろした。
「お腹減っただろう? お茶屋さんで、何か食べようか?」
「……ん」
由良は頷き、祖父と手を握った。
寺にある茶屋でおはぎとお抹茶を頼み、縁台に座る。
イチョウの下では別の家族連れが写真を撮っていた。黄色い葉っぱが鮮やかで、和装と良く似合っていた。
「由良も三歳の時は、お父さんとお母さんと一緒に来たんだよ。家に写真があるから、帰ったら見せようか?」
「見たくない。千歳飴食べたい」
「今日はおはぎ食べたから、明日にしようね。一気に全部食べちゃいけないよ? 虫歯になるから、一日一本まで」
「えー。じゃあ、かき氷も頼むー」
「しょうがないなぁ。お腹を壊すといけないから、おじいちゃんと半分にしよう」
由良は七つなので、千歳飴も七本。祖父との約束通り、七五三へ行った翌日から毎日一本ずつ食べると、ちょうど一週間後に全部なくなる計算だ。
だが、由良は千歳飴を七本全部食べた覚えがなかった。
最初の一本目を食べた時のことは明確に覚えている。同じ飴なのに、いつも食べている飴玉とは全く違う味と舌触りで驚いた。残りの千歳飴を食べるのも楽しみにしていたのだが、なぜか記憶がハッキリしなかった。
残りの千歳飴はどこへ行ったのか? 腐らせて、捨ててしまったのか?
祖父亡き今、永遠の謎になってしまった。
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