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秋編③『誰ソ彼刻の紫面楚歌(マジックアワー)』
第一話「味覚狩り」⑷
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〈探し人〉の少女は落ち葉を踏みしめ、主のもとへ急ぐ。
彼女の主である女性は、連れの二人と横断歩道の前で立ち止まり、信号が青になるのを待っていた。少女は女性に追いつくと、そのまま背中へ飛び込んだ。
「あっ!」
「どうしたの、急に?」
少女が体へ戻った瞬間、女性はハッと目を見開いた。
連れの二人も驚き、彼女を振り返る。女性は興奮した様子で答えた。
「思い出したの! 幼稚園の時に食べた、味覚狩りのブドウとサツマイモの味!」
「なんだ、まだ考えてたの?」
「諦めたんじゃなかったっけ?」
「だって、気になるじゃない。私だけまともに味を思い出せないなんて」
信号が青に変わる。
女性は二人と並んで歩きながら、思い出した記憶を話した。
「味を覚えてなかったんじゃない……忘れようとしていたのよ」
「忘れる? 食べたフルーツの味を?」
「そう。ブドウ狩りの時は、先生に"後でみんなで食べるから、今は食べちゃダメ"って言われてたのに、コッソリひと粒摘んで食べちゃったから。今となっては時効だけど、当時は"バレたら先生に叱られる"って怯えていたわ。その時食べたブドウは、他のどのブドウよりも美味しく感じた。特別美味しい品種でもなかったし、きっとあれが罪の味ってやつだったんでしょうね」
「分かる。ダイエット中に食べるお菓子とか、家族に内緒で買ったプリンとか、すっごく美味しいよね」
「あの頃の私は妙に食い意地が張ってて、どうしても"おあずけ"が出来なかったの。食べたいと思った時に食べないと、気が済まない子供だったのよ」
「ってことは、サツマイモ掘りの時もつまみ食いしたの?」
友人の疑問に、女性は苦笑した。
「さすがに、土だらけのサツマイモを食べたいとは思わなかったわ。サツマイモ掘りをした後、先生達が収穫したサツマイモでスイートポテトを作ってくれたの。出来立ての熱々で、とっても美味しかった。当時、妹を出産したばかりで入院していた母も甘いものが好きでね、お見舞いに持って行ってあげたいと思ったんだけど、結局我慢できなくて全部食べちゃったの。だから、母には幼稚園でスイートポテトを食べたことは言えなかった」
女性は自嘲ぎみに笑った。
その後、母は無事に妹と退院した。今頃、実家でテレビを観ながら、好物の芋けんぴをつまんでいるだろう。
あれから何年もの時が経ったが、女性は未だにサツマイモ掘りでスイートポテトを食べたことを、母に打ち明けられずにいた。今となっては、「話してはいけないこと」から、「話しても話さなくても、どちらでもいいこと」に変わってしまったが。
「やっぱり、大した思い出じゃなかったわね。物心ついた時から食い意地が張ってたっていう、恥ずかしい過去を思い出しただけだったわ」
女性は呆れつつも、晴れやかな表情を見せた。今しがたLAMPでお茶を楽しんだばかりだというのに、無性にブドウとサツマイモが食べたくなる。
「あの店、また行きたいな。他にも忘れてる思い出の味を思い出せそう」
「食事も美味しそうだったわね。今度はランチに寄ってみましょうか?」
「いいわねぇ。賛成」
三人は次にLAMPへ行ったら何を頼むか話しながら、駅の方へ去っていった。
(秋編③『誰ソ彼刻の紫面楚歌(マジックアワー)』第二話へ続く)
彼女の主である女性は、連れの二人と横断歩道の前で立ち止まり、信号が青になるのを待っていた。少女は女性に追いつくと、そのまま背中へ飛び込んだ。
「あっ!」
「どうしたの、急に?」
少女が体へ戻った瞬間、女性はハッと目を見開いた。
連れの二人も驚き、彼女を振り返る。女性は興奮した様子で答えた。
「思い出したの! 幼稚園の時に食べた、味覚狩りのブドウとサツマイモの味!」
「なんだ、まだ考えてたの?」
「諦めたんじゃなかったっけ?」
「だって、気になるじゃない。私だけまともに味を思い出せないなんて」
信号が青に変わる。
女性は二人と並んで歩きながら、思い出した記憶を話した。
「味を覚えてなかったんじゃない……忘れようとしていたのよ」
「忘れる? 食べたフルーツの味を?」
「そう。ブドウ狩りの時は、先生に"後でみんなで食べるから、今は食べちゃダメ"って言われてたのに、コッソリひと粒摘んで食べちゃったから。今となっては時効だけど、当時は"バレたら先生に叱られる"って怯えていたわ。その時食べたブドウは、他のどのブドウよりも美味しく感じた。特別美味しい品種でもなかったし、きっとあれが罪の味ってやつだったんでしょうね」
「分かる。ダイエット中に食べるお菓子とか、家族に内緒で買ったプリンとか、すっごく美味しいよね」
「あの頃の私は妙に食い意地が張ってて、どうしても"おあずけ"が出来なかったの。食べたいと思った時に食べないと、気が済まない子供だったのよ」
「ってことは、サツマイモ掘りの時もつまみ食いしたの?」
友人の疑問に、女性は苦笑した。
「さすがに、土だらけのサツマイモを食べたいとは思わなかったわ。サツマイモ掘りをした後、先生達が収穫したサツマイモでスイートポテトを作ってくれたの。出来立ての熱々で、とっても美味しかった。当時、妹を出産したばかりで入院していた母も甘いものが好きでね、お見舞いに持って行ってあげたいと思ったんだけど、結局我慢できなくて全部食べちゃったの。だから、母には幼稚園でスイートポテトを食べたことは言えなかった」
女性は自嘲ぎみに笑った。
その後、母は無事に妹と退院した。今頃、実家でテレビを観ながら、好物の芋けんぴをつまんでいるだろう。
あれから何年もの時が経ったが、女性は未だにサツマイモ掘りでスイートポテトを食べたことを、母に打ち明けられずにいた。今となっては、「話してはいけないこと」から、「話しても話さなくても、どちらでもいいこと」に変わってしまったが。
「やっぱり、大した思い出じゃなかったわね。物心ついた時から食い意地が張ってたっていう、恥ずかしい過去を思い出しただけだったわ」
女性は呆れつつも、晴れやかな表情を見せた。今しがたLAMPでお茶を楽しんだばかりだというのに、無性にブドウとサツマイモが食べたくなる。
「あの店、また行きたいな。他にも忘れてる思い出の味を思い出せそう」
「食事も美味しそうだったわね。今度はランチに寄ってみましょうか?」
「いいわねぇ。賛成」
三人は次にLAMPへ行ったら何を頼むか話しながら、駅の方へ去っていった。
(秋編③『誰ソ彼刻の紫面楚歌(マジックアワー)』第二話へ続く)
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