心の落とし物

緋色刹那

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夏編③『水平線の彼方、青色蜃気楼』

第五話「花火大会の幻影」⑸

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「……え?」
 紅葉谷〈心〉は眼鏡越しでも分かるほど目を丸くし、ポカンと口を開く。ポップコーンのフタを折り畳んでいた手は完全に止まった。
 由良は真っ直ぐ紅葉谷〈心〉の目を見て、続けた。
「今日、と一緒にいて気づきました。私は本気で紅葉谷さんのことが好きだって」
 通りを並んで歩いている時も、一緒にお面を選んでいる時も、屋台で遊んでいる時も、屋台で買った食べ物や飲み物を食べたり飲んだりしている時も、由良はが気になって仕方がなかった。
 本当はもっと前……紅葉谷と知り合って間もない頃から想ってはいたが、紅葉谷の迷惑になると思い、ずっと気づかないフリを貫いていた。
「でも、今日で終わりにします。こんな邪な気持ちを抱えたまま、紅葉谷さんを一人のお客様として見ることは出来ませんから。勝手なお願いで申し訳ございませんが、どうか私が今言ったことは忘れてください」
「っ! 僕はッ!」
 その時、花火の打ち上げが始まった。紅葉谷〈心〉の眼鏡のレンズに、大輪の花火が反射して映る。集まった群衆からは歓声が沸き起こった。
 紅葉谷〈心〉は必死に何かを訴えているようだったが、花火の轟音と歓声でかき消され、全く聞こえない。遂には痺れを切らし、由良を抱きしめた。今度は由良が赤面し、紅葉谷〈心〉の腕の中で固まった。
「僕も添野さんが好きです。貴方に〈探し人〉として救われてから、ずっと。ご迷惑になると思って、打ち明けられずにいたのですが……添野さんも、僕と同じように思ってくださっていたんですね。嬉しいです」 
「な、な、な……!」
 耳元で囁かれ、由良の頭の中は真っ白になる。
 紅葉谷本人でないと分かっていても、動揺が止まらなかった。
(落ち着け、私! これは私の〈心の落とし物〉なんだから、私が望んだ通りのことを言うのは当たり前でしょう?! 目を覚ませ!)
 由良は何度も深呼吸し、胸の鼓動を落ち着かせる。
 なんとか平静を取り戻すと、紅葉谷〈心〉の腕をやんわり下ろした。
「ありがとうございます。おかげで、いい思い出になりました」
「思い出だなんて……せっかくお互いの想いに気づけたんですから、これからも二人でたくさん思い出を作っていきましょうよ」
「……」
「添野さん?」
 由良は寂しげに微笑む。
 紅葉谷への恋心とは、たった今折り合いをつけた。間もなく、紅葉谷〈心〉は姿を消すだろう。
(……こんなに苦しむくらいなら、いっそ好きにならなきゃ良かったなぁ)
 由良は紅葉谷と見る、最初で最後の花火を目に焼きつけた。



「由良! こんなところにいたの?!」
「ずいぶん探したんですよー」
 花火が終わり、屋台の通りへ戻ると中林と茅田に出くわした。仕事の電話で抜けていた日向子もいる。おのおの、屋台で手に入れた戦利品を抱えていた。
「……連絡、したんだけど」
「携帯にですか?」
「うっそだー!」
 日向子は半信半疑でスマホを開き、青ざめた。中林と茅田も自分のスマホを見て、絶句した。
 三人は「すみませんでしたぁッ!」と由良に深々と頭を下げ、謝罪した。
「真冬ちゃん達と遊ぶのが楽しくて、つい」
「仕事の電話は早く済んだんだけど、イカ焼きとビールの組み合わせが最高でさぁ」
「あ、玉置さん達は先に帰られました」
「……そう。息抜きできたようで、何よりだわ」
 由良はため息をつく。三人と連絡がつかなかったことなど、今さらどうでも良かった。明日から紅葉谷に上手く接客出来るか、それだけが不安だった。
 すると「そういう由良こそ、」と日向子が由良の背後を指差した。
「ずいぶん楽しんでたみたいじゃない? 
「…………え?」
 振り返ると、確かに紅葉谷がいた。ただし本物の紅葉谷ではなく、今まで由良と行動を共にしていた紅葉谷〈心〉だ。
 紅葉谷〈心〉は由良と目が合うと、ニヘラと苦笑いした。
「こんばんは、葉群さん。中林さんと茅田さんも」
「こんばんはー!」
「紅葉谷先生もいらしてたんですね」
 中林と茅田は当然のように、紅葉谷〈心〉に挨拶する。日向子や茅田はともかく、中林にまで彼の姿が見えているのは、決定的だった。
 由良はわなわなと震え、紅葉谷を問い詰めた。
「い、いつから……? いつから私といたんですか……?」
「いつからも何も、僕が屋台でたこ焼きを食べていた時に、添野さんが声をかけられてきたんじゃないですか」
「……〆切で、缶詰だったはずでは?」
「えぇ、そこのホテルで。海が綺麗で、思いのほか捗っちゃいましたよ」
 紅葉谷は海辺に建つホテルを指差す。
 そういえば、日向子は紅葉谷が缶詰になっているとは、ひと言も言っていなかった。
「……」
(そうだ……渡来屋さんから買ったお面の効果が、まだ利いているのかもしれない)
 由良は淡い期待を胸に、紅葉谷の手を握る。ダメ押しに首や頬にも触れたが、彼の体は外気に関係なく、人肌並みの温もりがあった。
 それでも信じられず、今度はスマホのカメラを紅葉谷に向けた。画面には無邪気にピースする紅葉谷の姿が、バッチリと写っていた。
 ……こうなっては認めざるを得ない。由良と二人で屋台を回り、花火を見て、由良が告白した相手は……紅葉谷の姿をした〈心の落とし物〉ではなく、紅葉谷であったことを。
「……う、」
「う?」
「うあ゛ぁぁぁァァァ……ッ!!!」
「ゆ、由良さーん?!」
 由良は苦悶の声を上げ、逃げ出した。顔から火が出るほど熱い。脳は煮えたぎり、グルグルと渦を巻いている。
 背後から由良を呼び止める声がしたが、無視した。今足を止めたら、恥ずかしくてぶっ倒れてしまいそうだった。
 巧みに人混みを避け、裏道へ入る。「通りを走ったら、他のお客さんの迷惑になる」という意識は、辛うじて残っていた。
 安住の地である車を目指し、住宅街を駆け抜ける。頭の中でも、後悔と自己嫌悪をひたすら繰り返していた。
(やってしまった! やってしまった! 全部忘れるつもりで告白したのに! 何で本人だって気づけなかった?! 気づく瞬間はいくらでもあったはずでしょうが、私! 紅葉谷さんも、何で私が勘違いしてるって気づかないかなぁ?! そんで、何で紅葉谷さんまで私が好きなのかなぁ! 私も紅葉谷さんが好きで、紅葉谷さんも私が好きって……それ、両想いじゃんかぁぁぁっ!)
「明日からどんな顔で会えばいいのよぉぉぉ……っ!」
 答えが思い浮かばず、頭を抱える。
 横を通り過ぎた家の庭に植わっているナスが、鮮やかな紫色の花を咲かせていた。



(夏編③『水平線の彼方、青色蜃気楼』終わり)
(秋編③へ続く)
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