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夏編③『水平線の彼方、青色蜃気楼』
第五話「花火大会の幻影」⑵
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会場近くの駐車場に車を停め、屋台が並ぶ海岸沿いの通りへ向かう。普段は海水浴客で賑わうリゾート地で、そこかしこにホテルや民宿が建っていた。
真っ直ぐ伸びた通りに数えきれないほどの屋台が並んでいる。何処まで続いているのか、距離があり過ぎて見えない。歩行者天国になっており、花火目当てに集まった客で賑わっていた。
その中に真冬と、彼女の友人達もいた。皆、思い思いの浴衣を着ている。学生の青春の一ページを見ているようで眩しかった。
「真冬ちゃーん!」
「有希さーん!」
中林が声をかけ、手を振る。真冬も中林に気づき、笑顔で駆け寄ってきた。
涼しげな、雪の結晶柄の浴衣を着ている。昼間に海で泳いでいたせいか、肌がこんがりと日焼けしていた。
「見事に焼けたね!」
「でしょ? 日焼け止めクリーム、塗ったはずなんだけどなぁ」
真冬は茶色く色づいた肌を、不思議そうに撫でる。元が色白なので、より茶色くなったように見えた。
「じゃ、私達はこれで! 花火が始まる頃に合流しましょう!」
「添野さんと葉群さんも楽しんでくださいね」
そう言って中林と茅田は、真冬達と共に人混みへ消えていった。カランコロンと、草履の音が遠ざかっていく。
「いいなー。私も浴衣、着て来れば良かった」
「ひまわり柄のやつ?」
「そう。あれ、着付けるの面倒くさくって」
その時、日向子のスマホが鳴った。
「んもう! 誰よ、これからって時に……」
わずらわしそうにスマホを取り出す。画面に表示された名前を見て、慌てて電話に出た。
二、三言葉を交わした後、マイクの部分を手で押さえ、「ごめん、由良!」と謝った。
「仕事の電話入っちゃってさ、ちょっと連絡してくるわ! 先に夕飯食べてて!」
「う、うん」
日向子は人混みを抜け、ひと気の少ない裏路地へと走っていった。
「さて、私はどうするかな」
由良は夕飯を探し、手頃な屋台はないかと辺りを見回す。
周りは家族連れや友達グループ、カップルばかりで、由良のように一人で来ている者はほとんどいない。皆、楽しそうに笑っている。なんだか、世界でただ一人取り残されたような気分になった。
「……って、そういえば紅葉谷さんの〈心の落とし物〉は? さっきまで一緒にいたのに」
改めて周囲を確認する。
すると、呑気に青竹のベンチに座り、たこ焼きを食べている紅葉谷の姿をした〈心の落とし物〉を見つけた。出来立てなのか、ハフハフ言いながら頬張っている。たこ焼きから立つ湯気で、眼鏡のレンズが白く曇っていた。
車に乗っていた時は紅葉柄の浴衣を着ていたが、今は黒いタンクトップに薄手のズボンを履いている。珍しく洋服だが、靴はいつもと同じ下駄だった。
(何で着替えたんだろう……? 私の〈心の落とし物〉のはずなのに、理解出来ない)
由良は〈心の落とし物〉の変化に戸惑いつつも、移動した紅葉谷の姿の〈心の落とし物〉に話しかけた。
「紅葉谷さん、こんなところで何してるんです?」
「むほぉ?」
紅葉谷は曇りを取るため、指で眼鏡のレンズを拭く。
話しかけてきたのが由良だと分かると、「添野さん?!」と驚き、飛び上がった。
「ど、どうしてここに?!」
「それはこちらのセリフです。勝手にウロウロしないでください」
「はっはーん……さては、僕が〆切で缶詰になっていると、葉群さんからお聞きになりましたね? ご心配なく! 原稿は無事上がりましたよ。ここへ来たのは、夕飯の調達のためです。まぁ、ついでに屋台で遊んだり花火を見たりもするかもですが」
「……?」
いまいち会話が噛み合わない。行きの車でひたすら微笑んでいるだけだった〈心の落とし物〉が、こんな急に饒舌になるものなのか?
由良は目を白黒させ、首を傾げた。
(私が"紅葉谷さんは〆切で缶詰になってるから、花火大会に来られるはずがない"って思ったから、〈心の落とし物〉の情報も更新されたのかしら?)
「添野さん?」
(にしたって、服装まで変わる? 私の服装に合わせたってこと?)
「添野さーん」
(確かに、紅葉谷さんが浴衣を着てるなら、私も着て来れば良かったかなーとは……ほんの一瞬、思ったけど)
「たこ焼き、いります?」
「……」
紅葉谷は予備の爪楊枝でたこ焼きを刺し、由良に差し出す。
湯気と共に立ち昇るソースの香りに、由良の腹の虫が盛大に鳴いた。
「……いただきます」
「熱いから気をつけて」
紅葉谷はニヘラと微笑み、たこ焼きを渡す。
彼の言う通り、たこ焼きは口の中が火傷するのではないかと思うほど熱かったが、熱さを我慢してまで食べたくなるほど美味かった。もらったたこ焼きを平らげる頃には、〈心の落とし物〉がどうとか、難しいことはどうでも良くなっていた。
真っ直ぐ伸びた通りに数えきれないほどの屋台が並んでいる。何処まで続いているのか、距離があり過ぎて見えない。歩行者天国になっており、花火目当てに集まった客で賑わっていた。
その中に真冬と、彼女の友人達もいた。皆、思い思いの浴衣を着ている。学生の青春の一ページを見ているようで眩しかった。
「真冬ちゃーん!」
「有希さーん!」
中林が声をかけ、手を振る。真冬も中林に気づき、笑顔で駆け寄ってきた。
涼しげな、雪の結晶柄の浴衣を着ている。昼間に海で泳いでいたせいか、肌がこんがりと日焼けしていた。
「見事に焼けたね!」
「でしょ? 日焼け止めクリーム、塗ったはずなんだけどなぁ」
真冬は茶色く色づいた肌を、不思議そうに撫でる。元が色白なので、より茶色くなったように見えた。
「じゃ、私達はこれで! 花火が始まる頃に合流しましょう!」
「添野さんと葉群さんも楽しんでくださいね」
そう言って中林と茅田は、真冬達と共に人混みへ消えていった。カランコロンと、草履の音が遠ざかっていく。
「いいなー。私も浴衣、着て来れば良かった」
「ひまわり柄のやつ?」
「そう。あれ、着付けるの面倒くさくって」
その時、日向子のスマホが鳴った。
「んもう! 誰よ、これからって時に……」
わずらわしそうにスマホを取り出す。画面に表示された名前を見て、慌てて電話に出た。
二、三言葉を交わした後、マイクの部分を手で押さえ、「ごめん、由良!」と謝った。
「仕事の電話入っちゃってさ、ちょっと連絡してくるわ! 先に夕飯食べてて!」
「う、うん」
日向子は人混みを抜け、ひと気の少ない裏路地へと走っていった。
「さて、私はどうするかな」
由良は夕飯を探し、手頃な屋台はないかと辺りを見回す。
周りは家族連れや友達グループ、カップルばかりで、由良のように一人で来ている者はほとんどいない。皆、楽しそうに笑っている。なんだか、世界でただ一人取り残されたような気分になった。
「……って、そういえば紅葉谷さんの〈心の落とし物〉は? さっきまで一緒にいたのに」
改めて周囲を確認する。
すると、呑気に青竹のベンチに座り、たこ焼きを食べている紅葉谷の姿をした〈心の落とし物〉を見つけた。出来立てなのか、ハフハフ言いながら頬張っている。たこ焼きから立つ湯気で、眼鏡のレンズが白く曇っていた。
車に乗っていた時は紅葉柄の浴衣を着ていたが、今は黒いタンクトップに薄手のズボンを履いている。珍しく洋服だが、靴はいつもと同じ下駄だった。
(何で着替えたんだろう……? 私の〈心の落とし物〉のはずなのに、理解出来ない)
由良は〈心の落とし物〉の変化に戸惑いつつも、移動した紅葉谷の姿の〈心の落とし物〉に話しかけた。
「紅葉谷さん、こんなところで何してるんです?」
「むほぉ?」
紅葉谷は曇りを取るため、指で眼鏡のレンズを拭く。
話しかけてきたのが由良だと分かると、「添野さん?!」と驚き、飛び上がった。
「ど、どうしてここに?!」
「それはこちらのセリフです。勝手にウロウロしないでください」
「はっはーん……さては、僕が〆切で缶詰になっていると、葉群さんからお聞きになりましたね? ご心配なく! 原稿は無事上がりましたよ。ここへ来たのは、夕飯の調達のためです。まぁ、ついでに屋台で遊んだり花火を見たりもするかもですが」
「……?」
いまいち会話が噛み合わない。行きの車でひたすら微笑んでいるだけだった〈心の落とし物〉が、こんな急に饒舌になるものなのか?
由良は目を白黒させ、首を傾げた。
(私が"紅葉谷さんは〆切で缶詰になってるから、花火大会に来られるはずがない"って思ったから、〈心の落とし物〉の情報も更新されたのかしら?)
「添野さん?」
(にしたって、服装まで変わる? 私の服装に合わせたってこと?)
「添野さーん」
(確かに、紅葉谷さんが浴衣を着てるなら、私も着て来れば良かったかなーとは……ほんの一瞬、思ったけど)
「たこ焼き、いります?」
「……」
紅葉谷は予備の爪楊枝でたこ焼きを刺し、由良に差し出す。
湯気と共に立ち昇るソースの香りに、由良の腹の虫が盛大に鳴いた。
「……いただきます」
「熱いから気をつけて」
紅葉谷はニヘラと微笑み、たこ焼きを渡す。
彼の言う通り、たこ焼きは口の中が火傷するのではないかと思うほど熱かったが、熱さを我慢してまで食べたくなるほど美味かった。もらったたこ焼きを平らげる頃には、〈心の落とし物〉がどうとか、難しいことはどうでも良くなっていた。
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