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夏編③『水平線の彼方、青色蜃気楼』
第四話「コインランドリーサブマリン」⑷
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コインランドリーで会った青年が金魚楼のバイトになってから、一週間が経とうとしている頃。
彼が金魚楼の主人の孫娘に手を引かれ、LAMPにやって来た。仕事中に連れ出されたのか、金魚楼のロゴが入ったエプロンをつけたままだった。
「おはようございます。今日も金魚の観察に来ました」
「はい、おはよう」
「それと、この人は先週からうちで働いてるバイトの波止場君です」
「知ってます」
「あねさん、おひさっす」
「なーんだ、知り合いだったの。言ってくれれば良かったのに」
孫娘はつまらなさそうにむくれる。
青年はすっかり彼女の舎弟と化したらしく、「すいません」と敬語で謝っていた。
「何になさいますか?」
「私、金魚ゼリーパフェ。生クリーム増し増しで」
「俺は仕事中なんでいらないっす」
「せっかくお店に来たのに、何も頼まないなんて失礼でしょ? お金は私が出すから、何か頼んで」
「えぇ……? じゃあ、アイスコーヒーブラックで」
青年は渋々、一番安いメニューを頼む。
注文を終えると、孫娘は青年の手を引き、金魚がよく見えるいつもの特等席に座った。絵日記を開き、食い入るように金魚を観察する。
青年も孫娘の隣の席に座り、金魚をぼーっと眺めていた。終始無言だったが、同じ魚好き同士で気が合うらしかった。
「そういえば由良さん、知ってます? 商店街のコインランドリーの噂」
由良が厨房へ引っ込むと、中で作業していた中林が楽しげに尋ねてきた。
「なんでも、開かずの洗濯機なるいわくつきの洗濯機があるそうじゃないですかぁ。壊れて開かなくなったドアから、何故か海水が漏れてるとか、ドアをジッと見ていると、妙な影が映るとか! 商店街の古着屋さんで教えてもらったんですけど、面白そうじゃないですか? 今度、日向子さんも誘って行ってみましょうよー」
「もう行ったから遠慮しておくわ」
「え、行ったんですか?! いつ?! 一人で?! 何か見ました?!」
「そんなことより、アイスコーヒーの注文入ったから、入れて」
そこへ「由良さーん!」と真冬が息を切らし、駆け込んできた。入口のドアに吊り下げている風鈴が激しく鳴る。
金魚楼の孫娘と青年はチラッと真冬を一瞥しただけで、すぐに金魚の水槽へ視線を戻した。
「真冬さん、他のお客様もいらっしゃるので静かに」
「はっ、ごめんなさい! 興奮し過ぎて、つい!」
「で、ご注文は?」
「冷たい青茶と、波乗りかき氷練乳増し増しでお願いします!」
真冬は注文しながらカウンター席に座ると、「それでですね!」とここへ来た用件を口にした。
「お盆に由良さんと会ったコインランドリー、覚えてます?」
「えぇ、まぁ」
「あの時は知らなかったんですけど、あそこの一番奥にある洗濯機って、開かずの洗濯機って呼ばれてるらしいじゃないですか! 聞くところによると、壊れて開かなくなったドアから、何故か海水が漏れてるとか、ドアをジッと見ていると、妙な影が映るとか!」
ついさっき聞いたのと、同じ話だった。
案の定、アイスコーヒーを入れていた中林が食いついた。
「えっ、真冬ちゃんも知ってるの?」
「うん! 昨日、商店街の古着屋さんから聞いたんだー」
「やっぱり! 由良さん、これはもう行くしかありませんね! 日向子さんには私から連絡しておくんで!」
「だから、もう行ったんだって。洗濯しに来るお客さんの迷惑になるから、行くなら水族館にしなさい。今、夏休み限定で深海魚展やってるみたいだから」
由良は青年の些細な楽しみを守るため、中林と真冬に水族館の前売り券を渡した。
「わーい、水族館だー!」
「ちょうど、行きたかったんだよねー」
二人はコインランドリーの噂を忘れ、無邪気に喜ぶ。
由良は注文された品と一緒に、青年の就職祝いと、飼育している金魚の相談に乗ってもらっている日頃の礼を兼ねて、青年と金魚楼の孫娘にも水族館の前売り券を渡しに向かった。
(夏編③『水平線の彼方、青色蜃気楼』第五話へ続く)
彼が金魚楼の主人の孫娘に手を引かれ、LAMPにやって来た。仕事中に連れ出されたのか、金魚楼のロゴが入ったエプロンをつけたままだった。
「おはようございます。今日も金魚の観察に来ました」
「はい、おはよう」
「それと、この人は先週からうちで働いてるバイトの波止場君です」
「知ってます」
「あねさん、おひさっす」
「なーんだ、知り合いだったの。言ってくれれば良かったのに」
孫娘はつまらなさそうにむくれる。
青年はすっかり彼女の舎弟と化したらしく、「すいません」と敬語で謝っていた。
「何になさいますか?」
「私、金魚ゼリーパフェ。生クリーム増し増しで」
「俺は仕事中なんでいらないっす」
「せっかくお店に来たのに、何も頼まないなんて失礼でしょ? お金は私が出すから、何か頼んで」
「えぇ……? じゃあ、アイスコーヒーブラックで」
青年は渋々、一番安いメニューを頼む。
注文を終えると、孫娘は青年の手を引き、金魚がよく見えるいつもの特等席に座った。絵日記を開き、食い入るように金魚を観察する。
青年も孫娘の隣の席に座り、金魚をぼーっと眺めていた。終始無言だったが、同じ魚好き同士で気が合うらしかった。
「そういえば由良さん、知ってます? 商店街のコインランドリーの噂」
由良が厨房へ引っ込むと、中で作業していた中林が楽しげに尋ねてきた。
「なんでも、開かずの洗濯機なるいわくつきの洗濯機があるそうじゃないですかぁ。壊れて開かなくなったドアから、何故か海水が漏れてるとか、ドアをジッと見ていると、妙な影が映るとか! 商店街の古着屋さんで教えてもらったんですけど、面白そうじゃないですか? 今度、日向子さんも誘って行ってみましょうよー」
「もう行ったから遠慮しておくわ」
「え、行ったんですか?! いつ?! 一人で?! 何か見ました?!」
「そんなことより、アイスコーヒーの注文入ったから、入れて」
そこへ「由良さーん!」と真冬が息を切らし、駆け込んできた。入口のドアに吊り下げている風鈴が激しく鳴る。
金魚楼の孫娘と青年はチラッと真冬を一瞥しただけで、すぐに金魚の水槽へ視線を戻した。
「真冬さん、他のお客様もいらっしゃるので静かに」
「はっ、ごめんなさい! 興奮し過ぎて、つい!」
「で、ご注文は?」
「冷たい青茶と、波乗りかき氷練乳増し増しでお願いします!」
真冬は注文しながらカウンター席に座ると、「それでですね!」とここへ来た用件を口にした。
「お盆に由良さんと会ったコインランドリー、覚えてます?」
「えぇ、まぁ」
「あの時は知らなかったんですけど、あそこの一番奥にある洗濯機って、開かずの洗濯機って呼ばれてるらしいじゃないですか! 聞くところによると、壊れて開かなくなったドアから、何故か海水が漏れてるとか、ドアをジッと見ていると、妙な影が映るとか!」
ついさっき聞いたのと、同じ話だった。
案の定、アイスコーヒーを入れていた中林が食いついた。
「えっ、真冬ちゃんも知ってるの?」
「うん! 昨日、商店街の古着屋さんから聞いたんだー」
「やっぱり! 由良さん、これはもう行くしかありませんね! 日向子さんには私から連絡しておくんで!」
「だから、もう行ったんだって。洗濯しに来るお客さんの迷惑になるから、行くなら水族館にしなさい。今、夏休み限定で深海魚展やってるみたいだから」
由良は青年の些細な楽しみを守るため、中林と真冬に水族館の前売り券を渡した。
「わーい、水族館だー!」
「ちょうど、行きたかったんだよねー」
二人はコインランドリーの噂を忘れ、無邪気に喜ぶ。
由良は注文された品と一緒に、青年の就職祝いと、飼育している金魚の相談に乗ってもらっている日頃の礼を兼ねて、青年と金魚楼の孫娘にも水族館の前売り券を渡しに向かった。
(夏編③『水平線の彼方、青色蜃気楼』第五話へ続く)
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