183 / 314
夏編③『水平線の彼方、青色蜃気楼』
第四話「コインランドリーサブマリン」⑷
しおりを挟む
コインランドリーで会った青年が金魚楼のバイトになってから、一週間が経とうとしている頃。
彼が金魚楼の主人の孫娘に手を引かれ、LAMPにやって来た。仕事中に連れ出されたのか、金魚楼のロゴが入ったエプロンをつけたままだった。
「おはようございます。今日も金魚の観察に来ました」
「はい、おはよう」
「それと、この人は先週からうちで働いてるバイトの波止場君です」
「知ってます」
「あねさん、おひさっす」
「なーんだ、知り合いだったの。言ってくれれば良かったのに」
孫娘はつまらなさそうにむくれる。
青年はすっかり彼女の舎弟と化したらしく、「すいません」と敬語で謝っていた。
「何になさいますか?」
「私、金魚ゼリーパフェ。生クリーム増し増しで」
「俺は仕事中なんでいらないっす」
「せっかくお店に来たのに、何も頼まないなんて失礼でしょ? お金は私が出すから、何か頼んで」
「えぇ……? じゃあ、アイスコーヒーブラックで」
青年は渋々、一番安いメニューを頼む。
注文を終えると、孫娘は青年の手を引き、金魚がよく見えるいつもの特等席に座った。絵日記を開き、食い入るように金魚を観察する。
青年も孫娘の隣の席に座り、金魚をぼーっと眺めていた。終始無言だったが、同じ魚好き同士で気が合うらしかった。
「そういえば由良さん、知ってます? 商店街のコインランドリーの噂」
由良が厨房へ引っ込むと、中で作業していた中林が楽しげに尋ねてきた。
「なんでも、開かずの洗濯機なるいわくつきの洗濯機があるそうじゃないですかぁ。壊れて開かなくなったドアから、何故か海水が漏れてるとか、ドアをジッと見ていると、妙な影が映るとか! 商店街の古着屋さんで教えてもらったんですけど、面白そうじゃないですか? 今度、日向子さんも誘って行ってみましょうよー」
「もう行ったから遠慮しておくわ」
「え、行ったんですか?! いつ?! 一人で?! 何か見ました?!」
「そんなことより、アイスコーヒーの注文入ったから、入れて」
そこへ「由良さーん!」と真冬が息を切らし、駆け込んできた。入口のドアに吊り下げている風鈴が激しく鳴る。
金魚楼の孫娘と青年はチラッと真冬を一瞥しただけで、すぐに金魚の水槽へ視線を戻した。
「真冬さん、他のお客様もいらっしゃるので静かに」
「はっ、ごめんなさい! 興奮し過ぎて、つい!」
「で、ご注文は?」
「冷たい青茶と、波乗りかき氷練乳増し増しでお願いします!」
真冬は注文しながらカウンター席に座ると、「それでですね!」とここへ来た用件を口にした。
「お盆に由良さんと会ったコインランドリー、覚えてます?」
「えぇ、まぁ」
「あの時は知らなかったんですけど、あそこの一番奥にある洗濯機って、開かずの洗濯機って呼ばれてるらしいじゃないですか! 聞くところによると、壊れて開かなくなったドアから、何故か海水が漏れてるとか、ドアをジッと見ていると、妙な影が映るとか!」
ついさっき聞いたのと、同じ話だった。
案の定、アイスコーヒーを入れていた中林が食いついた。
「えっ、真冬ちゃんも知ってるの?」
「うん! 昨日、商店街の古着屋さんから聞いたんだー」
「やっぱり! 由良さん、これはもう行くしかありませんね! 日向子さんには私から連絡しておくんで!」
「だから、もう行ったんだって。洗濯しに来るお客さんの迷惑になるから、行くなら水族館にしなさい。今、夏休み限定で深海魚展やってるみたいだから」
由良は青年の些細な楽しみを守るため、中林と真冬に水族館の前売り券を渡した。
「わーい、水族館だー!」
「ちょうど、行きたかったんだよねー」
二人はコインランドリーの噂を忘れ、無邪気に喜ぶ。
由良は注文された品と一緒に、青年の就職祝いと、飼育している金魚の相談に乗ってもらっている日頃の礼を兼ねて、青年と金魚楼の孫娘にも水族館の前売り券を渡しに向かった。
(夏編③『水平線の彼方、青色蜃気楼』第五話へ続く)
彼が金魚楼の主人の孫娘に手を引かれ、LAMPにやって来た。仕事中に連れ出されたのか、金魚楼のロゴが入ったエプロンをつけたままだった。
「おはようございます。今日も金魚の観察に来ました」
「はい、おはよう」
「それと、この人は先週からうちで働いてるバイトの波止場君です」
「知ってます」
「あねさん、おひさっす」
「なーんだ、知り合いだったの。言ってくれれば良かったのに」
孫娘はつまらなさそうにむくれる。
青年はすっかり彼女の舎弟と化したらしく、「すいません」と敬語で謝っていた。
「何になさいますか?」
「私、金魚ゼリーパフェ。生クリーム増し増しで」
「俺は仕事中なんでいらないっす」
「せっかくお店に来たのに、何も頼まないなんて失礼でしょ? お金は私が出すから、何か頼んで」
「えぇ……? じゃあ、アイスコーヒーブラックで」
青年は渋々、一番安いメニューを頼む。
注文を終えると、孫娘は青年の手を引き、金魚がよく見えるいつもの特等席に座った。絵日記を開き、食い入るように金魚を観察する。
青年も孫娘の隣の席に座り、金魚をぼーっと眺めていた。終始無言だったが、同じ魚好き同士で気が合うらしかった。
「そういえば由良さん、知ってます? 商店街のコインランドリーの噂」
由良が厨房へ引っ込むと、中で作業していた中林が楽しげに尋ねてきた。
「なんでも、開かずの洗濯機なるいわくつきの洗濯機があるそうじゃないですかぁ。壊れて開かなくなったドアから、何故か海水が漏れてるとか、ドアをジッと見ていると、妙な影が映るとか! 商店街の古着屋さんで教えてもらったんですけど、面白そうじゃないですか? 今度、日向子さんも誘って行ってみましょうよー」
「もう行ったから遠慮しておくわ」
「え、行ったんですか?! いつ?! 一人で?! 何か見ました?!」
「そんなことより、アイスコーヒーの注文入ったから、入れて」
そこへ「由良さーん!」と真冬が息を切らし、駆け込んできた。入口のドアに吊り下げている風鈴が激しく鳴る。
金魚楼の孫娘と青年はチラッと真冬を一瞥しただけで、すぐに金魚の水槽へ視線を戻した。
「真冬さん、他のお客様もいらっしゃるので静かに」
「はっ、ごめんなさい! 興奮し過ぎて、つい!」
「で、ご注文は?」
「冷たい青茶と、波乗りかき氷練乳増し増しでお願いします!」
真冬は注文しながらカウンター席に座ると、「それでですね!」とここへ来た用件を口にした。
「お盆に由良さんと会ったコインランドリー、覚えてます?」
「えぇ、まぁ」
「あの時は知らなかったんですけど、あそこの一番奥にある洗濯機って、開かずの洗濯機って呼ばれてるらしいじゃないですか! 聞くところによると、壊れて開かなくなったドアから、何故か海水が漏れてるとか、ドアをジッと見ていると、妙な影が映るとか!」
ついさっき聞いたのと、同じ話だった。
案の定、アイスコーヒーを入れていた中林が食いついた。
「えっ、真冬ちゃんも知ってるの?」
「うん! 昨日、商店街の古着屋さんから聞いたんだー」
「やっぱり! 由良さん、これはもう行くしかありませんね! 日向子さんには私から連絡しておくんで!」
「だから、もう行ったんだって。洗濯しに来るお客さんの迷惑になるから、行くなら水族館にしなさい。今、夏休み限定で深海魚展やってるみたいだから」
由良は青年の些細な楽しみを守るため、中林と真冬に水族館の前売り券を渡した。
「わーい、水族館だー!」
「ちょうど、行きたかったんだよねー」
二人はコインランドリーの噂を忘れ、無邪気に喜ぶ。
由良は注文された品と一緒に、青年の就職祝いと、飼育している金魚の相談に乗ってもらっている日頃の礼を兼ねて、青年と金魚楼の孫娘にも水族館の前売り券を渡しに向かった。
(夏編③『水平線の彼方、青色蜃気楼』第五話へ続く)
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】内緒で死ぬことにした 〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜
たろ
恋愛
手術をしなければ助からないと言われました。
でもわたしは利用価値のない人間。
手術代など出してもらえるわけもなく……死ぬまで努力し続ければ、いつかわたしのことを、わたしの存在を思い出してくれるでしょうか?
少しでいいから誰かに愛されてみたい、死ぬまでに一度でいいから必要とされてみたい。
生きることを諦めた女の子の話です
★異世界のゆるい設定です
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
誰も知らない幽霊カフェで、癒しのティータイムを。【完結】
双葉
キャラ文芸
【本作のキーワード】
・幽霊カフェでお仕事
・イケメン店主に翻弄される恋
・岐阜県~愛知県が舞台
・数々の人間ドラマ
・紅茶/除霊/西洋絵画
+++
人生に疲れ果てた璃乃が辿り着いたのは、幽霊の浄化を目的としたカフェだった。
カフェを運営するのは(見た目だけなら王子様の)蒼唯&(不器用だけど優しい)朔也。そんな特殊カフェで、璃乃のアルバイト生活が始まる――。
舞台は岐阜県の田舎町。
様々な出会いと別れを描くヒューマンドラマ。
※実在の地名・施設などが登場しますが、本作の内容はフィクションです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
【3】Not equal romance【完結】
ホズミロザスケ
ライト文芸
大学生の桂咲(かつら えみ)には異性の友人が一人だけいる。駿河総一郎(するが そういちろう)だ。同じ年齢、同じ学科、同じ趣味、そしてマンションの隣人ということもあり、いつも一緒にいる。ずっと友達だと思っていた咲は駿河とともに季節を重ねていくたび、感情の変化を感じるようになり……。
「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ三作目(登場する人物が共通しています)。単品でも問題なく読んでいただけます。
※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」にも掲載)
キスより甘いスパイス
凪玖海くみ
BL
料理教室を営む28歳の独身男性・天宮遥は、穏やかで平凡な日々を過ごしていた。
ある日、大学生の篠原奏多が新しい生徒として教室にやってくる。
彼は遥の高校時代の同級生の弟で、ある程度面識はあるとはいえ、前触れもなく早々に――。
「先生、俺と結婚してください!」
と大胆な告白をする。
奏多の真っ直ぐで無邪気なアプローチに次第に遥は心を揺さぶられて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる