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夏編③『水平線の彼方、青色蜃気楼』
第三話「ターコイズブルーの恋情」⑸
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「そのことがあって以来、私達は疎遠になり、二人で出掛けることもなくなってしまいました。あの日、私は大好きな人と思い出の場所を一度に失ってしまったんです。プールの閉鎖は止めようのないことだったけれど、せめて最後の日に彼とプールに行っていれば良かった」
少女は見る影もないほど荒れたプールを見回し、悔いた。
プールが閉鎖したのは、由良が子供の頃のこと………少女が生まれるより、前の出来事だ。彼女が〈探し人〉であるのは間違いないだろう。
由良も声をかけてしまった以上、この哀れな少女の未練をどうにかして叶えてやりたいと思ったが、肝心のプールがこの有り様では手の打ちようもない。少女が会いたがっている幼馴染も、時を経て、彼女が知る少年とは全くの別人になっているに違いない。
(この子には悪いけど、私にはどうしようも出来ないな。なんとか折り合いをつけてもらうしか……)
そこへ、
「……俺もだ、ミナ」
と、少女と同い年くらいの少年が由良の隣へ現れた。整った顔立ちをした少年で、肌が日に焼けて小麦色になっている。夕日を浴びて、よりいっそう眩しい存在に見えた。
少年を見て、少女はハッと口に手を当てた。
「カイリ?! どうして……?!」
「俺も本当はミナと最後の日にプールへ行くつもりだった。でも、いつからか妙に避けられてる気がして……嫌われたのかと思って、諦めてた。理由を知りたくて、ウミカに相談したら"私と二人でプールに行ってくれたら話してもいい"って言われて、それで……ごめん」
少年は申し訳なさそうに項垂れる。
少女は「ウミカ」の名前を聞いて、事情を察したらしい。「そうだったんだ」と納得していた。
「ウミカは浜内のことが好きだったんだって。浜内が私にばかり構うから嫉妬してたって、夏休みが終わった後に泣きながら謝りに来た。あんなやつのためにそこまですることなかったのに……バカじゃん」
「浜内は本当にミナのことが好きだったんだよ。お前がいなくなったことに気づかなかった俺を、わざわざ更衣室まで呼びに来たんだ。"ミナはお前のことが好きなんだ。お前が追いかけなきゃ、意味ねぇんだよ"って」
「浜内が……? うそ。あり得ない」
少女はよほど「浜内」が嫌いらしい。
絶句する彼女に、少年は「本当だよ」と苦笑した。
「俺はウミカを浜内に任せて、ミナを追った。あいつのおかげで、すぐにお前を見つけられたよ。だけど、どう声をかけたらいいのか分からなかった。玄関ホールで目が合った瞬間のお前の顔が、頭から離れなかった。あんな顔だけはさせたくなかったのに」
少年はフェンスを乗り越え、少女に手を差し伸べた。
「バカは俺の方だよ。気づかないフリをしてただけで、本当はずっと前からお前のことが好きだったんだ。もう遅いかもしれないけど、俺とあの夏に戻ってくれないか?」
「……うん」
少女は頷き、少年の手を取った。
その瞬間、荒れ果てていたはずの町民プールが、閉鎖する前の賑やかだった頃に戻った。
緑色に濁っていた水は綺麗な透明に変わり、大勢の水着の客達が思い思いに過ごしている。朽ち果てていた遊具や屋台は元に戻り、何処からともなく美味しそうな匂いが漂ってきた。
少年が乗り越えたフェンスの朝顔に至っては、夕方にも関わらず、いくつもの青い花を咲かせていた。おおむね由良の記憶していた通りだったが、木に止まっているセミの色だけは、見たこともない鮮やかな青緑色だった。
二人は笑顔で手に手を取り合い、人混みへと消えていく。二人の姿が見えなくなると、プールも元の廃墟に戻った。
駐車場に戻ると、隣町のプールを紹介した一家と出くわした。
子供は車中で寝ていて、夫婦の二人は外に出て感慨深そうに町民プールを眺めていた。二人とも泣いていたのか、目の周りが赤くなっていた。
「店員さんも来ていらっしゃったんですね」
「えぇ。お話を聞いて、懐かしいなと思いまして」
「奇遇ですね、私達もなんです。昔の嫌なことを思い出すので、行けなかったんですけど……なんだか急に"行かなくちゃ"って気分になりまして」
「いよいよ取り壊し作業に入るんですってね。来週から南米の方に旅行へ行く予定だったので、壊される前に見られて良かったです」
夫婦は顔を見合わせ、微笑んだ。
夕日に照らされた二人の顔が、〈心の落とし物〉へ消えた〈探し人〉の少女と少年の顔に重なって見えた。
(夏編③『水平線の彼方、青色蜃気楼』第四話へ続く)
少女は見る影もないほど荒れたプールを見回し、悔いた。
プールが閉鎖したのは、由良が子供の頃のこと………少女が生まれるより、前の出来事だ。彼女が〈探し人〉であるのは間違いないだろう。
由良も声をかけてしまった以上、この哀れな少女の未練をどうにかして叶えてやりたいと思ったが、肝心のプールがこの有り様では手の打ちようもない。少女が会いたがっている幼馴染も、時を経て、彼女が知る少年とは全くの別人になっているに違いない。
(この子には悪いけど、私にはどうしようも出来ないな。なんとか折り合いをつけてもらうしか……)
そこへ、
「……俺もだ、ミナ」
と、少女と同い年くらいの少年が由良の隣へ現れた。整った顔立ちをした少年で、肌が日に焼けて小麦色になっている。夕日を浴びて、よりいっそう眩しい存在に見えた。
少年を見て、少女はハッと口に手を当てた。
「カイリ?! どうして……?!」
「俺も本当はミナと最後の日にプールへ行くつもりだった。でも、いつからか妙に避けられてる気がして……嫌われたのかと思って、諦めてた。理由を知りたくて、ウミカに相談したら"私と二人でプールに行ってくれたら話してもいい"って言われて、それで……ごめん」
少年は申し訳なさそうに項垂れる。
少女は「ウミカ」の名前を聞いて、事情を察したらしい。「そうだったんだ」と納得していた。
「ウミカは浜内のことが好きだったんだって。浜内が私にばかり構うから嫉妬してたって、夏休みが終わった後に泣きながら謝りに来た。あんなやつのためにそこまですることなかったのに……バカじゃん」
「浜内は本当にミナのことが好きだったんだよ。お前がいなくなったことに気づかなかった俺を、わざわざ更衣室まで呼びに来たんだ。"ミナはお前のことが好きなんだ。お前が追いかけなきゃ、意味ねぇんだよ"って」
「浜内が……? うそ。あり得ない」
少女はよほど「浜内」が嫌いらしい。
絶句する彼女に、少年は「本当だよ」と苦笑した。
「俺はウミカを浜内に任せて、ミナを追った。あいつのおかげで、すぐにお前を見つけられたよ。だけど、どう声をかけたらいいのか分からなかった。玄関ホールで目が合った瞬間のお前の顔が、頭から離れなかった。あんな顔だけはさせたくなかったのに」
少年はフェンスを乗り越え、少女に手を差し伸べた。
「バカは俺の方だよ。気づかないフリをしてただけで、本当はずっと前からお前のことが好きだったんだ。もう遅いかもしれないけど、俺とあの夏に戻ってくれないか?」
「……うん」
少女は頷き、少年の手を取った。
その瞬間、荒れ果てていたはずの町民プールが、閉鎖する前の賑やかだった頃に戻った。
緑色に濁っていた水は綺麗な透明に変わり、大勢の水着の客達が思い思いに過ごしている。朽ち果てていた遊具や屋台は元に戻り、何処からともなく美味しそうな匂いが漂ってきた。
少年が乗り越えたフェンスの朝顔に至っては、夕方にも関わらず、いくつもの青い花を咲かせていた。おおむね由良の記憶していた通りだったが、木に止まっているセミの色だけは、見たこともない鮮やかな青緑色だった。
二人は笑顔で手に手を取り合い、人混みへと消えていく。二人の姿が見えなくなると、プールも元の廃墟に戻った。
駐車場に戻ると、隣町のプールを紹介した一家と出くわした。
子供は車中で寝ていて、夫婦の二人は外に出て感慨深そうに町民プールを眺めていた。二人とも泣いていたのか、目の周りが赤くなっていた。
「店員さんも来ていらっしゃったんですね」
「えぇ。お話を聞いて、懐かしいなと思いまして」
「奇遇ですね、私達もなんです。昔の嫌なことを思い出すので、行けなかったんですけど……なんだか急に"行かなくちゃ"って気分になりまして」
「いよいよ取り壊し作業に入るんですってね。来週から南米の方に旅行へ行く予定だったので、壊される前に見られて良かったです」
夫婦は顔を見合わせ、微笑んだ。
夕日に照らされた二人の顔が、〈心の落とし物〉へ消えた〈探し人〉の少女と少年の顔に重なって見えた。
(夏編③『水平線の彼方、青色蜃気楼』第四話へ続く)
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