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夏編③『水平線の彼方、青色蜃気楼』
第三話「ターコイズブルーの恋情」⑷
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買い出しの帰り道、由良は客の一家が話していた洋燈町民プールの跡地へ立ち寄った。
駐車場に車を停め、フェンス越しに屋外プールを眺める。屋内は立ち入り禁止で入れなかった。
予想していた通り、屋外プールは荒れ放題になっていた。夕日で照らされている分、いっそう物悲しく見える。こんな有り様でも、かつては大勢の客で賑わっていたのだと思うと、なんだか切なくなった。
「分かっちゃいたけど、いざ目の前にすると寂しいものね。うちの店もいつかはこうなるのかしら?」
ベンチや屋台など多くの備品が錆びたり朽ち果ててたりしている中、ピンクの象のすべり台だけはかろうじて原形を保っていた。幼い頃の由良のお気に入りの遊具で、飽きずに何度も滑っていた。
そのすべり台の階段で、ビキニタイプの青い水着を着た中学生くらいの少女がうずくまっていた。
「作業員……にしては若過ぎる。格好も作業着じゃないし。まさか、ここで泳ぐつもりじゃないでしょうね?」
プールは雨水が溜まり、緑色に濁っている。
泳げないことはないだろうが、体に何かしらの不調をきたしそうだった。
「貴方、そんなところで何をしているの? 泳ぎたいなら、他所のプールの場所を教えましょうか?」
「……」
声をかけると、少女はおもむろに顔を上げ、こちらを向いた。泣き腫らし、目の周りが真っ赤になっている。
少女は無言で立ち上がると、雑草が生えていないプールのふちを器用に歩き、由良のもとまでやって来た。
「泳ぎたいわけじゃありません。自分が不甲斐なくて、反省してただけです」
「何か嫌なことでもあった? 話くらいなら聞くけど」
「大人には分からないですよ。大した悩みじゃないから」
「話したら楽になるかもしれないじゃない。言ったでしょ、"聞く"って。ただの通りすがりがアドバイスとか説教とかできる立場じゃないってことくらい、理解してるつもり」
「……変な大人」
少女は苦笑し、悩みを打ち明けた。
「ここのプール、閉鎖が決まったじゃないですか。 だから、最後の日に幼馴染の男の子と来ようって思ってたんですけど、上手く誘えなかったんです」
「好きな子?」
由良が尋ねると、少女は恥ずかしそうに頬を赤らめ、うつむいた。
「……そういうんじゃないって、ずっと自分に言い聞かせてきました。昔から兄妹みたいな関係で、夏休み中は毎日二人でプールにかよってたし。でも、改めて誘おうとしたら、緊張して……今でも信じたくはないですが、きっとそうなんだと思います」
結局、少女は幼馴染の少年を誘えなかった。恋心に気づく前の自分のように振る舞える自信がなかった。
とは言え、思い出の場所の最後に立ち会わない訳にも行かない。プールに一人で行く勇気も出ず、やむなく前々から誘われていたクラスメイトの男子と二人で行くことにした。
「今思えば、どんなに恥ずかしくても一人で行っておけば良かったと後悔しています。あの時、浜内……クラスメイトの男子と行かなければ、あんな思いをせずに済んだのですから」
そう言うと少女の表情は一転し、暗いものへと変わった。
「町民プールの最後の日、玄関ホールで幼馴染の彼を見つけました。人で混雑していたけど、すぐ気づきました。彼は私の友達と一緒にいました」
「友達は女子?」
「女子です」
「あぁ……」
由良の表情も翳る。
少女の身に何が起こったのか、なんとなく読めてきた。
「私は気づかなかったフリをして更衣室に行こうとしました。でも、その前にうっかり彼と目が合ってしまいました。彼は私と、私と一緒にいるクラスメイトの男子を見て、今まで見たことがないほど顔をこわばらせていました。鏡で確かめてはいないけど、きっと私も同じ顔をしていたと思います」
少女は当日のことを思い出し、ポロポロと涙をこぼした。
「私は町民プールから逃げ出しました。あれ以上、彼のあんな顔を見たくなかったから。幸い、彼もクラスメイトの男子も、私を追っては来ませんでした」
駐車場に車を停め、フェンス越しに屋外プールを眺める。屋内は立ち入り禁止で入れなかった。
予想していた通り、屋外プールは荒れ放題になっていた。夕日で照らされている分、いっそう物悲しく見える。こんな有り様でも、かつては大勢の客で賑わっていたのだと思うと、なんだか切なくなった。
「分かっちゃいたけど、いざ目の前にすると寂しいものね。うちの店もいつかはこうなるのかしら?」
ベンチや屋台など多くの備品が錆びたり朽ち果ててたりしている中、ピンクの象のすべり台だけはかろうじて原形を保っていた。幼い頃の由良のお気に入りの遊具で、飽きずに何度も滑っていた。
そのすべり台の階段で、ビキニタイプの青い水着を着た中学生くらいの少女がうずくまっていた。
「作業員……にしては若過ぎる。格好も作業着じゃないし。まさか、ここで泳ぐつもりじゃないでしょうね?」
プールは雨水が溜まり、緑色に濁っている。
泳げないことはないだろうが、体に何かしらの不調をきたしそうだった。
「貴方、そんなところで何をしているの? 泳ぎたいなら、他所のプールの場所を教えましょうか?」
「……」
声をかけると、少女はおもむろに顔を上げ、こちらを向いた。泣き腫らし、目の周りが真っ赤になっている。
少女は無言で立ち上がると、雑草が生えていないプールのふちを器用に歩き、由良のもとまでやって来た。
「泳ぎたいわけじゃありません。自分が不甲斐なくて、反省してただけです」
「何か嫌なことでもあった? 話くらいなら聞くけど」
「大人には分からないですよ。大した悩みじゃないから」
「話したら楽になるかもしれないじゃない。言ったでしょ、"聞く"って。ただの通りすがりがアドバイスとか説教とかできる立場じゃないってことくらい、理解してるつもり」
「……変な大人」
少女は苦笑し、悩みを打ち明けた。
「ここのプール、閉鎖が決まったじゃないですか。 だから、最後の日に幼馴染の男の子と来ようって思ってたんですけど、上手く誘えなかったんです」
「好きな子?」
由良が尋ねると、少女は恥ずかしそうに頬を赤らめ、うつむいた。
「……そういうんじゃないって、ずっと自分に言い聞かせてきました。昔から兄妹みたいな関係で、夏休み中は毎日二人でプールにかよってたし。でも、改めて誘おうとしたら、緊張して……今でも信じたくはないですが、きっとそうなんだと思います」
結局、少女は幼馴染の少年を誘えなかった。恋心に気づく前の自分のように振る舞える自信がなかった。
とは言え、思い出の場所の最後に立ち会わない訳にも行かない。プールに一人で行く勇気も出ず、やむなく前々から誘われていたクラスメイトの男子と二人で行くことにした。
「今思えば、どんなに恥ずかしくても一人で行っておけば良かったと後悔しています。あの時、浜内……クラスメイトの男子と行かなければ、あんな思いをせずに済んだのですから」
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「あぁ……」
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少女は当日のことを思い出し、ポロポロと涙をこぼした。
「私は町民プールから逃げ出しました。あれ以上、彼のあんな顔を見たくなかったから。幸い、彼もクラスメイトの男子も、私を追っては来ませんでした」
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