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夏編③『水平線の彼方、青色蜃気楼』
第一話「人魚楼」⑴
しおりを挟む透明のアーケード越しに、青い空鮮やかに澄み渡っている。通りの先には、白い入道雲がわたあめのようにもくもくと立ち昇っていた。
ある真夏の昼下がり。由良はLAMPに飾る金魚を買いに、洋燈商店街を訪れていた。祖父の知人が営んでいる「金魚楼」という老舗の金魚屋があるのだ。
幼い頃、由良が祖父に「金魚を飼いたい」とせがむと、決まって金魚楼へ連れて行かれた。どんなに懇願しても、夏祭りの屋台ですくった金魚は持ち帰らせてもらえなかった。
「金魚は繊細な生き物なんだ。特に屋台の金魚はストレスが溜まっているから、慎重に持って帰らないと長生きできない。かと言って、活きのいいのはすばしっこくて捕まえにくい。お祭りはお祭りで楽しもうじゃないか、由良」
その祖父の言葉通り、金魚楼で買った金魚は十年以上生き続けた。
長くお客さんに楽しんでもらうためにも、丈夫で美しい金魚を迎えたかった。
「こんにち、は……?」
金魚のステンドグラスが埋め込まれた重いガラス戸を開き、金魚楼へと足を踏み入れる。飛び込んできた光景に、思わず絶句した。
店の左右の壁に、水族館で見かけるような巨大な水槽が埋め込まれていた。かなり深く、由良の遥か頭上に水面が見える。中の水が波打つたびに日の光がキラキラときらめき、由良よりも背の高い水草が踊った。
店にある水槽はその二つだけで、一般的な箱型の水槽は見当たらない。店に来たのは子供の時以来ではあったものの、当時の内装とは明らかに異なっていた。
「変ね。もっとコンクリート剥き出しで、水槽がたくさん並んでいたような……改装した?」
尋ねようにも、店主はいない。
由良は「別の店に迷い込んでしまったのかもしれない」と考え、看板を確認しに外へ出ようとした。
その時、水槽から「ボチャン」と水音が聞こえた。同時に、視界の端で朱色の影が横切った。
「?」
妙に思い、水槽を振り返る。
すると、朱と白のまだらに染まった髪とドレスの女性が、白く長い尾びれを左右に動かし、悠々と泳いでいた。ドレスのすそがひらひらと揺れ、波打つ。
女性は由良と目が合うと、黒目がちな大きな瞳を丸くした。微笑み、白いレースの手袋をはめた手を優雅に振る。
危険ではないと判断したのか、彼女と同じように尾びれを持つ女性達が水草の陰から顔を覗かせ、由良のもとへ集まってくる。おのおの色とりどりで、全身朱色や黒色の者もいれば、真紅の髪に純白の衣装をまとっている者もいた。パクパクと口を動かし、何やら会話しているようだったが、由良の耳には泡の音しか聞こえなかった。
気がつけば、由良の前には人魚の人だかりができていた。もう一方の水槽にも別の配色をした人魚が集まり、遠巻きに由良を眺めていた。
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