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春編③『緑涼やか、若竹の囁き』
第五話「密林書庫冒険活劇」⑶
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「……私だって、好きで〈未練溜まり〉に入ったわけじゃない」
由良はジロッと渡来屋を睨む。
渡来屋なりに心配してくれているのだと分かってはいたが、素直になれなかった。
「人を探しているの。森本ちさとさんっていう、二十代前半くらいの若い女の子。言の葉の森で働いてるバイトさんで、昨日から行方不明なんですって。たぶん、この〈未練溜まり〉へ迷い込んだんだと思うんだけど、見かけてない?」
「言の葉の森……?」
渡来屋はピンと来ていないようだったが、すぐに「あぁ、知の倉のことか」と納得した。
「それなら会ったぞ。〈未練溜まり〉から出してやろうとしたら、"本を見つけるまでは帰れない"と断られた。ひとりぼっちのティギー、だったか? 見つけたら言い値で譲ってやろうと思っているんだが、残念ながらまだ見つけられていないな」
「そう……見つかってなくて良かった」
由良は念のため、渡来屋が集めた本を全て確認したが、探している絵本は見当たらなかった。
「では、私はこれで。森本さんか絵本を見つけたら呼んでください。勝手に持ち逃げしないでくださいよ」
「俺はそこまで性悪じゃない」
「どうだか」
渡来屋と別れようとしたその時、何処からかトラの唸り声と若い女性の悲鳴が聞こえた。
「森本さん?!」
「あ、おい!」
由良は声が聞こえた方へ走る。渡来屋もカゴを背負い、ついて来た。
やがて、開けた場所に出た。言の葉の森のエプロンを身につけた女性と、ホワイトタイガーが対峙している。互いに一定の距離を保ち、睨み合っていた。
よく見るとホワイトタイガーは本物ではなく、大量の紙が折り重なって出来ている。字の少なさと挿絵の多さからして、絵本が材料になっているのだろう。また、通常のホワイトタイガーがアイスブルーの瞳なのに対し、紙のホワイトタイガーは深い緑色の瞳をしていた。
「森本さん、逃げて!」
「馬鹿! 声をかけるな!」
渡来屋の忠告虚しく、森本は由良を反射的に振り返る。その隙をホワイトタイガーは見逃さなかった。
次の瞬間、ホワイトタイガーは低く唸り声を上げ、森本へ襲いかかった。ホワイトタイガーの強靭な牙と爪が、森本に迫る。森本は恐怖で腰を抜かし、動けない。
「ったく、世話の焼ける……!」
その愛らしくも恐ろしい顔面に、渡来屋は背負っていたカゴを投げつけた。カゴに詰まっていた本がカゴからこぼれ、宙を舞う。
ホワイトタイガーはカゴをぶつけられた衝撃でバラバラに崩れ、大量の紙が地面に散らばった。そのうちの一枚が「ひとりぼっちのティギー」の表紙だった。
(あのトラは"ひとりぼっちのティギー"で出来ていたんだ……)
紙は一度はバラバラになったものの、部位ごとに集まり、元のトラの形へ戻ろうとしていた。
右半分だけ固まった頭部が牙を剥き出しにし、渡来屋を睨む。今にも襲いかかって来そうな気迫だった。
「渡来屋さん、めっちゃ睨まれてますよ。今のうちに逃げた方がいいんじゃないですか?」
「だな」
渡来屋は散らばった本を集めてカゴを背負い、踵を返す。
由良は腰を抜かしている森本にも声をかけた。
「ほら、森本さんも早く逃げましょう?」
「なぜ私の名前を……?」
「茅野倉さんから教えていただきました。昨日書庫へ行ったきり、行方が分からないのだと。貴方がいなくなって、ずいぶん落ち込んでいらっしゃいましたよ?」
「……そうですか」
森本は嬉しそうに、表情を和らげる。茅野倉が自分を見捨てていなかったと知り、安堵したのだろう。
そのままどういうわけか、由良の提案とは裏腹に、完成しつつあるホワイトタイガーの頭部へと近づいていった。
「では、なおのこと手ぶらでは帰れませんね。お客様を待たせるわけにはいきませんから」
「森本さん?!」
ホワイトタイガーは近づいてくる森本に気づき、威嚇する。離れた場所に転がっているホワイトタイガーの手が、地面に爪を立てていた。
森本はホワイトタイガーの眼前まで距離を詰めると「ごめんなさい」と謝った。
「誰にも読まれず、ずっと書庫に仕舞われて嫌でしたよね。でも、ようやく貴方のご主人が決まったんです。貴方のことを長年かけて探されていたそうですよ。さぁ、私と一緒にここから出ましょう」
森本はホワイトタイガーに向かって、手を差し出す。
そばで見ていた由良は「いつ噛まれるか」と気が気でなかった。渡来屋も森本が襲われた時に備え、カゴの紐に手をかけていた。
「……」
しかし大方の予想は外れ、ホワイトタイガーは森本を威嚇するのをやめた。元に戻りつつあった他の部位共々、崩れて紙へ戻る。
大量の紙は森本が差し出した手の中へ集まり、やがて一冊の絵本にまとまった。
由良はジロッと渡来屋を睨む。
渡来屋なりに心配してくれているのだと分かってはいたが、素直になれなかった。
「人を探しているの。森本ちさとさんっていう、二十代前半くらいの若い女の子。言の葉の森で働いてるバイトさんで、昨日から行方不明なんですって。たぶん、この〈未練溜まり〉へ迷い込んだんだと思うんだけど、見かけてない?」
「言の葉の森……?」
渡来屋はピンと来ていないようだったが、すぐに「あぁ、知の倉のことか」と納得した。
「それなら会ったぞ。〈未練溜まり〉から出してやろうとしたら、"本を見つけるまでは帰れない"と断られた。ひとりぼっちのティギー、だったか? 見つけたら言い値で譲ってやろうと思っているんだが、残念ながらまだ見つけられていないな」
「そう……見つかってなくて良かった」
由良は念のため、渡来屋が集めた本を全て確認したが、探している絵本は見当たらなかった。
「では、私はこれで。森本さんか絵本を見つけたら呼んでください。勝手に持ち逃げしないでくださいよ」
「俺はそこまで性悪じゃない」
「どうだか」
渡来屋と別れようとしたその時、何処からかトラの唸り声と若い女性の悲鳴が聞こえた。
「森本さん?!」
「あ、おい!」
由良は声が聞こえた方へ走る。渡来屋もカゴを背負い、ついて来た。
やがて、開けた場所に出た。言の葉の森のエプロンを身につけた女性と、ホワイトタイガーが対峙している。互いに一定の距離を保ち、睨み合っていた。
よく見るとホワイトタイガーは本物ではなく、大量の紙が折り重なって出来ている。字の少なさと挿絵の多さからして、絵本が材料になっているのだろう。また、通常のホワイトタイガーがアイスブルーの瞳なのに対し、紙のホワイトタイガーは深い緑色の瞳をしていた。
「森本さん、逃げて!」
「馬鹿! 声をかけるな!」
渡来屋の忠告虚しく、森本は由良を反射的に振り返る。その隙をホワイトタイガーは見逃さなかった。
次の瞬間、ホワイトタイガーは低く唸り声を上げ、森本へ襲いかかった。ホワイトタイガーの強靭な牙と爪が、森本に迫る。森本は恐怖で腰を抜かし、動けない。
「ったく、世話の焼ける……!」
その愛らしくも恐ろしい顔面に、渡来屋は背負っていたカゴを投げつけた。カゴに詰まっていた本がカゴからこぼれ、宙を舞う。
ホワイトタイガーはカゴをぶつけられた衝撃でバラバラに崩れ、大量の紙が地面に散らばった。そのうちの一枚が「ひとりぼっちのティギー」の表紙だった。
(あのトラは"ひとりぼっちのティギー"で出来ていたんだ……)
紙は一度はバラバラになったものの、部位ごとに集まり、元のトラの形へ戻ろうとしていた。
右半分だけ固まった頭部が牙を剥き出しにし、渡来屋を睨む。今にも襲いかかって来そうな気迫だった。
「渡来屋さん、めっちゃ睨まれてますよ。今のうちに逃げた方がいいんじゃないですか?」
「だな」
渡来屋は散らばった本を集めてカゴを背負い、踵を返す。
由良は腰を抜かしている森本にも声をかけた。
「ほら、森本さんも早く逃げましょう?」
「なぜ私の名前を……?」
「茅野倉さんから教えていただきました。昨日書庫へ行ったきり、行方が分からないのだと。貴方がいなくなって、ずいぶん落ち込んでいらっしゃいましたよ?」
「……そうですか」
森本は嬉しそうに、表情を和らげる。茅野倉が自分を見捨てていなかったと知り、安堵したのだろう。
そのままどういうわけか、由良の提案とは裏腹に、完成しつつあるホワイトタイガーの頭部へと近づいていった。
「では、なおのこと手ぶらでは帰れませんね。お客様を待たせるわけにはいきませんから」
「森本さん?!」
ホワイトタイガーは近づいてくる森本に気づき、威嚇する。離れた場所に転がっているホワイトタイガーの手が、地面に爪を立てていた。
森本はホワイトタイガーの眼前まで距離を詰めると「ごめんなさい」と謝った。
「誰にも読まれず、ずっと書庫に仕舞われて嫌でしたよね。でも、ようやく貴方のご主人が決まったんです。貴方のことを長年かけて探されていたそうですよ。さぁ、私と一緒にここから出ましょう」
森本はホワイトタイガーに向かって、手を差し出す。
そばで見ていた由良は「いつ噛まれるか」と気が気でなかった。渡来屋も森本が襲われた時に備え、カゴの紐に手をかけていた。
「……」
しかし大方の予想は外れ、ホワイトタイガーは森本を威嚇するのをやめた。元に戻りつつあった他の部位共々、崩れて紙へ戻る。
大量の紙は森本が差し出した手の中へ集まり、やがて一冊の絵本にまとまった。
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