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春編③『緑涼やか、若竹の囁き』
第四話「竹林の迷家」⑸
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由良は屋敷を出発し、麓へ向かった。竹林が雨に濡れ、キラキラと輝いていた。
竹林を抜けたところで、麓で待っているはずの日向子と中林と遭遇した。
「由良! 良かった、無事だったのね!」
「うわーん! 由良ざぁぁぁん!」
由良を見つけた瞬間、日向子は安堵し、中林は号泣しながら由良に抱きついてきた。
由良も二人に驚き、目を丸くした。
「二人とも、何でここに? 麓で待ってたはずじゃ……」
「あんたが心配で探しに来たのよ。もし〈心の落とし物〉関係に巻き込まれてるんだとしたら、警察に知らせても見つかりっこないでしょ? まぁ、私達でどうこう出来る問題でもないんだけどさ」
「見づがって良がったですーッ!」
「中林さん、鼻水拭いて」
その後、下山するかレストランに行くか迷ったが、
「そこの道を行ったらすぐだし、気晴らしに行こう」
と日向子に誘われ、予定通りレストランへ向かった。
「ここよ、イタリアンレストラン・ヴェルデ」
ものの数分でたどり着いたのは、屋敷が建っていた場所だった。
同じ場所でも、建っているのはこじんまりとしたログハウスで、あの屋敷とは似ても似つかない。建物の周りもオシャレな西洋風の庭で囲われており、竹林や日本庭園など、屋敷を思わせるものは何も残っていなかった。
(ついさっきまであったのに……)
由良は一抹の寂しさを感じつつ、日向子と中林と共に店へと入った。ランチタイムギリギリだったので、客は由良達だけだった。
料理を待つ間、由良は屋敷のことをレストランのオーナーに尋ねてみた。
「人づてだけど、そういうお屋敷がここに建ってたって話は聞いたことがあるよ。有名な企業の社長さんが隠居してたって。立派なお屋敷だったそうだけど、その人が亡くなってからは誰も手入れしなくなって、無惨な有様になっていたらしい。当時、屋敷の周りを囲っていた竹林による竹害でだそうだよ。僕がこの土地を買った時には全部片付けられて、何もない空き地になっていたけどね」
やがてお店オススメのジェノベーゼパスタが運ばれてきた。小麦からバジルから何から何まで地元の食材を使っているそうで、普通のパスタと比べると鮮度も美味しさも段違いだった。
「神隠しよ!」
「いいえ、迷家です!」
中林と日向子は料理に舌鼓を打ちつつ、言い争う。由良が「二人とはぐれた後、何があったのか」話してからというものの、ずっとこうだ。
由良は屋敷で何時間も過ごした気分だったが、二人によればほんの数分の出来事だったらしい。その時間のズレを含め、今日一日で由良の身に起こった様々な怪奇現象は、日向子と中林の知的好奇心を大いに刺激してしまった。
「由良さんはどっちだと思います?!」
「どうでもいいわ。それより料理、冷めちゃうよ」
由良はあの場所の正体よりも、〈探し人〉がとっくの昔に亡くなっていることの方が気になっていた。
(私はずっと、〈心の落とし物〉は生きた人間の未練だと思ってきた。でも、今回に限っては違った。あの人に縁のある生者が〈探し人〉を生み出した可能性はあるけど、あの〈探し人〉は他人の目から見た誰かって感じじゃなかった。それどころか、)
由良は屋敷の主人の言葉を、頭の中で復唱した。
「私は貴方のような方が来るのを、ずっと心待ちにしておりました。これで私の仕事も終わります」
(……自分が〈探し人〉だって自覚すらしていた気がする。渡来屋と、同じように)
由良は屋敷の主人から託された切子のグラスを紙袋から出してみた。
切子のグラスは洗いたてのようにピカピカで、ほんの少し湿っていた。
(春編②『緑涼やか、若竹の囁き』第五話へ続く)
竹林を抜けたところで、麓で待っているはずの日向子と中林と遭遇した。
「由良! 良かった、無事だったのね!」
「うわーん! 由良ざぁぁぁん!」
由良を見つけた瞬間、日向子は安堵し、中林は号泣しながら由良に抱きついてきた。
由良も二人に驚き、目を丸くした。
「二人とも、何でここに? 麓で待ってたはずじゃ……」
「あんたが心配で探しに来たのよ。もし〈心の落とし物〉関係に巻き込まれてるんだとしたら、警察に知らせても見つかりっこないでしょ? まぁ、私達でどうこう出来る問題でもないんだけどさ」
「見づがって良がったですーッ!」
「中林さん、鼻水拭いて」
その後、下山するかレストランに行くか迷ったが、
「そこの道を行ったらすぐだし、気晴らしに行こう」
と日向子に誘われ、予定通りレストランへ向かった。
「ここよ、イタリアンレストラン・ヴェルデ」
ものの数分でたどり着いたのは、屋敷が建っていた場所だった。
同じ場所でも、建っているのはこじんまりとしたログハウスで、あの屋敷とは似ても似つかない。建物の周りもオシャレな西洋風の庭で囲われており、竹林や日本庭園など、屋敷を思わせるものは何も残っていなかった。
(ついさっきまであったのに……)
由良は一抹の寂しさを感じつつ、日向子と中林と共に店へと入った。ランチタイムギリギリだったので、客は由良達だけだった。
料理を待つ間、由良は屋敷のことをレストランのオーナーに尋ねてみた。
「人づてだけど、そういうお屋敷がここに建ってたって話は聞いたことがあるよ。有名な企業の社長さんが隠居してたって。立派なお屋敷だったそうだけど、その人が亡くなってからは誰も手入れしなくなって、無惨な有様になっていたらしい。当時、屋敷の周りを囲っていた竹林による竹害でだそうだよ。僕がこの土地を買った時には全部片付けられて、何もない空き地になっていたけどね」
やがてお店オススメのジェノベーゼパスタが運ばれてきた。小麦からバジルから何から何まで地元の食材を使っているそうで、普通のパスタと比べると鮮度も美味しさも段違いだった。
「神隠しよ!」
「いいえ、迷家です!」
中林と日向子は料理に舌鼓を打ちつつ、言い争う。由良が「二人とはぐれた後、何があったのか」話してからというものの、ずっとこうだ。
由良は屋敷で何時間も過ごした気分だったが、二人によればほんの数分の出来事だったらしい。その時間のズレを含め、今日一日で由良の身に起こった様々な怪奇現象は、日向子と中林の知的好奇心を大いに刺激してしまった。
「由良さんはどっちだと思います?!」
「どうでもいいわ。それより料理、冷めちゃうよ」
由良はあの場所の正体よりも、〈探し人〉がとっくの昔に亡くなっていることの方が気になっていた。
(私はずっと、〈心の落とし物〉は生きた人間の未練だと思ってきた。でも、今回に限っては違った。あの人に縁のある生者が〈探し人〉を生み出した可能性はあるけど、あの〈探し人〉は他人の目から見た誰かって感じじゃなかった。それどころか、)
由良は屋敷の主人の言葉を、頭の中で復唱した。
「私は貴方のような方が来るのを、ずっと心待ちにしておりました。これで私の仕事も終わります」
(……自分が〈探し人〉だって自覚すらしていた気がする。渡来屋と、同じように)
由良は屋敷の主人から託された切子のグラスを紙袋から出してみた。
切子のグラスは洗いたてのようにピカピカで、ほんの少し湿っていた。
(春編②『緑涼やか、若竹の囁き』第五話へ続く)
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