156 / 314
春編③『緑涼やか、若竹の囁き』
第四話「竹林の迷家」⑴
しおりを挟む
多忙を極めたゴールデンウィークが終わった、翌日。
「夏休み期間まではゆっくり出来る」と安堵していた由良は、どういうわけか山道を登っていた。
「ほらほら! 早く登らないと日が暮れるよ!」
「日向子……レストランに行くんじゃなかったの?」
先導する日向子に尋ねる。時計を確認すると、かれこれ三十分は歩いていた。
「山の中にあるレストランなの! もうすぐ着くはずだから!」
「本当でしょうね……?」
「由良さん、ファイトですよ!」
疲労困ぱいの由良を、中林が元気づける。
山登りそのものを楽しんでいるのか、見たことのない草花や虫を見つけては「あれ、何ていう花でしょう?」「この虫、面白い形!」とはしゃいでいた。
「さすが二十代前半……若い」
「日向子さんだって、由良さんと同い年なのに元気じゃないですか」
「あの子、昔から体力だけはあるのよ。取材でそこらじゅう駆け回っているから、さらに鍛えられてるんじゃない?」
「まぁねー! この前も取材相手が逃げ出したから、走ってとっ捕まえてやったわ!」
日向子は得意げに自分の足を叩く。追いかけられた相手はさぞ恐ろしかったことだろう。
「疲れて歩けないなら、おぶってあげようか?」
「遠慮しとく。他のお客さんに見られたら、恥ずかしすぎてお店入れなくなっちゃう」
そう強がっては見せたものの、次第に二人との距離は広がっていった。足元が不安定な分、余計に体力を奪われる。
気がつくと、由良は一人で竹林に立っていた。
「日向子? 中林さん?」
立ち止まり、二人に呼びかける。返事はない。
そもそも、いつの間に竹林へ迷い込んだのだろう? 先程まで雑木林の道を歩いていたはずなのだが、どこにも見当たらなかった。
竹林は風に揺れ、ざわめく。その波打つ海に似た音と果てしなく続く深緑は、心身共に疲弊していた由良を癒した。竹と竹の間を吹き抜けてくる風も、涼しくて心地良い。
「一本道みたいだし、歩いていればそのうち着くでしょ」
由良は少しばかり元気を取り戻すと、再び歩き出した。
やがて竹林が開け、大きな建物が見えてきた。一瞬、目的のレストランかと思ったが、建物の外観を見てすぐに「違う」と気づいた。
山道の先に建っていたのは、モダンな日本家屋だった。屋敷と呼んでもそん色ないほど立派で、旅館のようにも見える。
ただ、残念なことに由良達が行く予定のレストランはイタリアンで、もっとこじんまりとした店のはずだった。
「イタリアンじゃなくて、懐石料理が出てきそう。あの日向子が店を間違えるとも思えないし、変だな」
引き返そうか迷っていると、屋敷の玄関から中高年くらいの男性が出てきた。
細っそりとした体格で、いかにも気の優しそうな顔をしている。なでつけた髪と、口元にたっぷりと蓄えたヒゲには、ところどころ白髪が目立っていた。
「お嬢さん、いかがなされましたかな?」
男性はわざわざ屋敷の前まで出て、由良に声をかけた。
「道に迷ってしまったんです。ヴェルデっていう、イタリアンレストランに向かう途中だったんですけど、ご存じありませんか?」
「その店ならよく存じ上げておりますよ。今すぐにでも道案内して差し上げたいところですが……」
男性は汗だくの由良をチラッと見、提案した。
「お疲れでしょう? しばらく休んでいかれてはどうですか? ちょうど、雨も降ってきましたし」
「雨?」
由良が空を見上げると、鼻先にポタッと冷たいものが落ちた。
雨だ、と気づいた瞬間、雨は一滴、二滴と、雨脚を強めていった。
「さぁ、お早く。服が濡れてしまわれる前に」
「では、お言葉に甘えて……」
由良は男性にいざなわれるまま、屋敷の戸をくぐった。
「夏休み期間まではゆっくり出来る」と安堵していた由良は、どういうわけか山道を登っていた。
「ほらほら! 早く登らないと日が暮れるよ!」
「日向子……レストランに行くんじゃなかったの?」
先導する日向子に尋ねる。時計を確認すると、かれこれ三十分は歩いていた。
「山の中にあるレストランなの! もうすぐ着くはずだから!」
「本当でしょうね……?」
「由良さん、ファイトですよ!」
疲労困ぱいの由良を、中林が元気づける。
山登りそのものを楽しんでいるのか、見たことのない草花や虫を見つけては「あれ、何ていう花でしょう?」「この虫、面白い形!」とはしゃいでいた。
「さすが二十代前半……若い」
「日向子さんだって、由良さんと同い年なのに元気じゃないですか」
「あの子、昔から体力だけはあるのよ。取材でそこらじゅう駆け回っているから、さらに鍛えられてるんじゃない?」
「まぁねー! この前も取材相手が逃げ出したから、走ってとっ捕まえてやったわ!」
日向子は得意げに自分の足を叩く。追いかけられた相手はさぞ恐ろしかったことだろう。
「疲れて歩けないなら、おぶってあげようか?」
「遠慮しとく。他のお客さんに見られたら、恥ずかしすぎてお店入れなくなっちゃう」
そう強がっては見せたものの、次第に二人との距離は広がっていった。足元が不安定な分、余計に体力を奪われる。
気がつくと、由良は一人で竹林に立っていた。
「日向子? 中林さん?」
立ち止まり、二人に呼びかける。返事はない。
そもそも、いつの間に竹林へ迷い込んだのだろう? 先程まで雑木林の道を歩いていたはずなのだが、どこにも見当たらなかった。
竹林は風に揺れ、ざわめく。その波打つ海に似た音と果てしなく続く深緑は、心身共に疲弊していた由良を癒した。竹と竹の間を吹き抜けてくる風も、涼しくて心地良い。
「一本道みたいだし、歩いていればそのうち着くでしょ」
由良は少しばかり元気を取り戻すと、再び歩き出した。
やがて竹林が開け、大きな建物が見えてきた。一瞬、目的のレストランかと思ったが、建物の外観を見てすぐに「違う」と気づいた。
山道の先に建っていたのは、モダンな日本家屋だった。屋敷と呼んでもそん色ないほど立派で、旅館のようにも見える。
ただ、残念なことに由良達が行く予定のレストランはイタリアンで、もっとこじんまりとした店のはずだった。
「イタリアンじゃなくて、懐石料理が出てきそう。あの日向子が店を間違えるとも思えないし、変だな」
引き返そうか迷っていると、屋敷の玄関から中高年くらいの男性が出てきた。
細っそりとした体格で、いかにも気の優しそうな顔をしている。なでつけた髪と、口元にたっぷりと蓄えたヒゲには、ところどころ白髪が目立っていた。
「お嬢さん、いかがなされましたかな?」
男性はわざわざ屋敷の前まで出て、由良に声をかけた。
「道に迷ってしまったんです。ヴェルデっていう、イタリアンレストランに向かう途中だったんですけど、ご存じありませんか?」
「その店ならよく存じ上げておりますよ。今すぐにでも道案内して差し上げたいところですが……」
男性は汗だくの由良をチラッと見、提案した。
「お疲れでしょう? しばらく休んでいかれてはどうですか? ちょうど、雨も降ってきましたし」
「雨?」
由良が空を見上げると、鼻先にポタッと冷たいものが落ちた。
雨だ、と気づいた瞬間、雨は一滴、二滴と、雨脚を強めていった。
「さぁ、お早く。服が濡れてしまわれる前に」
「では、お言葉に甘えて……」
由良は男性にいざなわれるまま、屋敷の戸をくぐった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
借金背負ったので死ぬ気でダンジョン行ったら人生変わった件 やけくそで潜った最凶の迷宮で瀕死の国民的美少女を救ってみた
羽黒 楓
ファンタジー
旧題:借金背負ったので兄妹で死のうと生還不可能の最難関ダンジョンに二人で潜ったら瀕死の人気美少女配信者を助けちゃったので連れて帰るしかない件
借金一億二千万円! もう駄目だ! 二人で心中しようと配信しながらSSS級ダンジョンに潜った俺たち兄妹。そしたらその下層階で国民的人気配信者の女の子が遭難していた! 助けてあげたらどんどんとスパチャが入ってくるじゃん! ってかもはや社会現象じゃん! 俺のスキルは【マネーインジェクション】! 預金残高を消費してパワーにし、それを自分や他人に注射してパワーアップさせる能力。ほらお前ら、この子を助けたければどんどんスパチャしまくれ! その金でパワーを女の子たちに注入注入! これだけ金あれば借金返せそう、もうこうなりゃ絶対に生還するぞ! 最難関ダンジョンだけど、絶対に生きて脱出するぞ! どんな手を使ってでも!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる