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春編③『緑涼やか、若竹の囁き』
第四話「竹林の迷家」⑴
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多忙を極めたゴールデンウィークが終わった、翌日。
「夏休み期間まではゆっくり出来る」と安堵していた由良は、どういうわけか山道を登っていた。
「ほらほら! 早く登らないと日が暮れるよ!」
「日向子……レストランに行くんじゃなかったの?」
先導する日向子に尋ねる。時計を確認すると、かれこれ三十分は歩いていた。
「山の中にあるレストランなの! もうすぐ着くはずだから!」
「本当でしょうね……?」
「由良さん、ファイトですよ!」
疲労困ぱいの由良を、中林が元気づける。
山登りそのものを楽しんでいるのか、見たことのない草花や虫を見つけては「あれ、何ていう花でしょう?」「この虫、面白い形!」とはしゃいでいた。
「さすが二十代前半……若い」
「日向子さんだって、由良さんと同い年なのに元気じゃないですか」
「あの子、昔から体力だけはあるのよ。取材でそこらじゅう駆け回っているから、さらに鍛えられてるんじゃない?」
「まぁねー! この前も取材相手が逃げ出したから、走ってとっ捕まえてやったわ!」
日向子は得意げに自分の足を叩く。追いかけられた相手はさぞ恐ろしかったことだろう。
「疲れて歩けないなら、おぶってあげようか?」
「遠慮しとく。他のお客さんに見られたら、恥ずかしすぎてお店入れなくなっちゃう」
そう強がっては見せたものの、次第に二人との距離は広がっていった。足元が不安定な分、余計に体力を奪われる。
気がつくと、由良は一人で竹林に立っていた。
「日向子? 中林さん?」
立ち止まり、二人に呼びかける。返事はない。
そもそも、いつの間に竹林へ迷い込んだのだろう? 先程まで雑木林の道を歩いていたはずなのだが、どこにも見当たらなかった。
竹林は風に揺れ、ざわめく。その波打つ海に似た音と果てしなく続く深緑は、心身共に疲弊していた由良を癒した。竹と竹の間を吹き抜けてくる風も、涼しくて心地良い。
「一本道みたいだし、歩いていればそのうち着くでしょ」
由良は少しばかり元気を取り戻すと、再び歩き出した。
やがて竹林が開け、大きな建物が見えてきた。一瞬、目的のレストランかと思ったが、建物の外観を見てすぐに「違う」と気づいた。
山道の先に建っていたのは、モダンな日本家屋だった。屋敷と呼んでもそん色ないほど立派で、旅館のようにも見える。
ただ、残念なことに由良達が行く予定のレストランはイタリアンで、もっとこじんまりとした店のはずだった。
「イタリアンじゃなくて、懐石料理が出てきそう。あの日向子が店を間違えるとも思えないし、変だな」
引き返そうか迷っていると、屋敷の玄関から中高年くらいの男性が出てきた。
細っそりとした体格で、いかにも気の優しそうな顔をしている。なでつけた髪と、口元にたっぷりと蓄えたヒゲには、ところどころ白髪が目立っていた。
「お嬢さん、いかがなされましたかな?」
男性はわざわざ屋敷の前まで出て、由良に声をかけた。
「道に迷ってしまったんです。ヴェルデっていう、イタリアンレストランに向かう途中だったんですけど、ご存じありませんか?」
「その店ならよく存じ上げておりますよ。今すぐにでも道案内して差し上げたいところですが……」
男性は汗だくの由良をチラッと見、提案した。
「お疲れでしょう? しばらく休んでいかれてはどうですか? ちょうど、雨も降ってきましたし」
「雨?」
由良が空を見上げると、鼻先にポタッと冷たいものが落ちた。
雨だ、と気づいた瞬間、雨は一滴、二滴と、雨脚を強めていった。
「さぁ、お早く。服が濡れてしまわれる前に」
「では、お言葉に甘えて……」
由良は男性にいざなわれるまま、屋敷の戸をくぐった。
「夏休み期間まではゆっくり出来る」と安堵していた由良は、どういうわけか山道を登っていた。
「ほらほら! 早く登らないと日が暮れるよ!」
「日向子……レストランに行くんじゃなかったの?」
先導する日向子に尋ねる。時計を確認すると、かれこれ三十分は歩いていた。
「山の中にあるレストランなの! もうすぐ着くはずだから!」
「本当でしょうね……?」
「由良さん、ファイトですよ!」
疲労困ぱいの由良を、中林が元気づける。
山登りそのものを楽しんでいるのか、見たことのない草花や虫を見つけては「あれ、何ていう花でしょう?」「この虫、面白い形!」とはしゃいでいた。
「さすが二十代前半……若い」
「日向子さんだって、由良さんと同い年なのに元気じゃないですか」
「あの子、昔から体力だけはあるのよ。取材でそこらじゅう駆け回っているから、さらに鍛えられてるんじゃない?」
「まぁねー! この前も取材相手が逃げ出したから、走ってとっ捕まえてやったわ!」
日向子は得意げに自分の足を叩く。追いかけられた相手はさぞ恐ろしかったことだろう。
「疲れて歩けないなら、おぶってあげようか?」
「遠慮しとく。他のお客さんに見られたら、恥ずかしすぎてお店入れなくなっちゃう」
そう強がっては見せたものの、次第に二人との距離は広がっていった。足元が不安定な分、余計に体力を奪われる。
気がつくと、由良は一人で竹林に立っていた。
「日向子? 中林さん?」
立ち止まり、二人に呼びかける。返事はない。
そもそも、いつの間に竹林へ迷い込んだのだろう? 先程まで雑木林の道を歩いていたはずなのだが、どこにも見当たらなかった。
竹林は風に揺れ、ざわめく。その波打つ海に似た音と果てしなく続く深緑は、心身共に疲弊していた由良を癒した。竹と竹の間を吹き抜けてくる風も、涼しくて心地良い。
「一本道みたいだし、歩いていればそのうち着くでしょ」
由良は少しばかり元気を取り戻すと、再び歩き出した。
やがて竹林が開け、大きな建物が見えてきた。一瞬、目的のレストランかと思ったが、建物の外観を見てすぐに「違う」と気づいた。
山道の先に建っていたのは、モダンな日本家屋だった。屋敷と呼んでもそん色ないほど立派で、旅館のようにも見える。
ただ、残念なことに由良達が行く予定のレストランはイタリアンで、もっとこじんまりとした店のはずだった。
「イタリアンじゃなくて、懐石料理が出てきそう。あの日向子が店を間違えるとも思えないし、変だな」
引き返そうか迷っていると、屋敷の玄関から中高年くらいの男性が出てきた。
細っそりとした体格で、いかにも気の優しそうな顔をしている。なでつけた髪と、口元にたっぷりと蓄えたヒゲには、ところどころ白髪が目立っていた。
「お嬢さん、いかがなされましたかな?」
男性はわざわざ屋敷の前まで出て、由良に声をかけた。
「道に迷ってしまったんです。ヴェルデっていう、イタリアンレストランに向かう途中だったんですけど、ご存じありませんか?」
「その店ならよく存じ上げておりますよ。今すぐにでも道案内して差し上げたいところですが……」
男性は汗だくの由良をチラッと見、提案した。
「お疲れでしょう? しばらく休んでいかれてはどうですか? ちょうど、雨も降ってきましたし」
「雨?」
由良が空を見上げると、鼻先にポタッと冷たいものが落ちた。
雨だ、と気づいた瞬間、雨は一滴、二滴と、雨脚を強めていった。
「さぁ、お早く。服が濡れてしまわれる前に」
「では、お言葉に甘えて……」
由良は男性にいざなわれるまま、屋敷の戸をくぐった。
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