心の落とし物

緋色刹那

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春編③『緑涼やか、若竹の囁き』

第一話「ヨツバ探し」⑷

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 少女が消えた後、キッチンカーからベルの音が聞こえた。
 振り返ると、二人の若い女性が店の前で待っている。仕事の合間に訪れたのか、二人とも春色のカジュアルなスーツを着ていた。
「いらっしゃいませ! お待たせして申し訳ございません!」
 由良は原っぱを駆け抜け、急いでキッチンカーへ戻った。
 全速力で原っぱを走って来る由良に、客の二人はギョッとしていた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「え、えっと……」
 息を整え、カウンターに立つ。
 客の二人は驚いた拍子に何を頼もうか忘れてしまったのか、慌ててメニュー表を確認していた。
「四葉のカップケーキとタピオカ抹茶オーレを二つずつください」
「かしこまりました」
 由良は葉っぱで緑色に汚れた手を洗い、注文の品を準備し始めた。
 あらかじめ作っておいた生地を冷蔵庫から二つ取り出し、生クリーム、粒あん、四葉のクローバーの形のスプレーチョコでデコレーションする。カップケーキは文字通り、四葉のクローバーの形をしており、生地には抹茶が練り込まれていた。
 また、タピオカ抹茶オーレのストローも、季節限定でクローバー柄だった。
「大変お待たせしました。四葉のカップケーキとタピオカ抹茶オーレです」
「可愛いカップケーキ! 四葉の形なんて、初めて見たかも!」
「ストローもクローバー柄だね。何処で売ってるんだろう? 特注?」
 客の二人は由良そっちのけでカウンター席に座り、カップケーキとストローに釘づけになる。
 一人はその愛らしさに目を奪われ、もう一人は深刻そうな顔でストローをジッと見つめていた。後者の女性は淡い緑色のジャケットを羽織っており、四葉のクローバーを探していた〈探し人〉の少女と顔立ちが似ていた。
(もしかして、さっきの子の主? タイミング良すぎでしょ。まさか、隣の人が四葉のクローバーを渡したかった相手だったりして……いや、さすがにそれはないか)
 由良は自らの妄想を否定しつつ、ペットボトルの緑茶を飲む。
 一方、淡い緑色のジャケットの女性は頼んだ品に手をつけようとせず、クローバー柄のストローをジッと見つめていた。やがて何かを決心した様子で、「ヨツハ」と隣の女性に声をかけた。
「覚えてる? ヨツハが引っ越した日、私が四葉のクローバーをあげたこと」
「んー、覚えてるよおふぉえふぇるふぉ
 隣の女性はカップケーキを頬張り、頷く。
 由良には「モゴモゴ」としか聞こえなかったが、淡い緑色のジャケットの女性には通じたらしく「そっか」と顔を曇らせていた。
「あのクローバーね……本当は三つ葉だったの。どうしてもヨツハに四葉のクローバーをあげたくて、葉っぱをボンドでくっつけたんだ。今まで黙っていて、ごめんなさい」
「……」
 女性は今にも泣き出しそうになりながらも、謝った。緊張で、手と唇が震えている。
 隣の女性は無言でカップケーキを咀嚼していたが、ほどなくして飲み込み、淡い緑色のジャケットの女性の目を真っ直ぐ見て、言った。
「うん。知ってる」
「……え?」
 淡い緑色のジャケットの女性は、ぽかんと口を開いた。由良もペットボトルのお茶を吹きそうになりながらも、なんとか堪える。女性の手と唇の震えは止まっていた。
 彼女の反応に、隣の女性は「そんなに驚く?」とあっけらかんと笑った。
「せっかくもらったから押し花にしようと思って、雑誌の間に挟んだの。そしたら、クローバーがくっついててさぁ。変だなーと思ってよく見たら、三つ葉だって気づいたってわけ」
「お、怒ってないの? 私、四葉だって嘘ついてたんだよ?」
「まさか! 私が四葉のクローバーを欲しがってたから、そうまでしてあげようとしてくれたんでしょ? その気持ちだけで十分だよ」
 それに、と隣の女性は照れくさそうに笑った。
「いつかこの街に戻ってきて、ミツハとまた会いたいっていう夢は、もう叶ったんだし」
「ヨツハ……!」
 淡い緑色のジャケットの女性は大粒の涙を流し、隣の女性に泣きついた。
 特別な四葉のクローバーが特別な幸せを運ぶのならば、ありふれた三つ葉のクローバーは、失った当たり前の幸せを運んでくるのかもしれないと、由良は思った。



(春編②『緑涼やか、若竹の囁き』第二話へ続く)
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