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春編③『緑涼やか、若竹の囁き』
第一話「ヨツバ探し」⑵
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由良はカウンターに「席を外しています。ご用の方はベルを鳴らして下さい」と書かれた札を立てかけると、原っぱにいる中学生の少女のもとへ歩み寄った。
双子は離れたところで四葉のクローバーを探していたので、由良も原っぱへ来たことに気づいていなかった。
「何かお探しですか?」
「え?」
少女は驚き、顔を上げる。
見知らぬ人に話しかけられて緊張しているのか、目を泳がせながらも「は、はい」と頷いた。
「四葉のクローバーを探しているんです。どうしても渡したい相手がいて……何処かで見かけませんでしたか?」
由良は首を振った。
「いいえ。残念ながら」
「そうですか……」
少女は落ち込んだ様子で、肩を落とす。よほど、その誰かに四葉のクローバーを渡したいらしい。
由良は店に客が来ていないのを確認したのち、少女に言った。
「私も探すの、手伝いますよ。ちょうど暇していたので」
「いいんですか?」
少女は戸惑いながらも、嬉しそうに顔をほころばせる。
由良は詳しい事情は伏せ、「えぇ」と頷いた。
(このまま四葉のクローバーを見つけられなかったら、貴方は永遠にさまよう羽目になってしまうかもしれませんから……なんて、さすがに相手が〈探し人〉でも言えないわね)
屈んで原っぱに目を凝らし、四葉のクローバーを探す。
子供の頃はジッとしているのが耐えられなくて、探すのを途中で諦めていた。そういう根気のいる作業は大人の方が得意で、由良が別の遊びをしている間に、付き添いの祖父がよく見つけていた。
(私も大人になれば、四葉のクローバー探しが得意になる……と、思ってたんだけどなぁ)
由良は自嘲気味に苦笑した。
予想に反し、四葉のクローバーはなかなか見つからなかった。四葉だと思って手に取ると三つ葉だったり、葉と葉が重なりあって四葉に見えたりする。
期待し、裏切られるたびに、由良のやる気は削がれていった。
「四葉のクローバーを渡したい相手って、どんな方なんですか?」
由良は気を紛らわそうと、少女に尋ねた。
少女は雑草から目を離すことなく、答えた。
「友人です。去年引っ越しちゃって、しばらく会えてないんですけど」
少女と友人は幼稚園からの仲で、親友とも呼べる間柄だったという。よく洋燈公園へ遊びに来ては、花を摘んだりボール投げをしたりして遊んでいた。
内気な少女にとって、その友人だけがまともに会話できる唯一の相手だったそうだ。
「その子、ずっと四葉のクローバーを欲しがっていたんです。この町で過ごした思い出に持って行きたいから、って。引っ越す前の日まで、毎日ここで探していました。私も一緒に探したんですけど……結局見つけられませんでした」
だから、と少女は初めて四葉のクローバーを探す手を止めた。
何度も躊躇しながらも、続きを打ち明けた。
「だから私……三つ葉のクローバーにボンドで葉っぱをつけて渡したんです。四葉のクローバー見つけたよ、って。その子、すごく喜んでくれました。向こうに行っても大事にするからって、喜んでくれました……」
少女の声がだんだん小さくなっていく。
「喜んでくれた」と言うわりに、少女は全く嬉しくなさそうに見えた。
「後悔していらっしゃるんですね。四葉のクローバーだと嘘をついたこと」
少女は涙を浮かべ、頷いた。
「こんな想いをするくらいなら、偽物の四葉なんて渡さなければ良かった。あの子は引っ越した後も私を"友達"だって慕ってくれているのに、私はずっとあの子を騙してる。あの時正直に打ち明けていれば、私もあの子の友達だって堂々と言えるのに。だから今度こそ、本物の四葉のクローバーを見つけて、その子に謝りたいんです」
少女はブレザーの袖口で涙を拭おうとする。
見かねて由良がハンカチを差し出すと、「ありがとうございます」と恥ずかしそうに頬を赤らめ、受け取った。隅にLAMPの建物が刺繍されているコーヒー染めのハンカチで、薄いベージュの生地が涙で濡れて、深い茶へと色を変えた。
双子は離れたところで四葉のクローバーを探していたので、由良も原っぱへ来たことに気づいていなかった。
「何かお探しですか?」
「え?」
少女は驚き、顔を上げる。
見知らぬ人に話しかけられて緊張しているのか、目を泳がせながらも「は、はい」と頷いた。
「四葉のクローバーを探しているんです。どうしても渡したい相手がいて……何処かで見かけませんでしたか?」
由良は首を振った。
「いいえ。残念ながら」
「そうですか……」
少女は落ち込んだ様子で、肩を落とす。よほど、その誰かに四葉のクローバーを渡したいらしい。
由良は店に客が来ていないのを確認したのち、少女に言った。
「私も探すの、手伝いますよ。ちょうど暇していたので」
「いいんですか?」
少女は戸惑いながらも、嬉しそうに顔をほころばせる。
由良は詳しい事情は伏せ、「えぇ」と頷いた。
(このまま四葉のクローバーを見つけられなかったら、貴方は永遠にさまよう羽目になってしまうかもしれませんから……なんて、さすがに相手が〈探し人〉でも言えないわね)
屈んで原っぱに目を凝らし、四葉のクローバーを探す。
子供の頃はジッとしているのが耐えられなくて、探すのを途中で諦めていた。そういう根気のいる作業は大人の方が得意で、由良が別の遊びをしている間に、付き添いの祖父がよく見つけていた。
(私も大人になれば、四葉のクローバー探しが得意になる……と、思ってたんだけどなぁ)
由良は自嘲気味に苦笑した。
予想に反し、四葉のクローバーはなかなか見つからなかった。四葉だと思って手に取ると三つ葉だったり、葉と葉が重なりあって四葉に見えたりする。
期待し、裏切られるたびに、由良のやる気は削がれていった。
「四葉のクローバーを渡したい相手って、どんな方なんですか?」
由良は気を紛らわそうと、少女に尋ねた。
少女は雑草から目を離すことなく、答えた。
「友人です。去年引っ越しちゃって、しばらく会えてないんですけど」
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「その子、ずっと四葉のクローバーを欲しがっていたんです。この町で過ごした思い出に持って行きたいから、って。引っ越す前の日まで、毎日ここで探していました。私も一緒に探したんですけど……結局見つけられませんでした」
だから、と少女は初めて四葉のクローバーを探す手を止めた。
何度も躊躇しながらも、続きを打ち明けた。
「だから私……三つ葉のクローバーにボンドで葉っぱをつけて渡したんです。四葉のクローバー見つけたよ、って。その子、すごく喜んでくれました。向こうに行っても大事にするからって、喜んでくれました……」
少女の声がだんだん小さくなっていく。
「喜んでくれた」と言うわりに、少女は全く嬉しくなさそうに見えた。
「後悔していらっしゃるんですね。四葉のクローバーだと嘘をついたこと」
少女は涙を浮かべ、頷いた。
「こんな想いをするくらいなら、偽物の四葉なんて渡さなければ良かった。あの子は引っ越した後も私を"友達"だって慕ってくれているのに、私はずっとあの子を騙してる。あの時正直に打ち明けていれば、私もあの子の友達だって堂々と言えるのに。だから今度こそ、本物の四葉のクローバーを見つけて、その子に謝りたいんです」
少女はブレザーの袖口で涙を拭おうとする。
見かねて由良がハンカチを差し出すと、「ありがとうございます」と恥ずかしそうに頬を赤らめ、受け取った。隅にLAMPの建物が刺繍されているコーヒー染めのハンカチで、薄いベージュの生地が涙で濡れて、深い茶へと色を変えた。
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