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冬編②『行く年来る年、ぬくもりは紅玉(ルビィ)色』
第五話「鍋パのシメ」⑷
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「お前も知っている通り、当時の私達は仕事で忙しく、店をどうこう出来る余裕はなかった。時間的にも、金銭的にも」
由良の父親は鍋をもぎゅもぎゅ食べながら打ち明けた。
「だから、父さんの遺書に"店は玉蟲匣さんに売って欲しい"と書いてあるのを読んだ時、正直ホッとした。あの人なら店の価値をよく理解してくれているし、責任を持って大切に保存してくれる。全てを喫茶店に捧げてきた父さんと母さんの宝物を守ってくれる、とな」
「貴方の喫茶店開業に反対したのは、お義父さんがどれだけ苦労していたか、そばで見てきたからよ。私も学生時代は懐虫電燈でバイトをしていたし、よく知ってる」
由良の母親も自分と紅葉谷のおかわりをよそいつつ、言った。
「初耳。懐虫電燈でバイトしてたんだ」
「学費を稼ぐためよ。家が貧しかったからね。私もお父さんも、由良にはそんな苦労をして欲しくなかったの」
でも、と由良の母親は申し訳なさそうに微笑んだ。
「雑誌で由良のお店が特集されている記事を見た時、私達が間違ってたのかもしれないって初めて気づいた。会社に勤めていた頃はいつも暗い顔をしていたのに、記事の写真に映っていた貴方の顔はすごく生き生きしていたから。反対して、ごめんなさい」
「すまなかったな」
両親は箸を置き、由良に謝った。
今までテコでも動かないと思っていた両親が、目の前で謝罪している。ついさっきまでは想像もしなかった展開だった。胸の奥でつっかえていたものが消え、自然と涙があふれてきた。ポン酢に涙を落とさないよう、ハンカチで拭った。
「……私こそ、前に帰った時に酷いこと言ってごめんなさい。自分の気持ちばかりで、お父さんとお母さんがどう思っているかなんて、全く考えてなかった。もっと早く分かっていたら良かったのに」
由良は両親に向かって初めてまともに笑い、宣言した。
「私、来年のお正月は帰るから。二人が今日のことを覚えていなくても、私を許していなくても、ちゃんと話して分かり合いたい。いいよね?」
「あぁ」
「もちろん」
両親も涙をにじませ、頷く。
生前、祖父は「お父さんとお母さんは由良が大好きだから、由良のためを思って働いているんだよ」と話していた。
ずっと嘘だと思ってきたが、愛のかけ方が間違っていただけで、本当にそうだったのかもしれない。由良は二人の顔を見て、初めてそう思えた。
「その時は僕もついて行っていいですか? この水炊き、美味しくって」
「……お店で作って差し上げるので、今回は遠慮して下さい」
由良は鍋をかっこむフリをし、赤らんだ顔を隠した。
(実家に連れて行ったら、付き合ってるみたいに思われるじゃないの!)
が、両親は「いいじゃないか、由良」と妙に乗り気だった。表情からでは分かりにくいが、なんだかソワソワしている。
「紅葉谷先生も一緒なら、楽しみが倍になるからな」
「先生?」
「サイン色紙、次にお越しになるまでに用意しておきますから」
「サイン色紙?」
「いやぁ、まさか添野さんのご両親が僕のファンだったとは! 偶然ってあるもんですねぇ!」
「ファン?」
その時、由良は気づいた。
部屋の本棚の一角に、紅葉谷の著作が全巻揃っていることに。よく観ると、紅葉谷が脚本を務めた「桜華妖」のDVDと有料のパンフレットまであった。
「……ファンだったんだ、紅葉谷さんの」
「私は桜花妖を観てからだけど、お父さんはデビュー作からの古参よ」
「まさか直接会えるとは思っていませんでしたよ。お暇でしたら、ぜひお越し下さい」
「やった!」
「勘弁して下さい」
その後、四人は仲良く(?)談笑しつつ、シメのうどんまで食べた。鶏肉の出汁が効いていて、初めて食べたはずなのに懐かしい味がした。
薄い琥珀色のスープに浮かぶ春菊の緑が、鮮やかに見えた。
(冬編②『行く年来る年、ぬくもりは紅玉(ルビィ)色』終わり)
(春編②へ続く)
由良の父親は鍋をもぎゅもぎゅ食べながら打ち明けた。
「だから、父さんの遺書に"店は玉蟲匣さんに売って欲しい"と書いてあるのを読んだ時、正直ホッとした。あの人なら店の価値をよく理解してくれているし、責任を持って大切に保存してくれる。全てを喫茶店に捧げてきた父さんと母さんの宝物を守ってくれる、とな」
「貴方の喫茶店開業に反対したのは、お義父さんがどれだけ苦労していたか、そばで見てきたからよ。私も学生時代は懐虫電燈でバイトをしていたし、よく知ってる」
由良の母親も自分と紅葉谷のおかわりをよそいつつ、言った。
「初耳。懐虫電燈でバイトしてたんだ」
「学費を稼ぐためよ。家が貧しかったからね。私もお父さんも、由良にはそんな苦労をして欲しくなかったの」
でも、と由良の母親は申し訳なさそうに微笑んだ。
「雑誌で由良のお店が特集されている記事を見た時、私達が間違ってたのかもしれないって初めて気づいた。会社に勤めていた頃はいつも暗い顔をしていたのに、記事の写真に映っていた貴方の顔はすごく生き生きしていたから。反対して、ごめんなさい」
「すまなかったな」
両親は箸を置き、由良に謝った。
今までテコでも動かないと思っていた両親が、目の前で謝罪している。ついさっきまでは想像もしなかった展開だった。胸の奥でつっかえていたものが消え、自然と涙があふれてきた。ポン酢に涙を落とさないよう、ハンカチで拭った。
「……私こそ、前に帰った時に酷いこと言ってごめんなさい。自分の気持ちばかりで、お父さんとお母さんがどう思っているかなんて、全く考えてなかった。もっと早く分かっていたら良かったのに」
由良は両親に向かって初めてまともに笑い、宣言した。
「私、来年のお正月は帰るから。二人が今日のことを覚えていなくても、私を許していなくても、ちゃんと話して分かり合いたい。いいよね?」
「あぁ」
「もちろん」
両親も涙をにじませ、頷く。
生前、祖父は「お父さんとお母さんは由良が大好きだから、由良のためを思って働いているんだよ」と話していた。
ずっと嘘だと思ってきたが、愛のかけ方が間違っていただけで、本当にそうだったのかもしれない。由良は二人の顔を見て、初めてそう思えた。
「その時は僕もついて行っていいですか? この水炊き、美味しくって」
「……お店で作って差し上げるので、今回は遠慮して下さい」
由良は鍋をかっこむフリをし、赤らんだ顔を隠した。
(実家に連れて行ったら、付き合ってるみたいに思われるじゃないの!)
が、両親は「いいじゃないか、由良」と妙に乗り気だった。表情からでは分かりにくいが、なんだかソワソワしている。
「紅葉谷先生も一緒なら、楽しみが倍になるからな」
「先生?」
「サイン色紙、次にお越しになるまでに用意しておきますから」
「サイン色紙?」
「いやぁ、まさか添野さんのご両親が僕のファンだったとは! 偶然ってあるもんですねぇ!」
「ファン?」
その時、由良は気づいた。
部屋の本棚の一角に、紅葉谷の著作が全巻揃っていることに。よく観ると、紅葉谷が脚本を務めた「桜華妖」のDVDと有料のパンフレットまであった。
「……ファンだったんだ、紅葉谷さんの」
「私は桜花妖を観てからだけど、お父さんはデビュー作からの古参よ」
「まさか直接会えるとは思っていませんでしたよ。お暇でしたら、ぜひお越し下さい」
「やった!」
「勘弁して下さい」
その後、四人は仲良く(?)談笑しつつ、シメのうどんまで食べた。鶏肉の出汁が効いていて、初めて食べたはずなのに懐かしい味がした。
薄い琥珀色のスープに浮かぶ春菊の緑が、鮮やかに見えた。
(冬編②『行く年来る年、ぬくもりは紅玉(ルビィ)色』終わり)
(春編②へ続く)
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