心の落とし物

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
142 / 314
冬編②『行く年来る年、ぬくもりは紅玉(ルビィ)色』

第五話「鍋パのシメ」⑶

しおりを挟む
 夕飯は、多めに作っておいたトマトキムチ鍋の雑炊を食べた。真冬達には言わなかったが、チーズと一緒に牛乳も入れると、辛みがマイルドになってさらに美味しかった。
 物足りなくなったら、元の辛い状態の雑炊を食べる。口の中が辛くなってきたら、牛乳を入れて食べる。また物足りなくなったら辛い方を……おかわりがある限り、無限に食べられる組み合わせだった。
 そして気がつけば、ひと家族分の雑炊を一人で食べきってしまった。
「明日の昼用に残しておこうと思っていたけれど……まぁいっか。お雑煮食べよう」

 その夜、由良は美味しそうな匂いにつられて目が覚めた。談笑する人の声すら聞こえる。
 テレビを見ながら寝入ってしまったらしく、コタツに入ったままだった。
「テレビ、消さなきゃ」
 暑さで頭がボーッとしながらも起き上がる。
 すると、
「由良、やっと起きたか」
「ちょうど鍋が煮えたのよ」
「添野さん、嫌いなものはないですか?」
 由良の両親と紅葉谷が由良と同じコタツに入り、鍋を囲んでいた。表情に乏しい両親と、ニヘラヘラと笑っている紅葉谷の組み合わせは、ひどくアンバランスだった。
 テーブルに載っているのは祖父も使っていた古い土鍋で、美味しそうな水炊きが煮えていた。具材は鶏肉、豆腐、白菜、ネギ、しいたけ……と、奇しくも由良が両親とケンカした日に食べたものと同じだった。
 いるはずのないはずの三人に、由良は頭の中が真っ白になった。
「……はい?」
 よく見ると由良がいるのは自宅ではなく、実家のリビングだった。畳敷きで、テレビには除夜の鐘が映っている。
 窓の向こうは雪が降っており、地面にうっすら積もっていた。信じがたいことに、雪だるまの大群が愉快に遊んでいる。その光景を見て、「これは真冬さんの仕業だな」と由良は確信した。
(真冬さん……私と両親のこと、紅葉谷さんから聞いたのかな? 仲直りでもさせるつもり? いくら相手が〈心の落とし物〉だからって、今さら仲良く鍋を囲むなんて気まずいだけなのに)
「はい、由良さんの分」
「あ、ありがとうございます」
 由良の母親が器に鍋をよそい、紅葉谷経由で由良に渡す。小皿に注いだ大根おろし入りのポン酢も、続けて寄越してきた。逃げ出したいのは山々だが、紅葉谷を一人置いては行けなかった。
 器が全員分行き渡ると「いただきます」と手を合わせ、無言で鍋を食べ始めた。由良も渋々箸を手に取り、白菜と鶏肉を一緒に口にする。鶏肉がダシ代わりになっていて、汁を通して野菜にも旨味が染みている。これならシメも期待出来そうだった。
(〈心の落とし物〉なのに味があるって、不思議。一刻も早くここを出たいけど、せっかくならシメのうどんを食べてからにしたいなぁ)
「由良」
 ふいに、父親が重々しく口を開いた。
 一気に部屋の空気が張り詰める。紅葉谷だけは「大根おろし追加してもいいですか?」と呑気だった。
「お前、今年も帰って来ないつもりか?」
 険しい面持ちで、由良に視線を向ける。
 由良は一瞬、父親とケンカした時のことを思い出し、体が強張った。が、父親の顔が何処となく渡来屋に似ていたために、気まずさよりも怒りの方が勝った。
「だったら、何? 帰って来なくていいって言ったのは、そっちでしょう? 用があるなら、そちらから連絡してきて下さい」
 渡来屋と話している時のように、口がよく回る。
 おかげで父親は虚をつかれた様子で、
「あれはうっかり口を滑らせたんだ。本気じゃない」
 と、ガラにもなく言い訳した。
「それに、父さんの店を売った訳も話さなくちゃならないし」
「いらないから処分したんじゃないの?」
「違う」
 父親は鍋のおかわりをよそいながら答えた。
「残しておきたいからこそ、玉蟲匣さんに売ったんだ。あの人になら、安心してあの店を任せられるからな」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

結婚なんてしなければよかった。

haruno
恋愛
夫が選んだのは私ではない女性。 蔑ろにされたことを抗議するも、夫から返ってきたのは冷たい言葉。 結婚なんてしなければよかった。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

夢の国警備員~殺気が駄々洩れだけどやっぱりメルヘンがお似合い~

鏡野ゆう
ライト文芸
日本のどこかにあるテーマパークの警備スタッフを中心とした日常。 イメージ的には、あそことあそことあそことあそこを足して、4で割らない感じの何でもありなテーマパークです(笑) ※第7回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます♪※ カクヨムでも公開中です。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

エスポワールに行かないで

茉莉花 香乃
BL
あの人が好きだった。でも、俺は自分を守るためにあの人から離れた。でも、会いたい。 そんな俺に好意を寄せてくれる人が現れた。 「エスポワールで会いましょう」のスピンオフです。和希のお話になります。 ハッピーエンド 他サイトにも公開しています

身体強化って、何気にチートじゃないですか!?

ルーグイウル
ファンタジー
 病弱で寝たきりの少年「立原隆人」はある日他界する。そんな彼の意志に残ったのは『もっと強い体が欲しい』。       そんな彼の意志と強靭な魂は世界の壁を越え異世界へとたどり着く。でも目覚めたのは真っ暗なダンジョンの奥地で…?  これは異世界で新たな肉体を得た立原隆人-リュートがパワーレベリングして得たぶっ飛んだレベルとチートっぽいスキルをひっさげアヴァロンを王道ルートまっしぐら、テンプレート通りに謳歌する物語。  初投稿作品です。つたない文章だと思いますが温かい目で見ていただけたらと思います。

未開の惑星に不時着したけど帰れそうにないので人外ハーレムを目指してみます(Ver.02)

京衛武百十
ファンタジー
俺の名は錬是(れんぜ)。開拓や開発に適した惑星を探す惑星ハンターだ。 だが、宇宙船の故障である未開の惑星に不時着。宇宙船の頭脳体でもあるメイトギアのエレクシアYM10と共にサバイバル生活をすることになった。 と言っても、メイトギアのエレクシアYM10がいれば身の回りの世話は完璧にしてくれるし食料だってエレクシアが確保してくれるしで、存外、快適な生活をしてる。 しかもこの惑星、どうやらかつて人間がいたらしく、その成れの果てなのか何なのか、やけに人間っぽいクリーチャーが多数生息してたんだ。 地球人以外の知的生命体、しかも人類らしいものがいた惑星となれば歴史に残る大発見なんだが、いかんせん帰る当てもない俺は、そこのクリーチャー達と仲良くなることで残りの人生を楽しむことにしたのだった。     筆者より。 なろうで連載中の「未開の惑星に不時着したけど帰れそうにないので人外ハーレムを目指してみます」に若干の手直しを加えたVer.02として連載します。 なお、連載も長くなりましたが、第五章の「幸せ」までで錬是を主人公とした物語自体はいったん完結しています。それ以降は<錬是視点の別の物語>と捉えていただいても間違いではないでしょう。

処理中です...