心の落とし物

緋色刹那

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冬編②『行く年来る年、ぬくもりは紅玉(ルビィ)色』

第五話「鍋パのシメ」⑶

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 夕飯は、多めに作っておいたトマトキムチ鍋の雑炊を食べた。真冬達には言わなかったが、チーズと一緒に牛乳も入れると、辛みがマイルドになってさらに美味しかった。
 物足りなくなったら、元の辛い状態の雑炊を食べる。口の中が辛くなってきたら、牛乳を入れて食べる。また物足りなくなったら辛い方を……おかわりがある限り、無限に食べられる組み合わせだった。
 そして気がつけば、ひと家族分の雑炊を一人で食べきってしまった。
「明日の昼用に残しておこうと思っていたけれど……まぁいっか。お雑煮食べよう」

 その夜、由良は美味しそうな匂いにつられて目が覚めた。談笑する人の声すら聞こえる。
 テレビを見ながら寝入ってしまったらしく、コタツに入ったままだった。
「テレビ、消さなきゃ」
 暑さで頭がボーッとしながらも起き上がる。
 すると、
「由良、やっと起きたか」
「ちょうど鍋が煮えたのよ」
「添野さん、嫌いなものはないですか?」
 由良の両親と紅葉谷が由良と同じコタツに入り、鍋を囲んでいた。表情に乏しい両親と、ニヘラヘラと笑っている紅葉谷の組み合わせは、ひどくアンバランスだった。
 テーブルに載っているのは祖父も使っていた古い土鍋で、美味しそうな水炊きが煮えていた。具材は鶏肉、豆腐、白菜、ネギ、しいたけ……と、奇しくも由良が両親とケンカした日に食べたものと同じだった。
 いるはずのないはずの三人に、由良は頭の中が真っ白になった。
「……はい?」
 よく見ると由良がいるのは自宅ではなく、実家のリビングだった。畳敷きで、テレビには除夜の鐘が映っている。
 窓の向こうは雪が降っており、地面にうっすら積もっていた。信じがたいことに、雪だるまの大群が愉快に遊んでいる。その光景を見て、「これは真冬さんの仕業だな」と由良は確信した。
(真冬さん……私と両親のこと、紅葉谷さんから聞いたのかな? 仲直りでもさせるつもり? いくら相手が〈心の落とし物〉だからって、今さら仲良く鍋を囲むなんて気まずいだけなのに)
「はい、由良さんの分」
「あ、ありがとうございます」
 由良の母親が器に鍋をよそい、紅葉谷経由で由良に渡す。小皿に注いだ大根おろし入りのポン酢も、続けて寄越してきた。逃げ出したいのは山々だが、紅葉谷を一人置いては行けなかった。
 器が全員分行き渡ると「いただきます」と手を合わせ、無言で鍋を食べ始めた。由良も渋々箸を手に取り、白菜と鶏肉を一緒に口にする。鶏肉がダシ代わりになっていて、汁を通して野菜にも旨味が染みている。これならシメも期待出来そうだった。
(〈心の落とし物〉なのに味があるって、不思議。一刻も早くここを出たいけど、せっかくならシメのうどんを食べてからにしたいなぁ)
「由良」
 ふいに、父親が重々しく口を開いた。
 一気に部屋の空気が張り詰める。紅葉谷だけは「大根おろし追加してもいいですか?」と呑気だった。
「お前、今年も帰って来ないつもりか?」
 険しい面持ちで、由良に視線を向ける。
 由良は一瞬、父親とケンカした時のことを思い出し、体が強張った。が、父親の顔が何処となく渡来屋に似ていたために、気まずさよりも怒りの方が勝った。
「だったら、何? 帰って来なくていいって言ったのは、そっちでしょう? 用があるなら、そちらから連絡してきて下さい」
 渡来屋と話している時のように、口がよく回る。
 おかげで父親は虚をつかれた様子で、
「あれはうっかり口を滑らせたんだ。本気じゃない」
 と、ガラにもなく言い訳した。
「それに、父さんの店を売った訳も話さなくちゃならないし」
「いらないから処分したんじゃないの?」
「違う」
 父親は鍋のおかわりをよそいながら答えた。
「残しておきたいからこそ、玉蟲匣さんに売ったんだ。あの人になら、安心してあの店を任せられるからな」
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