140 / 314
冬編②『行く年来る年、ぬくもりは紅玉(ルビィ)色』
第五話「鍋パのシメ」⑴
しおりを挟む
鍋。
それは冬の風物詩。
野菜、お肉、お魚、などなど……好きな具材を鍋へ投じ、煮込むべし。お出汁に味をつけても、また美味。
シメのバリエーションも豊富で、雑炊、うどん、ラーメン、リゾット、パスタなどなど、悩むこと必至。
伝統的にして、無限大。
それこそが、鍋……。
大晦日の昼。
寝正月ならぬ、寝大晦日をかましていた由良は、けたたましいインターホンの音で目覚めた。
「はいはい、今出ますよっと……」
寝ぼけ眼でコタツから這い出し、玄関のドアを開ける。
家の前には真冬を筆頭に、中林、紅葉谷、扇、珠緒の五人が集まっていた。
「由良さん、こんにちは! 突然ですが、今から鍋パーティしませんか?」
「スマホに連絡したんですけど、時間になっても返事がなかったので来ちゃいました!」
「材料はひと通り買い揃えてあるので、ご安心を!」
「とりあえず、寒いから上がっていいかしら?」
「お邪魔しまーす」
悪びれもなく、家に上がる。扇以外の四人は鍋の材料らしき食材をエコバッグに入れて持ってきていた。家主の由良以外、準備万端だ。
突然のことに、由良はあっけに取られていた。特に、日本にはいないはずの珠緒がいることに驚いた。
「珠緒、今年も買い付け先で年越すって言ってなかったっけ?」
「そのつもりだったんだけどね。日本を経由して行こうとしたら、飛行機が雪で飛ばなくなっちゃったの。だから今年の年末年始は、諦めて実家で過ごすよ」
「マジか」
あまりにも唐突な展開に、由良は「真冬の仕業ではないか?」とすら考えた。彼女は寂しくなると妄想し、〈心の落とし物〉を生み出してしまう体質なのだ。
試しに、スマホで珠緒の写真を撮ってみる。目の前の珠緒が〈心の落とし物〉ならば映らないはずだが、無事に無表情でピースをする珠緒が撮れてしまった。
「……ちなみに日向子は?」
「張り込みで忙しいんだって。お騒がせ大物女優のスキャンダルを狙ってるらしいよ」
「へぇ、なんて名前の人?」
「扇華恋」
「日向子ー? いるんでしょー? 鍋するからアンタも手伝いなさーい」
由良は外付けの階段から身を乗り出し、野良猫と一緒に建物と建物の隙間に潜んでいた日向子に声をかけた。
鍋パーティの発起人は、真冬だった。
「私、一人暮らしじゃないですか。なので、家でお鍋をする時は一人用の小さいお鍋で作ってるんです。でも、たまには大きなお鍋で食べたいなぁと思いまして……お時間が合う皆さんに声をかけて、今年最後の鍋パーティをすることにしたんです!」
「夢が叶って良かったですね。何故私の家を会場に選んだのか、という疑問は残りますが」
「誰も大きなお鍋を持って来られなかったので、由良さんのお家にならあるんじゃないかって、有希さんが」
「なるほど。私は鍋要員ですか」
「だって、オータムフェスで買い過ぎたって仰ってたじゃないですかー」
一同はリビングのコタツに入り、鍋を囲む。材料は皆で手分けして切り、味付けは由良が担当した。
真冬の言う通り、肝心の鍋は持って来ていなかったので、由良の自宅にある美麗漆器の土鍋を使った。くすみがかった白磁に、南天の葉と実、それらを組み合わせて作った雪ウサギの絵が色鮮やかに描かれている。真冬は雪ウサギを見て「ウサギの雪ちゃん!」と喜んでいた。
「それにしても美味しいわね、トマトキムチ鍋。絶対に合わない組み合わせだと思ってたのに」
扇が小皿に取り分けた具材を口にし、感心しする。
真冬達が買ってきたのは、トマト鍋とキムチ鍋の二種類の材料だった。どちらを作るか決めかね、両方買ってきたのだ。どちらを先に食べるか揉める一同に、由良は提案した。
「だったら、混ぜてもいい?」
「混ぜる?」
その結果出来上がったのが、トマトキムチ鍋だった。トマトの酸味とキムチの辛味がお互いの欠点を補いあい、新たな旨みを作り出している。味付け以外の具材がほぼ一緒だったのも、都合が良かった。
当初、由良以外の面々は「本当に美味しいのか?」と半信半疑だったが、ひと口食べた途端、その美味しさに驚いていた。
「美味しい! 私、トマト鍋は酸っぱくて苦手なんですけど、これなら食べられます!」
「私も! 辛いのは苦手ですけど、このお鍋は程よく辛くてクセになりますね!」
キムチ鍋派の中林と、トマト鍋派の真冬も納得する。
これで鍋を巡る争いに終止符が打たれたかと思いきや、
「シメはどうする?」
「雑炊に決まってます!」
「いや、ラーメンでしょ!」
と、再び揉めた。
それは冬の風物詩。
野菜、お肉、お魚、などなど……好きな具材を鍋へ投じ、煮込むべし。お出汁に味をつけても、また美味。
シメのバリエーションも豊富で、雑炊、うどん、ラーメン、リゾット、パスタなどなど、悩むこと必至。
伝統的にして、無限大。
それこそが、鍋……。
大晦日の昼。
寝正月ならぬ、寝大晦日をかましていた由良は、けたたましいインターホンの音で目覚めた。
「はいはい、今出ますよっと……」
寝ぼけ眼でコタツから這い出し、玄関のドアを開ける。
家の前には真冬を筆頭に、中林、紅葉谷、扇、珠緒の五人が集まっていた。
「由良さん、こんにちは! 突然ですが、今から鍋パーティしませんか?」
「スマホに連絡したんですけど、時間になっても返事がなかったので来ちゃいました!」
「材料はひと通り買い揃えてあるので、ご安心を!」
「とりあえず、寒いから上がっていいかしら?」
「お邪魔しまーす」
悪びれもなく、家に上がる。扇以外の四人は鍋の材料らしき食材をエコバッグに入れて持ってきていた。家主の由良以外、準備万端だ。
突然のことに、由良はあっけに取られていた。特に、日本にはいないはずの珠緒がいることに驚いた。
「珠緒、今年も買い付け先で年越すって言ってなかったっけ?」
「そのつもりだったんだけどね。日本を経由して行こうとしたら、飛行機が雪で飛ばなくなっちゃったの。だから今年の年末年始は、諦めて実家で過ごすよ」
「マジか」
あまりにも唐突な展開に、由良は「真冬の仕業ではないか?」とすら考えた。彼女は寂しくなると妄想し、〈心の落とし物〉を生み出してしまう体質なのだ。
試しに、スマホで珠緒の写真を撮ってみる。目の前の珠緒が〈心の落とし物〉ならば映らないはずだが、無事に無表情でピースをする珠緒が撮れてしまった。
「……ちなみに日向子は?」
「張り込みで忙しいんだって。お騒がせ大物女優のスキャンダルを狙ってるらしいよ」
「へぇ、なんて名前の人?」
「扇華恋」
「日向子ー? いるんでしょー? 鍋するからアンタも手伝いなさーい」
由良は外付けの階段から身を乗り出し、野良猫と一緒に建物と建物の隙間に潜んでいた日向子に声をかけた。
鍋パーティの発起人は、真冬だった。
「私、一人暮らしじゃないですか。なので、家でお鍋をする時は一人用の小さいお鍋で作ってるんです。でも、たまには大きなお鍋で食べたいなぁと思いまして……お時間が合う皆さんに声をかけて、今年最後の鍋パーティをすることにしたんです!」
「夢が叶って良かったですね。何故私の家を会場に選んだのか、という疑問は残りますが」
「誰も大きなお鍋を持って来られなかったので、由良さんのお家にならあるんじゃないかって、有希さんが」
「なるほど。私は鍋要員ですか」
「だって、オータムフェスで買い過ぎたって仰ってたじゃないですかー」
一同はリビングのコタツに入り、鍋を囲む。材料は皆で手分けして切り、味付けは由良が担当した。
真冬の言う通り、肝心の鍋は持って来ていなかったので、由良の自宅にある美麗漆器の土鍋を使った。くすみがかった白磁に、南天の葉と実、それらを組み合わせて作った雪ウサギの絵が色鮮やかに描かれている。真冬は雪ウサギを見て「ウサギの雪ちゃん!」と喜んでいた。
「それにしても美味しいわね、トマトキムチ鍋。絶対に合わない組み合わせだと思ってたのに」
扇が小皿に取り分けた具材を口にし、感心しする。
真冬達が買ってきたのは、トマト鍋とキムチ鍋の二種類の材料だった。どちらを作るか決めかね、両方買ってきたのだ。どちらを先に食べるか揉める一同に、由良は提案した。
「だったら、混ぜてもいい?」
「混ぜる?」
その結果出来上がったのが、トマトキムチ鍋だった。トマトの酸味とキムチの辛味がお互いの欠点を補いあい、新たな旨みを作り出している。味付け以外の具材がほぼ一緒だったのも、都合が良かった。
当初、由良以外の面々は「本当に美味しいのか?」と半信半疑だったが、ひと口食べた途端、その美味しさに驚いていた。
「美味しい! 私、トマト鍋は酸っぱくて苦手なんですけど、これなら食べられます!」
「私も! 辛いのは苦手ですけど、このお鍋は程よく辛くてクセになりますね!」
キムチ鍋派の中林と、トマト鍋派の真冬も納得する。
これで鍋を巡る争いに終止符が打たれたかと思いきや、
「シメはどうする?」
「雑炊に決まってます!」
「いや、ラーメンでしょ!」
と、再び揉めた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
鬼の閻火とおんぼろ喫茶
碧野葉菜
キャラ文芸
ほっこりじんわり大賞にて奨励賞を受賞しました!ありがとうございます♪
高校を卒業してすぐ、急逝した祖母の喫茶店を継いだ萌香(もか)。
気合いだけは十分だったが現実はそう甘くない。
奮闘すれど客足は遠のくばかりで毎日が空回り。
そんなある日突然現れた閻魔大王の閻火(えんび)に結婚を迫られる。
嘘をつけない鬼のさだめを利用し、萌香はある提案を持ちかける。
「おいしいと言わせることができたらこの話はなかったことに」
激辛採点の閻火に揉まれ、幼なじみの藍之介(あいのすけ)に癒され、周囲を巻き込みつつおばあちゃんが言い残した「大切なこと」を探す。
果たして萌香は約束の期限までに閻火に「おいしい」と言わせ喫茶店を守ることができるのだろうか?
ヒューマンドラマ要素強めのほっこりファンタジー風味なラブコメグルメ奮闘記。
借金背負ったので死ぬ気でダンジョン行ったら人生変わった件 やけくそで潜った最凶の迷宮で瀕死の国民的美少女を救ってみた
羽黒 楓
ファンタジー
旧題:借金背負ったので兄妹で死のうと生還不可能の最難関ダンジョンに二人で潜ったら瀕死の人気美少女配信者を助けちゃったので連れて帰るしかない件
借金一億二千万円! もう駄目だ! 二人で心中しようと配信しながらSSS級ダンジョンに潜った俺たち兄妹。そしたらその下層階で国民的人気配信者の女の子が遭難していた! 助けてあげたらどんどんとスパチャが入ってくるじゃん! ってかもはや社会現象じゃん! 俺のスキルは【マネーインジェクション】! 預金残高を消費してパワーにし、それを自分や他人に注射してパワーアップさせる能力。ほらお前ら、この子を助けたければどんどんスパチャしまくれ! その金でパワーを女の子たちに注入注入! これだけ金あれば借金返せそう、もうこうなりゃ絶対に生還するぞ! 最難関ダンジョンだけど、絶対に生きて脱出するぞ! どんな手を使ってでも!
出雲の駄菓子屋日誌
にぎた
ホラー
舞台は観光地としてと有名な熱海。
主人公の菅野真太郎がいる「出雲の駄菓子屋」は、お菓子の他にも、古く珍しい骨董品も取り扱っていた。
中には、いわくつきの物まで。
年に一度、夏に行われる供養式。「今年の供養式は穏便にいかない気がする」という言葉の通り、数奇な運命の糸を辿った乱入者たちによって、会場は大混乱へ陥り、そして謎の白い光に飲み込まれてしまう。
目を開けると、そこは熱海の街にそっくりな異界――まさに「死の世界」であった。
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
喫茶店オルクスには鬼が潜む
奏多
キャラ文芸
美月が通うようになった喫茶店は、本一冊読み切るまで長居しても怒られない場所。
そこに通うようになったのは、片思いの末にどうしても避けたい人がいるからで……。
そんな折、不可思議なことが起こり始めた美月は、店員の青年に助けられたことで、その秘密を知って行って……。
なろうでも連載、カクヨムでも先行連載。
ようこそ燐光喫茶室へ
豊川バンリ
ライト文芸
招かれた者の前にだけ現れる、こぢんまりとした洋館ティーサロン「フォスフォレッセンス」。
温かみのあるアンティークなしつらえの店内は、まるで貴族の秘密のサロン室のよう。
青い瞳の老執事と、黒い長髪を艷やかに翻す若執事が、少し疲れてしまったあなたを優しくおもてなしします。
極上のスイーツと香り豊かなお茶を、当店自慢の百合の小庭をご覧になりながらお楽しみください。
※一話完結、不定期連載です。
下の階にはツキノワグマが住んでいる
鞠目
現代文学
住んでいた賃貸マンションで火事があり引っ越すことにした私。不動産屋さんに紹介してもらった物件は築35年「動物入居可能」の物件だった。
下の階に住むツキノワグマと私の穏やかな日常。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる