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冬編②『行く年来る年、ぬくもりは紅玉(ルビィ)色』
第四話「渡せなかったオクリモノ」⑶
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中林は声を上げ、驚く。幸い、他の従業員達の笑い声でかき消されたので注目はされなかった。
こりずに、〈探し人〉がいるであろう場所へジッと目を凝らす。鼻先数ミリまで近づいても気が付かなかったので、「諦めなさい」と由良が中林の肩をつかんで、顔を退けさせた。
「何で戻って来ちゃったんですか? さっき、ゴミ捨てのついでに成仏させて来るって言ってましたよね?」
「させたはずなんだけどね……私も、何が何だか」
困惑する由良と中林に構わず、〈探し人〉の女性はくすねたおにぎりに「はむっ」と食らいつく。よほど美味しかったのか、「むふふ」と笑みをこぼしていた。
「勝手に食べないで下さいよ」
「だって、美味しいんですもん。梅干しの塩味がちょうど良くて、甘い梅干しが苦手な私にはぴったりです」
「奇遇ですね。私も甘い梅干しは苦手です」
「ですよねぇ! あんな甘ったるい梅干しで、どうやって米を食べろと?!」
「味覚は人それぞれですから」
由良は「で?」と、先程女性がLAMPに来た時には持っていなかった包みに視線を向けた。
「どうしてまた来ちゃったんですか? その小脇に抱えている代物が原因ですか?」
「そうなんです!」
女性はおにぎりを完食すると、小包を両手で持ち、由良に差し出した。
「先輩! バレンタインのチョコ、受け取って下さい!」
「誰が先輩ですか」
「いやぁ……先輩に送るつもりのチョコだったので、これでいけるかなと」
「無理です。本物の先輩に渡して下さい」
「ですよねぇ」
女性は苦笑いする。
彼女が持っていたのは大きなハート型のバレンタインチョコだった。ピンク色の包装紙と赤色のリボンでラッピングしてある。愛らしさと本気を兼ねた、ザ本命チョコだった。
「これ、学生の時に作ったバレンタインチョコなんです。結局渡せなくて、押し入れの奥に突っ込んじゃってたんですけど」
「……これが、ずっと押し入れの中に?」
「はい」
「……」
由良は女性から無言で距離を取る。女性の年齢からして、中のチョコが腐っているのは明らかだった。
女性は由良の反応から察したのか、「あっ!」と慌てて付け加えた。
「中身は持ち帰ってすぐ、家族に食べてもらったので空っぽですよ!」
「それを早く言って下さいよ」
由良は安心して、元の位置に戻った。
「ということは、中身がないのに捨てられないんですか?」
「一生懸命ラッピングしたので……これの他にも、渡せなかったプレゼントのラッピングや空き箱がたくさん残っているんです。何か、いい片付け方をご存じではありませんか?」
「渡来屋さんに引き取ってもらえばいいじゃないですか」
途端に、女性は顔を曇らせた。
「それが……今は手紙屋だからダメって断られちゃったんです。包装紙屋をする予定は当分ないから、と」
「……なんて、白状な男。手紙を包装紙で包むことだってあるんだから、ついでに引き取ってくれればいいのに」
それを聞いて、由良も顔をしかめる。
女性は申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません。またお知恵をお貸し頂けませんか?」
「と仰られても、急には……中林さん、何かいい案ある?」
「ふぁい?」
中林は浅漬けをスナック菓子感覚でポリポリと食べながら、「何の話ですか?」と聞き返した。
「使わないけど捨てられないラッピングを、どう始末すればいいかって話。包装紙とかリボンとか」
「あー、ありますねぇ。贈答品のラッピングは質やデザインが良いので、もったいなくて捨てられないんですよねぇ。家族や友達からもらったプレゼントに至っては、思い出深くて"捨てる"という考えすら頭に浮かびませんし」
中林はしみじみと頷く。〈探し人〉の女性も「ですよね!」と隣で目を輝かせていた。
「じゃあ、全部残しているの?」
「いえ、再利用してます。小物を入れたり、ブックカバーにしたり。劣化させたくない物は、広げてファイルに入れてますよ。好きな時に見返せるし、かさばらないのでおすすめです」
「なるほど……ファイルに入れるのは盲点でしたね」
女性は立ち上がり、由良と中林に礼を言った。
「アドバイス、ありがとうございました。どのラッピングをどう残そうか、改めて考えてみようと思います」
目の前でパッと消える。
中林は女性が消えたことに気づかず、アドバイスを続けていた。
「リボンは髪留めや小物のアクセントに使えて便利ですよ。ブックカバーにくっつけて、しおりとして使ってもいいですね」
「中林さん、もういなくなったから大丈夫。助かったわ」
「えっ、本当ですか? 良かったー」
こりずに、〈探し人〉がいるであろう場所へジッと目を凝らす。鼻先数ミリまで近づいても気が付かなかったので、「諦めなさい」と由良が中林の肩をつかんで、顔を退けさせた。
「何で戻って来ちゃったんですか? さっき、ゴミ捨てのついでに成仏させて来るって言ってましたよね?」
「させたはずなんだけどね……私も、何が何だか」
困惑する由良と中林に構わず、〈探し人〉の女性はくすねたおにぎりに「はむっ」と食らいつく。よほど美味しかったのか、「むふふ」と笑みをこぼしていた。
「勝手に食べないで下さいよ」
「だって、美味しいんですもん。梅干しの塩味がちょうど良くて、甘い梅干しが苦手な私にはぴったりです」
「奇遇ですね。私も甘い梅干しは苦手です」
「ですよねぇ! あんな甘ったるい梅干しで、どうやって米を食べろと?!」
「味覚は人それぞれですから」
由良は「で?」と、先程女性がLAMPに来た時には持っていなかった包みに視線を向けた。
「どうしてまた来ちゃったんですか? その小脇に抱えている代物が原因ですか?」
「そうなんです!」
女性はおにぎりを完食すると、小包を両手で持ち、由良に差し出した。
「先輩! バレンタインのチョコ、受け取って下さい!」
「誰が先輩ですか」
「いやぁ……先輩に送るつもりのチョコだったので、これでいけるかなと」
「無理です。本物の先輩に渡して下さい」
「ですよねぇ」
女性は苦笑いする。
彼女が持っていたのは大きなハート型のバレンタインチョコだった。ピンク色の包装紙と赤色のリボンでラッピングしてある。愛らしさと本気を兼ねた、ザ本命チョコだった。
「これ、学生の時に作ったバレンタインチョコなんです。結局渡せなくて、押し入れの奥に突っ込んじゃってたんですけど」
「……これが、ずっと押し入れの中に?」
「はい」
「……」
由良は女性から無言で距離を取る。女性の年齢からして、中のチョコが腐っているのは明らかだった。
女性は由良の反応から察したのか、「あっ!」と慌てて付け加えた。
「中身は持ち帰ってすぐ、家族に食べてもらったので空っぽですよ!」
「それを早く言って下さいよ」
由良は安心して、元の位置に戻った。
「ということは、中身がないのに捨てられないんですか?」
「一生懸命ラッピングしたので……これの他にも、渡せなかったプレゼントのラッピングや空き箱がたくさん残っているんです。何か、いい片付け方をご存じではありませんか?」
「渡来屋さんに引き取ってもらえばいいじゃないですか」
途端に、女性は顔を曇らせた。
「それが……今は手紙屋だからダメって断られちゃったんです。包装紙屋をする予定は当分ないから、と」
「……なんて、白状な男。手紙を包装紙で包むことだってあるんだから、ついでに引き取ってくれればいいのに」
それを聞いて、由良も顔をしかめる。
女性は申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません。またお知恵をお貸し頂けませんか?」
「と仰られても、急には……中林さん、何かいい案ある?」
「ふぁい?」
中林は浅漬けをスナック菓子感覚でポリポリと食べながら、「何の話ですか?」と聞き返した。
「使わないけど捨てられないラッピングを、どう始末すればいいかって話。包装紙とかリボンとか」
「あー、ありますねぇ。贈答品のラッピングは質やデザインが良いので、もったいなくて捨てられないんですよねぇ。家族や友達からもらったプレゼントに至っては、思い出深くて"捨てる"という考えすら頭に浮かびませんし」
中林はしみじみと頷く。〈探し人〉の女性も「ですよね!」と隣で目を輝かせていた。
「じゃあ、全部残しているの?」
「いえ、再利用してます。小物を入れたり、ブックカバーにしたり。劣化させたくない物は、広げてファイルに入れてますよ。好きな時に見返せるし、かさばらないのでおすすめです」
「なるほど……ファイルに入れるのは盲点でしたね」
女性は立ち上がり、由良と中林に礼を言った。
「アドバイス、ありがとうございました。どのラッピングをどう残そうか、改めて考えてみようと思います」
目の前でパッと消える。
中林は女性が消えたことに気づかず、アドバイスを続けていた。
「リボンは髪留めや小物のアクセントに使えて便利ですよ。ブックカバーにくっつけて、しおりとして使ってもいいですね」
「中林さん、もういなくなったから大丈夫。助かったわ」
「えっ、本当ですか? 良かったー」
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