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冬編②『行く年来る年、ぬくもりは紅玉(ルビィ)色』
第一話「燐寸と双子とルビー」⑵
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翌日、由良は休憩時間の合間に玉蟲匣を訪れた。
今日は探し物のアテがはっきりしていたため、渡来屋がいつ屋根裏部屋へ真っ直ぐ向かった。階段の入口を塞いでいるはずの本棚は、由良の来訪を知っていたかのように退いていた。
「渡来屋さん、ちょっと伺いたいことがあるんですけど」
急ぎ足で階段を上り、ドアを開く。
すると目線の下に大きな赤い塊が二つ見えた。
「いらっしゃいませ」
「ようこそ、渡来屋へ」
二つの塊はふくみのある笑みを浮かべ、由良に声をかける。
視線を落とすと、赤い塊だと思っていたのは赤い着物を着た二人の少女だった。双子なのか、瓜二つの顔をしている。あまりにもそっくりで、前髪につけている椿の髪飾りが右寄りか左寄りかでしか判別がつかなかった。
「……貴方達、どこの子?」
「ここの子よ、今はね」
「今は、ね」
双子はクスクスと笑い、部屋の奥へ引っ込む。
その先には渡来屋がカウチで寝そべり、手紙を読んでいた。文字に目を走らせ、流し読みしては足元にある木箱へ放る。箱には他にも大量の手紙が入っており、双子もその中から手紙を漁っては、渡来屋の真似をして手紙を読んでいるフリをし、遊んでいた。
「彼女達は〈探し人〉だ。故あって雇っている」
「いくら〈探し人〉だからって、子供を働かせるのはどうかと思うけど」
由良は眉をひそめ、渡来屋に近づく。
今日の渡来屋は手紙屋らしく、クリスマスカードや年賀状、ポストカード、封をされたままのラブレターなどが、部屋中の棚に所狭しと飾られていた。在庫はまだまだあるようで、大量の手紙が入った木箱が壁の前にうずたかく積まれている。
そこかしこに小さく砕かれた赤いフローライトが照明代わりに置かれていた。
「訳があると言っただろう? 彼女達が探している〈心の落とし物〉は少々厄介な代物でね」
「舐め終わった飴玉とか、うっかり手を離して飛んで行った風船とかかしら」
由良は思いついたままに例を挙げてみる。
しかし渡来屋は「そんな簡単に手に入る落とし物だったら、どれほど良かったことか」と、深くため息をついた。
「……ルビーだよ。先日のオータムフェスで見かけたらしい。俺の拳ほどの大きさで、球体にカットされていたそうだ。まぁ、十中八九偽物だろうが、お前はそれらしいものを見かけなかったか?」
「たぶん、見てないと思う」
由良は秋に訪れたオータムフェスの記憶をたどり、首を振った。
オータムフェスは誰でも参加できるため、偽物が売られることも多い。とりわけ価値のある骨董品は、あからさまな偽物から鑑定士でないと見分けられないほど精巧な物まで多種多様にそろっていた。
由良もその道のプロではないにしろ、友人が骨董屋をやっている関係で多少の知識はある。例えば、ルビーは三カラットを超える大きなものは産出量が少なく、自然に産出したものは滅多にお目にかかれない、とか。
「そんなに大きなルビーが出品されていたら、すぐに噂になっていたはずでしょ? 相手は子供だし、模造品か何かを見間違えたんじゃないの?」
「俺もそう思って、代わりのルビーを用意した。だが、彼女達は納得してくれそうもない」
渡来屋は双子に視線を向ける。
いつのまにか双子は手紙を読むのをやめ、黒くぎょろっとした大きな目で由良をジッと見上げていた。
「うわっ」
「見間違いじゃないのよ」
「すごくすごく綺麗だったのよ」
「赤くてまん丸で、ピカピカ光っていたのよ」
「あれは絶対本物よ」
「絶対絶対、本物のルビーよ」
責めるような口ぶりで、赤い紅を差した小さな口を交互に開く。
こちらをジッと見つめたまま淡々と言葉をつむぐ少女達に、由良は恐怖すら感じた。
「分かった、分かった。本物ってことでいいから」
たまらず降参する。
由良が認めたのを確かめると、双子は再び何もなかったように手紙を読み始めた。
「……確かに、これは厄介だわ」
「だろう?」
渡来屋は由良に同情の視線を送る。
彼も同じように双子から迫られたに違いない。
「要するに、彼女達が欲しいのはルビーではない。オータムフェスで偶然見かけた何かだ。それが何か分かれば、彼女達にお暇してもらえるんだがな」
「そういう事情なら仕方ない、か。あの子達の居候を許可します。間違っても、玉蟲匣の商品に触らせないよう気をつけて」
「助かる。他所へ言ってくれと頼んでも、出て行ってくれなくてね。困っていたんだ」
渡来屋は言葉通り、本当に困っていたらしい。ホッとした様子で表情を和らげた。
今日は探し物のアテがはっきりしていたため、渡来屋がいつ屋根裏部屋へ真っ直ぐ向かった。階段の入口を塞いでいるはずの本棚は、由良の来訪を知っていたかのように退いていた。
「渡来屋さん、ちょっと伺いたいことがあるんですけど」
急ぎ足で階段を上り、ドアを開く。
すると目線の下に大きな赤い塊が二つ見えた。
「いらっしゃいませ」
「ようこそ、渡来屋へ」
二つの塊はふくみのある笑みを浮かべ、由良に声をかける。
視線を落とすと、赤い塊だと思っていたのは赤い着物を着た二人の少女だった。双子なのか、瓜二つの顔をしている。あまりにもそっくりで、前髪につけている椿の髪飾りが右寄りか左寄りかでしか判別がつかなかった。
「……貴方達、どこの子?」
「ここの子よ、今はね」
「今は、ね」
双子はクスクスと笑い、部屋の奥へ引っ込む。
その先には渡来屋がカウチで寝そべり、手紙を読んでいた。文字に目を走らせ、流し読みしては足元にある木箱へ放る。箱には他にも大量の手紙が入っており、双子もその中から手紙を漁っては、渡来屋の真似をして手紙を読んでいるフリをし、遊んでいた。
「彼女達は〈探し人〉だ。故あって雇っている」
「いくら〈探し人〉だからって、子供を働かせるのはどうかと思うけど」
由良は眉をひそめ、渡来屋に近づく。
今日の渡来屋は手紙屋らしく、クリスマスカードや年賀状、ポストカード、封をされたままのラブレターなどが、部屋中の棚に所狭しと飾られていた。在庫はまだまだあるようで、大量の手紙が入った木箱が壁の前にうずたかく積まれている。
そこかしこに小さく砕かれた赤いフローライトが照明代わりに置かれていた。
「訳があると言っただろう? 彼女達が探している〈心の落とし物〉は少々厄介な代物でね」
「舐め終わった飴玉とか、うっかり手を離して飛んで行った風船とかかしら」
由良は思いついたままに例を挙げてみる。
しかし渡来屋は「そんな簡単に手に入る落とし物だったら、どれほど良かったことか」と、深くため息をついた。
「……ルビーだよ。先日のオータムフェスで見かけたらしい。俺の拳ほどの大きさで、球体にカットされていたそうだ。まぁ、十中八九偽物だろうが、お前はそれらしいものを見かけなかったか?」
「たぶん、見てないと思う」
由良は秋に訪れたオータムフェスの記憶をたどり、首を振った。
オータムフェスは誰でも参加できるため、偽物が売られることも多い。とりわけ価値のある骨董品は、あからさまな偽物から鑑定士でないと見分けられないほど精巧な物まで多種多様にそろっていた。
由良もその道のプロではないにしろ、友人が骨董屋をやっている関係で多少の知識はある。例えば、ルビーは三カラットを超える大きなものは産出量が少なく、自然に産出したものは滅多にお目にかかれない、とか。
「そんなに大きなルビーが出品されていたら、すぐに噂になっていたはずでしょ? 相手は子供だし、模造品か何かを見間違えたんじゃないの?」
「俺もそう思って、代わりのルビーを用意した。だが、彼女達は納得してくれそうもない」
渡来屋は双子に視線を向ける。
いつのまにか双子は手紙を読むのをやめ、黒くぎょろっとした大きな目で由良をジッと見上げていた。
「うわっ」
「見間違いじゃないのよ」
「すごくすごく綺麗だったのよ」
「赤くてまん丸で、ピカピカ光っていたのよ」
「あれは絶対本物よ」
「絶対絶対、本物のルビーよ」
責めるような口ぶりで、赤い紅を差した小さな口を交互に開く。
こちらをジッと見つめたまま淡々と言葉をつむぐ少女達に、由良は恐怖すら感じた。
「分かった、分かった。本物ってことでいいから」
たまらず降参する。
由良が認めたのを確かめると、双子は再び何もなかったように手紙を読み始めた。
「……確かに、これは厄介だわ」
「だろう?」
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彼も同じように双子から迫られたに違いない。
「要するに、彼女達が欲しいのはルビーではない。オータムフェスで偶然見かけた何かだ。それが何か分かれば、彼女達にお暇してもらえるんだがな」
「そういう事情なら仕方ない、か。あの子達の居候を許可します。間違っても、玉蟲匣の商品に触らせないよう気をつけて」
「助かる。他所へ言ってくれと頼んでも、出て行ってくれなくてね。困っていたんだ」
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